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第2章第1話「ブロンズの扉」

 その星を惑星Xと呼ぶ者はもういない。そこに住む人たちにとって、その星こそが世界の全てであるからだ。
 世界とは何か? そのことに疑いを持つことは、苦悩の道である。だから、誰も好んでその道を選んだりはしない。
 なのに、あえてその道を選んだ少年がいる。
 世界とは何か、自分とは何か? ・・・その答えを求めて、少年は旅立った。それを望んでいたわけではない、が、その答えを示さない限り、彼は追われ続ける運命なのだ。
 少年の名はトラッシュ。
 だが、人は彼をイリーガルと呼ぶ。特別な存在、異質な存在、許されざる存在、イリーガル。
 彼が何者であるか、人々が理解できる答えを、彼自身が示さない限り・・・

     ★     ★     ★

 ゴールド階層・スイーパー本部ビル143階。
 大尉であるキリィ・キンバレンは、スイーパー士官クラスのオフィスであるここに個室を構えていた。
 デスクのパーソナルコンピュータで、報告書を作成しているキリィ。内容は、イリーガル問題の中間報告書である。
 ちなみに先だっての、ウェイストにおけるベニッジ・ニブライン元上等士の暴走とその処分については、発生から24時間をもって解決と見なされていた。ベニッジの罪状は、イリーガル確保の手柄を独り占めせんがため、予算委員会からの資金横領・着服、本部管理の押収品である気象制御装置無断持ち出しに、禁止区域でのその使用・・・数えきれぬ背信行為によって、ウェイストに混乱をもたらしたとされた。が、それ以前に、ダウンシフトによるスイーパー強制除隊処分が降りていたことで、あらためての処分が科されることはなかった。本人の行方は知れぬままとなっているのだが。
 リドー初等士については、日頃の素行について問題ありとは認識されたものの、特に処分が科されることはなく、それどころかベニッジの後任として上等士に昇格、ウェイスト第8方面支部の主任に任命された。はっきり言ってしまえば、ウェイスト勤務のスイーパーは日陰者扱いであり、責任問題がどうのこうの問われる身分ですらなかった。捨てられた階層であるウェイストのスイーパーもまた、捨てられた存在に等しかったのである。
 キリィ自身はというと、ウェイストでの行動の大半は、記録に残されなかった。本来、正式な意味での社会階層ではないウェイストに、スイーパー士官の出る幕などないはずなのだ。キリィのウェイストへの出動は、表向きはイリーガル問題にからんでの現地視察と、イリーガル追跡スペシャルチームのリーダーであるワグダ・パレスモ少尉への状況確認を兼ねたものと報告された。士官クラスになると、その行動にいちいち口出しするものは少なく、各位の判断にゆだねられるのがスイーパーの暗黙の掟なのである。
 では、ベニッジの暴走行為に干渉し、イリーガル=トラッシュを目の当たりにしながら、その身柄確保に至らなかった行動を、全て目の当たりにしていたワグダは、この事態をどう報告したのであろうか?
 結論は、「華麗なるスルー」であった。
 そのことで、ワグダとキリィに申し合わせがあったわけではない。キリィはワグダに口止めなどしなかったし、ワグダもキリィに真意を問うことなど無かった。
 それぞれの思惑としか、いいようがない。
 キリィはまさに今、イリーガル問題の進展は今のところ無し、との報告を、いけしゃあしゃあとしたためているのである。

『相変わらずスイーパーってのは、いいかげんなものねー』

 キリィの耳に、舌っ足らずな少女の声が響いた。いや、そう思えただけで、実際には聞こえたのではなく、感じたのだ。少女の声は、キリィの脳に直接語りかけている。

『いいかげんとはご挨拶だな。確かに士官には身勝手に思える人物が少なくないが、結果を出しさえすればプロセスは問わないのがスイーパーなのだよ』
 キーボードを叩く手を止めて、同じく言葉を発さずに応えるキリィ。その顔には薄笑みを浮かべている。
『相変わらず、まじめー』
『茶化すな。お前こそ何の用だ。今どこにいる』
『どこにでもいるわ。それがわたし』
『確かにな。言い方を変えよう。今何を見ている』
『トラッシュとぉ、あなた』
『ほう・・・』
『なにが、ほうなのよー』
『今、トラッシュと呼んだ』
『だって、そうでしょ。本人もそう言っているしー』
『彼も気の毒なことだ。いくつもの呼び名を持たされて』
『キャピタルG、とかね』
『そう呼ぶのは、わたしたちだけだろう』
『あの子、カワイイー』
『本物のキャピタルGだと思うか? トラッシュを』
『わかんなーい。だから見るの』
『それをわざわざわたしに伝えに来たのだ。まんざらでもあるまい・・・』
『フフッ・・・かわいくなーい、あなたは』
『キリィという名がある。そろそろ慣れてくれ』
『どうしよっかなー・・・』
『もういい、黙れ』苦笑いのキリィ。
『フフフフッ・・・またおしゃべりしよー、じゃあねー』
 それっきり、キリィの脳裏の声は消えた。
『・・・ヤツめ、浮かれているな。無理もない、今度こそキャピタルGが発現するかも知れないのだ。まがいものではなく、今度こそ・・・』
 キリィは再びキーボードを叩き始めた。その指はまるで踊るかのように。
『わたしも、浮かれているのか・・・』
『そういうとこだけ、カワイイー』
『もういい』

