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第1章第6話「トラッシュ!それがオレの名だ!」

「く、来るなあ! 近づくと、このガキを湖に落とすぞ!」
「やらせるかァァッッ!!」

 ベニッジは、クレーン車を操作して、エトワが捕らわれている「鳥かご」を強酸の湖に落とそうとする!
 トラッシュは、エトワのアートを借りて、湖面を駆け抜け・・・
 湖面すれすれで、鳥かごを受け止めた!

     ★     ★     ★

「ぬがああああぁぁぁっっっ!!!」
 トラッシュが一声吠えて、鳥かごの網を、手で引きちぎった!
 それはアートの結界が張られていて、電気ショックとなってトラッシュを痛めつけるが・・・
 今のトラッシュには、それに耐えうるだけの気力があった。
「トラッシュ!」
 ワグダが、湖岸づたいにトラッシュのもとに駆け寄る! ものすごいスピードだ。
「その子を受け止める! こっちに来い!」
 鳥かごから気絶しているエトワを引っ張り出したトラッシュ。湖岸にたどり着き、手をさしのべるワグダに、エトワを手渡そうとするが・・・
「そ、そうはいくか!」
 ベニッジがそう言うと、ベニッジが操る「鳥の絵」が、ワグダの背中に体当たりした!
「わわっ!? わっ、わあっ!!」
 ワグダは、バランスを崩して、湖に倒れそうになる!
 ブーツのつま先は、かろうじて陸地に残っているが、上半身が大きく傾いて、今にも湖に飛び込みそうになった!
「わ、ワグダお姉さん!」
 とっさに、トラッシュはワグダを支えようと駆け出す!

 むぎゅっ!

 トラッシュは、エトワを頭の真上に掲げ、バンザイの姿勢だ。両手をふさがれた状態で、倒れるワグダを支えようとしたので、トラッシュは・・・
 ワグダの体を、顔で支えていた。
 ちょうど、ワグダの胸の谷間に、顔をうずめた形になった。

「な、なによ、あれはァァ〜〜ッッ!!??」
 またしても、ヒビナのヒステリーが炸裂した。

     ★     ★     ★

「す、すまんな、トラッシュ・・・」
 ワグダが、苦笑いでわびる。
「いいはら、はやふ、はなれへふれよ(いいから、早く、離れてくれよ)!」

「ワァァァグゥダアアアァァァ!!!」
 ワグダにも引けをとらない猛スピードで、ヒビナが駆け寄ってきた。
「アンタねえ、なにかというとトラッシュに密着するのは、どういうこと!?」
「いや、そのつもりはないんだが、そうなっちゃうんだけど・・・」とワグダは悪びれない。
 ヒビナは、ワグダの背中を引っ張り、トラッシュから引き離す。
「はあ、助かった・・・ありがとう、ヒビナ」とトラッシュ。
「礼には及ばないわよ! フンだ!」
 トラッシュはエトワを抱えて、陸地に上がってきた。トラッシュの靴底だけは湖面に接していたので、酸で焼けていた。厚底のボード用ブーツでなければ、とっくに穴が開いていたかも知れない。
「いやあ、一時はどうなることかと・・・」
 そのとき、トラッシュ、ヒビナ、ワグダは、なにかを忘れているよーな気分だったが・・・
 背中に、冷たい視線を感じて、それを思い出した。
「・・・どいつもこいつも、お、オレをバカに、オレをバカに、オレをバカに・・・」
 その冷たい視線を、苦笑いとともに振り返った3人の視界には・・・
 クレーン車の運転席でワナワナとうちふるえる、ベニッジの青い顔が映った。

「・・・オレをバカにしやがってえええぇぇぇっっっ!!!」

 グオオオオオォォッッッッ!!!

 クレーン車が雄叫びを上げた!
「だあああああっっっ!!!」
 トラッシュたちは、追走するベニッジのクレーン車から逃げまどう。
『な、なんてウカツなやつらだ・・・』と、シャマルはあきれる。
「ヒビナ、エトワを頼む! オッサンの狙いはオレだ!」
「わ、わかった・・・!」
 トラッシュは、ヒビナにエトワを託した。いまだに、エトワは気を失ったままだが、ヒビナは抱きしめる腕に伝わる、その小さな体のぬくもりに、わずかに安堵した。

 ブンッ! ブンッ!ブンッ! ブンッ!

 クレーン車は、信じられないスピードとパワーで、クレーンを振り回し、トラッシュを追い続ける。クレーンはまるで巨人の太い腕のように、トラッシュを捕らえようと、うなりを上げる。
「な、なんだよ? あのクレーン車の動きは!?」
 トラッシュに答えて、ワグダは・・・
「スイーパーの特殊車両、ロボ・クレーンだ! 文字どおりロボット並みの動きができる!」
「くっ、う、ウィンドボードがあれば、逃げ切れるのに!」
 ボードは、トラックに積んだままだった。
「トラッシュ!」
「トラッシュゥゥ!!」
 ワグダや、ヒビナたちの叫び声。ベニッジはまず標的をトラッシュに絞ったらしく、トラッシュのみを執拗に追いかける。ワグダはスイーパーの装備を求めて、オフロードバギーへと急いだ。
 シャマルとフォルケは、そんな様子を、ただ息を飲んで見つめていた。
 シャマルが奥歯を噛みしめる。
「あっっ!」
 トラッシュが、石ころに足をとられた! そのまま転倒!
「ひっ・・・ひっ・・・ もらったあ!」
 ベニッジの顔が歓喜に歪む!
 クレーン車は、今まさに、トラッシュを踏みつぶさんとする!

「トラッシュゥゥ!!!」
 ヒビナの悲鳴!

     ★     ★     ★

 そのさまを見ていた、シャマルは・・・
 体の中で、なにかがたぎるのを感じていた。
『なんだ、オレはなにをしたいんだ?』
 汗ばんだ手を、握りしめた。
『トラッシュ! あのアホギツネ・・・変なヤツだ! このオレが、マジになってる! このオレの、本気を引っ張り出してる! あのキツネ野郎がッッ!!』

「トラアァァァッシュ!!!」
 シャマルは叫び、クレーン車に向けて駆け出すと、左手を掲げた!

「お前はアホだッッ!! そしてこの、オレもなァッッ!!!」

 シャマルの左目が・・・
「金色」に光った!!

 カアアアアアァァァッッッ!!!

「!? なに・・・!?」
 ようやくオフロードバギーにたどり着いていたワグダは、背後の、金色の輝きに振り返り、目を奪われた!

「・・・な、なんだ!? どうした!この、この! 動け!」
 ベニッジが焦り出す。クレーン車は、トラッシュを踏みつぶす寸前で立ち往生し、ぴくりとも動かない! そのボディは、黄金色に輝いていた。
 トラッシュはアゼンとそれを見ていたが、やがて立ち上がって、駆けだした。

「・・・さあ、お前はお前の意志で動け! お前はもう自由だ!」
 シャマルがそう言うと・・・
 黄金色のクレーン車が、ベニッジの意に反して、勝手に動き始めた!
「こいつ!? こいつッ!! 操縦ができん! 言うことをきかんぞ!?」
 ベニッジはもはやパニック状態だ。
 クレーン車は、まるでダンスでも踊るかのように、クルクルと旋回しながら、クレーンを振り回す!
「う、うああっっ! 目、目がまわる・・・」
 あげくには、ベニッジは運転席から放り出されてしまった。

 シャマルは、左手を掲げたまま、滝の汗をかいている。やがて、ハアハアと荒い息をつき・・・
 がっくりと、ひざをついた。
 そのとたんに、金色の光は消え失せ、クレーン車のダンスも止まった。
 ブシュウゥッッ!!
 クレーン車のモーターが異音を発し、油が焼けるいやな匂いとともに、沈黙した。
 激しい動きに、モーターが音を上げてしまったらしい。

 ワグダは、シャマルの側に立って、見おろしていた。
「シャマル、お前・・・」
「へへへ・・・ゴールドのアートは、ちっとばかし集中力がいる・・・こたえるな・・・」
「お前、シルバーじゃなかったのか? ゴールドのアートも使えるなんて・・・まさか!?」
 ワグダは、驚きを隠せない。シャマルは、流れる汗もぬぐわずに、不敵な笑みを浮かべて、こういった。
「そう・・・そうさ、オレは、『クロス・クラス』・・・」

