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第1章第4話「追って追われてどこまでも」

 集落のはずれの林に逃げ込んだトラッシュと、それを追ってきたワグダ。
 さらに彼らを追ってヒビナ、エトワ、フォルケも集結した。
 林の一番太い木の1本の枝で、読書をしていた少年・シャマルは、とつぜんの喧噪に、不機嫌そうな表情で、枝から飛び降りた。

 スタッッ!!

 颯爽とした身のこなし。背はすらりと高いが、体は細い。だが、やさ男の印象はなく、しなやかで強靱そうな筋肉をしている。無駄のない肉体と言えばいいだろうか。
 手にした文庫本を、革パンツの尻ポケットに押し込みながら、シャマルは・・・

「・・・なんだか、険悪な雰囲気だな。邪魔するつもりはない。オレが行ったら勝手にやってくれ」

 そういって立ち去ろうとしたが・・・

     ★     ★     ★

「待て!」

 シャマルを制止したのは、ワグダだった。
「ここでなにをしていた?」
「なんだ? 初対面にしちゃ、ずいぶんと不躾な言い方だな・・・」
「質問に答えろ!」
「・・・見てのとおりだよ。読書をしていて、アンタらに邪魔されたところだ」
 ワグダは、鋭い視線をシャマルからそらさない。シャマルも、冷ややかな目でそれを受けとめた。
 そして、次の一言を発したのは、シャマルだった。
「アンタ、オレがどうやって気配を消したのか知りたがってるな?」
「!!??」
 ワグダは、わずかに動揺を見せた。
「今は、どうしてオレがアンタの心を読めたか、で面食らってる」
「お前・・・!?」
 その様子を、トラッシュたちは、ワグダ同様、驚きとともに見つめている。
 シャマルは、かすかに鼻で笑いながら、言った。
「別に超能力があるワケじゃない。アンタは見たところスイーパー、しかもその格好は士官クラスだ。そのアンタが、枝の上にいたオレの気配に気づかなかった。それで、オレの素性を知りたがっている。そう考えたのさ」
 それを聞いて、ヒビナは思った。そう言われればそうだ。スイーパーでも腕利きになると、ターゲットの気配を察知し、姿を見ずとも、気配だけでも追いつめることができるという。見たところ、この派手な格好の女士官は、スイーパーでもかなり上位のエージェントのようだ。その彼女が、この背の高い少年の気配を察知できなかったのだ。
 だが、「言われればわかる」ことに難なく気づくのは、洞察力に優れている証拠だ。この少年は・・・かなり頭が切れる。ただ者ではない。
「答えはこうだ。オレは別に望んで気配を消したワケじゃない。オレは、ウェイストの中のウェイスト。世捨て人だ。世界から忘れられた存在なのさ。だから、気配なんか元からない」
「・・・あたしの名はワグダ。お前、名前は?」
「シャマル。だがオレの名前に意味なんか無い。存在していないに等しい存在だからな」
 トラッシュは思った。なんだか・・・妙に達観しているというか、厭世的というか、もうちょっと言えば、自嘲的なヤツだな。ビィも世捨て人っぽいが、こいつはちょっと、世をすねた感がある。
 すると、林の中で遊んでいた小鳥たちが、なぜかシャマルのまわりに集まってきた。
 その内の2羽が、シャマルの肩にとまり、羽づくろいを始めた。
「見てのとおりだ。この鳥たちにとっては、オレは林の中の1本の枝に過ぎない。人として存在していないのさ」
 シャマルは、薄笑みを浮かべた。ニヒルな笑いというのは、こういうのを言うのか・・・
 トラッシュはそう思いながら、ふと、あることに気づいて、シャマルに語りかけた。
「あのさ・・・シャマルとか」
「んん? なんだ、キツネ男?」
 シャマルはトラッシュのゴーグルを一瞥して応えた。
「1本の枝もいいんだけど・・・」
「・・・なんだよ?」
「頭に、鳥がフンしてるぜ?」
「!!??」
 シャマルは、あわてて手で頭をぬぐってみる。べったりと、鳥のフンがついた。
 シャマルは、その手をじいっと眺めていたかと思うと・・・

「・・・このアホ鳥どもが!! 人をなんだと思ってやがる!?」

 とつじょ、今までのクールさはどこへやら、小鳥を追い回し始めた。

     ★     ★     ★

 トラッシュたち一同は、そのあまりのギャップに、どっと沸いた。
「キャハハハ・・・アンタ、自分で自分を世捨て人って言ったじゃんよ? 1本の木の枝に過ぎないって!」
 そう言ったヒビナを、シャマルは、キッとにらんだ。
 こうなると、ヒビナも負けていない。
「なによ!? 気にさわった?」
 にらみあうヒビナとシャマル。ヒビナはつかつかと歩み寄り、シャマルに食ってかからんとする。
「こっちも取り込み中なんだから、わけわかんないこと言ってないで、用がないならさっさと消えなさいよ!」
「アッタマくる女だな、お前は! はなっからツンケンツンケンしやがって!」
「まあまあまあ・・・」
「これこれこれ・・・」
 トラッシュがヒビナを、ワグダがシャマルをそれぞれ止めに入った。
「ヒビナが口を開くと、ややこしいことが一層ややこしくなるからさ・・・」
「なによトラッシュまで! アンタどっちの味方なの!?」
「み、味方って・・・」
 昨日までは、ヒビナの方がオレのことを捕まえようとしていたのに・・・?
 一方、ワグダたちは・・・
「まあ、シャマルとやら、その年で世捨て人っていわれてもな」
「なんだよ! 好き好きだろ!?」
「へへ〜んだ、どうせ捨てられたから世捨て人なんでしょ、あっかんべー!」ヒビナが挑発する。
「ヒビナ、そりゃねえだろう、正解だったらどうすんだよ! 彼、かわいそうじゃないか?」と、トラッシュ。
「おいこら、そこのキツネ野郎!? オレに同情する気か? だから好きでやってるって言ってるだろ! オレに変な気を遣うな!」
 4人は、入り乱れて、もみくちゃになって好き勝手なことを言い合った。
 エトワは、ぽかーんとそのさまを見ている。
 すると、もみ合いのさなか、ワグダの手がヒビナの、そしてヒビナの手がワグダの、胸をつかむ格好になった。
 4人のからみがポーズボタンを押したように静止し、変な沈黙が流れる。
 何かを確かめるように、ヒビナとワグダの手がお互い、かるーくモミ運動に。その一瞬で、ヒビナの眉間に影が落ち、ワグダの口角が数ミリ吊り上がった。
 何らかの勝敗がついた、そんな感じ?
 ヒビナの脳天に血流が突き上がり、ワグダへ口撃命令を発した。
「あ、あ、アンタはなんなの!? 派手な格好してさ、スイーパー士官? 笑っちゃうわね、トラッシュになんの用よ!? ・・・ってトラッシュを捕まえたいのよね! そんなに手柄が欲しい? あー、あさましい女!」
「この小娘ちゃん、さっきからよくしゃべるわねえ・・・」
「悪かったわね! スイーパーの制服見てると、なんかムカツクのよ!」
「なにかトラウマでもあるの?」
「トラウマだかシカウマだか知らないけど・・・あれ?」
 くんくんくん。
 ヒビナは、ワグダに食いつくようにして、匂いをかぐ。
「ちょっと、トラッシュ、アンタさっき・・・」
 くんくんくん。こんどはヒビナは、トラッシュの匂いをかいだ。
「・・・やっぱり! なにこの匂い! トラッシュ、アンタ、この派手ハデ女と同じ匂いがするじゃない!?」
「ええっ!? あ、そうか、さっきの・・・」
「さっきの・・・? さっきのなによ! 匂いが移るようななにかあったの!?」
「ええ、まあ、ちょっと・・・」
 するとなぜか、ワグダも、ニヤニヤしながら言った。
「ちょっと、なあ? いろいろと、触れ合いがな?」
 ヒビナは、顔を赤くして、頭から湯気を出した!
「ちょっとちょっとって、ちょっとおお! フォルケ!」
 なぜかヒビナはフォルケに八つ当たりした。
「アンタ、もしかしてこんな派手女と組むんじゃないでしょうね? どうなのよ!?」
 そのフォルケと言えば・・・
 4人がもみ合っているスキに、こそこそと、トラッシュの背後に回っていた。手にはロープを持っている。
「・・・フォルケ?」
「・・・見つかった?」
「な、なにやってんのよアンタ!」
「ばれちゃあしょうがない! ヒビナ、これがボクの友情だああ!!」
「な、なに? 言ってる意味がぜんぜんわかんない!」

     ★     ★     ★

 フォルケは、手にしたロープの端を、トラッシュめがけて投げつけた!
 ロープの先には、手錠を一回り大きくした、2つの金属製リングが付いている。
 フォルケのアート、長いものは意のままに操れるアートで、ロープはヘビのように地をはう。
「えっ!?」
 トラッシュがそう叫んだのもつかの間・・・

 ガッシャァッッ!!

 トラッシュの足首に、手錠ならぬ「足錠」が食い込んだ!
「あいててっ! なんだこれ!?」
「フォルケ・オードビー、イリーガル追跡スペシャルチームの一員として、トラッシュを召し捕ったりィ!」
 フォルケがロープを大きく波打たせると、それはまた生き物のようにうねりながら、頭上の木の枝の1本に引っかかる。
「そおぉれいぃっっ!!」
 フォルケがロープの端を力一杯引っ張る! すると、木の枝を支点に、トラッシュは逆さまになって、吊り上げられた!