     ★     ★     ★

 ウェイストの荒野を、砂塵を巻き上げて駆けていくキャンピングカー。ハンドルを握っているのはトラッシュである。
 2列4座の運転席の前列、トラッシュの右隣の助手席には、エトワがちょこんと座っている。後席には、ヒビナとシャマル。
 と、その後ろから、なにかが追走してくる。それは見た目、「車輪」だ。直径2メートル半ほどの「車輪」が、単体で走行している。それが3台。つかず離れず、キャンピングカーを追いかけている。
「車輪」はドーナツのように「中抜け」で、操縦者は誰もいない。シルバーのホイールに黒いゴムのタイヤ。どうやらホイールは二重構造で、外側のホイールにタイヤが組み付けられ、回転することで走行している。内側のホイールはコントロールパネルのようなものが取り付けられ、走行中もジャイロが効いているのか、こちらは回転しない。
「なんですって!? アンタ、そんなこと正気で言ってるの!?」
 甲高い声が、キャンピングカーの狭い室内にキーンと響き渡る。声の主は、ヒビナだ。
「極点を通らずに、階層を越えるなんて、できるわけがないじゃないの?」
「きょ・・・極点? 極点ってなんだ?」
 トラッシュは猛スピードでキャンピングカーを走らせながら、バックミラーで「車輪」の動きをじっと目で追っている。トラッシュたちは会話しながらも、「車輪」の驚異を感じながら逃走しているのだ。
 先ほどのトラッシュの答えには、ヒビナはあきれた表情で続けた。
「アンタねえ・・・そんなことも知らずに、ゴールド階層を目指そうなんて考えてたの?」
「まあ、一応・・・」
 ヒビナは深いため息をついた。もし、トラッシュの正体がアザクなら、そんなことは知っているはずだが・・・しらばっくれているのか、忘れてしまったのか、それとも、やはりトラッシュとアザクは別人なのか・・・
 だが、それは今どうこういう問題じゃない。
「いいわよ、教えてあげる。極点ってのはねえ、大ざっぱに言えば、階層の境目、とおり道なのよ。トンネルになってて、とおり抜ければ別の階層ってわけ。極点と呼ばれるのは、その階層にとっては、文字どおりこの世の果てだからで・・・ようするに、そこから先は違う世界ってことね。たいていは、高い山の頂上なんかにあるんだけど、まれに洞窟の中とか、湖の底とか、まったく想像もつかない場所に、ひょっこり見つかったりもするのよ」
 ヒビナの説明は、スイーパーの教科書の丸憶えだった。
 話を聞きながらもトラッシュは、急ハンドルを切り、「車輪」を振り切ろうとするが、「車輪」はどんなにキャンピングカーがコースを変えようと、ぴたりとついてくる。
 ヒビナは、キャンピングカーの窓から、「車輪」に向かってミカンを投げた! だが、それはタイヤに当たって砕け散るだけで、なんのダメージにもならない。
「まったく、しつこいわね! さすがは、なんて言いたくないけど、スイーパーの『リングチェイサー』の性能は!」
「無人だから、あんな走りができるんだな」と、トラッシュ。
「のんきに分析しないの! 一度ターゲットを入力したら、地の果てまでも追いかけてくるんだから! 攻撃こそはしないけど、スイーパーにターゲットの位置を知らせてるのよ!」
 ヒビナは、「車輪」に向かって、いまいましげに視線を送る。
「で、その極点だっけ、どこにあるかは知られているの?」
「ある程度はね。でも、極点の位置は一般人には秘密にされてて、それを把握しているのは階層監査省だけ。そしてそこはスイーパーの極点警備隊にがっちりガードされてる。階層越えは極点をおさえていれば防げるワケだし。極点警備隊ってのはスゴイのよ? スイーパーの中でも、屈強な猛者ばかりの集まりなんだから!」
「へえ、ワグダみたいな?」
「あー、ワグダみたいに自分勝手な人間にはつとまらないわね。極点警備隊の訓練を映像で見たけど、スゴク統率されてて、一糸乱れぬ同じ行動をとるの。みんなロボットじゃないかと思うくらい」
「それはこの『輪っか』を見てれば、うなずける」
 砂煙を上げて、猛スピードで走行する「車輪」。
「でもさあ、階層越えは、実際に起こるわけだろ? スイーパーがどんなにすごいからって、抜け道はあるわけだ」
「確かにね。極点警備隊をかわしたケースもあるみたいだけど、実際には、スイーパーも知らない極点を探し当てて、そこから侵入するのがほとんどでしょうね。なんか、闇ルートで極点の情報を流してるってのもウワサされてるし」
「スイーパーの内部から流出してるのかもしれんぞ?」
 とつぜん、口を挟んだのはシャマルだ。相変わらず皮肉っぽいものの言い方である。
「まさか・・・それはスイーパーの鉄の掟なんだから!」
「だが、実際にベニッジみたいなヤツもいるんだぜ?」
「う・・・そ、それは・・・」
「だいたい、ヒビナみたいなのも予備隊には入れるわけだし?」
「な、なによそれ!? あたしがスイーパーにふさわしくないってこと!?」
 また始まった・・・トラッシュは思った。なんでこう、ヒビナとシャマルは、馬が合わないんだろう・・・
「いや・・・考えたら、オレの知ってるスイーパーは、ワグダにフォルケに、ベニッジだろ? ろくな人間なんか、いやしないからな。ヒビナがふさわしくないことはないかもな」
「あう・・・それを言われると・・・って、ちょっと! ワグダとあたしを一緒にしないでよ! あんな派手ハデ女と!」
「お前、ワグダにもすぐ噛みつくよな・・・妬いてんのか?」
「はあ!?」
 ヒビナは素っ頓狂な声を上げた。
「考えても見ろ、ワグダって、いちおう士官だろ? キリィ・キンバレンと近しいわけだ。それに、フォルケとはチーム組んでるわけだし、極めつけは、あの姉さん、やたらとトラッシュに興味津々だよな?」
「な、なにが言いたいのよ・・・」
「ヒビナが気がありそうなオトコは、全部ワグダに持っていかれそうじゃんか?」
「な・・・ん・・・ですってえ!!??」
 ヒビナは、赤くなって、シャマルに食ってかかった!
「もうカンベンならないわ! ゲスの勘ぐりもいいところよ! キリィさまはともかく、フォルケのヤツが気になるなんて、ありえないわよ!」
「あれぇ、トラッシュのほうは否定しないのか?」
 ますます、ヒビナは赤くなった。
「・・・こぉの・・・アンポンタンのコンコンチキがぁ!!!!」
『アンポンタンは死語だろう・・・』
 内心そうつぶやいて、ため息をつくトラッシュ。とっくみあいを始めたヒビナとシャマルに、トラッシュは、
「そんなことしてる場合か!『輪っか』をなんとかしないと!」
「ねえ!?」
 今度は、それまでポカーンとヒビナたちのやりとりを見ていたエトワが、とつぜん口を開いた。助手席からトラッシュを見上げながら、ニコニコしている。
「トラッシュは誰が一番好きなの!?」
 エトワのその言葉に、一瞬、運転席はシーンとなった。ヒビナは手を止めて、トラッシュに注目した。
「い、今なんて言った? エトワ?」と、トラッシュ。
「だってさあ、ヒビナがこんなにトラッシュのこと好きなのに」
「ば、ばか言ってんじゃないわよエトワ! 誰がこんなトンチキ野郎を!」
「死語、死語・・・」
「それにさあ、シャマルだってきっとトラッシュのこと好きなんだよ! やきもち妬いてんのはシャマルの方だよ! 絶対!」
「あ、アホなこと言うなエトワ! 何でオレがこんなアホギツネ・・・だいたいオレは男だぞ!?」
「え〜、いいじゃん別に〜男同士でも〜・・・」
「よかない! オレにも人格ってモンがある! 変なウワサでも立ったらどうすんだ!」
「へへ〜んだ、世捨て人のクセに人格だのウワサだの気にするのって、おっかしいんじゃない!?」
「なんだこの! 口先女!」
 トラッシュはため息をつく。
 だが、当のトラッシュは、そんなことには興味はなく、別のことを気にしていた。
「極点」と呼ばれる、階層を越えるための抜け道。けれど、キリィ・キンバレンが言った、「次の扉」は、もっと別なもののような気がした。
 ちらりと、自分の右手首を見てみた。
 ブロンズ色の腕輪。
 キリィが自ら、トラッシュにくれたもの。今のオレには、ブロンズ階層への扉を開ける力があると、キリィは言った。この腕輪が、その証だと。
 だから今は、ただただ走っている。西へ向かって。
『いったい、あの男はオレに何をさせたがっているんだ・・・?』
 トラッシュは、思い返していた。スイーパー士官でありながら、イリーガルであるはずのオレを捕まえるどころか、今のオレが何をするべきかを示し、こうして階層を越えるためのヒントまでくれた。その時の、大きくて暖かな手の感触が、トラッシュには記憶に新しい。なにか、あの男には、なつかしい匂いさえ感じる・・・ なのに、次に会うときは敵同士だという。ワグダをはじめ、本気でオレを捕まえたがっているスイーパーの連中の、ナンバーワンだという・・・
「ねえってばぁ、トラッシュ〜・・・」
「エトワ! だからなんでそんなこと訊いてるのよ!」
「ホントは誰が一番好きなのぉ〜?」
「キリィ・キンバレン・・・」
 トラッシュが、思わずつぶやいたその名前に、ヒビナ、エトワ、シャマルの3人は、目が点になった。
「はあぁ!!??」
 見事にそろった3人の叫びに、トラッシュの方が面食らった。
「なんだっ!? どうかしたか3人とも?」
「と、トラッシュ〜・・・ トラッシュが好きなのって、あのキリィってお兄ちゃんなの!?」と、エトワ。
「ええっっ!? オレがァ!?」
 トラッシュの方が、戸惑う一方だ。エトワは・・・
「じゃ、じゃあ・・・ヒビナは恋敵じゃん!」
「ばっばっばっ・・・ばかなことを!?」
 そう言いながら、ヒビナは頭がパニックになった。トラッシュがキリィさまに気がある!? そ、そしたら、あたしはいったい、トラッシュとキリィさまの間で、どの位置にいるのかしら・・・?
 途中から3人の話なんか聞いちゃいなかったトラッシュは、事態がどうなってるのかサッパリわからなかったが・・・
 にっこりと笑うと・・・
「オレが一番好きなのは、エトワさ!」
 そう言って、片方の手で助手席のエトワの頭をなでた。
「ええっ! ホントぉ〜!?」
「ホントさ」
「わあぁ〜いい! やったぁ〜!」
 エトワは、満面の笑みで、トラッシュに飛びついた。
「おおい! 運転中だって!」
 と、突然、キャンピングカーは、ドンッ!と突き上げるような衝撃を下から食らった。
 岩かなにか、大きな段差に乗り上げ、ジャンプしたようだ。
 追走する、「車輪」もジャンプする。
「ええい、いいかげん『輪っか』にはウンザリだ! 誰か運転変わってくれ!」
「は?」ヒビナが怪訝そうな顔をする。
 突然、トラッシュは運転席のドアを開け、ウィンドボードを背負って・・・
「車輪」の1台に向かって飛びついた!
「わっ!?わわあああっ!バカッ!何やってんのよおおぉぉ!!」
 後席からヒビナは、無人の運転席に飛び込み、ハンドルを握った。
「あ、アホトラッシュ! 何する気だ!」
 シャマルも目をむいている。
「だ、誰か、ペダル!ペダル操作して!」
 後席から身を乗り出し、ハンドルだけはつかんだヒビナだが、下半身は後席に残っている。アクセルやブレーキはそのままだ。
「はあ〜い!」
 そう言って、エトワが運転席の足下に潜り込み、アクセルペダルを踏んだ!
 グンッ!と加速するキャンピングカー。
「ちょちょちょ!ちょっとお!エトワ、アクセルじゃなくてブレーキ!ブレーキ!」
「でも、『輪っか』が・・・」
 いっぽう、トラッシュは、「車輪」の1台、内側のホイールに取り付いていた。
 目の前には、アルミの箱状のコントロールパネルがある。
「こいつで、ターゲットを指定しているんだな?」
 トラッシュは、コントロールパネルを両手で包み込むように触ると、目を閉じ、意識を集中した。
 触るだけで、機械の構造を解析する、トラッシュの特技。
「・・・なるほど!」
 トラッシュは、コントロールパネルを素早く開けると、ポケットから取り出した、ゲームコントローラーのような装置、そのケーブルとパネルのコネクタをつないだ。
 そして、コントローラーを、目にもとまらぬ速さで操作した!
「これでよし!」
 そう言うと、トラッシュは、別の「車輪」の1台に向かってジャンプ。今度はウィンドボードをブーツにドッキングさせ、「車輪」を追いかける。そして「車輪」に取り付くと、同じようにコントロールパネルを開いた。
 かたや、キャンピングカーの運転席は・・・
「えっ・・・えっ・・・エトワ! わかったからアクセルはほどほどに!」と、悲鳴混じりのヒビナ。
「キャハハハハハ!!」エトワは楽しそうだ。
「はしゃがないでええぇぇ!!」
「ええい、貸せっ!」
 後席からシャマルは素早く運転席へ移動し、ヒビナからハンドルを、エトワからペダルを譲り受けて、ようやく運転は安定した。
「し、シ、死ぬかと思った・・・」
 胸に手を当てて荒い息をつくヒビナ。
「アホトラッシュは何してる!」シャマルが叫ぶ。
 トラッシュは、悠然とウィンドボードで、キャンピングカーと併走飛行していた。
 トラッシュは運転席に向かって手を挙げ、
「よう」
「ようじゃねえよ! お前のやることはホントにわからん!」と、シャマル。
 すると、トラッシュは、右手の人差し指で、ちょいちょいと方向を示した。
 シャマルたちが、その方向に目をやると・・・
 3台の「車輪」は、キャンピングカーの追走をやめ、まったく別の方向に向かって、互いに入れ替わり立ち替わり、競うように走行していた。
「な、なんだありゃ・・・?」と、シャマル。
「プログラムを書き変えたのさ。ターゲットを、お互い『輪っか』同士にしたんだ。だから、3台でレースをはじめたってわけ」
「トラッシュ、すごーいっ!」と、たたえるエトワ。
「まあ、それほどでも・・・」
「いい気にならないの! 今度からは、作戦があるならちゃんと言ってよね!」
 ヒビナの怒声が荒野に響く。
 追跡者のいなくなったキャンピングカーは、西へ西へ、その進路を向けた。

     ★     ★     ★

「へっくし!」
 とつぜん、ワグダがくしゃみをした。
「わ、ワグダ少尉!?」
「だからその『わ、ワグダ少尉!?』はやめろって、フォルケ・・・ 飽き飽きなんだよ」
 ぐすっ、と、ワグダは鼻をすすった。
 ウェイスト第7方面支部。ワグダとフォルケは、まだここにいた。ちなみに、第7方面支部のメンバーは、いつもパトロールと称して留守にしている。あまりワグダたちと関わり合いを持ちたくないのだろうか。スイーパー内部でのワグダの評判は、その実績や実力とは裏腹に、こんなものだった。
 いったんはイリーガル追跡チームの再構成のため、本部に戻っていたワグダだったが、フォルケとのコンビは継続と言うことが決まり、またこの地に戻ってきていた。しかし、待機命令が出ているため、することもなく、デスクで暇をもてあましていた。
「風邪でもひいたんじゃないですか? そんなカッコしてるから・・・」
「あたしが? あたしは、風邪なんか20年来ひいたことがないぞ?」
「ワグダ少尉は、17歳じゃないですか・・・」
「冗談だよ、冗談! ねえ、ユーモアの分からない小僧には困ったモンでちゅね〜フリーマちゅわ〜ん」
 例によってワグダは、フリーマという「謎の生物」のぬいぐるみと戯れている。
「トラッシュがあたしのことウワサしてんだ、きっと」
「な、なんで『トラッシュが』って限定できるんです!?」
「あー、なんとなく、トラッシュとあたしって、縁が深いような気がして・・・」
「なに言ってんですか・・・」
 フォルケはあきれてそっぽを向き、自分でいれたミルクティーをすすりはじめた。
「ったく、キリィ大尉も、早く次の命令くれないかな? さっさとトラッシュを追っかけて、とっ捕まえたい!」
「はいはい、それが少尉の楽しみですもんね・・・」
「んでもって、抱きしめたい!」

 ブフォッ!!
 フォルケは、ミルクティーを吹き出した!