     ★     ★     ★

「オレは、シルバーでもあり、ゴールドでもある・・・生まれつき、両方の力を備えてた・・・」
「100万人に1人・・・クロス・クラスだというのか・・・シャマル・・・」
「オレは、シルバーの両親から産まれ、シルバー階層に暮らしてた。だが・・・気がつけば、オレの左目は、ゴールドの光を放ち、ゴールドのアートを使えるようになってた。今のように、命なきものに命を吹き込むというアートをな・・・
 そんなオレに、フォーミュラは、特別措置として、シルバーでも、ゴールドでも、好きなように階層を行き来できる特権を与えた。
 だがな、それは特権でもなんでもなかった・・・オレはな!? ゴールドにいれば、あいつは半分シルバーだと言われ、シルバーに行けば、あいつはゴールドだと言われ・・・オレの居場所は、どちらにもあるのではなく、どちらにもなかったんだ!」
 シャマルは、顔を歪めて、そう吐き捨てた。
「オレは、鬼っ子さ・・・ そのせいで、オレの家族はバラバラになった・・・ オレは、自分の運命を呪った。以来、オレは自分からウェイストに流れて、世捨て人になることを誓った。階層なんてくだらない、同じような輩だけで固まって、異質なモノを排除する、そんなくだらない生き方とは無縁でありたかったからだ・・・」
 シャマルは、フッ、と、自嘲気味に笑った。
「そんなオレが、こんなところで、なにをしてんだろうな・・・ 世捨て人気取りが、人助けのつもりか・・・」
「いいじゃないか、お前は自由なんだろ?」
「!!??」
 ワグダのセリフに、シャマルは振り向いた。
「なら、心のおもむくままに生きればいい」
 ワグダはそう言うと、またオフロードバギーに戻っていった。
『自由、か・・・』
 シャマルは、大きく息をついて、天を仰いだ。

     ★     ★     ★

「ベニッジ! どこへ行ったの?」
 エトワを抱きかかえたヒビナは、あたりを見回した。
「あれ、そういえば・・・」
 トラッシュはのんきな言いぐさだ。かろうじてクレーン車から逃れ、ベニッジを見失っていた。
 すると、にわかに、あたりは薄暗くなってきた。
「!? 日没にはまだ早いぞ・・・?」

 バサバサバサバサッッ!!
 ザワザワザワザワッッ!!

「うわあっ!! こ、これは!?」
 見上げれば、上空には・・・
「『鳥の絵』の、大群!?」

 えんぴつ描きの輪郭だけの「鳥の絵」が、大群となって上空を舞っていた!
 空を真っ黒に染めたベニッジのアートは、トラッシュやヒビナたちをめがけて、急降下してきた!!

「キャアアアアッッ!!!」
「くっ・・・なんて数だ!」

「鳥の絵」とはいえ、そのくちばしで一斉につつかれると、けっこうな痛さだった。

「ヒャアアアッハッハッハッハッハッハ!!! どいつもこいつも血を見ればいい!」
 ベニッジの奇声が、どこかから響き渡る。

「くそおおっ!」
 トラッシュは、両手のひらを天空に突き上げた!
 目をつぶり、集中する!
 すると、両手の間に、もくもくと、黒い雲がわき上がり・・・
「これがエトワの、水のアートだ!!」
 カッ!っと、目を見開くと・・・
 直径2メートルほどの黒い雲から、天に向かって、水の粒子が勢いよく舞い上がった!

 ヒビナは・・・
「あ、雨が、空に向かって降ってる?」
 その雨は、トラッシュの周囲に美しい虹を呼んだ。
 逆方向に舞い上がる雨は、「鳥の絵」たちにぶつかると、もともとがえんぴつの芯の成分であるそれらは、徐々に溶けていった!

「こっちも、負けてられるか!」
 ワグダは、オフロードバギーから持ち出したジュラルミンケースを開くと、中からパーツを取り出し、バズーカ砲のような筒状の武器を組み上げた。
「急遽作ったんでテストなしだが、効いてくれよ・・・ フォルケ! 弾を込めろ!」
「えっっ!? は、はいっ!!」
 フォルケが、ワグダに指し示された、もう一つのジュラルミンケースを開けると、そこには直径5センチメートルほどの、砲金製の弾丸が10個並んでいた。
 フォルケが、バズーカ砲にそれを装填し、ワグダが上空の「鳥の絵」の群れに向けて、引き金を引いた!

 バシュウウウッッ!!

 弾丸は弧を描いて「鳥の絵」群の真ん中に到達すると、パアンッ!っと軽い炸裂音とともに弾けた。
 その中からは、白いボールが3個飛び出し、それは高速で回転しながら、「鳥の絵」群の合間をかいくぐり飛び回る!
 するとどうだろう? ボールの軌跡にそって、「鳥の絵」は、どんどん消えていった。
「見たか! 消しゴム弾の威力!」
「け、消しゴム弾!?」
「えんぴつには、やっぱ消しゴムだろ?」
 そういってワグダは、フォルケにウィンクした。
『な、なんて単純な・・・でも効いてることは効いてる・・・』
 フォルケは苦笑いだ。
 だが、ワグダは、昨日はじめて見たベニッジのアートを警戒して、たった一晩でこんなものを作っていたのだ。その事実には、フォルケは脱帽した。
「ぼやぼやすんな! 次の弾をこめろ!」
「は、はいいっっ!!」
 上空からは、消しゴムのカスがぱらぱらと降ってきた。

     ★     ★     ★

 トラッシュの「逆さ雨」と、ワグダの「消しゴム弾」の効果で、「鳥の絵」群はみるみる数を減らしていった。
「うぐう・・・」歯がみするベニッジ。その視界の端に、ヒビナの姿が映った。
 一方、トラッシュの口の中のキャンディは、溶けてなくなる寸前になった。
「やばっ・・・これ以上は、水のアートは・・・」
 すると、そこへ悲鳴が響き渡った!

「キャアアアアアァァァッッッ!!!」

「ひ、ヒビナッッ!? エトワァッ!!」
 エトワを抱きしめているヒビナが、なにか「黒いもの」にまとわりつかれている。それは、巨大な「手」だった! その手に捕まれたヒビナとエトワは、そのまま空中に持ち上げられた!
 そばにはベニッジが立っている。巨大な手の腕は、ベニッジのスケッチブックから、にょっきりと延びているのだ!
「ベニッジ! アンタ・・・」
「おっと! ヒビナ、これ以上オレを侮辱するセリフを吐くと、酸の湖に落ちるのはテメエだぞ!?」
「ま、まだなにも言ってないじゃない・・・」
「うるさいうるさいうるさい! オレに口答えするなあァッッ!!」
 もはや、狂えるベニッジにはなにを言っても通じないようだ。
 ワグダは、ベニッジに言葉をかければ、逆上させるだけなので、あきれた表情とともに、冷たい視線を送るしかなかった。浅いため息をついた。
『また人質か・・・ 同じ手を、それも姑息な手を何回使えば気が済む・・・』
 この状況はピンチには違いないのだが、なぜかワグダは冷静だった。というか、冷めていた。もはやベニッジには勝ち目はない、そう確信していた。
 それには、もう一つ理由があった。
『こんなピンチでも、トラッシュたちは切り抜けてしまいそうな気がする・・・ どうやってこの状況を脱するか、楽しみと言えば楽しみだ。ワクワクするね・・・』
 そんな不謹慎なことを思っていたのだ。

「イリーガルッッ! 貴様、これ以上オレに逆らえば、この2人はどうなるか、わかってるな!?」
「・・・オッサン、もうやめようよ・・・こんなこと、いくら続けても、なんにもならないよ」
「口答えするなと言っている!」
 ベニッジはそう言うや、拳銃を抜き、銃口をトラッシュに向けた!
「!!?? ベニッジ!?」ヒビナが声を上げた。
「・・・こいつはなあ、タダの弾丸じゃないぞ! お前の体に食い込んだら最後、体内をメチャクチャに食い荒らすマイクロマシンが仕込まれてる! お前は苦痛にのたうち回って・・・」
「撃ちなよ」
「!!??」
 トラッシュの言葉に、一同はアゼンとした。
「撃てばいい。それでオッサンの気が済むなら、好きにしろ。そのかわり、みんなを解放すると約束しろ。なら、これで終わりにしてくれていい」
 トラッシュはおだやかな顔をしていた。
 それはトラッシュの本心だった。なによりも、憎しみにかられたベニッジを、トラッシュは哀れに思ったのだ。ヒビナもエトワも、みんな救われて、ベニッジの気が済むというのなら、それでいいと思っていた。
 べつに犠牲になろうと思っているワケじゃない。トラッシュがそれを望んでいるのだ。
「トラッシュ・・・」
 ヒビナは息を飲んだ。
「こ、このガキ・・・」
 トラッシュの落ち着いた立ち居振る舞いは、かえってベニッジには驚異だった。トラッシュが恐怖にうちふるえ、許しを請う姿を期待していたベニッジは、逆にトラッシュに恐れを感じた。
「・・・貴様、どこまでもこのオレをバカにするかァッッ!!」
 そんな風にしか感じられないベニッジを、ワグダは心底、哀れんだ。
『あんな使用禁止の武器まで手に入れても、それは力にはならない・・・トラッシュに対してはな』
 ベニッジの目が血走る。
「・・・うあああああああぁぁぁっっっ!!!」

 ベニッジは引き金を引いた!!