「うわあああっっ!!」
「うおおおおっっ!?」

「んんっ?」
 フォルケは、ちょっと手応えに違和感を覚えた。
 お、重い!
 それに、叫び声は2つ聞こえた気がする。
 吊り上げたトラッシュを見上げると・・・そこには!

「な、なにしやがんだこの青びょうたん! 降ろせ、降ろしやがれ!」

 なんと、トラッシュとともに、シャマルまでをも吊り上げていた!
 足錠は、トラッシュとシャマルの足首を、しっかりとつないでしまっている。
「ああっ! トラッシュ!?」
「いやあん! トラッシュゥゥ!!」
 ヒビナとエトワが叫び声を上げる!
「よおおし! よくやったフォルケ! そいつを降ろすなよ!」
 ワグダが、逆さまにぶら下がっているトラッシュとシャマルの下に駆け寄る。
「と、トラッシュ!!」
「おおっと! そこから動くな!」
 駆けだそうとしたヒビナとエトワに、ワグダは拳銃型のスタンガンを向けて制した。
「電気ショックを味わいたくなければ、そこにじっとしてな!?」
「くう・・・」
「トラッシュゥゥ・・・」
 一方、フォルケはといえば・・・
『お、お、重い・・・』
 顔を真っ赤にして、ロープの端をしっかりと握りしめていた。
 ワグダはスタンガンをヒビナたちに向けたまま、背中越しにトラッシュに語りかける。
「言っただろ? あたしには24時間あれば十分。まあ、今回はフォルケというパートナーに恵まれたかもな」
「おい、オレは関係ないだろ! 降ろせってば!」
「シャマル、申し訳ないが、少しの辛抱だ。このイリーガルの身柄を拘束するまではな」
「お姉さん、オレ、どうなるの!?」
「とりあえずは、スイーパー本部に送られることになる。そこでいろいろ、調べられるだろうな」
「いろいろって?」
「いろいろは、いろいろさ」
 そう言って、ワグダはまたニヤリと笑った。
 一方、フォルケは・・・
『な、なに語らってるんだ・・・早く、早くぅ・・・』
 腕の筋肉が、プルプルしてきた。
 トラッシュは、逆さまの姿で、ワグダに言った。
「お姉さん、オレはもうおしまいだ。最後のお願い・・・」
「ん? なんだ?」
「お姉さんを抱きたい!」
「はあ!?」
 それを聞いてヒビナは仰天した。また、顔を赤くした。
「な、なに言ってんの、あのバカ!?」
 すると、トラッシュは・・・
「今すぐ抱いてやる! えいっ!」
 両手を伸ばして、ワグダの両脇を吊り上げた!
「な、なっ・・・!?」
 後ろから抱きしめられた格好のワグダは、一瞬だが、トラッシュ、シャマルとともにロープにぶら下がった形になった。
 そうなると、3人分の重さを、フォルケ1人で支えられるわけがない。
「うわあああぁぁっっ!?」
 フォルケが悲鳴を上げた。

 ドサアアァァッッ!!
 グイイィィンッッ!!

 あっと言う間に、トラッシュ、シャマル、ワグダは地面に落下し、フォルケの方が吊り上げられる格好になった!
 なぜかフォルケは、いつもロープを手放すタイミングを失う。
 そしてトラッシュは、素早くロープの端をたぐり寄せる。フォルケはさらに高く引き上げられた!
「ひええぇぇぇっっ!! ボ、ボクは、高いとこダメなんだよおおぉぉっっ!!」
「か、かっちょわるう・・・ 相変わらず・・・」
 ヒビナはボヤいた。
 落っこちたトラッシュの方は・・・
「走るぞ!」
「はあ、!?」
 シャマルにそう語りかけると、立ち上がり、2人で駆けだした!
 トラッシュとシャマルは、足錠で2人3脚になっている。シャマルは反射的にトラッシュにならう形で、2人で走りだしたのだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待てよ! なんでオレまで!」
「これ、外そうと思ったけど外れなかった! ロープで精いっぱいだった! 我慢してくれ!」
 トラッシュは足錠のことを言ってるのだ。落ちた瞬間にロープを外せるのはさすがのワザだが、足錠の機構を探る時間までは無かった。
「待て! こら、イリーガル!」
 そう叫んだのは、ワグダだ。
 だが、言ったのはいいが、すぐには追えない状況にあった。
 ワグダは、さっきまでのトラッシュのように、逆さ吊りにされていたのだ。
 トラッシュは、落ちた瞬間に、ロープをほどいただけでなく、それをワグダの足首に固く結びつけたのだ。重さが軽くなった分、こんどはワグダが吊り上げられ、ワグダとフォルケはちょうどロープの両端で、2人とも宙に浮いたまま、ぴったりとつり合ってしまった。しかもロープを短めに結んだので、2人は結構な高さに吊られている。
「おい、フォルケ! ロープから手を離せ! そうすりゃ逃れられる!」
「こ、恐いんですワグダ少尉! 助けてェ〜ッッ!!」
「ありゃりゃ・・・ダメだ、こりゃ」
 ワグダはガクッときた。
『前言撤回・・・あたしゃ、パートナーに恵まれなかった・・・』

 ヒビナとエトワは、トラッシュの後を追おうとした。
「エトワ、行くよ!」
「了解!」
 だが・・・
「そうはさせないよ!」
 ワグダは、逆さ吊りのまま、人差し指を立てた。
 その目が銀色に光る!

 バシュウウウゥゥゥッッ!!

「うわあっっ!?」
「きゃああっっ!?」
「な、なに? なにが起きた?」

 ヒビナとエトワの目の前が、真っ白になった。まるで、煙幕を張られたようだった。
 だが、それは煙ではなく、湯気だった。
「・・・!! 見失った!」
 ヒビナは、苦々しい表情で、ワグダを振り返った。
 だが、すでに、ワグダの姿はそこにはなかった!
「・・・あいててて・・・」
 地面に落下したフォルケが、腰をさすっている。ワグダの足に結ばれていたはずのロープの端には、鋭い刃物で切られた跡が残っていた。

『アート使い・・・あの女は・・・』

     ★     ★     ★

 2人の少年の2人3脚は、林を抜け荒野を抜け、やがて川にたどり着いた。川幅30メートルはあるだろうか。水源が神出鬼没に移動するため、「川」であり続ける寿命が短いウェイストの河川は、いつでも流れが早い。おまけに、いつかは川は涸れてしまうのだから、まじめに橋を架ける人は少ない。どうせ無駄になるからだ。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」
 2人の息が上がっている。
「これは・・・川を迂回するしかないぞ? それとも引き返すのか?」
「どうしよう・・・なんかいい考えは・・・あっ?」
 考えながら、なんとなくジャケットの乱れを直していたトラッシュは、なにかに気づいた。
「トマト食う?」
 とつじょ、ポケットからトマトを取り出し、シャマルに差し出す。朝飯がわりのトマトが、まだポケットに1個入っていたのだ。
「ア・・・アホォ! お前こんなときになに言うんだよ!?」
「トマトにはリコピンが含まれて・・・」
「そういうことを聞きたいんじゃない! これからどうするか考えろっての!」
 トラッシュは川をじーっとながめて、しばし考え、おもむろに口を開いた。
「一か八か、川を渡るぞ!」
「なんだって!? こんな急流、飲まれたらひとたまりもない! なに考えてんだ、このアホ!」
「あのワグダお姉さんに追いつかれたら、どの道ひとたまりもないぞ」
「追われてるのはお前だろ! オレは関係ない!」
「つながってるからどうせ一緒だ! それに、お前もワグダお姉さんには目ェつけられてたろ?」
「そ、そんなアホな! アホに関わったからって、なんでオレまで!」
「アホアホアホアホ言うな! オレはバカだが、アホじゃないぞ!」
「言ってる事がぜんぜんわかんねえよ!」
 そこへ、スクーターの走行音がだんだんと近づいてきた。
 ワグダが、ヒビナたちの電動スクーターを奪って、追走してきたのだ。
「き、来た! ワグダお姉さん!」
 ワグダの野性的な瞳が、獲物を捕らえた。
「ここでもめてる場合じゃない! 飛び込むぞ!」
「わっ!? やめろアホ! アホギツネ!」
 トラッシュはシャマルを、川へ突き飛ばした!

 ドボオォォオン!!