「だ、だ、だ、抱きしめたい!?」
「あ〜・・・トラッシュを抱きしめたときの感触が忘れられない! つーか、あたしってば、トラッシュには唇も胸も、いろんなとこ許しちゃってんだよな?」
「わ・・・ワグダ少尉?」
「今度捕まえたら、どこまで許してしまうか、自分でもわからない!」
 ワグダは身をくねらせる。
「ちょちょ、ちょ、ちょっとぉ!」
 フォルケは何を想像しているのか、真っ赤だ。
「トラッシュを追うのは、イリーガルだからと言うより、あたしが求めてるって感じ?」
「いいかげんにしてください、ワグダ少尉ィ!」
「あ、わかった、いいかげんにしとく」
「は?」
「ちなみに全部冗談だ、フォルケ」
 ワグダはほおづえついて、フォルケをニヤニヤしながら眺めている。
「かっ・・・カンベンしてくださいよお〜・・・」
「お前ってホント、からかいがい満載だな? フォルケ?」
「部下をからかって、面白いんですか?」
「『からかいがい満載』って、ちょっとした早口言葉だなあ・・・うん」
 聞いちゃいねえ。
 フォルケは、これ以上言っても無駄だと、がっくり肩を落とした。

 プルルルッ! プルルルッ! プルルルッ!

 ワグダのたあいない暇つぶしにつきあわされているうちに、第7方面支部の通信機が鳴った。フォルケは応える。
「はい、こちらスイーパー・ウェイスト第7方面支部・・・」
『あーあーあー、あのね、毎度、エンディレル・モスカード準士官なのね』
 なんでこの人はいつもこう緊迫感をそぐのだろう? とフォルケには思える、相変わらず人の良さそうなモスカード準士官の、訛りのあるトークが始まった。
『あのね、お待ちかねキリィ大尉からの指令なのね。例によってあの方は忙しいので、あちしが代行するのね』
「モスカード準士官、いつもながら前置きが長いよ」
『あ、こりはこりはワグダ少尉、めんぼくない』
 モスカードは、「てへ」っと額に手を当てて言った。
「で、指令ってのは?」
『イリーガル追跡プロジェクトが、あらかた決定したのね。そんでね、ワグダ少尉は今後、こちらから送り込むエージェントを指揮して欲しいのね』
「えーっ!? あたし、できれば直接トラッシュを抱きしめ・・・じゃなくて捕まえたいのに!?」
『あー、そういった、具体的な作戦面はおまかせするのね。でも、せっかくスイーパーの選りすぐりのエージェントを送ることが決まったんだから、うまいこと使ってあげて欲しいのね』
「ちぇっ、そんならそれで、考えるけどさ・・・」
『あ、作戦面って言ったけど、ワグダ少尉は実戦指揮を担当してもらいたいのね。で、作戦参謀はあらためて、こちらから送り込むのね。戦略・戦術に関しては、スペッシャルな人材なのね』
「はあ? ここはあたし1人で十分だと思うけど?」
「わ、ワグダ少尉ィ・・・」
「あ、ゴメンゴメン、フォルケもいたんだっけな?」
「カンベンしてくださいよ・・・」すっかり口癖になってしまったフォルケだ。
「んで、ここはあたし1人で十分だと思うけど・・・」
「変わってないじゃないですか!」
『まあまあまあ、そう言わずに。今から作戦参謀の資料を送るから。てか、一時間後には本人がそっちに着くと思うのね』
「へっ? もうこっちへ向かってるってこと?」
『それじゃ健闘を祈るのね。あ、フォルケ君?』
「はい?」
『・・・いろいろ大変だと思うけど、がんばって欲しいのね。個人的には同情・・・じゃなくて応援するのね』
「いえ、これも研修の一環と思えば・・・大丈夫です! がんばりますよ、ボクは!」
『あ、いや、そういうことじゃないのね・・・ま、いいか。すぐにわかるのね』
「は?」
 モスカード準士官はなんだか、奥歯に物が挟まったような言い方だ。
『てことで、通信終わるのね。作戦参謀の資料はこれ。そんじゃ』
 まるで逃げるように、モスカード準士官の通達は終わった。
 入れ替わりに、モニタには、作戦参謀だという人物のプロフィールが映し出された。写真の人物は、フォルケには初めての顔だった。
「ゲッッ!!?? よ、よりによって、こいつがあたしと!?」
 ワグダは、明らかに焦ったような表情をした。眉間にしわが寄っている。
『へえ、この人がねえ・・・』
 ワグダをして、狼狽させるようなエージェントとは、一体どのような人物なのだろうか?
 プロフィールからは、そんなことはみじんも感じない、フォルケだった。
 モスカードの心配は、まだフォルケには伝わっていなかった・・・

     ★     ★     ★

「ヒャッホオオオォォォゥゥ!!!」

 シュオオオオオオォォォッッッ・・・

 エトワは、ウィンドボードに乗ってさっそうと空中を駆け回っていた。
 トラッシュ一行は、休憩をとっていた。エトワが水を呼ぶことができるので、どこであっても、そこはオアシスになる。小さなオアシスのほとりでタープを張り、折りたたみテーブルと椅子を広げて、ヒビナがお茶とおやつを並べていた。ほおづえのトラッシュはニコニコと、エトワの「滑り」をながめている。
「まったく、トラッシュの気まぐれには困ったものね・・・ いつになったらブロンズに入れることやら・・・」
 皮肉をたっぷり込めてヒビナは言った。だが、トラッシュの耳には届いていないようだった。
 すると、次の瞬間、トラッシュはお尻のあたりに、ビリッとした電気ショックを感じた!
「あいたあぁぁっっ!?」
 折りたたみ椅子から飛び上がるトラッシュ。
「痛かったか?」とはシャマルのセリフ。シャマルはシルバーのアート、光のスティックでトラッシュのお尻をつついたのだ。
「痛いよ! お前、それでつついたのか!?」
「ボンヤリしているようだから、目を覚まさせてみた」
「そういうことにアートを使うか!?」
「あのなあ、お前、無計画すぎるんだよ! ただただ西へ向かって走ってるだけで、ブロンズにたどり着くと思ってるんじゃないだろな? そのうち元の集落に戻るんじゃねえのか?」
「はあ、そうすりゃ、またじいさんに会えるな?」
「そういうこと言ってるんじゃない! ・・・とわめいてもお前には通じないか。いいか、もっとお前、頭を使うんだよ!」
「使いしろのない頭ですけど、よければ使っていいぞ?」と、頭を差し出すトラッシュ。シャマルはため息をつくや、気を取り直し、
「お前、どこから来たって言ってたっけ?」
「東」
「それだ! いいか、考えてもみろ。お前は夢のお告げとやらで、なんとなく西へ向かっていたわけだろ? だったら、お前が東から来たのは当たり前のことだ。『東』じゃ答えになってないんだよ!」
「はあ、なるほど」
「まあいい。その東というのは、どんなところなんだ?」
「どんなところって・・・パンがうまい。それと、トウモロコシがうまい。あと、意外なことに、トウモロコシパンがうまい」
「ツッコミどころ満載ね・・・」ため息をつくヒビナ。
「そりゃどうも」
「褒めてないっっ!」
「オレが聞きたいのはそういう事じゃない。トラッシュ、お前のいた『東』とやらは、このウェイストと比べてどうだ?『東』はこことはずいぶん違う土地じゃなかったか?」
「そうだな・・・こんなに見渡す限りの荒野じゃなかった。裕福じゃないのは同じくらいだろうけど、もっと緑が豊かだったし、水にはむしろ恵まれていたかな」
「・・・何が狙いなの? シャマル」
 ヒビナの問いかけに応えるシャマル。
「お前もうすうす感じているとは思うが、トラッシュはこの土地の人間じゃない。と言っても、ウェイストのどこか他の地域というわけでもない。なぜなら、トラッシュはあまりにもウェイストの、いや、この世界のことを知らなすぎる。ゴールド、シルバー、ブロンズ・・・どの階層の出身だとしても、階層世界のことを知らないはずがないだろう?」
「バカだからじゃないの?」
「その意見にオレも乗った!」
「自分で言うか・・・いや、オレはコイツが、もっと別の世界から来たように思えてならない。それがどこかはこの際あとまわしにしてもだ、ということはこいつ自身、階層を越えて来たはずだろ」
「あっ・・・」
「トラッシュ、お前はどうやってウェイストに来た? いや、そのようすでは、いつどうやって階層を越えてきたかもわかっていないだろ。せめて、どこかで景色が変わったとか、なにか印象に残る変化があったとか・・・覚えてないか?」
「そ、そう言われても・・・」
「ちょ、ちょっと、シャマル? それを聞いてどうするのよ? トラッシュが極点をとおって来たとしても、コイツは東から来たんでしょ? キリィさまは、あたしたちに西へ向かえとおっしゃたんだから、その極点のありかは正反対でしょ? それに、トラッシュが元いた場所がブロンズとは限らな・・・!?」
 そこまで言って、ヒビナの脳裏にある考えが横切った。もしトラッシュがアザクなら、予備隊研修でブロンズにいたはず・・・
「・・・違う、オレが言ってるのは・・・」
 シャマルは、自身の考えを確かめるように、噛みしめつつ語り出す。
「トラッシュには、階層を自由に越えられる力、アートがあるんじゃないか?」
「ええええぇぇぇぇ〜〜〜〜っっ!?」
 人ごとのようなトラッシュと、ヒビナがユニゾンした。
 いつのまにかウィンドボードを抱え、傍らに立っていたエトワは、きょとんとしていた。

     ★     ★     ★

 一方そのころ。
 再び、ウェイスト・スイーパー第7方面支部。
 ワグダとフォルケは、本部から派遣されるという、作戦参謀を待っていた。
 だが、約束の時刻を過ぎても、いっこうにそれらしき人物が現れる気配がない。
「・・・事故でもあったんでしょうかね・・・」
「あいつに限って、それはないだろう・・・てか、むしろどこかで事故ってくんないかな?」
「はあ?」
「いや、なんでもない・・・」
「ワグダ少尉、作戦参謀とは面識があるんですか?」
「ん、まあ、あいつ有名人だしな・・・」
 明らかに、ワグダは歓迎していない。フォルケにはそう見えた。
 フォルケが知る限り、もっとも扱いにくい人物であるワグダをして、こんなに嫌そうな顔をさせる作戦参謀とは、いったいどんな人物なのだろう。
 フォルケは、モスカード準士官が送ったプロフィールを思い返してみた。そんなに、問題がありそうな人物には見えなかった、むしろフォルケには・・・
 そう考えていたときのことだ。
「来たよ」
 ワグダがそうつぶやいた。
「えっっ!? ど、どこにです?」

 ドサアアアァァァッッッ!!!