 パンッッ!!!

 銃口が火を吹き、青白い硝煙を突き抜けて、弾丸がトラッシュめがけて飛んでいく!!

『トラッシュ、トラッシュ、トラッシュ!!!』
 祈るヒビナの目が!
「銀色」に、光った!!!

     ★     ★     ★

 そのとき、その場所にいた人たちは・・・
 一瞬、なにが起こったのかを把握できなかった。
 トラッシュも、ベニッジも・・・
 ヒビナもである。
 トラッシュの頭をとらえたはずの弾丸が・・・
 トラッシュの目の前で、停止していた!!
 見えない壁に突き刺さったように停まった弾丸は・・・
 激しく回転し、やがて止まった。
 そして、トラッシュの足下にポトリと落ちた。

 ヒビナは、「巨人の手」に捕まれたまま、左手でエトワを抱きしめ、右手のひらを突き出していた。
 その姿に気づいたフォルケが・・・
「ひ、ヒビナ! キミ、アートが・・・」
 その声に、はっ、とヒビナは我に返った。
『あたしのアートが・・・戻った!?』
 ふと、ヒビナは、もう一度自分のアートを試した。目をつぶり、気を集中すると・・・
 巨人の手から、ヒビナは、ふわりとすり抜けて、地面に着地した。
「な、なにをした!? 貴様!!」
 うろたえるベニッジに、ヒビナは冷ややかにつぶやいた。
「物質の密度を変える、あたしのアートよ。密度を下げれば、あたしはどんな拘束からも逃れられる・・・」
 そう、ヒビナのアートは、空気の密度を上げて見えない壁を作るように、「巨人の手」の密度を下げて、すり抜けることもできたのだ。
「結界を張っておくべきだったわね」
「ひ、ひいぃぃっっ!!」
 ふたたび、うろたえはじめたベニッジ。あわてて、「巨人の手」で手近な岩をつかんだ!
 それをヒビナたちに投げつけようとする!
 そのとき!

 ズバアアァァッッ!!!

 何者かがとつじょ、ヒビナの目の前に飛び込み、その手にした剣で「巨人の手」を切り落とした!

 ドシャアアァァッッ!!

 岩もろとも、「巨人の手」は音を立てて地面に落ちた。その衝撃か、それともベニッジの集中力が切れたのか、「巨人の手」は粉々に散って消えた。
「お、お前は!!??」

「巨人の手」を切り捨てたその人物。髪は長く、背が高く、鍛え抜かれた肉体を、制服に包んでいる。それは、スイーパーの制服・・・
 ワグダは、よく見知った、あまりにも意外なその登場人物の名を叫んだ。

「キリィ・キンバレン!?」

「き、キリィ大尉!?」
 キリィと呼ばれた人物は、まるで瞬間移動のごとくベニッジの眼前に迫ると、もう一太刀を振るった! するとベニッジの手からスケッチブックが跳ね上がり、空中でバラバラに分散! 幾枚もの真っ白なページがはらはらと舞い散った。
「ひっ、ひっひいいいぃぃぃ!!!」
 ベニッジは、真っ青な顔で、一目散にその場から逃げ去った。
 キリィは、トラッシュを一瞥すると・・・
「彼を追ってくれ。わたしもあとから行く」
「は、はい!」
 トラッシュは、あっけにとられていたが、その男の醸し出す雰囲気に飲まれたのか、素直に従ってしまった。そんな自分に困惑しながらも、トラッシュはベニッジの後を追って、駆けだしていく。
 目の前で起きた現実が信じられず、目をパチクリさせているヒビナ。
 そのヒビナを振り返ったキリィは、手にした剣を地面に突き立て、ヒビナとしっかり視線を合わせた。
「大丈夫だったか?」
「・・・は、はい! キリィ隊長!」
 精悍な顔立ち、涼しい目・・・強靱な精神力をたたえ、知性と、神秘性を備えたその風貌が、ヒビナの目の前、40センチメートルほどにあった。ヒビナがあこがれてやまない男の姿が。
 ヒビナの頭の中は真っ白になった。いや、ピンク色かも知れない。
 キリィは、ヒビナの心の内にはかまうことなく、ワグダに向けて声を発した。
「ここは頼む、ワグダ・パレスモ少尉」
「了解しました! キリィ大尉!」
 そして、キリィはさっそうと、ベニッジとトラッシュが駆けていった方向へ走り出した。

 ワグダは、そこに残された剣を見つめながら、唐突に出現したキリィの気配を、まったく感じられなかった事実に、小さく舌打ちした。
『一枚も二枚も上手と言うことか・・・』
 フォルケは、尊敬している上司を前に、一歩も動けなかった。シャマルは、冷ややかな視線を送っていたが、キリィの存在感に、気圧されている自分を見つけていた・・・
 だが、誰よりも、一番度肝を抜かれていたのは、ヒビナだった。
 ヒビナは、凍り付いて、ぽかーんと口を空けていた。やがて、へなへなとその場に崩れ落ちた。抱いていたエトワを落っことしそうになり、「おっとっとっと」と、あわててワグダがエトワを受けとった
 フォルケは、ヒビナの目の前で、手を振ってみた。
「ヒビナ、おいヒビナ!!」
 それでも、ヒビナは、まだポーッとしている。ほほがピンクに染まり、目の焦点が定まっていない。
「ああ、だめだこりゃ。ヒビナのヤツ、壊れてる・・・」
 そのヒビナの心の内はというと・・・
『ああ、キリィ大尉・・・いや、キリィ・キンバレンさま! このあたしを案じて、助けに来てくださったのですね! ベニッジの毒牙におちようとするあたしを、あたしだけを救うためにこんな辺境の地まで・・・』
 ずいぶん、自分中心な妄想を抱いていた。
 と、突然ヒビナは・・・

「ああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!」

 とつぜん、そんな叫び声を上げて、フォルケの心臓を跳ね上げさせた。
「だあっっ!? な、なんだよ、ヒビナ!?」
「しまったああぁぁっっ!! 忘れてたああぁぁっっ!! キリィさまに、あたしをスイーパーから追放したのがキリィさまの本意なのか、確かめるのを!!」

     ★     ★     ★

「な、なんでオレ、オッサンを追いかけてんだろう!?」
 トラッシュは、走りながら、そう考えていた。ベニッジがもうトラッシュたちの前に現れないのなら、それでも良かった。なのに・・・
 ワグダがキリィ・キンバレンと呼んだ、あの男。ものすごい存在感を感じさせる男の言葉とはいえ、素直に従ってしまっている自分が不思議だった。
 気がつくと、そこは、トラッシュが「宝の山」と呼んだ、ゴミ捨て場だった。
 機械油の匂いが立ちこめている。

 ゴオオオオオォォォッッッ!!!

「うわっ、わわわ!?」
 とつじょ、轟音とともに、ゴミの山を蹴散らして、パワーショベルが姿を現した。
 先ほどのクレーン車と比べて、ひとまわり大きい車体は、パワーも数倍ありそうに見えた。パワーショベルとは言っても、アームの先には、ビル解体用の「鉄の爪」がついたタイプだ。
「来るなっ、来るなああああッッ!!!」
 半狂乱で、「鉄の爪」を操作しているのは、ベニッジだった。
「オッサン、もうやめよう! エトワさえ無事なら、オレはもういいんだ!」
「じゃ、じゃあ、なんでオレを追ってきた!?」
「えっ!? あ、それは・・・」
「き、貴様、キリィ・キンバレンに言われて、オレを追ってきたんだろう!!」
「うん」
「・・・ムキイイイイイィィィ!!!」
 トラッシュは、素直に答えすぎた。
 ベニッジは、キリィの出現で、もはやスイーパーとしても道を外れてしまった自分が、出世どころか、その身分をも問われると思い、自暴自棄になっていた。
「とりあえず、お、オッサンを止めないと!」
 そう思ったトラッシュだったが・・・
「ああっ!? しまったああ!!」
 水のアートでベニッジを止めるすべを考えていたトラッシュだったが、口の中のキャンディは、とっくに溶けてなくなっていた。
「もう、エトワの力は使えない! ど、どうしよう・・・」

 グオオオオォォォッッッ!!!

「鉄の爪」を振り回し、ベニッジがトラッシュに迫る!
「うひょおおおぉぉぉっっっ!!!」
 トラッシュは、ゴミの山に飛び乗り、アームをかわしていく!
『あのパワーショベルも、ロボなんとかってヤツか! スイーパーの高機動タイプ!』

 ガシャアアアァァアッッッッ!!!