「ぶはっ! ぶわあっ!!」
「泳げるよな!? シャマル!?」
「泳げるよ! てか、突き落としてから聞くな!」
 2人は、なんとか、2人3脚のクロールという器用な泳ぎ方で、急流に流されそうになりながら、向こう岸を目指す。
「ちっ!?」
 川岸へたどり着いたワグダは、スクーターを捨てて立ちつくした。
 トラッシュとシャマルは、やっとの思いで、向こう岸へたどり着く。
「げほっ、げほ・・・ うう、なんでこんな目に・・・」
「シャマル、水、飲んだか!?」
「ああ! 誰かさんのおかげで、しっかり飲ませていただきましたよ!」
「美味かったろ! この川、水がきれいだったし」
「ア、アホかお前! まじめなのかふざけてんのか・・・ええい、単なるアホだ!」
 もちろん、トラッシュはまじめに言ってたりする。
 びしょぬれの2人は、川を隔てて、ワグダと対峙した。
「どうする、ワグダお姉さん! アンタも水泳するかい!?」
 トラッシュは、ワグダに向かって叫んだ。
「アホ! 挑発するな! あの女士官、なにしでかすかわかったもんじゃねえぞ!?」
「大丈夫さ。泳いで渡ってくるなら、逃げるまでだ。ここまではそんなに早くはたどりつけないさ!」
 ワグダは、川の流れにしばし目をやっていたかと思うと・・・
 トラッシュに向かって、ニヤリと微笑んだ。
「あいにくと、着替えは持ってきてないもんでね」
「そうだろ!? 濡れたくないよねえ」
「だから、歩いて渡る」
「へっ!?」
 ワグダは、川に向かって人差し指を立てると・・・

「はああああああっっ!!」

 気合とともに、川面を指さした!
 ワグダの目が、銀色に輝く!

 ブシュウウウウウウウウゥゥゥッッッ!!!

「うわあっっ!?」

 川面から、一瞬にして、湯気が立ちのぼった!
 すると、流れの早い川は、信じられないことに・・・
 みるみる泡立ち、グラグラと、沸騰した!

 ブワアアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!

「な、な、なんだあああっっ!!??」
 トラッシュとシャマルは、目の前の光景に、驚愕の表情を崩せない。
 むせかえる熱気と湯気が立ちこめ、それは巨大なキノコ雲となって立ちのぼり・・・
 やがてそれが全て晴れると・・・
 川の水は、なんと、一滴も残らず干上がっていた!

     ★     ★     ★

 ワグダは、茫然自失の2人に向かって、ゆっくりと歩いてくる。
 さっきまで川底だった地を渡ると、ワグダのブーツは乾いた音を立てた。
「これがあたしのアート・・・どんな物質でも、そこに水分が含まれていれば、沸騰させ、蒸発させることができるのさ!」
「す、すげえ・・・」
 そう、ビィのトラックのバッテリーを、電解液を沸騰させることで破裂させたり、ヒビナの目の前で、地中の水分を一瞬で水蒸気に変え、湯気の煙幕を張ったのも、ワグダのアートだったのだ。
 ちょうどワグダが川の跡地を渡りきった頃、上流から流れてきた水が、再びそこを急流に戻した。
 ワグダは、トラッシュと目を合わせると、にっこりと笑った。
 シャマルは、その笑顔に、寒気が走った。
 トラッシュは苦笑いをしながら・・・
「え、えへへ・・・ ト、トマト食う?」
「ア、アホギツネ!」
「お前は捕まえ甲斐があるよ、イリーガル・・・ さあ、今度はどうやって逃げる?」
「は、はあ!?」
「お前との追いかけっこは、スイーパーになってから、一番楽しい・・・こんなにあたしを手こずらせた人間は、お前がはじめてだ」
「そ、そりゃどうも・・・」
「10、数える」
「ええっ!?」
 トラッシュとシャマルは、泡を食っている。
「その間に逃げな! ゲームの始まりだ!」
「ちょ、ちょっとぉ!」
「いーち!」
「な、なんなんだよお、アンタは!」
「ひえええ、とんでもない人に狙われたぁぁ!!」
 シャマル、トラッシュは叫びながら、またしても2人3脚で駆けだした!
「にーぃ!」
「よ、余裕ぶっこいてないで、さっさとこの足かせを外せばよかった!」
「だからお前はアホなんだ! このアホギツネ!」
「オレの名は、トラッシュだああ!!」
「さーん!」

 ベニッジ・ニブラインは、イライラしながら、連絡を待っていた。
 薄い眉は、止まっていることがあるのか?と思えるほど、いつものようにひくついている。
 足は貧乏揺すりしながら、スケッチブックにえんぴつを走らせる。
「兄貴! わかりやしたぜ!」
 ウェイスト第8方面支部駐在所のドアを勢いよく開けて、筋肉男・リドー初等士が飛び込んできた。
「そうか!? で、イリーガル追跡チームのメンバーってのは、どいつだ?」
「これでさあ・・・」
 リドーは、ごつい指でキーボードを操り、モニターに画像を映し出す。
 そこには、黒髪に小麦色の肌の、美貌の少女がいた。
「ワグダ・パレスモ少尉・・・17歳だと!? どいつもこいつも、ガキばっかりか!」
「このネタ、手に入れるの苦労したんすよ? スペシャルチームの情報は、スイーパー本部内でも知ってるヤツが少なくて・・・情報部の1人が金に困ってたんで、つかませてやったら、ホイホイ教えてくれましたぜ」
「ふふん、スイーパーなんて言っても、どこかに裏のルートってのはあるもんさ。どいつもこいつも聖人君子ってワケじゃねえ」
「でも、あんな金、どこにあったんです?」
「フン、予算委員会から、ちょっとな」
「げっ!? や、やばいんじゃないんすか? スイーパーの会計監査の抜け目なさは、ハンパじゃないッスよ!?」
「だから、その情報部のヤツがパクられるようにしてやらあ。そのくらいの細工は、オレには朝飯前だ。オレらがパクられるようなヘマはしねえ」
「・・・兄貴も、ホント、策士っすねえ・・・」
 ベニッジは、モニターのワグダをにらみつけた。
『キリィ・キンバレンの前に、お前とフォルケをつぶしてやる・・・ 悪く思うな、全てはキリィが悪いのさ・・・』

     ★     ★     ★

『一刻も早く、ワグダ少尉の発信IDを捕捉しなければ・・・ しかし、参るよなあ。一応、ボクは少尉のパートナーなのに、ほったらかしでどんどん先行しちゃうんだもんなあ・・・』
 フォルケはボヤいていた。
『・・・そうはいっても、ボクがヘマばかりしてるから、しょうがないよな・・・ あ〜あ、こんな調子で、スイーパー正規隊になんて、昇格できるんだろうか・・・』

 ガツゥンンッッ!!

「いたああぁぁっっ!!??」
「ブツブツ言ってないで、さっさとやんなさいよ! タイヤ交換に何分かかってんの!?」
 フォルケは、強烈なゲンコツと罵声を、ヒビナにくらった。
「いたいなあ・・・」
 フォルケは、トラッシュとシャマルを追跡するワグダに追いつこうと、カートを走らせようとした。すると、ヒビナとエトワが勝手に乗り込んできたのだ。ヒビナがなぜトラッシュと行動を共にしているのか謎だったが、それを聞く前に、カートのタイヤがパンクして、足止めを食ってしまったのだ。
 相変わらずヒビナは、口は出すけど手は貸さない。手を出すとすれば、今みたいにガツンだ。
 ウェイストに落ちて、スイーパーを追放されたヒビナなのに、これでは以前となんの変わりもない・・・ それどころか、ワグダ少尉に振り回されて、以前よりもボクの状況はもっとひどくなったんじゃないか? スペシャルチーム参加で、ボクはいいセン行ってるんじゃないかって思ったのは、今朝の10時までだった・・・
 ヒビナの方は、じれてイライラしている。
 と、ふと見ると、エトワは地べたに座り込んで、ひざ小僧を抱えている。いつでも元気いっぱいのエトワが、すっかりしょげている。ヒビナは気になって、話しかけた。
「どうしたのよエトワ? 元気出してよ?」
「トラッシュ、大丈夫かなあ・・・」
「エトワ・・・」
「ねえ、どうしてみんな、トラッシュのこと追いかけるの? どうしてトラッシュのこと、イリーガルって呼ぶの? トラッシュはトラッシュじゃない! 優しくて、面白くて、いろんなことができるの。トラッシュが、トラッシュじゃいけないの!?」
「・・・・・・・・・」
 エトワの目が潤んでいる。ヒビナの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「エトワは、トラッシュのことが大好きなのね・・・」
「大好きだもん。ずっと一緒にいたいもん。お兄ちゃんになって欲しいんだもん」
「お兄ちゃんか・・・」
「ヒビナは、トラッシュのこと、好き?」
「えっ!?」
 ドキッ、と、音がしたかと思うくらい、ヒビナの心臓がはじけた。
「それとも、キライ?」
「・・・・・・・・・」
 ヒビナは、そのとき、違うことを考えてしまった。
 トラッシュと呼ぶことにしたけど、あたしにとって、あいつはアザク・ラガランディ以外の何者でもない。そういう意味では、エトワの先ほどの言葉に対する、ヒビナの答えはこうだ。
 あいつは、アザクであって、トラッシュではいけない。
 ヒビナは、「あの日」のことを、また思い出してしまった・・・