「ぐぎゃっっ!?」
 変な声を出して、フォルケはつぶれた。
 フォルケの真上から、人間が落ちてきたのだ。
「あ〜ら、着地失敗・・・ごめんあそばせ?」
 うつぶせでカエルのような姿勢になったフォルケの背中の上から、小鳥のさえずりのような、透き通った声が聞こえてきた。
「相変わらず運動神経はゼロだな、カーリカ・・・」
「あらぁ、ワグダ・・・久しぶりねえ」
「どっ・・・どうでもいいから、早くボクの上から降りてください!!」
「えっ? まあ、ごめんなさぁい?」
 やっとフォルケの上から、重力の戒めが取り除かれた。
「ま、まったく・・・どうしてボクってこういう格好悪い役どころが多い・・・」
 そう言いながら立ち上がり、フォルケは制服の土埃を払いのけながら・・・
 目の前に立つ、「作戦参謀」を見上げようとして・・・
 その視線が、一点に集中した。
「こっ、こっ、これは・・・」
 フォルケはシリアスな表情になり、その一点から目をそらせなくなった。
 そこには・・・
 巨大な、胸があった。
 スイーパーの制服に覆われ、襟ぐりを彩る赤いスカーフと白いブラウスに包まれながらも、隠しきれないほどのその量感。
 またしてもフォルケの目線の高さにあるそれから、作戦参謀の背の高さが、ワグダに引けをとらぬほどの長身であることが想像された。
 そう、プロフィールで確認したとおり、作戦参謀は、女性だった。
 ひざ丈のタイトスカートに、明るいタンの皮ブーツ。わずかに見えるひざ小僧は、濃い色のストッキングに包まれている。ワグダとは対照的に、極端に露出の少ないコスチュームだが、豊かなボディラインは、その内側からですら、誇らしげにアピールする。
 それにしても、胸である。これほどの「巨乳」には、フォルケはお目にかかったことがない。いや、市場のおばさんは確かに豊かなバストだったが、同時に「巨ウェスト」で「巨ヒップ」だったので、まったく印象が異なる。作戦参謀のウェストは、もしかしてヒビナより細いのではないか? と思うほど、見事に「くびれて」いたからだ。
「こ、これは見事な・・・大きさだけでなく形も釣り鐘型で、制服に包み隠されながらもその形のバランスが見事であるとイメージさせる造形美だ。しかも、重力に逆らうかのように天を仰ぐその張りの素晴らしさといったら、権威にあらがう反骨精神すらも表現するアナーキズム! 一方で、まるで双発のミサイルのように前方を睨む威容は、まさに階層の砦たるスイーパー組織の鉄のごとき意志をも内包し・・・」

 バキャッッ!!!

 ワグダのグーがフォルケの後頭部を直撃した!
「お前は、おっぱいミシュランか!?」
 いや、その表現はどうかと・・・と思いながら、フォルケの顔面は作戦参謀の双発ミサイルに突っ込んでいった。だが、外見的な威圧感とはうらはらに、柔らかくて弾力のあるそれは、トランポリンのようにフォルケの顔面を「ばいいん」とはじき返し、フォルケは起きあがりこぼしになって、もとの直立姿勢に戻った。
 ワグダは、その有りさまに、プッと吹き出した。
「やわらか・・・」
 ついフォルケの口をついて出た言葉。それにしても、フォルケのキャラクターもずいぶんとくだけてきたものだ。彼の周囲に、あまりにも個性的すぎる人物がはびこり、影響されてしまったのかも知れない。気の毒なほど。
「今日からイリーガル追跡チームに配属された、カーリカ・ビアレ少尉よ。よろしく」
 そのフルートを思わせる透き通った声が発せられた顔を、フォルケは目の当たりにした。
『うっ・・・わぁぁ・・・』
 カーリカと名乗ったその作戦参謀は、思ったよりも若くあどけない表情を残しながらも、全体的には、はんなりと落ち着いた印象をもたらした。透き通るような白い肌、まろみのある顔立ち、柔らかそうな唇、そして優しそうな目元が、全体にたたえられた笑みとともに、なんとも人なつっこく、フォルケを引きつけた。長いブロンドヘアはしっとりとツヤがあり、派手な縦ロールがかかって、豪奢でありながらも気品を感じさせた。
 そして、ワグダとは違う意味での知性を感じさせるメガネは、一歩間違えば冷たい印象を与えそうなのに、笑顔によく似合って、さらに柔和な顔相を演出している。
 プロフィールによれば、ワグダよりひとつ年上の18歳。そう言われれば、と思わせる、少女っぽさと大人っぽさの両方を感じさせた。
 写真では見ているはずのフォルケだが、実物のカーリカに魅入られて、石化してしまった。
「・・・どうしたの、この坊や? ボーっとしちゃって?」怪訝そうなカーリカ。
 またしても、上官の美貌にすっかり魅了されている「坊や」に、ワグダは促した。
「ほら、自己紹介だ!」
 ドカッッ!!
 フォルケの尻に、ワグダの蹴りが入った。
「痛たっっ! は、は、はい! フォルケンバウマー・リッヒビッヒ・ド・ヌールベール・オードビー13世です!」
「フォルケンバウマー・リッヒビッヒ・ド・ヌールベール・オードビー13世ね」
「あっ、フルネームで・・・」
 フォルケは感激した。長い長いと言われる自分の名前。自分ではとても気に入っているのだが、一発で憶えてくれる人はそうそういない。
「それにしても、カーリカ、あんた、どこから来たのよ?」
「上よ、上・・・」
「上・・・?」
 ワグダとフォルケは、上を見上げた。
 そこにはなにもない。青空が広がっているだけだ。
「あ、これじゃわからないわね。よっと」
 カーリカは、ふところから取り出したリモコンらしきスイッチを、カチッと入れた。

 バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ・・・
 ビュオオオオオオオオオォォォゥゥゥッッッ!!!

「うわおおおおううぅぅっっ!!??」

 とつぜんの轟音と突風で、ワグダもフォルケも、カーリカさえも吹き飛ばされそうになった。
 頭上に突如、ヘリコプターが出現したからだ。
「す、ステルスモードで来たからァ、姿も音もォ、感知できなかったってワケですわ!」
「どっ、どうでもいいが、うるさくてしょうがない! これ、なんとかしてくれ!」
 激しいローター音と風切り音で、まともに会話もできない。ワグダとカーリカは怒鳴り合った。
「わかったわよ! リモコンでエイッ!」
 カーリカは手元のリモコンで、ステルスヘリを操作した。ヘリは上空に舞い上がり、轟音は遠ざかっていった。
「・・・ったく、なんでこんなコソコソとやってくる必要があんの! 堂々と来ればいいじゃないか?」
「わたくしが作った最新型ステルスヘリをお見せしたくって・・・ まだ、試作品だけど」
「相変わらず、自慢しぃだよな、お前・・・」
「す、すごい・・・」
 フォルケは目をきらきら輝かせていた。武器マニアでもあるフォルケには、頭上間近にいながら、動作音も、そよ風さえも感じさせず、視覚的にも見事に隠れてしまうステルス技術のすごさが、よくわかった。これを、このカーリカ少尉が自分で作ったって? この人の頭脳って、そんなにすごいんだ! フォルケはカーリカに、尊敬のまなざしを送った。
「あらぁ、そんなに熱く見つめないでぇ、フォルケンバウマー・リッヒビッヒ・ド・ヌールベール・オードビー13世」
「で、でも、すばらしいです、感動です! カーリカ少尉!」
「そんなに褒められたら、照れちゃうわぁ、わたくしがそんなに美人だからって・・・」
「はあぁ!?」
 フォルケは面食らった。確かにカーリカの美貌に心奪われたフォルケではあるが、今はステルスヘリの技術のことを言ったのに・・・
「あんまりフォルケンバウマー・リッヒビッヒ・ド・ヌールベール・オードビー13世に見つめられたら、わたくしの豊かな胸がすり減ってしまいますわぁ・・・」
「あ、あはは、そうですか・・・」
 んっっ!?
 なんか変だな?
 今、カーリカ少尉は、恥じらうような口ぶりに思えたけど、よく考えると、すごく失礼なことを言われたような?
「ところで、フォルケンバウマー・リッヒビッヒ・ド・ヌールベール・オードビー13世・・・」
「あ、あの・・・フォルケでいいです」
 いくら名前を憶えてもらうのはうれしくても、毎回そう呼ばれると、逆にイヤミな気がしてきた。
「フォルケンバウマー・リッヒビッヒ・ド・ヌールベール・オードビー13世って・・・」
「はい?」
「ダサイ名前ですわね?」

 ガガーン!!
 な、なんだこの人?
 フォルケは、確信した。この人、声や雰囲気が優しげだから気づきにくいけど・・・
 スッゴク失礼だ! 言葉にトゲがある!