「わわっ、わあああ!!」
 足もとのゴミ山をアームですくわれて、トラッシュはバランスを崩した。
 ゴミの雪崩に流されるトラッシュ!
 だが、そのために、ベニッジもまた、トラッシュの姿を見失った。
「ど、どこへ行った・・・? イリーガル!!」
 あたりを見回すベニッジ。
「出てこい! イリーガルゥゥ!!」
 すると、その声に答えたのか!?

 ドシャアアアァァァッッッ!!!
「オレの名は、トラッシュだあああっっっ!!!」
 ゴミの山の中から、ホイールローダがジャンプして現れた!
 先日、トラッシュが見つけ出した小型のホイールローダは、トラッシュの手でさまざまな改造を施されていた。
「ひっっ!?」
 あらゆるものにおびえきっているベニッジは、「鉄の爪」と比べてもちっぽけなホイールローダにさえ、恐れを抱いた。

 少し離れた位置で、キリィは、その様子を見ていた。
 フッ、と、笑みを浮かべて。

     ★     ★     ★

 ガツッ! ガツンッッ!! ガガンッッ!!!

 ベニッジとトラッシュは、その「鉄の爪」とホイールローダをぶつけあって、戦っていた。
 パワーで勝る「鉄の爪」だが、トラッシュがチューニングしたホイールローダは、まるでサンドバギーのように、小回りで勝っていた。ときにトラッシュはホイールローダの前部、土砂を押しのける「ブレード」で、「鉄の爪」の足下をすくい、動きを封じた。
 トラッシュは、ホイールローダでゴミの山を縦横無尽に駆けめぐり、「鉄の爪」をほんろうしていく。
「バカにしやがって! バカにしやがって! バカにしやがってぇぇっっ!!」
 わめきながらアームを振り回すベニッジ。するとトラッシュは「鉄の爪」の周囲でスピンターンを繰り返し、足下のゴミを浴びせかける。
「うわっ! この・・・イリーガル!」
 車体にうずたかく積み上げられるゴミの山。「鉄の爪」の挙動が鈍くなり、ついにはゴミに埋もれて動きを止めた。
「オッサン! もういいだろ?」
 スピンターンを止め、運転席からベニッジに訴えかけるトラッシュ。
「オレは近いうちにココを出て行く! 旅を続けるんだ。オッサンの目の前から消えるんだ! だからもう水に流そう!」
「・・・水に流そう、だと?」
「ああ」
 ベニッジは血走った目を見ひらき、叫んだ!
「それがバカにしてると言うんだ!」
 ベニッジは運転席に備えてあった非常灯、フラッシュライトを点灯し、トラッシュに向かって投げた!
「うわっ!?」
 そのまぶしさに目を背けたトラッシュの、一瞬の隙を突いて、「鉄の爪」はホイールローダの足下を下から大きくすくった!
 またしてもゴミの雪崩が起き、ホイールローダはバランスを崩した!
「し、しまったぁ!」トラッシュは叫ぶ!

 ガキイイィィッッッ!!!

「鉄の爪」が、ホイールローダの運転席を捕らえた!
 ベニッジはそのままホイールローダを持ち上げて、運転席のトラッシュと向かい合う。
「ひひ、ひひひ・・・つぶしてやる、イリーガル! ぶっつぶしてやるゥゥ!!」
 ベニッジの目はもはや、常人のそれではなかった。
「鉄の爪」は、運転席もろともトラッシュを押しつぶし始めた!
 ミシッ、ミシッ!! ギギギギイィィッッ!!
 ホイールローダは、悲鳴にも似たきしみ音を上げる!
「うわああああっっ!!」
 運転席にはさまれているトラッシュは脱出できない。トラッシュの全身に激痛が走る!
『あのレバー、あ、あれに手が届けば・・・』
 トラッシュは、運転席の1本のレバーに手をのばすが、体を締め付けられ、もう少しのところなのに、届かない!

 キリィは、冷静にそのありさまを見ていた。
 ふと、その口をついて出た言葉は・・・

「いいのか? リリネア・・・これでおしまいにしても・・・」

     ★     ★     ★

 全身を襲う激痛に、トラッシュの気は遠くなっていった。
『こ、これで一巻の終わりか・・・?』
 トラッシュの脳裏には、エトワやヒビナの姿が浮かんだ。
『ま、いっか・・・みんな、無事だったんだよな・・・』
 すると、トラッシュには、あたり一面に花畑のような、さまざまな色彩の雲が浮かんでいる光景が目に映った。
『げ、幻覚か・・・いや、いつも見る、夢の景色みたいだ・・・』
 すると、そこへ・・・
 いつもの夢に現れる、女神が姿を見せた!

『あ、アンタ!』

 女神は、相変わらずの哀しそうな微笑みをトラッシュに向けた、
『・・・アンタに言われて、西へ向かって旅に出た、結果がコレだぜ? ・・・まさか、コレがアンタの望みだったんじゃないよね?』
 女神は、いっそう哀しそうにうつむいた。
『・・・なあんてな。いいんだ、気にしなくて・・・ アンタに夢で告げられたからといっても、西へ向かう旅を決めたのは、オレ自身なんだ。アンタのせいじゃない、旅に出たのはオレの意志なんだから・・・』
 と、そのとき。
 夢の女神は、両手を広げて、舞うようにふわりとトラッシュのもとに駆け寄り・・・
 トラッシュを、優しく抱きしめた。
『!!??』
 暖かくて、いい匂いがする。抱きしめられていると言うより、女神の大いなる温もりの中に、取り込まれたように感じる・・・
 そして、トラッシュは・・・
 確かに、聞いた。
 今まで、何度も見た夢。夢の女神・・・ だが、はじめて、その声を、聞いた。

『待っているわ・・・ずっと・・・』

 その瞬間!
 トラッシュの眼前を、膨大な数の流星が走り抜けていった。
 それは光の洪水となり、トラッシュの体を突き抜けた。
 赤や青や紫の光。それらが駆けめぐり・・・
 トラッシュは、自分の体の内側が、星々が飛び交う、広大な空間を抱えているように思えた!

『あ、あ、あ・・・』

 トラッシュは、知った。
『オレの中に力がある! エトワにもらった力じゃない、オレの、オレだけの力が! これは、オレの・・・アートか?』

 トラッシュの、薄れゆこうとした意識が、たった今、戻った!
「うああああああぁぁぁっっっ!!!」
 カッ!と目を見開き、トラッシュは、右手を力いっぱいのばした。それはホイールローダの運転席で、1本のレバーに届いた!
 力を込めて、それを引く!

「オレがいじった機械は、元よりすごくなるんだあっっ!!」

 バシュウウゥゥッッ!!

 ホイールローダの前部から、「ブレード」が、射出された!
「なにいぃっっ!!??」
 驚いたのは、ベニッジだ。
「ブレード」は、油圧の力で勢いよく撃ち出され、それは「鉄の爪」の運転席を直撃した!

 ガシャアアァァァッッッ!!!

「ぐああああぁぁぁっっっ!!??」
 その衝撃で、ベニッジは運転席からはじき出され、「鉄の爪」は、沈黙した。
「鉄の爪」の拘束は解け、トラッシュは、すんでのところでホイールローダの運転席から脱出した。「鉄の爪」とホイールローダは、もつれあいながら、ゴミ山から転落していく。
 ベニッジもまた、ゴミ山を転がり落ちた。落ちた先には大型のコンテナボックスがあり、ベニッジはそのシルバー一色の壁面を背にして倒れ込んだ。
 トラッシュは、そのベニッジに向かって、ゴミ山の上からジャンプした!

 ちょうどその頃、トラッシュたちを追ってきたヒビナ、ワグダ、フォルケ、シャマルが、ゴミ山にたどり着いた。フォルケが眠れるエトワを背負っている。

「あ、あれ、あそこ!」
 ヒビナが指さす先には、トラッシュとベニッジの姿があった。

「これがオレの力、オレのアートだ!!」
 トラッシュが叫ぶ!

     ★     ★     ★

 ヒビナたちの目の前で・・・
 トラッシュの目が、光を放った!
「と、トラッシュのアート!? でも、あの光、光の色は!!」
 そう、トラッシュの目は、「オレンジ色」の光を放っていた!

 トラッシュは、コンテナを背にしたベニッジの、おびえきった顔の、その額に右手の人差し指を当てた!
「ひっ! ひぃぃっ! ひいいいいぃぃぃっっっ!!!」
 とたんに、ベニッジの体が、光に包まれ・・・
 それは、まるで背後のコンテナに溶け込むように、光ごと吸い込まれていくように、消えていった!

 カアアアアァァァッッッ!!!