     ★     ★     ★

「えっ、なに?」
 半年に渡る、スイーパー予備隊の基礎研修を修め、修了式を終えたヒビナ。同期のフォルケ、アザクと、研修施設内を散歩していた。
 同期のみんなは、思い思いに、長いようで短かった研修期間の思い出に浸っていた。ワガママ放題だったヒビナでも、これが最後となれば、誰もが別れを惜しんでくれた。だが、いつもツルんでいた3人は、なんとなく3人だけで最後のひとときを過ごそうと、誰からともなく、施設内を散歩することにしたのだ。
 見慣れた研修施設も、意外と、来たことのない場所があったり、気にも留めなかった設備が何のためにあるのかを知ったり・・・新鮮な気持ちになった。だいたいは、宿舎と教室を行ったり来たりだったのだ。
 そんなさなか、フォルケの目を盗むようにして、アザクはヒビナのそばに寄り、耳元でなにごとか、つぶやいた。
 フォルケに聞かれては困ることでも、あるのだろうか?
 そこで、ヒビナはとっさに、フォルケにこう言った。
「フォルケ、アンタさ、憶えてる? アンタが翌日しめきりのレポートをなくして、あたしたち3人で徹夜して書き直したの」
「えっ、あ、ああ、忘れるものか! あのときはほんとに助かったよ、感謝してる」
「あの後、お礼だと言って、食事をごちそうしてくれたけど、よく考えたら、宿舎のランチぐらいでは、割に合わないんじゃない?」
「はあ!?」
「あたし、のどが渇いちゃった。3人分のジュース買ってきてよ。もち、アンタのおごりで・・・」
「ちょ、ちょっとぉ、今頃そんなこと言うなんて・・・」
「つべこべ言わない! あ、あたしは炭酸ダメだからね。ほらほら行った行った!」
「もう、最後くらいパシリはやめて欲しいよな・・・」
 フォルケはぶつぶつ言いながら、自動販売機に向かって駆けだしていった。
 ヒビナとアザクは2人っきりになった。
 研修施設で一番大きい、カエデの木の下に、2人で立っていた。
「・・・なんか言いたそうじゃない、アザク。あたし、はっきりしない男はキライなの、知ってるでしょう? アンタらしくないよ、言いたいことは、はっきり言いなよ」
「あ、ああ・・・」
 アザクは、なんだかしんみりしている。ヒビナは、ちょっといつもと違うアザクの態度に、戸惑った。
「明日からは、別々の場所に行くんだよな・・・」
「アンタとあたしはね。まったく、実地研修までフォルケと組まされるなんて・・・」
「フォルケがうらやましいよ」
「なーに言ってんのよ? あたしはアザクがうらやましいわ。あたしたちの最初の研修先、ウェイストよ? 捨てられた階層、ウェイスト。かたやアンタはブロンズ。研修場所としては、ずっとまし・・・」
「そうじゃなくて!」
 ビクッ!
 ヒビナは、珍しく語気を強めたアザクにびっくりした。アザクと言えば、ちょっと他人と回路が違うような、悪くすると、ときに人を食ったような、それでいて穏やかな人柄が持ちキャラだったからだ。
「ごめん・・・そうじゃなくて・・・」
「・・・なに、変よ、今日のアザク・・・」
「キミと別れるのが辛いんだ」
「!!??」
「その・・・半年間、ずっと一緒だったろう? その間に、オレにとってのキミは、そばにいることが当たり前になってたんだ。いざ、別れ別れになると思うと、その、急に・・・」
 ヒビナは、なんだか、ドキドキしてきた。なんだ、この空気は・・・ アザクのヤツ、なにを言い出すつもりだ・・・?
「ヒビナ・・・」
「は、はいっ!?」
 なぜかヒビナは、直立不動、気をつけ!の姿勢になってしまった。
 カエデの木が、ざわっと揺らいだ。

「キミが好きだ」

 ヒビナには、その言葉だけが聞こえた、木々のざわめきは、なぜか聞こえなくなった。
「ヒビナ、オレ、キミが好きなんだ。・・・つきあって欲しい」
「えっ、えっ・・・ええっ!?」
 思いもよらない言葉がたたみかけられ、ヒビナは動揺している。汗が噴き出てきた。
「あ、いや、その・・・今すぐじゃないんだ。オレ、絶対に正規隊に入る。そしたら、そのときは・・・オ、オレとつきあって欲しい。オレはそれを励みにがんばるから」
「・・・・・・・・・」
「返事も、今、すぐじゃなくていいんだ・・・正規隊に入ったそのときでいい。そのとき、ふってくれてもかまわない。入れなかったら、忘れてくれ。ただ、今のオレの気持ちを、言っておきたかったんだ。しばらく会えないから・・・」
 どうしよう。
 どうしよう。
 どうしよう・・・
 まさか、コイツにそんなこと言われるなんて、思いもよらなかった。最初っから、ずっとずっと友だちのつもりでいた。今さら、そんなこと言われても、なんて答えればいい?
 だって、だってあたし、あたしはキリィ・キンバレン隊長のことが・・・ アザクだって、あたしがキリィ隊長にあこがれていることを、知ってるはずじゃない! 何度も、そんな話をしてたんだから・・・
「ごめん、こんなこと急に言われても、だよな、でも、でも、オレは、ヒビナが好きだ・・・」
 アザクは真っ赤になって、後半の方は、消え入りそうな声で、そう言った。
 だが、ヒビナには、はっきり聞こえていた。
 なのに、アザクは、表情をキッと結ぶと、今度ははっきりと言い直した。
「ヒビナが好きだ」

 結局、あたしはなにも言わなかった。言えなかった。後になって、アザクも今すぐ返事しなくていいと言ったんだから、と自分に言い聞かせたが、戸惑いだけが、ずっと後を引いた。
 フォルケがジュースを3本かかえて戻ってきたとき、アザクもあたしも、何事もなかったように振る舞っていた。けど、あたしは内心、ドキドキしていた。告白されたのなんて、これがはじめてじゃなかったけど、今までで一番、胸が高鳴った。
 正直な気持ち、あたしはそれまで、アザクのことを、そんな風に見たことがなかった。
 だけど、あの一瞬だけ、あたしの心は揺らいだ。
 でも・・・ヒビナは思った。彼が言ったように、スイーパー正規隊入隊、もしそれを彼が果たしたとき、そのときの気持ちを素直に言えばいい。そのときまで、答えは先延ばしにしよう。そう決めた。
 幸いにも、実地研修の間は、アザクの顔を見なくて済む。だから、それでいいじゃない・・・

 ところが、今となっては、状況が一変してしまった・・・
 再び出会った、アザクにうりふたつの人物・トラッシュは、あたしのことなど知らないという。自分はアザクではないという。もし、トラッシュがアザクではないとしても、確実なことは、アザクは実地研修のさなか、姿を消してしまった。イリーガルとして、お尋ね者になってしまった。おそらく、彼が正規隊に入隊するという望みはこれで絶たれたに違いない。
『あたしを好きだと言ったクセに! 必ず正規隊に入るといったクセに! そのどちらもウソだったの!?』
 それがヒビナの、今の気持ちだ。
 好きだと言われながら、再会したときには、なかったことにされているのである。いくらアザクに興味がなかったヒビナだとしても、逆に、意識してしまう。
 だから、アザクがトラッシュなのかどうか、確かめずにはいられない。
 それまでは、スイーパーにトラッシュを引き渡すわけにはいかない。

「・・・好きでも、キライでもないよ。会ったばかりだもん。トラッシュには・・・」
 それは、ある意味ホントで、ある意味ウソだ。
「ヒビナ・・・」
「でも、あたし、エトワは大好きよ。エトワを泣かすヤツは、あたしが許さない。だから、エトワがそうしたいなら、トラッシュを助けるのを手伝ってあげる」
「・・・ありがとう、ヒビナ、ありがとう!!」
 そう言って、エトワはヒビナにしがみついた。ヒビナは、胸がキュンとなった。
 エトワがかわいい。
 そう、今はそのために動くのもいい。
「ようし、できた! これでカートは動くぞ!」
 レンチを放り投げて、フォルケが声を上げた。

     ★     ★     ★

 あわてて駆けだしたトラッシュとシャマル。ワグダの声は「しーち」のあたりで、かなり遠ざかった。そこから先は聞こえなかった。
「いてて・・・ おいアホギツネ、この足かせは、どうやっても外れないのか? だんだん締まってきたぞ!?」
「おっかしいなあ、オレはこの手の機械ならすぐに仕組みがわかるんだ。なのにこれはどうしてもわからない・・・ 最新型なのかも」
「どうするんだよ!? このままじゃ、仮に逃げ切れても、ますます足首が締め上げられるぞ!」
「そうすっと、どうなんのかな?」
「血が止まって壊死だ! 足首から先が腐って落ちる!」
「なるほど!」
「なにが、なるほどなんだよ!」
「そしたら、外れるな?」
「だああああーっっ! お前のアホさ加減にはつきあいきれん!」
 そんなやりとりの中、あたりにはかすかだが、風が吹き始めた。
「しめた! 風が吹けばなんとかなる!」
「はあ!?」
「シャマル、オレに合わせて、1、2の3でジャンプしてくれ。オレのボードは風に乗れるんだ! オレら2人では少々キツイが、なんとかなる!」
「言ってる意味が・・・」
「つべこべ言わない! いくぞ! 1、2の!」
 トラッシュは、背中に抱えていたボードを手にした!
「3!」
 2人は、走りながらジャンプ! トラッシュはすばやくウィンドボードに乗った!

 ビュウウウウウウゥゥゥ!!!