「だ・・・ダサイ!?」
「フォルケンバウマーもリッヒビッヒも『ド』もヌールベールも例外なくダサイけど、オードビーってのがまたダサイですわ」
「お、オードビーは、家の名前です! ボクの名前はともかく、家の名前がダサイだなんて!」
「知ってますわ、シルバーでは名家じゃないですか。オードビー家といえば」
「え、ご存じで?」
「ええ、わたくしもシルバーですから、オードビー家は存じ上げています」
「は、はあ、そうでしたか・・・」
「廻船問屋でしたっけ?」
「か、廻船問屋!?」
「違いましたっけ? 口入れ屋? それとも、寺社奉行?」
「どこの世界のどんな商売なんです! それは!?」
「それにもまして、13世ってのがダサイですわね」
「そんなの、どうしようもないじゃないですか! 世襲なんですから!」
「いかにも、12世から生まれましたって感じで」
「当たり前ですよ!」
「14世を生んでやろうかって勢いで・・・」
「そんなこと知りませんよ!!」
 はあ、はあ、はあ・・・
 フォルケの血圧は上がりっぱなしだ。
「よせよせ、フォルケ。アンタに太刀打ちできる相手じゃない。こいつは、カーリカ・ビアレは万事このとおりだ。見かけや口調が優しいから勘違いするが、むっちゃくちゃ性格悪いんだから」
『わ、ワグダ少尉にそう言わせるカーリカ少尉って・・・』
「自己中心、自意識過剰、自尊心強い・・・ぜんぶ『自』がつく性格だって」
「あらぁ、ワグダごときにそんなこと言われたくありませんわぁ」
 相変わらずカーリカはにこやかで、物腰も柔らかい。でも口にする言葉はトゲだらけだ。
 ま、またしてもヒビナを越える性格の人間が現れた・・・スイーパーって、スイーパーって、いったいどんな集団なんだ?
「そんな無理して胸の谷間作ってる人間に、どうこう言われたくないですわ」
「知るか。お前みたいに胸を自慢してるわけじゃない」
「ま、あなたにはわからないでしょうね、わたくしのような胸を持つものの悩みは・・・」
「なんの話してるんだ?」
「ワグダって、なにカップでしたっけ?」
「えーっとね、確か、Eカップ」
「はあ・・・」
「なんだそのため息?」
「神さま、このEカップ女の世迷い言をお許し下さい。しょせんわたくしのようなGカップの悩みは、ワグダごときクサレ外道にはわかろうはずもありません。どうかわたくしに救いの手を。そしてワグダに地獄の業火を!」
「ム〜カ〜ツ〜ク〜、この陰険女!」
「ワグダ、あなた肩こりなんて無縁でしょ?」
「まあな、鍛え方が違うよ!」
「頭も軽いからでしょ? 脳みそ、少なそうだし」
「ああ、お前、ほんっとに性格最悪だな?」
 このやりとり、この2人はつきあいが長そうだ。
「どうせまた自分で言い出すと思うけど、カーリカ、お前、IQ300だったっけ?」
「あ、IQ300!? そりゃすごい!」フォルケは驚きの声を上げた。さすが、あれほどのヘリを作るだけのことはある。
「あらぁ、光栄ですわ。憶えていただいてて・・・少ない脳みそで」
「あたし、聞いたんだけど、IQって、精神年齢÷実年齢×100なんだってね?」
「ギクッッ!?」
「お前、18歳だから、精神年齢が54歳ってこと?」
「ムカッ!? な、なにを言いたいの!?」
「精神的にはオバサンってことじゃん?」
「ムキイイイィィィッッ! 言ったわねぇ!?」
 それまでの物腰とは一変して、カーリカはワグダに飛びかかった!
 だが、その時、カーリカは手にしていたリモコンを捨てていた。
 にやついているワグダの制服の襟をつかむカーリカ。しかし、その頭上に、影が迫ってくるのを、3人は感じた。
 おそるおそる、上を見上げると・・・

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ・・・

 コントロールを失った、ステルスヘリが墜落してきた!
「・・・やばい、逃げろーッッ!!??」

 グワッシャアアアァァンンッッ!!!
 ドッカアアアァァンンッッ!!!
 ゴオオオオオオオォォォ・・・・・・

 ステルスヘリは、第7方面支部の建物を直撃すると、爆発し、建物は完全に炎上、やがて崩壊を始めてしまった。
「・・・知ーらないっと・・・」
「待ちなさい、ワグダ!? あなたの責任ですからねっっ!!??」
 フォルケは呆然と、燃え上がる第7方面支部を眺めながら、心につぶやいた。
『ボク・・・ボク・・・スイーパーへの道、間違ってないんだろうか・・・』

     ★     ★     ★

 トラッシュたちのキャンプ。
 後片付けをして、キャンピングカーの運転席へ乗り込もうとしたトラッシュ。
 すると・・・
「ねえトラッシュ、あれ、なんだろう?」
「んん〜ん?」
 エトワの言葉に、エトワが指す方向を見るトラッシュ。そこには・・・
 砂煙を上げて、こちらへ向かうなにかの影。
 それは「車輪」だった! こんどは5台だ。
「まずい! みんなクルマに乗り込め! 早く!」
 ヒビナ、シャマル、エトワは、あわててキャンピングカーに乗り込む。
 トラッシュも運転席に乗ろうとして・・・
「しまった、ウィンドボード!」
 車外に置いてあったウィンドボードを取ろうと、それをつかんだとき・・・

 ブオオオオォォンンッッ!!

「うあっ!?」
 トラッシュはウィンドボードを抱きかかえて、5台の「車輪」に取り囲まれていた!
「と、トラッシュ!?」
 ヒビナが叫ぶ。
 5台の「車輪」は、それぞれ、細くて赤い光線をトラッシュに当てた。
 シャマルが叫ぶ。
「レーザー照準!? おいヒビナ、リングチェイサーは攻撃しないんじゃなかったのか?」
「あ、でも『リングストライカー』は武器を搭載してるから・・・」
「だあっ! 名前の問題かよ!」
 トラッシュは思った。オレに照準していると言うことは・・・
 今度は、ターゲットはキャンピングカーじゃなくて、オレ自身ってことか!?
 5台の「車輪」は、コントロールパネルの両サイドから、細いパイプのようなものをのばし、トラッシュに向けた。
 もしかして・・・銃口!?
 トラッシュ、万事休す!

 そのとき!

「あちっっ!?」

 とつじょ、トラッシュは右手首に、チリッと熱を感じて、ウィンドボードから離して右手首を振った。
 腕輪が、熱を持った? いや、それは一瞬のことで、今はなんともない。
 そして、左手一本で持ったウィンドボード、そのキツネのイラストを、じーっと眺めた。
「トラッシュ!? 何してんの、逃げて!」
 ヒビナの叫びなど耳に届かず、トラッシュは、キツネとにらみ合うかのように、ボードを見つめている。
 と、トラッシュは、右手の平をキツネのイラストに向けて・・・
「オレはどこに行けばいい!?」
 そう叫んだ。
 あ然とするヒビナ、そしてシャマルも、面食らった表情で、トラッシュに目線をくれる。
 エトワだけが、トラッシュを見る表情が、笑顔に変わった。
 すると、トラッシュのブロンズの腕輪と、キツネのイラストが、同時に光を放った!

 カアアアッッ!!

「わああっっ!?」
 それはヒビナやシャマルの目もくらむほど、強烈な光。
 5台の「車輪」が、そのコントロールパネルから、ボンッ!と白煙を上げ、ドサドサと倒れた。
 やがて、光がゆるやかに収まると・・・
「これは・・・」
 トラッシュは、ウィンドボードを見て、驚きの声を上げた。
 右手のブロンズの腕輪は消え、ボード裏のキツネのイラストが・・・
 ブロンズの腕輪を口にくわえた絵柄に、変化していた!
「・・・そうか、そういうことか!」
 トラッシュが、すっくと立ち上がると・・・
 ウェイストの乾いた大地に、ヒュウウ・・・と、風が吹いた。
 トラッシュはウィンドボードを放り上げ、自らもジャンプすると、ブーツとボードがドッキング! そのまま、ふわりと宙に浮かんだ。
 と、次の瞬間!

 バシイイィィィッッッ!!!

 トラッシュの体から放電するように、光の束がいくつも散乱した! それは七色の光。やがてそれはトラッシュを、いやヒビナやシャマルやエトワ、そしてキャンピングカーを取り巻くあたりを包み込み、周囲は虹色の空間に様変わりした!
「な、なに? 何したの、トラッシュ!?」ヒビナが驚嘆の声を放つ。
 彼らの視点からはわからないだろうが、トラッシュたちは虹色の大きなシャボン玉に取り込まれたように見えていた。

     ★     ★     ★

 スイーパー本部・150階、展望ラウンジ。
 眺めの良いテーブル席で、ホットコーヒーを前に向かい合うは、キリィ・キンバレンと、最高会議議長、ザイラ・ファギレル。
 ヘビースモーカーであるザイラの灰皿は、すでに4本の吸い殻が転がっている。
「家内と娘たちがやめろやめろとうるさくてな。おかげで家では好きに吸わせてもらえん・・・勢い、本部での喫煙が増えるというわけだ。最高会議議長も、家では女性陣に頭が上がらん」
 というわりには、卑屈さなど微塵も感じさせぬ、穏やかな笑顔のザイラだ。なのに、一分のスキも見せぬ威厳がただよい、ダークスーツの初老の紳士をただ者にしておかない。
「話というのは・・・スイーパーの綱紀粛正についてだ」
「・・・それとなく、耳に入れております」
「ほう・・・キギ・ラエヴェはいい顔をしておらぬが、わたしは真剣だ。今のスイーパーは、隊長好みの猛者の集まりだが、あまり隊員たちに権限を委譲しすぎるのもどうかと思ってな。知ってのとおり、わたしは物事のプロセスを重視するタチだ。結果オーライはときとして、将来の火種を抱えることになる」
「おっしゃることは、わかります」
「物事は長いスパンで見ていかなければ・・・今このときの対処法が、結果だけで推し量られると、組織的なゆるみ、腐敗・・・様々な問題点を見えにくくし、やがて大きな代償となって顕在化する。組織とはそういう面を持っている」
「戦術重視では、戦略が乱れると・・・」
「さすがだな、キリィ・キンバレン。貴様はどう思う」
「大尉のわたくしが、佐官・将軍を差し置いて、最高会議議長に意見などと・・・」
「そこが謙遜が過ぎるというのだ。わたしもキギも貴様を買っている。正直、今のスイーパー佐官クラスに貴様ほどの器を望めるか」
「わたくしには何とも」
「ハッハッハッ・・・いや、すまなかった。答えに窮する質問であったな。忘れてくれ。だがな・・・貴様の力を借りずして、スイーパー組織の向上はありえん。わたしの勝手な思いこみとあきらめろ」
「恐縮です、議長」
「ハッハッハッハ・・・今日はここまでにしておこう。いずれ答えはもらうぞ」
 5本目をもみ消したとき、ザイラの腕時計が小さくアラーム音を発した。
「時間だ・・・どうも予算会議などは気が進まん。悪者にしかならんからな、議長などという輩は」
 立ち上がり、秘書官を連れてその場を立ち去るザイラ。キリィは会釈で見送る。
 だが、伏せた顔を上げた瞬間、ラウンジの出口をくぐるザイラの背中に向けられた視線は、カミソリのように鋭い光を帯びていた。
『あなたとは違う形で、スイーパーの統制はなされることになる・・・』