 一瞬の光の瞬き!
 ヒビナたちには、ベニッジの姿が、この世から消えたように見えたが・・・
 光がおさまると、コンテナの前には、ちゃんとベニッジの姿はあった。
「はあ、はあ、はあ・・・」
 ベニッジの額に人差し指を当てたままのトラッシュは、汗だくで、息が荒かった。

「トラッシュ!」
「トラッシュゥゥ!!」
 ヒビナたちは、トラッシュの元へ駆け寄った。
 そこで、あるものを発見して、全員が息を飲んだ。
 ベニッジの背後、コンテナの壁面に・・・
 巨大な、絵が描かれていたからだ。
「な・・・なにこれ?」
 ヒビナ以下、みな、その絵、不思議なタッチの抽象画に、目を奪われた。

「と、トラッシュ・・・アンタ・・・」
 ヒビナがかけた言葉に、トラッシュは、荒い息とともに答えた。
「そう、これがオレのアート・・・アート使いを、セイレイのもとに封印する」
「せ、セイレイ? 封印? この絵が、そうなの?」
「・・・オッサン、アンタ、もう、アートは使えないぜ・・・」
「な・・・!?」
 おびえた表情のままベニッジは、あわててポケットサイズのスケッチブックを取り出すと、えんぴつで「鳥の絵」を描いた。
「う、動け、動け!!」
 ベニッジはアートの力で、その絵を動かそうとするが・・・
 そこには、なにも起きなかった。ただの、絵でしかなかった。
「ひっ、ひいっっ! 動け、動け動け動けぇぇっっ!!」
 ワグダは、網膜スキャナを取り出すと、パニック状態のベニッジの目に当てた。

 ピーーーーーーーッッ!

 スキャナの液晶スクリーンには・・・
『WASTE』と、表示された。

「アンタ、落ちたね・・・」
「ひっ!?」
 ベニッジは、哀れなほどに情けない顔をして・・・
「ヒアアアアアアァァァッッッ!!!」
 悲鳴を上げて、走り去っていった。

 トラッシュは、ガクッとその場に座り込んだ。そうとう消耗しているように見える。
 ヒビナは、トラッシュに問いかけた。
「トラッシュ、アンタ、いつの間にアートを・・・」
 だが、トラッシュは荒く息をついているばかりだ。
 ヒビナは、トラッシュを網膜スキャナにかけてみたが・・・

『ILLEGAL』

「・・・変わってない・・・どういうこと?」
「ヒビナ、そういえば、アザクのアートって見たことあるか?」とフォルケ。
「・・・ないわ・・・考えたら、研修でも使っているところ見たことない・・・」
 また一つ謎が増えた・・・ヒビナはそう思った。

 だが、つかの間の沈黙と安堵感は、もろくも打ち破られた。
「お、終わりなのはオレだけじゃない! お前ら全員、いや、このウェイストもろとも、何もかも終わりにしてやる!」
 ゴミ山の彼方から、しわがれたような叫び声。
「ベニッジ!」ワグダが叫んだ。
「へっ・・・へっ! お前らみんな、死のシャワーを浴びるんだな! ヒャアアアッハハハハハハハハハハハハ!!」
「なにいっ!?」
「しまった! 気象制御装置!」
 フォルケが叫んだそのとき、一同は背後の地平に、竜巻が巻き起こるのを見た!
 竜巻の周囲には、6機の円筒形の機械が空中に浮かんでいる。竜巻は文字通り、黒い龍のようなまがまがしい姿で上へと駆け上り、空にはドス黒い雲がわき起こっていた。
 ワグダが苦々しく吐き捨てる。
「装置が竜巻を起こし、湖の強酸を雲に変えた。そして・・・」
「酸の雨が降るのさ! そこいら中になあ! ヒャアアッハハハハハハ!!」
 黒雲は、あたりを闇に沈めるがごとく、空を覆い尽くし始めた!

 と、そのとき・・・

「ベニッジ・ニブライン上等士!」

 ピーンと一本、芯の通った声が、その場の一同に聞こえた。
「!?」

 ゴミ山の稜線の向こうから、歩み寄る人物の姿が一つ。

「スイーパー本部所属、ワグダ・パレスモ少尉のスキャナ・オンラインにより、貴君の階層検出・ウェイストを確認した!」
「あ、あれは・・・」
「さっきの・・・!」
「!! キリィ・キンバレン!?」

     ★     ★     ★

「本データに基づき、スイーパー内規・第3条第1項により、ベニッジ・ニブラインのスイーパー除隊を通達する。本声明は略式であり、後日、正式に処分措置がなされるものとする!」
「ひっ・・・キ、キリィ!?」
 うろたえるベニッジ。
「キリィさま!」
 周囲に無数のハートマークを舞い踊らせるヒビナ。
 トラッシュ達一同の目の前を、キリィは、ゴミ山の劣悪な足場などものともせず、確かな足取りでとおり過ぎた。
 そして、すっと立ち止まると、天に向かって右手を掲げる。
 その瞳が、「金色」に光った!

 シュオオオオオォォォ・・・
「!!??」
 一同の視線は、キリィの右手に集約された。
 右手の中に、泡立つような光が生まれたかと思うと、それはやがて細長い形を作り・・・
 そして、剣になった。

 ヒュワッッ!!

 一振りの剣を、キリィはつかみ取ると、1度2度、それを右手1本で素振りして、正眼にかまえた。
「!? なんだ? なにもないところから、剣を抜いた!?」
 度肝を抜かれたトラッシュに、ワグダは冷静に告げた。
「大気中の物質から、意のままにモノを作り出す・・・あれがキリィ・キンバレン大尉のアート。なにもないところ、『無』から『有』を生み出すように見えることから、キリィ大尉はこう呼ばれる・・・」
 その言葉を受けるように、キリィは涼やかな笑みを浮かべた。

「創造者キリィ、と・・・」

 ワグダの大仰な言い回しにも、一同は疑問を感じなかった。
 キリィの目が、静かに閉じられた。すると、その手の剣が、キイイイインと、甲高い音で鳴き始めた。
 一同は沈黙してそれを見つめる。息を飲む。
 やがて、キリィは・・・

「破ァァァァッッッ!!!」

 気合いとともに、その目を見ひらき、振り返りざま、背後の竜巻と黒雲に向けて、水平に剣を振るった!
 トラッシュは、鮮やかなその一太刀に、目を奪われた。
 少しの間があって・・・

 ギイィィンン!!

 鈍い金属音とともに、竜巻の周囲に浮かぶ、気象制御装置が、6機とも真っ二つに切断された!
「!!??」
 驚愕の一同の目の前で、竜巻は見る見る細く弱々しく力を失い、そのまま元の湖に酸の滝となって落下した。
「いや、まだ!」
 フォルケは勢いを失わない黒雲を指さした。

 すると、キリィは左手を黒雲に向けて差し出し、彼方に浮かぶそれを、握りつぶすような仕草をした。
「!!なんだ、どうなってる??」
 トラッシュは黒雲の異変に声を上げた。
 黒雲は、次第に縮みはじめ、ますますドス黒くなる色彩とは裏腹に、小さく小さく圧縮されていった!
「握りつぶしている・・・雲を!?」
 そう、キリィは空気中の物質をあやつり、巨大な「見えない手」で、雲を握りつぶしているのだ!
 トラッシュは、キリィに目を向けた。圧倒されていた。驚愕、畏怖、そして何故か、ワクワクする気持ち・・・さまざまな感情とともに。
 キリィが左拳を握りしめると、つぶされた黒雲は、大きな酸の水玉となり、湖に落ちた。ドボオオン!とそれは巨大な水柱を上げたが、周囲には人や生き物の姿はなく、被害は何一つ及ばなかったことだろう。

 キリィは、息の一つも乱すことなく、涼しげな表情で、むしろ穏やかな面持ちで、ゆっくりと左手を降ろした。すると!