「う、うおおおおっっっ!!!」
 シャマルは歓声とも悲鳴ともつかぬ声を上げた。トラッシュのウィンドボードは風に乗って猛スピードで地表を滑る。トラッシュとシャマルは、足錠を介して背中合わせにボードに乗っていた。
 夕暮れが迫るウェイストの荒野に、ウィンドボードが駆け抜ける。
「・・・やっぱり風が弱いから、高さは稼げない! でも、このスピードなら・・・」
「来た! ワグダが来たぞ!」
 シャマルが叫んだ。後方から、ワグダがバイクで追ってくる姿が、シャマルには見える。
「ど、どこであんなバイクを手に入れてきたんだ!?」
「くっそお、ワグダお姉さんはやっぱり、タダもんじゃないな!」
「感心してんな! アホギツネ!」

 シュオオオオオオオオオォォォンンン・・・

 軽快なモーター音に乗って、ワグダの電動バイクは滑るようにウィンドボードを追走する。
 バイクのヘッドライトに照らされて、トラッシュは自分たちがワグダの標的であることを、あらためて思い知らされる。
「あのバイク、『トドのマークの宅配便』って書いてあるぞ!?」
「どっかでかっぱらってきたの? あのお姉さん、なんでそうまでしてオレを・・・」
「アホギツネ、お前、いったいなにをしたんだ!?」
「オレはなにもしてない! けど、オレの階層がどうとか・・・」
「ふううん・・・」

 ガキッ!!
「ぐえっ!? シャ、シャマル!? なにを!?」
 シャマルが、後ろからトラッシュの首を腕で絞めにかかった!
「悪く思うな、お前を差し出せば、オレは助かるんだ!」
「な・・・おい、ゲホッ! ぐ、ぐるじいぃ・・・」
「最初からこうすりゃ良かった! オレはお前になんの義理もないんだ!」

 ズシャアアアアッッッ!!!

 シャマルに締め上げられて、トラッシュはウィンドボードに乗っていられなくなり、着地した!
 勢い余って、そのまま2人3脚は転げ回り、やがて停まった。
 トラッシュは転倒したままで、シャマルは立ち上がった。
「ゲホッ、ゲホッ・・・」
「おーい、ワグダ、こっちこっち〜!」
 シャマルは、ワグダのバイクに向かって手を振る。
 ワグダは2人の目の前に停止し、バイクからさっそうと飛び降りた。

 ガシャアアァッッ!!

 残されたバイクは派手に転倒し、タイヤを空転させ、そのヘッドライトは標的の2人を照らした。
 ワグダはシャマルに語りかける。
「・・・シャマル、お前、仲間を裏切ったのか!?」
「仲間じゃねえよ! こいつは! 最初からただのとおりすがりだ!」
「ゲホッ、ゲホ・・・」
「ふん、イリーガルを差し出せば、自分は見逃してもらえる、そういうことか?」
「まあ、そうだな。悪い話じゃないだろ?」

 ガシィッッ!!
「うっ!? お、おい!?」

 ワグダは、右手でシャマルの胸ぐらをつかみ、グッと引き寄せた!
「そういうの、好きじゃないねえ!」
「知るか! アンタ、なんでそんなにオレにからむんだよ!」
「・・・あたしは階層越えを取り締まるスイーパーだよ!? 怪しいやつは匂いでわかる。・・・お前の階層も、調べてみないとねえ・・・」
「!!??」
 シャマルは、ワグダの右手を払いのけ、ワグダのバイクの前まで横っ飛びした。トラッシュを引きずりながら。
「図星か? シャマル!」
「・・・今まで、ウェイストにいてオレの階層を調べようなんてやつはいなかった。最下層に抜け出すやつなんていないし、捕まえてもなんの得にもならないからな!」
「お前は別だ。お前はただ者じゃない。なにをしでかすかわからないからねえ・・・」
「好きで捨てられたといったろ! オレはオレの生き方をとやかく言われるのはまっぴらゴメンだ!」
 シャマルが、倒れているバイクのヘッドライトに右手をかざすと・・・
 シャマルの右目が、「銀色」に光った!

「ほお、シルバーか・・・」

     ★     ★     ★

 シャマルの右手は、ヘッドライトの光を「つかんだ」!
 そのまま、剣を抜くように、「光のスティック」を引き抜く!
「アートを使えるとは、ますます放ってはおけないね!」
「まずは、こいつだ!」
 シャマルは、光のスティックで、足錠をたたいた!

 バシィッ!!

 だが、火花が散っただけで、足錠はびくともしなかった!
「な・・・!?」
「そいつは簡単には壊せないよ! 開け方を知らなきゃ、自由にはなれないね!」
「くそっ!!」
 シャマルは、光のスティックを振りかざし、ワグダに立ち向かう。

 ブンッ! ブンッ!

 だが、トラッシュと足錠でつながれたシャマルは、ワグダの軽快な動きに追いつけない。ワグダは、ひらり、ひらりとシャマルのスティックをかわす!
 何度か、捕らえた!と思っても・・・
 なぜかスティックは、ワグダのシルエットをすり抜け、空振りした!

「な、なにいぃっっ!?」
 バシャアァッッ!!

 空振りした光のスティックが、転がっているバイクのモーターに接触した。激しい火花が散って、モーターのケースに亀裂が入る。
「なかなかのアートだが、あたしを倒すにはまだまだだね!」
 ワグダは、シャマルをあざ笑うかのように、スティックの攻撃をかいくぐる。
「お、おいシャマル!? ムチャすんなよ!」
 トラッシュは、ひっくり返ったまま、シャマルに引きずられる形だ。
 それにしても、ワグダの軽快さは、人間ワザではない。いくらトラッシュがシャマルの足手まといになっているとはいっても・・・
『おかしい、オレの腕はそんなに落ちたか!? 世捨て人ヅラしてる間に・・・』
 見ていたトラッシュも、ワグダの軽わざに、なにか違和感を感じていた。
『確かにワグダはすごいよ! けど、いくらなんでも、動きが素早すぎる・・・まるで、シャマルはワグダの幽霊を相手してるみたいだ・・・』
 そのとき、トラッシュは、地面に転がったまま、ハッとひらめいた!
『そ、そうか!』
「はあ、はあ、はあ・・・」
 シャマルの息が、だんだんと上がってきた頃・・・
「そろそろ、あたしの方も行かせてもらうよ!」
 そう叫ぶやいなや、ワグダが跳躍し、シャマルの喉元めがけて、手刀を振り下ろした!
 それを、シャマルがスティックで払いのけようとした、そのとき!
「な、なに!?」
 シャマルのスティックは空振りし、目の前のワグダが、消えた!

 だが!!

「シャマル、こっちだ!」
 トラッシュが叫ぶ!
 シャマルが、トラッシュの声がした方向、右斜め後ろを振り向くと・・・
 そこには、トラッシュに、両足にしがみつかれたワグダが、立ちつくしていた!
「くそっ・・・イリーガル!?」
「こ、これは・・・!?」
「蜃気楼だよ、シャマル! ワグダは、空気中の水分を温度調節して、光を屈折させてたんだ! お前が追っかけてたワグダは、実体はもっと外れた場所にいたんだ!」
「なんだと・・・!?」
「オレの位置からなら、実体の位置が読みやすかったのさ! ワグダお姉さん!」

     ★     ★     ★

「そうか・・・やってくれるな、ワグダ。さすがはスイーパー士官。だが、これで形勢逆転だ!」
「ふん・・・どうかな?」
 ワグダは、まだ余裕があるように見える。
「やせ我慢は体に毒だぜ!」
 シャマルはワグダに向かって、光のスティックを振りかざした!
「お、おいシャマル! 乱暴はやめろ!」
「うらああああぁぁぁっっっ!!!」
 スティックを振り下ろす!
 トラッシュは、見ていられなくなり、ワグダの両足を離して、手で顔を覆った!

「くっ・・・なんだこれは・・・!?」
 シャマルの驚嘆の声が響いた。
 トラッシュは、なにが起こったのか?と思い、指の間からワグダを見上げると・・・
 ワグダは、ニヤリと笑っていた。
 ワグダに振り下ろされたはずの光のスティックは、ワグダの体の直前でぐにゃりと曲がり、ワグダの体にはまったく触れてもいない。
「もう少し、頭が切れると思ってたが、冷静さに欠けるな、シャマル」
 そう言って、後方にジャンプしてシャマルとの距離をとった。
「光の屈折を使えると言ったじゃないか」
「くそっ・・・ おいアホギツネ! なんでワグダを離した!?」
「だ、だってよお・・・」
「イリーガルはいいヤツなのさ。あたしの身を案じてくれるとは・・・ けど、それが命取りだったな!?」
 ワグダは、再び手刀をかまえる!