 次の瞬間、キリィはぴくりと眉をひそめた。
『・・・こんなところで、無駄話につきあうヒマはないぞ?』
『無駄話じゃないもーん。ニュースだよ』
 昨日と同じ、舌っ足らずなおしゃべりがキリィの脳裏をくすぐる。
『・・・そうか、ブロンズに・・・』
 フッ、と、キリィは笑みを漏らした。
『なにかしたでしょー、トラッシュに・・・』
『ふふん、一向に階層を越える気配がないから、ちょっと刺激をな』

     ★     ★     ★

「・・・はああああ・・・」
 トラッシュは、ため息ともつかぬ声を漏らした。
 たどり着いたその景色は、ウェイストとは全く異なるものだったからだ。
 緑深く生い茂り、鳥のさえずりが聞こえる。すばしっこく枝の上を走り回っている小動物、あれはリスだろうか?
 空気の匂いも、味さえも違うようだ。深く吸い込んでみると、それは澄んでいて、ふわふわの感触で、かすかに湿り気を帯びているように感じる。
「ここが、ブロンズ・・・」
 小高い丘の上らしきそこは、林の中であった。だが、ウェイストの枯れた林とは違い、緑の葉と枝が作り出す木漏れ日は、キラキラと優しくトラッシュの全身をくすぐる。足下の土の、わずかに湿った踏み心地は、ふかふかと心地よい。
 全てがとげとげしかったウェイストの自然に比べ、ここは全てがやわらかく、優しい。
「へぇ〜、これがブロンズねえ・・・田舎じゃないの?」
 シルバー出身の都会っ子ヒビナには、まだまだそう感じられるのだろう。
 一方、シャマルは、背伸びをしてたっぷりと美味しい空気を満喫しているトラッシュの背中を見つめて、内心で驚嘆していた。
『本当にアイツは階層越えをやってのけた。自分の力で・・・』
 ほんの数分前の出来事が、信じがたい。

 トラッシュとウィンドボードが放った、七色の光。その中に、ヒビナやシャマルやエトワは、キャンピングカーごと取り込まれていた。
「ど、どうなってるの!」と、ヒビナ。
「これは・・・これこそ、極点の中・・・」と、シャマル。

 一方、トラッシュは、
『この眺め・・・これが、極点!? 初めてじゃない、これはまるで、あの夢の空間・・・』
 エトワが、微笑みながらトラッシュを見つめる。
 トラッシュは、
「みんなクルマに乗ってるな! シャマル、運転席へ、いや座ってればいい! オレが・・・連れてってやる!」
「ちょ、ちょっと! 連れてってやるって、どういうことよ、トラッシュ?」ヒビナたちは困惑しながらも、言われるままにキャンピングカーに乗り込む。
「大丈夫だよヒビナ、トラッシュにまかせて」
「エトワ?」
「トラッシュは今、セイレイに導かれている」
『セイレイ・・・?』シャマルは、気になる言葉を心の中で復唱した。
「トラッシュのボードにはセイレイが宿ってるの。それはトラッシュの味方・・・トラッシュの力」
「力・・・アートなの? トラッシュの?」
「ううん、アートじゃない。トラッシュの力」
「言ってる意味が・・・」
「出発だ! 風に乗るぞ!」
 トラッシュがそう言うと、トラッシュやキャンピングカーを取り囲む「極点のシャボン玉」は、突如動き出した、ように感じた。果たして前に動いているのか、上に動いているのかもわからないが、どこかに向かって、加速を始めているように体感した。キャンピングカーの運転席には、シャマル、後席にはヒビナとエトワ。エトワはヒビナの手をぎゅっと握りしめ、フロントスクリーン越しに、先行するトラッシュの背中を見つめる。
『もっともっと、風は吹くよ・・・』

     ★     ★     ★

 ウェイストの病院、病室のベッドで、上体を起こし祈るように目を閉じたビィ。
『わたしに語りかけるのはいつ以来だ。今さらだな』
『だって知りたいでしょー。ゆりかごの守り人としては』
 ビィの脳裏に、舌っ足らずな声が駆けめぐる。
『必要ない。わたしは信じている』
『彼がキャピタルGだということを?』
『彼はトラッシュだ』

     ★     ★     ★

 どのくらいの時間がたったのだろう。
 突然、トラッシュたちの周囲の「極点のシャボン玉」が、まさにはじけて、スパッ!と消えた。
「うわあええっっ!!??」
 何とも形容しがたい素っ頓狂な声を上げたヒビナほか、一行は驚きの表情を隠せない。
 キャンピングカーは、20センチ程の高さから枯れ葉積む地面に着地したような、軽い揺れを受けた。その車窓に映る景色、そこは緑生い茂る、林の中だった。

 シャマルは、考えていた。
 並外れた洞察力を持つ少年、シャマル・カング。ゴールドのアートと、シルバーのアート、その両方を持つ、数百万人に一人の人間、クロス・クラス。だが、洞察力はそれに起因するものではない、彼自身の資質だった。
 幼い頃から、「知」に対する興味は大きかった。読書好きな面からも、それはうかがえる。彼の探求心が、持ち前の洞察力をさらに鋭い刃物のように研ぎ澄ました。考えすぎるきらいも、否めないが。
 そんな彼は、考えていた。トラッシュという男、謎の多い人間・・・どの階層にも属さないとされる出自もさることながら、その特殊能力、それはもはやこの世界の人間の能力である「アート」とも違う、とびきりの異能に思える。今まさに、彼は、誰にもできなかった、自分自身の力で階層を越えるという、想像を絶することを成し遂げた。
 いや、トラッシュ自身の力で、とは言えないかも知れない。キーポイントは、「極点」、そして・・・エトワの口から語られた、「セイレイ」。
 エトワという少女にも、謎が多い・・・シャマルはそう感じてはいた。いずれは、この少女の謎に迫るときが来るかも知れない。それはひととき置いておくとして、彼女の口からときどき聞かれる言葉、「セイレイ」。それは何であるかは、幼いエトワに聞いたところで、要領を得ない。ひとつだけわかっていることは、それはこの世界、いや、この惑星に根付く、何らかの力を持つ存在であること。シャマルも目の当たりにしたエトワのアート、水を呼んでオアシスを作ったり、アートをキャンディに固めて他人に与えるそれは、エトワ自身の力というより、エトワが呼んだセイレイによってもたらされる力、そう考えることもできた。
「極点」と「セイレイ」、その二つを、トラッシュも自分の力にした。この惑星が持っている力と同じもの。
『惑星と、トラッシュ・・・全く異質なものどうしの、共通点・・・?』
 そこまで考えて、シャマルは自分自身を軽く嘲笑した。
『ほら、オレの悪いクセだ。情報が少なすぎる。なのに、結論を急いでしまう・・・』

 シャマルはトラッシュと出会ってしまった。そのことで、シャマルの探求心と洞察力は、トラッシュを知れば知るほど、彼をさらなる苦難の道へと引きずりこむことになる。今、その一端に、彼は立ち入ってしまったのだ。

 たどりついたブロンズの地。丘の上からふもとを眺めると、そこには、くすんだ赤や茶色の屋根がいくつもかたまった、街らしき景色があった。真ん中にひときわ高い、白い塔がある。よく見ればそれは教会のようだった。
 この階層では、水に困ることはないのだろう、古くからここにある、歴史ある街といった風情だ。
 新鮮な景色に、感慨に浸るトラッシュだが、たどりつくことが目的ではない。これからがスタートなのだ。そう思いを新たにした。
「とりあえず、降りてみるか・・・」
 そう思って、キャンピングカーの運転席に戻ろうとしたトラッシュに、背中から声をかけたのは、腕組みをしたヒビナだった。
「どうやって?」
「どうやってって・・・クルマで・・・」
 そこまで言って、トラッシュは、ハッとなった。
「・・・ここから、どうやって降りればいいんだろう・・・?」
 小高い丘のてっぺん、そこは直径50メートルほどの、ほぼ円形と言える地形の林だった。その外側はと言えば、急峻な下り斜面、いや、崖に囲まれている。その角度は60度を超え、崖下までの距離は約40メートル、クルマで降りられるような道などない。
 そこは地元の人間が「プリン山」と呼ぶ丘だった。崖の肌の黄土色、てっぺんの黒い林がカラメルソースのようで、確かにそれっぽい。
「・・・このトーヘンボクがぁ! 後先考えて行動しなさいよ!」
「あのさ、その勢いで死語連発してたら、ネタが尽きると思うけど・・・」
「なんの心配してんのよ! この状況をどうするか考えなさいってのよ!」
 ヒビナはそう言うが、付け焼き刃の階層越え、トラッシュには出口を選べるはずもなかった。
『う〜ん・・・』
 トラッシュは考え込んでしまった。

     ★     ★     ★

 トラッシュは、ウィンドボードを駆って、急な斜面を駆け下りてきた。
 とりあえず、トラッシュ1人で街まで降り、なにか方法を考えるか、人の手を借りるか・・・と言うことになった。トラッシュの責任だからと、ヒビナもシャマルも、協力する気はまるでないようだ。相変わらず非協力的な2人に、トラッシュは観念するしかなかった。エトワはついて来たがったが、それならいっそ1人で、とトラッシュは言った。
 トラッシュはエトワの携帯電話を借りて、ヒビナの携帯とで連絡を取りあうことにした。スイーパー用の携帯電話だったヒビナのそれをもとに、トラッシュは階層を越えても互いの通信ができるように改造を施していた。
 ふもとの街は、古い歴史を感じさせるが、きれいで落ち着いた雰囲気だった。どこもかしこも景観を大切にしているようで、けばけばしい色彩など見受けられない。反面、人々の活気という点では、ウェイストの市場の方がにぎやかだったように思う。明日の生活さえも保障されない、厳しい環境のウェイストの方が、人々の生命力を引き出すものなのだろうか? トラッシュは1人、そう思った。
 だが、道行く人たちは、みな穏やかで、満ち足りた表情をしているふうでもある。ヒビナはここを田舎だと言うが、トラッシュの目には豊かな街に映った。
「・・・フツーにクルマ走らせても降りられるモンじゃなし・・・一回バラしてパーツにするか・・・ いや、それじゃかえってめんどうだよな・・・ まいったなあ・・・クルマを捨てるわけにはいかないし・・・」
 相変わらず、「とりあえず動いてみる」性格のトラッシュは、街に来たからといって、解決策なんて、すぐに浮かぶものでもないことに、今ごろ気づく。
 しょうがないので、ボードを降りて背中にしょい、歩くことにした。歩けば何かひらめくかもしれない。目新しい風景もまた、刺激をくれることを期待した。