「キリィ・キンバレェェェン!!」

 奇声に近い叫びが、キリィの背後にとどろいた。
 トラッシュ、ワグダたちが振り向くと、そこにはキリィに向けて拳銃を構えたベニッジの姿!
「お、お、オレをバカにするヤツは容赦しねえ! マイクロマシンに喰い殺されやがれ!」
「オッサン!」
「キャアアアア!」
 トラッシュとヒビナの叫びが交錯する!
 だが。
 キリィは、振り返るや、それまでに見せたことのない鋭い眼光を、ベニッジに照準した!
「ひっ!?」

 射すくめられたベニッジ。勝負はついていた。
 キリィは、低く冷たい声で、言い放った。
「異論があるなら聞こう」

 ワナワナとうち震え、しまいには拳銃を取り落とすベニッジ。
「・・・チクショウ、チクショウ、チクショオオオオウッッ!」
 そのまま、キリィから目をそらし、這いつくばるように逃げ出した。
 誰も、後を追う気すらしなかった。その必要がないことも悟っていた。もう、あの男には何もない。何もできない・・・

 キリィは、一度目を伏せ、フッと息をついた。その一瞬が、トラッシュには初めて彼を人間らしく感じさせた。
 そしてキリィは、そんなトラッシュの内心に応えるように、視線を向けた。
「トラッシュ。それが君の名だな?」

     ★     ★     ★

 一同は、みな一様に緊張感を強いられたが・・・
 ひとりだけ、緊張感のない者がいた。
「き、キリィ・キンバレンさまァッッ!!」
 目をハート形にした、ヒビナだった。
「キリィさまあ、聞いてください! あたしの話を!」
 そんなヒビナには、いさいかまわず、キリィは自分の話を続けた。
「見せてもらったぞ、トラッシュ。キミの力を・・・」
「え・・・??」怪訝そうなトラッシュ。
「キリィさまあ、あたし、キリィさまにどーしてもお聞きしたいことがあって・・・」
「だがトラッシュ、今少しばかり、キミを試させてもらおう」
「あたしぃ、不注意でダウンシフトしちゃったんですけどぉ、それがどうしても納得いかなくってぇ・・・」
 こんなシリアスな場面だというのに、ヒビナは、完全にオジャマ虫なのに気づいてない・・・と、フォルケはため息をついた。
 そんなヒビナなど眼中にないキリィは、トラッシュの鼻先に右手の剣を突きつけ・・・
「来たまえ、トラッシュ」
「えっ!?」

 とつじょ、その場に、一陣の風が巻き起こった!!

 ビュウウオオオオオォォォッッッ!!!

「うわっ!?」
 そして、風が止んだとき・・・
 トラッシュとキリィの姿は、そこにはなかった。

     ★     ★     ★

「トラッシュ・・・トラッシュが消えた!」
「キリィさまあ、キリィさまはどこ!?」
 一同は、消えたかに見えるトラッシュとキリィを探している。
 だが、トラッシュは・・・
「お、おい、みんななにをいってるんだよ! オレはここにいるじゃないか!?」
 トラッシュにしてみれば、同じ場所にいて、トラッシュを探すみんなの姿が見えている。なのに、向こうからは自分がここにいる事がわかっていないようだ。
「無駄だ、トラッシュ。今、我々の空間は、彼らと隔絶されている」
「えっ?」
「トラッシュ、キミと2人で話したいことがあったのだ。悪いが、彼らには席を外してもらった」
「・・・・・・」
「あらためて、わたしの名は、キリィ・キンバレン。スイーパー正規隊大尉だ」
「あ、アンタ、スイーパーなのか!?」
 今ごろ気づくトラッシュ。
「じゃ、じゃあ。オレを捕まえに来たのか?」
「・・・いいや。もちろん、キミを捕まえることが我々の使命ではあるが、今回は違う。名乗りはしたが、一人の男として、キミと話をしている」
「はあ・・・」
「トラッシュ、なぜキミはイリーガルと呼ばれ、なぜスイーパーに追われているか、わかるか?」
「いや・・・全然」
「簡単に言うと、キミの存在を、世界が認めたくないからだ。ここは階層によって全てが成り立っている世界だ。ゴールドはゴールド、シルバーはシルバー、と、分け隔てることで、人は自分を確立している。この世界に住む人間たちの寄りどころなのだよ」
「・・・・・・・・・」
「そんな世界に、どの階層にも振り分けられない人間が現れた。トラッシュ、キミのことだ・・・ それは、世界の根幹を揺るがす存在なのだ」
「そんな、オレ1人に、大げさな・・・」
「いや、大げさでもなんでもない。いいかね? ゴールドにとって見れば、ひょっとしてキミは、自分より上の階層かもしれない。そんなことを、彼らは受け入れられないのだ。得体の知れない存在、自分には理解できない存在を、人間は許せない。だから、キミを追い、捕まえたがる。キミが何者なのか、自分に理解できる形でワクに収めないと、みな、不安でしょうがないのだ」
「そんな・・・オレが一体なにをしたっていうんだよ!」
「なにもしなくても、キミを恐れているのだよ、トラッシュ・・・」
「・・・・・・・・・」
 トラッシュは、沈黙してしまった。
「トラッシュ、この状況を脱するために、キミがなすべき事はひとつ。自分が何者であるかを、世界に示すことだ」
「えっ!?」
「キミは自分で自分が何者であるかを、みなに示さなければならない。これからキミは、その示すべき自分を探しだすのだ」
「自分探し・・・ちょ、ちょっと待ってくれよ! オレは、オレが何者であるかを知っている! トラッシュとして生まれ、トラッシュとして育ち、これからもトラッシュとして生きていく! いったいオレが、オレのなにを探さなきゃならないというんだ!?」
「世界における、キミという定義だ」
「・・・なんなんだ・・・なんなんだよ! ワケわかんねえよ! オレ、頭悪いんだよ!」
 そう言って、トラッシュは頭を抱えた。
 キリィは、そんなトラッシュを見つめていたかと思うと・・・
 とつぜん、トラッシュの右手をとって、手首を握りしめた。

「!!??」

 ふわああっと、暖かな光で右手首が包まれたかと思うと・・・
 手首には、金属製の腕輪が、はめられていた。
 ブロンズ色の腕輪。
「これがあれば、ブロンズ階層に入ることができる」
「こ、この腕輪が?」
「トラッシュ、西へ行け。それはすなわち、次の階層への扉を開けることになる」
「次の、階層・・・?」
「そうだ。キミが旅を続け、成長を遂げるたびに、次の階層への扉を開ける力を身につける。今のキミにはもう、ブロンズ階層への扉を、開ける力がある」
「・・・・・・・・・」
「キミは旅を通じて、学び、知るのだ。自分が何者であるかを。そして、最終目的地は、ゴールド階層の聖地、『王の座』だ」
「王の座・・・?」
「そこへ行けば、全てがわかる。そこへ行けば、全てが変わる・・・ キミという人間の真実、そして階層世界の意味も、意義も・・・ あるいは、階層世界そのものを無意味にするかもしれない、この世界の理(ことわり)をも、手にすることが可能だ」
「な・・・な・・・」
 なんて、デカイ話だ・・・
 トラッシュは、途方に暮れた。そのくらい、想像もつかないものを突きつけられた。そう、思った。
 そのとき。

「返して!」

 とつじょ、トラッシュの耳に、そんな声が聞こえた。
 その声の主は・・・
「エトワ!?」

「返して! トラッシュを、返して!!」
 いつの間に意識が回復したのだろう。エトワは、トラッシュを探し回るヒビナたちをよそに、あらぬ方向を向いて、そう叫んでいた。大地にしっかりと足を踏みしめ、強いまなざしで、真剣な表情で!
 こんなエトワの表情を見たのは、ヒビナたちには、はじめてのことだった。

「トラッシュ・・・次に逢うときは、わたしはスイーパー正規隊大尉・キリィだ。そのときは、わたしの名誉に賭けて、キミを全力で捕まえにいく。わたしと、わたしの部下たちがな」
「キリィ・キンバレン・・・」
 キリィは、おだやかな微笑みをたたえ、トラッシュに告げた。
「あの少女が待っている。行きたまえ・・・」

     ★     ★     ★

「え、エトワ、どうしたの? なにを言っているの?」
 ヒビナが、心配そうな表情で、エトワに言った。だが、エトワは1点を見つめたまま、表情を変えなかった。
 と思いきや、エトワの表情が、フッとゆるんだ。口元には、笑みがこぼれた。
 けげんそうなヒビナ。だが、その後ろで、エトワの視線の先で・・・
 パアアッと、光が発せられた。
 一同が、その光に目を奪われると・・・
 その光の中から、ゆっくりと、トラッシュが歩みだしてきた。
「!!??」
 あっけにとられる一同をほうって、エトワは駆けだしていった!
「トラッシュ!!」
「エトワ!!」
 エトワはトラッシュに飛びついて、ほおずりをした。なんと、うれしそうな表情だろう・・・ エトワは、エトワらしい笑顔で、トラッシュを出迎えた。

「キリィさま? キリィさま? キリィさまあ!?」
 まわりでひとりで騒いでいるのは、ヒビナだ。戻ってきたのは、トラッシュだけだった。
『キリィ・キンバレン・・・アンタ、オレになにを期待しているんだ・・・』
 トラッシュは、たった今起こった出来事が、まるで夢の中だったように思えてしかたがなかった。思い出すと、表情が引き締まった。
 と同時に、エトワを抱きしめている感覚が、そのぬくもりが・・・
 どこかで、同じ感覚を得ていたと思って、不思議な気持ちだった。