 そのとき、ワグダの後ろから、声が聞こえた。

「ワグダ・パレスモ少尉!」

 ワグダは、その手を止めた。めんどくさそうに振り返ると・・・
 そこには、ギョロッとした目をした、薄い眉毛の、神経質そうな男がいた。スイーパーの制服を着ている。階級章は、上等士だ。
 ワグダたちが立っている荒れ地の一角にある、岩場の上に立って見おろしている。
「ご苦労様であります! わたくしは、スイーパー正規隊・第8方面支部所属、ベニッジ・ニブライン上等士! ワグダ少尉のお力になりたく、参上いたしました!」
「ベニッジ・ニブライン?」
「あ・・・あのギョロ目のオッサン! アート使いの・・・」
 トラッシュにとっては、忘れられない顔だ。
「おお、さすがは正規隊少尉! もうイリーガルを捕らえたのですね? では、バンドルネットで拘束しましょう!」

 チッ・・・

 そのとき、ワグダが舌打ちしたのを、トラッシュは確かに聞いた。
 一方、ベニッジは・・・
『フンッ・・・なんて好都合なんだ! イリーガルを追いつめてくれるとは・・・後は、ワグダのヤツを始末すれば、手柄は・・・』
 内心でそうつぶやきながら、愛想笑いは崩さず、こう言った。
「バンドルネットを投げますから、お受け取りくださぁい!!」
 ベニッジは、なにやら、30センチメートルほどのチタン製の棒が数本、束になったものを手にした。
 連結式のチタン棒の間にケブラー製のネットを張った、いわば携帯用の牢屋だ。
 それを今まさにワグダに投げようとかまえた、そのとき。
 ヒビナたちを乗せたフォルケのカートが、その場に到着した。
「あ、あれは・・・」
 ヒビナは見た。ベニッジがワグダに、なにかを投げようとしている。そして、忌まわしい記憶が頭の中に甦った!
 ベニッジは、バンドルネットをワグダに向けて、投げた!
「だ、だめ! それを受けとっちゃあぁ!!」
 ヒビナは叫んだ!

     ★     ★     ★

 ワグダは、自分に向かって飛んでくる、バンドルネットに目をやった。
 左手をそれにのばす。
 ヒビナは、目をそらした。
 ベニッジは、その一瞬、ニヤリと笑った!

 だが。

 ブウウウンンッッ!!
 ガシイイィィッッ!!

 ワグダは、その長い脚をぶんまわし、ブーツの先で、バンドルネットを蹴り上げた!
「な、なにぃっっ!?」
 ベニッジの嘲笑が、驚愕に変わった!

 バサアアァァッッ!!
「うわわっっ!? あ、兄貴!?」
 空中で展開したバンドルネットは、ワグダを中心にしてベニッジのちょうど反対側、ワグダの背後の岩陰に落ちた。
 そのバンドルネットが、なにがしか捕らえたようで、そいつは悲鳴を上げた。
 それは、筋肉男、リドーだった。
 リドーはショットガンのような武器を手にしたまま、バンドルネットにからまれて、もがいていた。
「あ、兄貴ィ! 助けてくださあい!」
『チイッ!?』
 ベニッジは、脂汗を流した。
 ヒビナは、ぽかーんとそれを見ていた。
 トラッシュとシャマルも、自分たちをほったらかしにして進んでいる事態に、見とれているしかなかった。
 シャマルの集中力はとぎれ、そのアート、光のスティックは消えてしまっていた。

「あたしを落とそうなんざ、身の程知らずもいいとこだねぇ、ベニッジ上等士?」
 こんどは、ワグダが嘲笑する番だ。
「な、なにを・・・」
「しらばっくれても、バンドルネットを調べればわかるだろ? さしずめ、あたしがあれをつかんだら、血を見るとかな」
「!!??」
「そんでもって、失敗したときのために、あたしを後ろからどうにかしようと、あの筋肉野郎が待ちかまえてたというところだろ? 違うか?」
「・・・くうっ!?」
 まったく図星のようだった。
 それにしても、その全てを見抜いていたワグダ。そのすごさに、ヒビナは舌を巻いた。
 ベニッジは、眉間にしわを寄せ、薄い眉をいつものようにけいれんさせている。こめかみを汗がしたたり落ちた。
 ワグダは、薄笑いをやめて、キッと表情を結ぶと、その野性的な視線で、ベニッジを貫いた!
「ベニッジ! 貴様は、その悪知恵でのし上がろうと画策したみたいだが、考えても見ろ? そうそううまくいくのなら、貴様はとっくに出世していてもおかしくはないだろ? だが現状は、ウェイストのヒマな駐在で、上等士どまりだ!」
「うぐっ・・・」
「甘いんだよ、貴様ごときが、いくら策をろうしたところで! スイーパーってのはな、変わり者の集まりでな? 互いに友情も信頼も感じてはいるが、スキさえあらば、相手を出し抜いてやろうと、いつでも虎視眈々とチャンスをうかがってるんだ! むしろ、出し抜かれるようなスキを見せるヤツは、谷底に突き落としてやる方が、友情だと思ってるヤツらなんだ。この程度の浅知恵だから、貴様は今の地位どまりなんだよ!」
 ベニッジの顔がみるみる青ざめる。
 ヒビナは、それを聞いて思った。ベニッジがやりこめられるのは痛快だったが、じゃあ、そのベニッジにだまされたあたしは、もっと甘ちゃんってこと?
 とたんにヒビナは不愉快になった。
「・・・貴様ごときの策略、見抜けないあたしだと思ったか? どんなに表情をつくろっても、貴様の目は濁ってる! 自分のことしか考えない、あさましい輩の目さ! 貴様の器の小ささに比べれば、そこに転がってるイリーガルの目の方が、あたしは好きだね!」
「ワ、ワグダお姉さん・・・」
「あー、あんなこと言ってるう! ヒビナ、あのお姉さんもトラッシュが好きなのぉ?」
 ふくれっ面でそう言ったエトワはヒビナを見て、ちょっとビクッとした。
 ヒビナが、もっと激しいふくれっ面だったからだ。
『なに、あの派手女! やっぱりトラッシュに興味があるっての?』

     ★     ★     ★

 すっかり立場をなくしてしまったベニッジ。ワグダににらまれて、前へも後ろへも進めなくなってしまった・・・ように見えた。
 だが、それでもベニッジは、脂汗たらたらでも、再び薄笑いを浮かべた。
「・・・ふ、ふはは・・・そ、そういうことなら、こっちにも考えがある! ワグダ! あ、アンタの弱点を、オレたちが知らないとでも思っているのか!?」
「・・・なに?」
 この期に及んで、と、ワグダはあきれ顔だ。
「そうさ! アンタのことは調べさせてもらった! もっとも、ワグダ・パレスモ個人に限っては、調べる苦労はなかったがな! アンタはスイーパー内部でも有名人らしい! そうとうな変わりモンだと!」
「・・・見苦しいな、ベニッジ・・・」
「うるさい! これを見ろ!」
「!!!!」
 ベニッジは、なにかを手にして、それをワグダに掲げて見せた!
「あ・・・あれは!?」
 叫んだのは、フォルケだった。
 ベニッジが手にしているもの、それは・・・
 くすんだピンク色の表皮は、かなりくたびれている。突きだした長い2本のツノ、短い2本のツノ・・・背中と腹側に、びらびらしたひれのようなものが付いている。
 そう、それは・・・
「フ、フリーマァッッ!!??」
 ワグダが悲鳴を上げた!
 その声に、トラッシュ、シャマル、ヒビナ、エトワは、アゼンとした。ワグダがそんな泣きそうな声を上げるとは、想像だにしなかった。
「あれは、ワグダ少尉の大切なもの! ぬいぐ・・・じゃなくて、少尉のお友だち!」
「お、お友だちィ!?」
 ヒビナは、すっかりあきれてしまい、体の力が抜けていく気がした。
 スイーパーきってのスーパーエージェント、しゃくだが、実力は今まで知っているスイーパー正規隊員のなかでも、1、2を争う凄腕。そんなワグダの弱点が・・・ぬいぐるみですって!?
『ああ、キリィ・キンバレン大尉・・・これはなにかの冗談ですよね!? スイーパー正規隊は、エースであるキリィ大尉を頂点に、選りすぐられたスーパーエリート集団なんですよね? この際、ワグダの性格には目をつぶるにしても、最強最高のエキスパート集団、それがスイーパーなんですよね?』
 ヒビナは祈る気持ちだが・・・
「ベニッジ、貴様・・・フリーマちゃんを!?」
 ちゃんはやめて欲しい、ちゃんは・・・とヒビナ。
「アンタがこれをどれだけ大事にしているかは、本部でも有名だ。だから、第7方面支部に立ち寄って、ご同道いただいたというわけだ」
「・・・くっ!? どこまでも卑劣な!?」
「おおっと、口の利き方には気を付けてもらいたいなあ、ワグダ少尉? こいつを無事返してもらいたければ、そのイリーガルをこちらに渡してもらおうか?」
「お、オレを、あのぬいぐるみと交換?」

 ガツッ!!
「あいてッッ!?」
 トラッシュは、ワグダに蹴られた。
「ぬいぐるみじゃない! お友だちだ!」

「どうした、ワグダ少尉? 返事が聞こえないなあ?」
 ベニッジとワグダの関係は、すっかり逆転してしまった。ワグダは端正な顔を歪ませ、唇を噛む。
『イリーガルを渡したとしても、あのベニッジがまともにフリーマを返すとは思えない・・・あの濁った目はそう言っている! だが、このままでは・・・』
「どうしたワグダァ! 返事が遅れれば、こいつがどんな目に遭うか!?」
 ベニッジが、足下の岩場にフリーマをたたきつけた!
「ああっ!? フリーマ!?」
「こうしてやる! こうしてやる!」

 ドガッ! グシャッ!