『それにしても・・・』
 トラッシュは思い返していた。つい先ほど成し遂げた、ウェイストからブロンズへの階層越え。やっている最中は、まるで当たり前のようにやってのけたそれを、今思い出してみると、とてつもなくすごい、などと陳腐な言葉になってしまうが、それくらい形容のしようがないことをやってのけたのだ。この自分が。
 キリィが言った、腕輪があればブロンズ階層に入れるという言葉。
 ふと、自分が自分にもわからない力で、ベニッジ・ニブラインのアートを封印したときのことを思い出した。あの時は、夢の女神が導いてくれて、自分の力に気づいた。そう思う。そして、アートを封印したときに現れた、不思議な抽象画。
 さらに、ウィンドボードの、キツネのイラスト。エトワが言う、セイレイの力。
 アートを封じた絵と、キツネのイラスト、セイレイ。頭の中で、それがグルグルと回り、混ざり合い・・・
「オレはどこに行けばいい!?」
 そう叫んでいた。
 キツネのイラストが光った。ブロンズの腕輪も・・・そして、気がついたら、ブロンズの腕輪は、キツネがくわえていた。
 そう、それを見たとき、質問の答えがそこにあったように思えた。トラッシュは自分に階層越えができそうな気がした。エトワの言うセイレイの力を借りたウィンドボード、それは腕輪を取り込んだ。そのウィンドボードで、思うままに駆け抜けること。ブロンズだ、ウェイストだという境界など、もとより関係ない。望めばどこへでも行ける、そう思えたとき、ブロンズへの扉が開かれた・・・
『いや、それは今こうして思い返したから、言葉にできることであって、あの瞬間は、オレはまさしく、感じるままに駆け抜けただけだった。ブロンズへ向かう道をとおったんじゃない、オレはオレの道を駆けていったら、たどりついたのがここだっただけなんだ』
 理屈じゃなく、そう思える自分が、とてもすがすがしいトラッシュだった。
 が、ふと冷めた感覚が脳裏をよぎり、今はない右手の腕輪の跡を見つめる。
『結局は、あの腕輪のおかげだった。キリィ・キンバレンは、そのためにあれをくれたのか?』
 そう考えると、西へ向かえと言ったキリィの言葉もまた、自分が「乗るべき風」がそこにあるから、と言うふうにも思えてきた。だとしたら・・・階層を越えたのも、ブロンズにたどりついたのも、キリィの思惑に乗せられたような気になった。階層越えを成し遂げたことに浮かれている気分が、ふっと引き戻された。

 すると・・・
 とつぜん、トラッシュの視界が、真っ暗になった!
「わわっ!? な、なんだ? なにが起こった?」
「だ〜れ〜だっ!?」
 面食らったトラッシュだが、落ち着いてみると、誰かが後ろから目隠しをしているのだ。それだけじゃない。後頭部にムニュムニュした感触がある。いい匂いがする。
『こ・・・この感触は? 女の人の胸?』
 そもそも、ややハスキーな、内耳をざらりとなめるような、ちょっと心地よい声質には、トラッシュは聞き覚えがあった。
「・・・もしかして、ワグダお姉さん!?」
「あ・た・り!」
 ハスキーな声の主はそういうと、目隠しを解いて、後ろから長ーい腕で、トラッシュの頭を抱きしめた!
「たーッ! わ、ワグダお姉さんがどうしてココに!?」
「あー・・・やっぱり、あたしのトラッシュは抱き心地がいいわぁ・・・」
「あ、『あたしの』って!?」
 これまた聞き覚えのある、フォルケの「あわてツッコミ」。
 ワグダはちょっとうっとりした表情で、今度は後ろからトラッシュの両腕を封じるように体を抱きしめ、ほおずりをした。
「う〜ん、トラッシュくらいの歳だと、まだ体が柔らかくって気持ちイイ・・・ あんまり成長して筋肉質になると、ゴリゴリして感触悪いんだよな・・・ もうトラッシュはこのままオトナにならないでくれよ・・・」
「言ってる意味がぜんぜんわかんねえよ! 離して〜ッッ!」
「わ、ワグ・・・じゃなくて、パレスモ少尉!?」
「・・・それでいちおう工夫したつもりか? フォルケ?」
 ワグダはしらけた顔になった。が、トラッシュを離すことはしなかった。
「そもそもなんでワグダお姉さんは、オレがここにいることがわかったの?」
「キリィ大尉が、トラッシュたちはブロンズに入ると言ったのさ。ポイントも、だいたいこのあたりだと。にわかには信じがたかったけど、ホントだった」
「キリィ・キンバレンが・・・」
 腕輪をくれたのはキリィなのだから、ポイントまでわかるというのは、至極当然なことだ。しかし、オレの行き先をワグダに教えるなんて・・・やっぱりあいつは、オレを捕まえたがってるんだ! なにが世界の理(ことわり)だよ!
「ああ、オレはとうとうスイーパーに捕まってしまったのね、しくしく・・・」
「いんや? そういうことではないよ」
「はあ?」
 と言うわりには、相変わらずトラッシュを抱きしめたままの体勢で、話をつないだ。
「ちょっとばかし、あたしらの同僚のテストをすることになってね・・・」

     ★     ★     ★

 その日の朝、ウェイストの第7方面支部・・・の残骸にて。
「でも、ワグダ少尉ともあろうものが、小ギツネ一匹、捕まえられないなんて・・・ あなたも落ちたものですわね?」
 ホホホ、とカーリカは嘲笑した。
「トラッシュのことか?」
「トラッシュ? イリーガルでしょう?」
「カーリカはトラッシュを知らないからそう言うのさ。これは負け惜しみでもなんでもなく、トラッシュは今までに出会ったターゲットとは、明らかに違う。あんな人間は初めてだね」
「そういう言い方こそ、負け惜しみじゃありませんこと・・・?」
「ことトラッシュに関しては、言葉では伝わらないさ・・・実際に手合わせしてみないとね。ヤツには、常識で計り知れないなにかがある。ひょっとすると、スイーパーにとっては未曾有の驚異と言えるかも知れない」
「・・・ずいぶん、そのイリーガルに肩入れするのですわね? あなた、いつだって男なんて見下してたんじゃありません?」
「はん? そう決めつけてたわけじゃないよ。今まで、あたしをうならせるような男に出会ったことがないだけさ」
「イリーガルが・・・そうだとでも?」
「だから言ってるだろ? 会ってみなきゃわからない。いや、会っても100%はわからないかもな・・・トラッシュは・・・」
「あの、さっきから気になってるんだけど・・・」
「んん?」
「あなたさっきから、コードネーム・イリーガルのことを、トラッシュ、トラッシュって呼んでますわね。彼がアザク・ラガランディかも知れないから、イリーガルというコードネームを付けたのに、なぜ?」
「・・・・・・・・・」
 ふと、黙り込んだワグダ。自分でも答えあぐねているのか? フォルケは、ワグダの答えに耳をそばだてた。
 そういえば、ボク自身だって、あいつのことを、いつの間にかトラッシュと呼んでいる。いや、トラッシュと出会った人たちは、ヒビナを始め、みんなそうだ。
 フォルケがぼんやりと考えていたことと同じ事を、ワグダは語った。
「・・・あいつを知れば、あいつがトラッシュだということがわかる・・・ってとこか」
「なにそれ?」
 そう、心の中では、あいつをアザクかも知れないと思っているボクやヒビナをしても、あいつを呼ぶときには、知らず知らずのうちに、「トラッシュ!」と呼んでしまっているのだ。
 そうさせるなにかを、トラッシュは持っているということなのだろうか・・・

     ★     ★     ★

「あたしらの新しい仲間が・・・まあ、仲間にしたいワケじゃないけど・・・カーリカってヤツが、お前のことを見くびってるから、いっぺん、1人でトラッシュと対戦してみなって言ったのさ」
「そんな、オレをなんだと思ってんの? オレの意志は関係ないのか?」
「ちゅうこって、今回に限り、あたしやフォルケはお休みだ」
「おいおい、オレの発言は無視かい・・・」
「い、いいんですかホントに!? ワグダ少尉? 今こそトラッシュを捕まえるチャンス、てかもう捕まえてるのに!?」
「だから、カーリカが来るまでは遊んでくれよ、トラッシュ・・・」
「あ、ボクも無視ですか・・・」
「唇が寂しかったぞ、トラッシュ〜」ワグダは唇をとがらせる。
「お、オレはタバコか!?」トラッシュは赤くなった。
「だまされるなよトラッシュ! ワグダ少尉はいつだって、こうやっていたいけな少年をからかってるんだから!」
「いたいけって、それ自分も含まれてるのか? フォルケ?」ワグダは冷ややかに。
「どうでもいいけど、いいかげん離してくれ! あんまりオレとイチャついてると、フリーマがやきもち妬くぞ! いいのか!?」
「フリーマはブロンズの支部に置いてきたもん。見られる心配はないよ!」
「あっ、そ・・・てか、やっぱフリーマの目を気にすることは気にするんだ・・・」
 トラッシュとフォルケは、視線を合わせて、互いにため息をついた。
 と、その時・・・

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・

 地を這う地響きが、トラッシュ、ワグダ、フォルケの耳に入った。というより、3人を足下から揺さぶった。
 いや、周囲の街人たちがみな、ざわざわと騒ぎ出した。
「な、なんだ!? この揺れ?」
「地震か?」
 赤や茶で彩られた、落ち着いた景色の街は、びりびりと震えだした。つたが這う白い教会の、鐘ががらんがらんと音を立て始めた。
 すると、なにやら、街に影を落とす・・・巨大な山が、姿を現した。
「や、山が・・・動いてる!?」
 ぽかーんと、その山を見上げるトラッシュ、ワグダ、そしてフォルケ。
 その山は、くすんだピンクの山肌に、巨大な木が何本かそびえ立っていた。いや、木ではなく、塔が立っているのか・・・?
 だが、その異様な姿は、どこかで見たことがあるものだった。
 3人の脳裏に、似たものの姿がイメージされたが・・・
 こんなに巨大であるはずのないそれの姿を、受け入れられなかった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・