     ★     ★     ★

 翌日・・・
「ひいっ、ひいぃっ、ひいいいいっっ・・・」
 スイーパー第8方面支部駐在所のドアを開けて、転がり込んできた男がいた。
 ベニッジだ。
「ひい、ひい、ひい・・・お、おいリドー、水を一杯くれ・・・ や、やっとここまでたどりついた・・・ い、イリーガルに加えて、キリィの野郎まで現れやがって・・・」
 リドーは、ちらとベニッジに目をやったが、気にせずデスクについたままだった。
「ちくしょう・・・あいつら、このオレをバカにしたことを、いつか後悔させてやる・・・ おいリドー! 水はどうした! 早く持ってこい!」
 すると、リドーは無言で立ち上がると、つかつかとベニッジに歩み寄り・・・
 その胸ぐらをつかんで、ぐいっと持ち上げた!
「!? うぐぅっ!?おいリドー! 貴様なにを・・・」
「気安く人の名を呼ばんでもらいたいな」
「!!??」
「ベニッジ・ニブライン・・・ アンタ、ダウンシフトしたそうじゃないか!?」
「うぐっ!?」
「もうアンタはスイーパーでもなんでもない。オレの上司でもない。ただのウェイストだ。オレに命令できる立場じゃないんだよ!」
 そう言って、ベニッジを駐在所の外に放り出した!
「今日づけでオレはリドー上等士だ。この第8方面支部の主任だ! そしてもうすぐ、オレの部下がここに配属される。アンタの居場所はここにはないんだよ! 痛い目を見ないうちに、とっとと消え失せろ!」
「ひっ!? ひいっ、ひいいいぃぃぃっっ!!」
 はいずりながら、ベニッジはその場を後にした。

 市場のにぎわいは、いつもどおりだった。だが、この集落でも、ついに水が枯れ始めたらしく、人々がこの地を後にするのは、時間の問題だった。
 水を求めて、新たなる地へ・・・
 ヒビナは、市場を歩きながら、網膜スキャナのストラップを人差し指に引っかけて、クルクルともてあそんでいた。その液晶モニタの表示は、『SILVER』。
「けどさあ、ヒビナ、キミはほんとうにそれでいいってのか?」
「なによ、フォルケってホントしつこいわねえ。何度も言わせないでよ!」
「だって、信じろっていう方が無理だよ! あれだけスイーパーになることを夢見てたキミがだよ? アップシフトに成功して、シルバーに戻ったというのに・・・」
「辞令も出ていないんだから、あたしの身分はスイーパー追放のままでしょう!? それに、今さら戻ろうなんて気もないわ!」
「でも、アップシフト自体、過去に例はないんだから、本部に頼みこめば、なんとかなるかもしれないじゃないか?」
「アンタねえ!? あたしに、頭を下げろっていうの? そんなこと、天地がひっくり返ったってゴメンだわ! あーやだやだ!」
「・・・ヒビナぁ〜」
 市場を歩きながら、ヒビナとフォルケは、そんな話をしていた。
 トラッシュに頼まれた機械部品を求めて、2人は市場に来ていたのだ。
 キリィとの邂逅のあと、ワグダのモバイルコンピュータに、新たな指令が送信されてきた。
 イリーガル追跡プロジェクトは、いったん見直し、再構成する。そのため、スペシャルチームは一時的に活動停止。ワグダは本部に戻り、フォルケは、新しい指令が出るまで、ウェイストで待機となったのだ。
 追う側、追われる側に、新たな動きが現れている。
 いくつか、謎は残った。
 キリィはなぜ、この地に現れたのか。なぜ、トラッシュと2人で姿を消し、そこでなにがあったのか。
 トラッシュは、そのときのことを詳細には語ろうとしない。
 トラッシュ自身、キリィとの話を、にわかに受け入れるのにはためらいがあったからだ。ワグダやシャマルに、「王の座」のこと、それが階層世界を根幹からくつがえすかも知れない存在であることだけは話してみた。案の定、2人ともその言葉自体を知らなかったし、その存在には半信半疑だった。
 だが、そのことでトラッシュの腹は決まった。

「オレは旅を続ける」

 見たことがないものだったら、見てみたい。それがトラッシュだからだ。
 そして、エトワの答えも、このとき決まった。
 トラッシュについて、旅に出る。
 入院したビィのことは心配だったが、ビィの体のことはむしろ病院に任せた方が安心だ。それに、エトワが帰る家はもうない・・・
 驚きだったのは、そんなトラッシュとエトワに、ヒビナや、あろうことか、シャマルまでがついて行くと言い出したことだ。
 それぞれに、思うところがあるらしい。2人とも、それを語ろうとはしない。
 フォルケは、ヒビナがトラッシュにつけば、スイーパーと敵同士になることを、こうして心配しているのだ。
「ホントは、トラッシュの正体がアザクなのかどうか、探りを入れるのが目的なんじゃないの?」
「なにそれ、あたしはスパイじゃないんだから!」
「・・・まあ、ヒビナが人の言うことを聞かないのは、今に始まった事じゃない。なにを言ってもしょうがないか・・・」
「そういうこと。あきらめて、とっとと帰んなさい」
「あのねえ・・・ まあ、いっか・・・」
 フォルケは市場を後にしようとして、また立ち止まり、ヒビナを振り返った。
「ヒビナ、がんばれよ」
「!? フォルケ・・・」
「キミなりにいろいろ考えてのことだろう? それ自体は、ボクは応援するよ。ボクらは友だちだ。そうだろう? それにアザクのことも、彼がトラッシュなのかどうかはともかく、今でも友だちだと思ってる」
「・・・・・・・・・」
「でも、ボクだってスイーパーの卵だ。正規隊になりたい気持ちは、ずっと変わらない。君たちを捕らえるのがボクの仕事なら、次からは妥協しない。それだけはよろしく」
「お坊ちゃまにつとまるかしら?」
「言ったな・・・?」
 フォルケは、笑顔でヒビナに人差し指を向け、そして振り返り、立ち去っていった。
 ヒビナは、そんなフォルケを見送りながら、思った。確かに、トラッシュとアザクの関連、その真実を知ることも、目的の一つではある。だが・・・
『アンタは甘ちゃんだよ、フォルケ・・・』
 しかし、そう思いながらも、ヒビナはフォルケの友情に、少し晴れやかな気分になった。

     ★     ★     ★

「おおい、少しは手伝ったらどうなんだ?」
「油くさい仕事は性に合わない・・・」
「お前もコイツに乗るんだぞ?」
「ああ、よろしく頼む」
「・・・ったく・・・」
 ぶつぶつ文句を言いながら、トラッシュはビィのトラックを整備していた。
 いや、それはもうトラックではなかった。
 荷台部分は取り外され、大きな箱形のキャビンが積まれた。そう、これはキャンピングカーなのだ。
 トラッシュ、ヒビナ、シャマル、エトワの4人が乗り、移動住居となるのである。
 だが、実質的に作業をしているのは、トラッシュひとりだった。シャマルはこんな調子で手を貸そうとせず、ヒビナはしぶしぶ買い出しにだけは応じた。エトワははしゃぎながら、トラッシュのまわりを飛び跳ねているだけで、手伝っている気分になっていた。
 ビィの家から焼け出されてしまったので、トラッシュたちはテント生活を余儀なくされていた。
 シャマルは、日陰で本を読んでいる。
「手伝わないんなら、他へ行ってくれ!」
「へいへい・・・」

 そこへ、ヒビナが帰ってきた。
「ほらよ」

 ガッシャアアッッ!!