 ベニッジは、2度、3度と、フリーマを踏みつける!
「や、やめろォ!」
「ワグダ! もういい! オレをあのオッサンに引き渡せよ! あのピンク色、アンタの大切なものなんだろ!?」
「!!??」
 トラッシュの叫びは、ワグダには驚きだった。
「オレはワグダでもオッサンでも、どっちに捕まったって一緒だ! だったらワグダは一番大切なものを守りなよ! 後悔したくないだろ!?」
 なんてヤツだ! 自分を犠牲に?
「・・・イリーガル、お前・・・」
 地べたにひっくり返ったままのトラッシュは、ワグダにウィンクした。シャマルもまた、そんなトラッシュを、驚きの表情で見つめている。
「・・・わかった。ベニッジ! 交換に応じる! ここまで降りてこい!」
「・・・もっと早くそう言えばよかったんだ。少しでもおかしな動きをしたら、アンタのお友だちがどうなるか、わかってるな?」
 ベニッジは、フリーマにナイフを突きつけながら、岩場を降りてきた。
 ワグダは、トラッシュを助け起こそうとする。
「イリーガル・・・」
「オレの名はトラッシュだ。それから・・・」
 トラッシュは、ワグダの耳元に、なにごとかささやいた。

     ★     ★     ★

 ベニッジは、フリーマをかかえて、ワグダとトラッシュの元へ近寄った。
「・・・イリーガルとつながってる、その長細いガキはなんだ?」
「ガキって言うな! オレはシャマルだ!」
「口をはさむな! その足かせを外せ、ワグダ」
「・・・・・・」
 ベニッジをにらみつけながら、ワグダはかがんで、トラッシュとシャマルの足首をつなぐ、足錠に手をかけた。
 そのとき、トラッシュはポケットからトマトを取り出し、ベニッジに差し出した。
「オッサン、トマト食う?」
「はあ!?」
「トマトにはリコピンが含まれててさ・・・」
「な、なに言ってんだこのガキ!?」
「でも、生もいいけど、トマトは火を通してもいけるぜ?」
 そう言うやいなや、トラッシュはベニッジに向けて、トマトを放り投げた!
「伏せろ! シャマル!」
「!!??」
 トラッシュとシャマルは、すばやく身をかがめた!
 次の瞬間、ワグダの目が銀色に光る!

 バシイイイィィィッッッ!!!

「うおっ!?」
 ベニッジの目の前で、トマトがはじけた!
「アチチチッッ!! な、なにが・・・!?」
「今だ!!」

 トラッシュはベニッジが驚いているスキに、フリーマを奪い取り、シャマルとともにすばやくその場を離れた!
「な、なんだ今の!?」
 ベニッジが目を開いたときには・・・
 目の前にいたのは、ワグダひとりだった!
「どうだい、あたしのトマト料理の味は!?」
 トラッシュに耳打ちされたとおり、ワグダはそのアートで、トラッシュが持っていたトマトを、一瞬で加熱し、破裂させたのだ。
 ワグダは、それまでにも見せたことのない修羅の形相で、ベニッジに詰め寄った!
「フリーマを手にかけたヤツは、貴様がはじめてだよ!! あたしをこれほどまで怒らせたヤツもね!!」
「ひ、ひいいぃぃ!!」
「貴様がどうなるか、このあたしにもわからない! 今のあたしは加減がきかないよ!? 貴様の血を沸騰させてやろうか!?」
 ベニッジは、ワグダのあまりの迫力に、恐怖した。腰が抜けそうになった。
 そのとき!

「兄貴、兄貴ィィィ!!!」
 ブオオオオオオオンンッッ!!

 ワグダたちの横を、リドーが運転するオフロードカーがかすめた! いつのまにかリドーはバンドルネットを脱していた。
 ワグダが一瞬ひるんだスキに、リドーはベニッジをクルマに引き上げ、そのまま走り去る!
「待て! 貴様だけは許さない!」
 ワグダは、右手の人差し指を掲げるが・・・
「ひぃっ! ひいいぃっ!!」
 ベニッジは、大あわてでスケッチブックに、えんぴつでグシャグシャとラクガキをすると、アートを使った!

 ドオオンッッ!!

「うわっっ!?」
 えんぴつのグシャグシャは、巨大なスチールウールのかたまりのようになって、ワグダの行く手を阻んだ。
「・・・逃げられた!」
 ワグダは舌打ちをする。
 シャマルは、ベニッジのそのざまを見て・・・
「なさけないオヤジだな・・・」
 ラクガキのありさまが、あわてぶりを象徴していて、滑稽なことこの上なく見えた。
 ワグダは、無言でトラッシュのもとに歩み寄ると・・・
 トラッシュの手から、フリーマをひったくるなり、抱きしめた。
「ワグダお姉さん・・・」

「トラッシュ!」
「トラッシュゥゥゥ!!」
 ヒビナとエトワが、トラッシュに駆け寄る。
 エトワは満面の笑顔で、トラッシュに飛びつく!
「トラッシュ、トラッシュ、トラッシュゥゥ!!」
「エトワ、心配かけたな、ごめん・・・」
「ううん、トラッシュは負けないもん、信じてたよ!」
 さっきまでベソかいてたくせに・・・と、ヒビナは思った。よかったね、エトワ・・・
「ヒビナにも、心配かけたかな?」
「えっ!?」
 トラッシュのその言葉に、ヒビナはあわてた。
「し、心配なんかするわけないじゃない、なんであたしが・・・」
「おいおい、そんなことはどうでもいい、この足かせをなんとかしてくれないか!?」
 シャマルが不機嫌そうにそう叫ぶ。
「ワグダ、アンタのその・・・なんだかわかんないモノを、取り返したのはトラッシュだぜ? トラッシュの機転でピンチを脱したんだ。お礼のかわりに、トラッシュとオレを自由にしてくんないかな?」
 ワグダは無言で、フリーマを抱きしめたまま、ひざをついている。
 フォルケは、ワグダに声をかけようとするが、その様子を見て、なにも言えなくなった。
 ワグダは、向こう向きのまま、ボソッとつぶやいた。
「・・・その足かせの裏側を見てみろ。ボタンがあるだろ。赤いヤツ」
 トラッシュがそれに応える。
「え? どれどれ・・・あ、あった! 赤いボタン!」
「なんて書いてある?」
「えーとね・・・『開く』、って書いてある」
「それを押してみな・・・」
「これをね・・・はいはい・・・」

 ポチッ!
 ガシャッッ!!

「・・・開いた・・・」
「それを押すと、開くんだ・・・」
「・・・はああ、なるほど・・・」

 シーン。

 ・・・ワナワナワナワナ・・・
「・・・くぉのドアホギツネがあぁぁ!! こんなに簡単に外れるなら、苦労しなくてすんだんじゃねぇかぁ!!!」
「なははは、そう怒るなよ、よくあることじゃないか? 盲点盲点。まいったね」
「よくあってたまるか! 今日一日、ヒドイ目にあったのはいったいなんだったんだ!?」
「楽しかったか?」
「んなわけねえだろう!! ああ〜アホギツネ!! もういい! アホになに言っても無駄だ!」

     ★     ★     ★

 そんな喧噪のさなか・・・
 トラッシュは、黙り込んでしまったワグダに歩み寄った。
「ワグダお姉さん・・・」
「・・・・・・・・・」
「ちょっと、それ・・・フリーマだっけ? 見せて・・・」
「さわるな!!」
 ワグダは、さしのべてきたトラッシュの手を払いのけた。その表情は険しく、やや青ざめていた。その顔は、ワグダにとっては、涙はなくても、泣いているのかも知れないと、トラッシュは思った。
 それほどまでにワグダにとっては大切な・・・
「・・いいから、オレに貸してみて!」
「さわるなと言っている!」
「はいはいはい、わかったから・・・」
「うるさい! あたしにかまうな!」

 ドシャアアッッ!!

「いてッッ!!??」
 フリーマがトラッシュの顔面に激突した。
『ああ、まただ・・・大切な友だちを投げた・・・』
 フォルケは内心でボヤく。

「・・・ふうむ・・・」
 トラッシュは、しばしフリーマを眺めていたかと思うと、両手でしっかりと握って、目を閉じた。
 まるで、祈っているかのようなトラッシュの姿。
「・・・なにをやっている・・・?」
 けげんそうなワグダのそばに、エトワがそっと寄り添った。
「いいから、お姉さん。トラッシュにまかせて・・・」
 ワグダの腕に、エトワは優しく触れながら、そう言った。
「・・・・・・?」
 ちょっとした間があって・・・
 トラッシュは目を開き、ワグダに語りかけた。

「これ、しゃべれるんじゃない? ホントは」
「!!??」
 ワグダは、アゼンとした表情を見せた。
 それに対してヒビナは・・・
「バッカじゃない!? ぬいぐるみがしゃべるわけないでしょう!?」
「いや、中に声を出す機械が入ってるんだよ、これ・・・ ずいぶん前に、壊れたみたいだけど」
 すると、トラッシュは、手でこねるように、ピンクのフリーマをいじり始めた。
 工具を使わずに、機械を直す、トラッシュの特技。
 2、3分が過ぎたろうか。
「・・・よし、これでオーケーのはず。あとは・・・見てくれがちょっとな」
 再び両手でフリーマをしっかりつかむと、祈るような仕草をした。
 よく見ると、トラッシュの腕には、ずいぶんと力が入っているように見える。その額には、うっすらと汗が浮き出てきた。
「・・・振動してるのか?」
 シャマルのそんな言葉に、ヒビナが目をこらしてトラッシュを見ると、確かに、トラッシュの腕と、フリーマが小刻みに振動している!
「ハッッ!!」
 トラッシュが気合を入れると、なんと、フリーマは、さっきまでと比べて、ピンクの表皮が鮮やかになっていた!
 くたびれてペッタリと倒れていた表面の毛も、張りが出て、ふかふかの毛並みに変わっている。
「新品同様って訳にはいかないけど、これでかなり元の姿に近づいたはずだ」
 そう、トラッシュの手は、超高周波の振動を生み出せるのだ。機械をたたけば、その音で不具合がわかるという熟練のワザがあるが、トラッシュは振動を加えることで同じ事ができる。さわるだけで不具合がわかるように見えるのは、そのためだ。これを応用して、ぬいぐるみの表皮の汚れを吹き飛ばしたり、つぶれてしまった毛並みを起こすこともできるのである。
『あんなワザ・・・もはやアートに近い! トラッシュっていったい・・・』
 フォルケが、アゼンとしながら、そう思った。
 ワグダも、目をぱちくりさせながら、そのさまを見ている。
「こうするとしゃべるんでしょ? フリーマは・・・」
 トラッシュは、フリーマのシッポの裏側にある、ひもを引っ張った。
 そして手を離すと、ひもがジリジリと巻き取られながら、同時にフリーマの内部から声が聞こえてきた!

『はもぎれも、ひどしびさ、すだの、かもげしれ?』

「はあ!!??」
 トラッシュも含め、一同は、あっけにとられた。しゃべったはいいが、なにを言っているのかが、ぜんぜん理解不能だ。
 だが、ワグダだけが、満面に笑みを浮かべて、トラッシュの手からフリーマを奪い去る!
 そして、ワグダはフリーマに語りかけた。

「しどがにて、ひがも、そで、みろんがせり?」
『けま、せかまびそ、ざろめひけけらぞに』

「・・・お、おい、あれ、何語だ?」
「知るわけないわよ、聞いたことない、あんな言葉・・・」
「ワグダの郷里の言葉かなあ・・・」
「とりあえず、会話してるみたいだよ・・・?」

「・・・ぱがもれ、すどすひし、ねどわぐだ、すかもぴれし」
「あ、今、ワグダって言った、ワグダって」
「なんだろ、なんか自分のこと話してるのかな?」

『こもぺこもぺ、たぐんばの、ぞまふりーまにし、けにぴれ?』
「フリーマもフリーマって言った!」
「今、疑問形だったぞ?」
「もーアンタたちも、真剣に聞いたって、わかるわけないじゃんよ!」

 ガバアッッ!!
「フリーマ! ああ、あたしのフリーマ!」
 ワグダは、力強くフリーマを抱きしめた。
 ヒビナたちは、ワグダのやることなすことに、戸惑いっぱなしだ。
 だが、エトワだけは、笑顔で・・・
「よかったね、お姉さん。トラッシュは直し屋なんだよ! 直せないものなんて、ないんだから!」

 ひとしきり、フリーマとの再会の喜びに浸っていたワグダは、すっくと立ち上がると、すたすたとトラッシュの前に歩み寄った。
 その表情はまた、笑みはなく、キリッと結ばれている。
 トラッシュは、ギクッとして、半分逃げ腰になった。
 すると、ワグダは・・・

 バシイッッ!!

 両手を、トラッシュの両ほほをはさむように、勢いよくたたきつけた!
「いてえっっ!?」
 そのまま、トラッシュの顔を持って、語りかける。
「・・・今日のところは見逃してやる、イリーガル・・・」
「お、オレの名はトラッシュ・・・」
「では、トラッシュ」
「!!??」
「あたしは貸しを作らない主義だ。ベニッジのこと、フリーマのこと・・・お前に助けられたのは事実だからな」
 そういって、ワグダはニヤリと笑った。
 聞いていて、フォルケはあわてた。
「い、いいんですか? ワグダ少尉!? 独断でそんなことして?」
「お前はあたしから24時間以上逃げおおせた、最初の男になるわけだ、トラッシュ」
「あ、無視ですか・・・」と、フォルケ。
「明日からはまた、追って追われての関係になる。覚悟しておくんだな」
「は、はあ・・・」
 トラッシュとしても、好き勝手なワグダの言いぐさに、困惑するしかない。
「それから・・・」
「・・・・・・?」
「これは、気持ちだ」

 その直後・・・
 その場にいたヒビナ、エトワ、フォルケ、シャマルは、信じられない衝撃の光景に息を飲んだ!

 ワグダの唇が、トラッシュの唇に重なっていた。
 というか、ほとんど、トラッシュが飲み込まれる勢いで、ワグダの唇にトラッシュの唇は捕らえられていた。

     ★     ★     ★

「・・・んぐぐっ!?」
 トラッシュの方も、なにが起こったかわからないと言う表情で、目をむいていた。
 ヒビナもフォルケも、真っ赤になっていた。それぞれに、意味は違うが・・・
 エトワは、なんだかうれしそうだ。
 シャマルは、しらけた冷ややかな視線を送っていた。

 ワグダはゆっくりと唇を離し、と思ったら離れ際にもう1、2回短くついばんで、それでようやくトラッシュは、きしむような口づけから解放された。
 ワグダは、フリーマを拾い上げると・・・
「じゃな、また会おう。トラッシュ」
 そう言って、ウィンクをして去っていった。
 フォルケは、あわててワグダの後を追う。
「ま、待ってくださいよお、ワグダ少尉ィ!」

 真っ赤になって、ひざまづいて呆けているトラッシュ。
 ヒビナは、そんなトラッシュに歩み寄ると・・・

 カポォォンッッ!!

 はいていた靴を脱いで、トラッシュの後頭部をはたいた!
「いてえっっ!?」
「いつまでデレデレしてんだ、このボケ! 帰るぞ!」
「別に、デレデレなんかしてないよ!」
「ね、どうだった? トラッシュ?」
「どうって・・・」
「エ〜ト〜ワ〜! 子供のクセにそんなこと訊くんじゃあありません!」
「ええ〜、いいじゃん〜訊きたいよぉ〜!」
「まったく能天気なヤツらだ・・・ それはそうと、オレは今日一日、お前らに振り回されっぱなしだった! 2度とお前らに関わりたくない!」
「こっちこそ、アンタなんか顔も見たくないわ! 帰れ〜帰れ〜!」
「アッタマ来るな、この口先女!」
「へへ〜んだ、鳥フン男!」
「言われなくても帰るよ! じゃあな!」

 ぐううぅぅぅ〜〜〜〜・・・

「・・・あれ、シャマル、お腹鳴った?」
「へへ〜鳥フン男? おまんまの時間でちゅか〜? いいでちゅね〜!」
「うるさい! 人間、腹減るときは減るだろが!」

 きゅるるううぅぅぅ〜〜〜・・・

「・・・あっ・・・」
「ほうら見ろ! 口先女も腹が鳴ってるじゃないか!」
「そういや、腹減ったな・・・早く帰ってじいさんの手料理を食いたい・・・」
「うん、エトワもお腹空いた! 帰ろ!」
「なあシャマル、お前もどうだ?」
「えっ!?」
 シャマルは、トラッシュの誘いに、面食らった。
「そうだよ! シャマルもエトワんちにおいでよ! 一緒にご飯食べよ?」
「あ、アンタたち、なんでこんなスットコドッコイなんか誘うのよ!」
「スットコドッコイは死語だろう・・・」
「いいじゃん〜! ね? シャマル、おいでよ!」
「う・・・」
 このアホギツネ、オレにだまし討ちにあったというのに・・・
 ワグダのために犠牲になろうとしたり、コイツは・・・
 シャマルは、苦笑いで言った。
「・・・お前らには散々な目にあった。メシぐらい食わせてもらっても、バチはあたらんだろう」
「なによう!? ちょっとは遠慮したらどう? 人んちで食事なんて!」
「なんか、ヒビナのおうちみたいな言い方・・・」

 このメンバーのにぎやかさには、きりがないようだ。
 結局、シャマルはその日、ビィの手料理を堪能しただけでなく、一夜の宿まで借りることになった。
 だが、むしろここで断っていた方が、幸せだったかもしれない。
 これがシャマルとトラッシュたちとの、長い長いつきあいの始まりになったからだ。
 決して楽しいことばかりではない、むしろ災難の始まり・・・

     ★     ★     ★

「ワグダ・パレスモ、キリィ・キンバレン、そして・・・イリーガル!」
 荒い息で、濁った目で、ひくついた眉で・・・
 ベニッジ・ニブラインの、どす黒い情念は、むせかえる憎悪をまき散らしていた。
 そばにいたリドーが、寒気にうち震えるくらいに・・・
「どいつもこいつも、オレをバカにしやがって・・・ 必ず、必ず痛い目にあわせてやる・・・ このオレさまを虫けらのように扱ったことを、忘れられないようにしてやる・・・」
 もはやそれは、狂気だった。

     ★     ★     ★

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>>>第1章第5話へつづく。
次回「あまいキャンディを召し上がれ」

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