「いてっ! いてえな!」
 トラッシュの頭の上に、紙袋が乗っかっていた。中身は、細かい機械部品だ。
「買ってきたよ。全部そろってると思うけど」
「もお・・・どいつもこいつも・・・」
 嘆きのトラッシュは、機械部品を確認する。
「わーい、ヒビナ、お帰り〜」
「ただいまエトワ、ねえ、お茶入れてくれる?」
「ガッテンだあ〜!」
 エトワは、テントの向こう側のたき火に向かった。
 ヒビナは、トラッシュたちの目を盗むように、こそこそとその場を離れると、ちょっと距離のある、小さな水場へ向かった。
 水場のそばには、崩れたレンガ造りの建物跡があった。そこにはかつて人が住んでいたのであろう。長い年月を経て、水源は巡り巡って、こうして再び水が湧いてきたのだ。
 やがてはここに、新しい集落ができるのかも知れない。だが、今はまだ誰もここには気づいていないようだ。
 レンガ塀の影に隠れ、あたりをうかがっていたヒビナは、携帯電話を取り出し、液晶画面を眺めた。
 そこに映し出されているのは、かつてのキリィ・キンバレンのメール。ヒビナのスイーパー追放を告げる、運命のメールだった、はずだ。
『運命のメール、か・・・』
 ヒビナは、険しい表情になった。
『たかが指先のケガで・・・』
 だが、それをじいっと眺めていたヒビナは、ほほをポッと赤く染め、うっとりとした表情になった。
『ああ、キリィ・キンバレンさま・・・ヒビナは、あなたさまの待つゴールド階層を目指して旅立つことに決めました。
 正直言って、今でもスイーパーを追放されたことには、納得できません。でもそれはキリィさまがおっしゃったように、スイーパーの宿命・・・』
 まるでひとり芝居をうつように、ヒビナは身をくねらせながら、そんなことを考えていた。
「それでも、あえてあたしは、スイーパーの組織自体をひっくり返すことを決意したのです。それには、スイーパーにとってやっかいな存在である、イリーガル、いやトラッシュと行動をともにするのがいいと考えたのです。あいつ自身が、スイーパーの意義を根底からくつがえす存在なのですから!」
 いつの間にか、ヒビナは心の内を、言葉にしていた。
「それに・・・なによりも、まだあたしは、あなたさまの本心をうかがっていません。もし、キリィさまが、このあたしを追放なさったことが本意ではなかったとしたら・・・そのときは・・・」
「そのときは、トラッシュをキリィに差し出すか?」
「!!??」
 ヒビナは、ギョッとした。頭の上から、声が聞こえてきたからだ。
 声の出所を見上げると、そこには、レンガ塀の上に寝っ転がっている、シャマルがいた。
「シャ、シャマル・・・!?」
「どうも変だと思ってたんだ。お前さんがトラッシュと共に旅をすると言い出したときには・・・ 元スイーパーのお前がな」
「・・・・・・・・・」
 ヒビナは、冷や汗をかき始めた。
「ヒビナ、お前は要するに、スイーパーを追放されたことに、まだわだかまりを持ってるんだろ? それでお前の矛先はスイーパーの掟そのものに向かったんだ。スイーパー組織を引っかき回して、連中に一泡吹かせたい。けど、そうすることは、キリィ・キンバレンを困らせることにもなる・・・
 そこでお前は考えた。キリィの近くまでたどり着いたら、キリィの本心を確かめる。お前の追放を悔いているようなら、トラッシュを捕まえて、キリィへのみやげに差し出す。どっちにせよ、お前はお前の存在を、スイーパー組織に、キリィに認めさせることが目的なのさ。そうだろ?」
 図星だった。そう、シャマルは、こんな風に、並はずれた洞察力の持ち主だった。やっかいなヤツの前で、あたしはボロを出してしまった・・・。
 シャマルは続ける。
「最初は、お前はトラッシュやエトワに肩入れしているのかと思った。だが昨日、キリィとまみえたお前の態度を見て、オレは確信した。お前は結局、全てにおいて、キリィ・キンバレンが第一なんだ。そのためにトラッシュを利用しようってんだろ?」
「はんっっ・・・」
 観念したのか、ヒビナは、前髪をかきあげて、シャマルをにらみつけた。
「そうだとしたら、どうする? このことをトラッシュにチクる?」
「まさか? オレはトラッシュにはなんの義理もない。お前がトラッシュを利用しようと、ダシにしようと、知ったこっちゃない」
「じゃあなんで、アンタまでトラッシュと同行するって言い出したのよ?」
「別に、ヤツと仲良くツルもうってわけじゃない。たまたま、ヤツと目的地が同じだったというだけさ。オレはオレで、『王の座』を目指す。トラッシュの話がホントかどうかはわからんが、『王の座』に階層世界を根底からひっくり返すなにかがあるというなら、賭けてみる価値はある。オレは、この階層中心の世界が気にくわない。階層なんてくだらない、意味のないものだということを示すために、オレは階層の存在意義をぶち壊してやる!」
「はあ、これはまた・・・」
「笑うなら笑え。トラッシュは『王の座』を目指す列車でしかない。オレはそれに乗るだけだ」
「フッ・・・」
 シャマルとヒビナは、ともに不敵な笑みを浮かべた。
「・・・いいわ、アンタはアンタで勝手にすれば? でもね、あたしの邪魔をしたらタダじゃおかないわよ?」
「そりゃ、こっちのセリフだ。お前を仲間だなんて思わない。あてにもしないが、足手まといになるなら、切って捨てる」
「せいぜい、トラッシュに愛想つかされないように、付いていくことね?」
「お前だって、その魂胆をトラッシュに見透かされて、捨てられないようにな?」
「なによ! アンタ、自分はトラッシュに捨てられないとでも言いたげね!?」
「なんだ? お前こそトラッシュに気に入られてるとでもいうのかよ!?」
「アンタがトラッシュのなにを知っているというのよ!?」
「お前がトラッシュのなにを知っているというんだ!?」
 2人は、ハッ、と、思い返した。
 トラッシュと出会ってからのことを・・・
 ヒビナは、トラッシュをアザクだと信じて、追い回したこと。ダウンシフトした自分を、黙って見守ってくれたこと・・・
 シャマルは、トラッシュと2人3脚で逃げ回ったこと。だまし討ちをした自分さえも、受け入れようとしたこと・・・
 つかみどころがなく、マイペースで、ひょうひょうとしていて、でも真っ直ぐで、熱くて、こっちの胸の中に眠る、「本気」を引っ張り出す・・・
 自分が知っているトラッシュは、そんなヤツ。変なヤツ、不思議なヤツ・・・
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 2人の視線が合った。
「は・・・あはは・・・あははははは・・・」
「ふ・・・ふはは・・・はははははは・・・」
 2人して、苦笑いをした。

「あれぇ、お茶入れたのに、ヒビナもシャマルも、どこに行ったのぉ?」
「まったく、いてもいなくても、やっかいな連中だな・・・」
 トラッシュも、苦笑いした。

     ★     ★     ★

 ビィの病室。
 ビィはエトワを抱きしめて、涙を流した。エトワもまた、名残の涙を流して、ビィのほほのヒゲに、顔をうずめた。
 この2人を分かつことが、はたして正しいことなのか? それを見て、トラッシュは思った。
 だからこそ、エトワをこの手で守らなければならない。
 トラッシュは、そう心に誓った。
 ビィは、トラッシュに向きなおすと、こう言った。
「トラッシュくん、わたしが言えることはこれだけだ。全ての答えが、キミの内側にあるわけじゃない。見て、聞いて、感じるのだ。それこそが世界を知るすべなのだ・・・」
「は、はあ・・・」
 トラッシュには、ビィの言葉は、要領を得なかった。
「今はわからなくても、その意味がわかるときはきっと来る・・・」
「わかった、憶えておくよ。じいさんも、体を早く治して・・・ これが永遠の別れというわけじゃない。旅を続ければ、またこの地に帰ってくることだってあるさ。それが旅というものだろ?」
「そうか・・・そうだな・・・」

 トラッシュ、ヒビナ、エトワ、シャマルは、病室を後にした。
 その後ろ姿をながめながら、ビィは思った。
『とうとう、こんな日が来た・・・エトワが、巣立つ日が・・・』
 ビィは、感無量だった。
『長かった・・・ほんとうに、長かった・・・』

     ★     ★     ★

 トラッシュが運転するキャンピングカーは、西を目指す。
「その場所」に来れば、「次の扉」は、自然と見えてくる。そう、トラッシュは感じていた。右手のブロンズの腕輪が、そう教えてくれた。
 エトワはサンルーフから身を乗り出して、風を受けていた。
 結んだ髪が、風になびく。
 もう涙はない。手にしたトラッシュのウィンドボードに、風を浴びさせて、語りかけた。
「もっともっと、風は吹くよ・・・」

 2列目の席で、ヒビナとシャマルは、それぞれに物思いにふけっていた。
 窓の外を、ほおづえついてながめているヒビナ。
『キリィさま・・・あたしは、本当のことを知りたいだけ。だから、あなたの元を目指します。あなたのいる、ゴールド階層へ・・・』
 目を閉じて、腕を組むシャマル。
『オレは、ウソだらけの世界を壊したいだけ。そうすればきっと、世界の真実が見えてくる。本当の自由がさらけだされる・・・』

 トラッシュは、表情をキッと結んでいた。胸躍る旅立ちには違いない。キリィの言っていた、「世界の理(ことわり)」に興味があった。オレが目指しているのは、世界の中心か、それとも、果てか? その壮大さに、トラッシュは惹かれた。
 なのに、浮かれる気持ちは引き戻される。どうしても、引っかかることがある。

『オレはオレが何者であるかを知っている。なのになぜ自分探しをやらなくちゃならない?』

     ★     ★     ★

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〜〜〜「トラッシュ!」第1章・終 〜〜〜

>>>第2章第1話へつづく。
次回「ブロンズの扉」

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