「うわああああああぁぁぁっっっ!!??」
「ま、街が踏みつぶされるゥッッ!!??」

 そう、巨大な山は、ブロンズの小さな街を蹂躙しながら、じりじりと前へ進んでいるのだ。
 いや、それはトラッシュたちを目指しているように見えた。
「あ、あれは・・・」
「ま、まさか・・・」
「そ、そんな・・・」
 トラッシュ、ワグダ、フォルケのこめかみを、冷や汗が流れた。
「フリーマ!?」
 3人の声がそろった。
 そう、街を踏みつぶしているのは、全長50メートルほどに巨大だが、紛れもなく、フリーマだったのだ!
 フリーマの、寝ぼけたような目が、じっとワグダに向けられた、ような気がした。
「わ、わああっっ! ゴメン! フリーマ! あ、あたしが一番好きなのは、フリーマちゃんなんだよッッ! 二番もフリーマ、三番もフリーマ、こんなトラッシュなんか、ベスト10圏外のそのまた圏外なんだってばッッ!!」
「そ、そう言うんなら、オレを抱きしめるのをやめろって!」
 ワグダは、いっそう強く、トラッシュを抱きしめていた。
「あ、そ、そうか!」
 言うやいなや、ワグダは、トラッシュを放り投げた。
「うああっっ!?」転がるトラッシュ。
 巨大フリーマは止まる気配がない。そのまま、トラッシュたちを踏みつぶさんと、迫り来る。
「に、逃げろーッ!」
「ばか! フリーマをこのままにして逃げられるか!?」
「勝手にしろ! オレたちゃ逃げる!」
 そうこうしていると・・・

 オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ・・・・・・

 フルートのような澄んだ音色、だが、さげすむような笑い声が、街に響き渡った。
「な、なんだ? 何がおかしい? 誰だ!」
「あ、あそこ!」
 フォルケが指さす先。それは、巨大フリーマの頭の上あたり。
 そこに、人影があった。
 長い髪はブロンドで、盛大に縦ロールしている。ロングコートをまとったボディのシルエットは、グラマラスにうねるカーブを描く。とてつもなく大きなバストに、とてつもなく細いウェスト。
 そう、それは・・・
「カーリカ・ビアレ!?」
「あなたたちのお望みどおり、イリーガルをわたくし1人の力で捕まえてみせましょう!」
「ちょちょ、ちょっと待て! フリーマちゃんになにをした!? これはいったいどういうことだーッッ!?」
 ワグダが珍しくあせっている。
「ワグダが協力してくれないから、フリーマに協力していただくことにしたんですわ」
「勝手なことするな! だいたい、なんで巨大化してるんだよ!?」
「そこがわたくしのIQ300たるところですわ。疑似結晶化装置を作りましたの。ちょうど雪のつぶやミョウバンが結晶して大きくなるように、フリーマをコアにして、古いぬいぐるみをバラした材料で巨大化させたのです」
 それを聞いて、フォルケは内心、思った。
『カーリカ少尉・・・この技術は確かにスゴイけど、すっごくバカバカしいような・・・ IQ300は、伊達なんですか?』
「ふ、フリーマを、ぬいぐるみなんかで包み込んでるのか?」
「あら、どっちもぬいぐるみじゃありませんこと?」
「違ーうッッ! フリーマはあたしのお友だちだッッ!! 返せ! 元に戻せ!」
「ふふんっっ、そのお友だちの目の前で、イリーガルとイチャイチャしてたくせに」
「うぐっっ!?」
 ワグダは返答に詰まった。
「自業自得じゃありませんこと? フリーマの怒りがワグダごとイリーガルを踏みつぶしてさしあげますわ! おほほほほほほほほほほほほほほ・・・」
「待てーッッ!? オレを捕まえるんじゃなくて、踏みつぶすだって!?」トラッシュが叫んだ。
「いえいえ、踏みつぶしてから捕まえるんですわ。どうせ現代医学では人はめったに死なないんだから、なんだったらヒキ肉にして冷凍してから、スイーパー本部に『冷え冷え宅配便』で送ってあげましょう! むこうで電子レンジで解凍チンすれば、元どおりですわ!」
「え、えげつな・・・」フォルケが青い顔をした。
「くっそおお・・・ヒキ肉になんかされてたまるかよ!」
 トラッシュは表情を結ぶと、ウィンドボードに飛び乗り、巨大フリーマめがけて飛んでいった!
「トラッシュ!?」ワグダとフォルケは、それを見送る。

     ★     ★     ★

 トラッシュのウィンドボードは、巨大フリーマの顔面を駆け上がり、頭の上のカーリカを目指して飛んでいった。
「フリーマはワグダの大事なものだろ!? ちゃんと元に戻して返してやれよ!」
「あら、あなたもワグダの肩を持つのね? あなたたち、どういう関係?」
「いろいろとね!」
 ボードは滑るようにカーリカに向かう。
 カーリカは、フッ、と、不敵な笑みを浮かべると、手にしたスティック上のものを、トラッシュに向けてかまえた。
 60センチメートルほどの、細長いスティックは、先の方がハート形の骨組みをしている。その形は、見た目、トラッシュには・・・
「フトン叩きか? それ?」
「フトン叩きですって!? あんまりたわけたことを、おっしゃらないでもらいたいわ!」
 カーリカは、かまえたその「フトン叩き」を・・・
「フトン叩きじゃありません!『ショックウィーゼル』です!」
 もとい、そのショックウィーゼルを、水平に振った!

 シュオンッッ!!

「な、なんだ!?」
 一瞬、殺気を感じたトラッシュは、とっさに身をかわした!

 ビシュッッ!!

「あっっ!?」
 トラッシュの頭の、キツネ面型ゴーグルのベルトが、その下のイヤーウォーマーごと、スパッと切れて、落ちた。ゴーグルは巨大フリーマの表面を転がり落ちていった。
 トラッシュの髪が、ざんばらにバラけた。左こめかみのあたりの髪も、少しだけ切れている。
「なんだ今の!? カミソリでも飛んできたの?」
「ショックウィーゼルの衝撃波ですわ! いわば『かまいたち』! 文字どおり、イリーガルをヒキ肉にしてさしあげますわ!」
「かまいたち!? そうか、アンタ、イタチか!?」
「はあ!? なんですって!?」
「オレはキツネだ! キツネとイタチの知恵比べだな!?」
「な、なに言ってるのこの子!?」

 そのやりとりを見ていたワグダは・・・
「ふふっ、トラッシュの本領発揮だな。あの、人を食ったところがまた・・・」
「また?」フォルケが聞き返す。
「かわいいんだよねえ・・・」
 フォルケは、ポカーンとしてしまった。

「そのふざけた口を、だまらせてあげるわ!」
 カーリカは、ショックウィーゼルを振り回し、衝撃波のナイフをトラッシュめがけて無数に飛ばす!
 だが、トラッシュはウィンドボード上で、ひらりひらりと身をかわしていく。
「どうしたの!? オレをヒキ肉にするんでしょう? イタチお姉さん!?」
「な、なんてすばしっこい・・・」
 カーリカは、あせり始めた。
 ワグダの言うとおり、こいつは、今までに出会ったことのないタイプのターゲットかも知れない。そう思った。
 なにが違うかというと・・・捕らえたと思っても、するりと逃げていく。どんなに追いつめようと思っても、かわしてかわして、かわしきる。ここに実体があるのが信じられないほど、すばしっこい。単純に、反射神経が優れていると言うより、まるで、違う次元にあるものを追いかけているような気がするのだ。
「あなた、ホントに人間なの? これが『イリーガル』ってこと?」
「言い飽きたけど、言っとく! オレの名はトラッシュだ!」

 プリン山の上のシャマルは、手持ちの本を読み尽くしてしまい、たいくつし始めていた。
「オレも街へ行って、暇つぶしすればよかったかな・・・」
 すると・・・
「な、なにあれ!?」
「うわーッッ!? なんか変なモノが動いてるよ!?」
 ヒビナとエトワの、驚嘆の声が聞こえた。
「??」
 シャマルは、クルマを降りて、エトワたちが見ている先に視線を合わせた。
 そこには・・・
 ピンク色の巨大な物体が、もぞもぞと動いているさまが見えた。とてつもなく大きな、平べったくて、びらびらしてて、長く突き出たツノらしきものが、大小何本か見える。
「な、なんか、どこかで見たような形・・・?」

     ★     ★     ★

 巨大フリーマは、いつのまにか、街をはずれ、郊外へと巨体を進めていた。
 フリーマを追っていたワグダとフォルケだが・・・
「ワグダ少尉、もしかして、トラッシュは街の被害を最小限にするために、街の外へフリーマを、いやカーリカ少尉を誘い出してるんじゃ・・・?」

 フリーマの頭上では、相変わらず、カーリカがトラッシュに翻弄されていた。
「・・・確かに、わたくしはイリーガルを甘く見ていたようね。あのワグダが手こずり、キリィ大尉が真剣になる理由がわかりましたわ・・・」
 カーリカは、少し息がはずんでいた。透き通るような白い肌はほんのり朱に染まり、軽く汗ばんでいた。メガネの奥の目が、ギラリと光った。優しげで穏やかな瞳の奥から、鋭利な槍の突端のような光が・・・
「キリィ大尉、ご覧になってます? イリーガルごときにわたくしが作戦参謀なんて、役不足もいいところだと思ってましたが、ようやくわかりましたわ。でも、それもわたくしがアートを使えば、結局無駄なことだったと、教えてさしあげましょう!」
 フリーマの頭の上を縦横無尽に飛び回るウィンドボードに目を向け、カーリカは、両腕を顔の前でクロスさせた!
 祈るように、意識を集中する!
 その様子に、ただならぬものを感じたトラッシュは、身を引き締めた。
 カーリカは、しばしの沈黙ののち・・・
 クロスした両腕を振り下ろし、両手のひらを開いて、それを真正面に突き出した!
「ふッッ!!」
 短く、気を吐く! カーリカの目が銀色に発光する!
 すると・・・

 シュババババババババッッッ!!!

 フリーマの表面から、無数の大きな「トゲ」が飛び出してきた!

「わ、わあああああああああああああああぁぁぁっっっ!!??」
 逆さまの「ツララ」みたいなトゲが、トラッシュをめがけて、無数に飛び出してくる! トラッシュが逃げればそれを追うように、フリーマの表面がトゲだらけになった!
「ヒキ肉はやめて、串刺しにしてあげましょう! ホホホホホホホホホホホ!!!」
「な、なんてワザだ! これもアートか!?」
「そのとおり! わたくしは、全てをトゲだらけにすることができますの!」
 トラッシュが高く飛んでも、その高さまでトゲは突き出してきた。トゲの一つは、トラッシュのジャケットをかすめ、引き裂いた!
「もとがぬいぐるみなのに、トゲはまるで鋼鉄だ!」
「観念して、わたくしにひざまづきなさい! それとも、穴だらけになって捕まる!?」
「どっちもゴメンだ!」
「往生際の悪い!」
 カーリカが、ハッ!、と気をこめると、トゲはさらに巨大になり、スピードも増し、数もさらに増えた!
 そのいくつかが、ウィンドボードのボトムを、勢いよく突き上げた!
「うあああっっ!!??」
 バランスを崩したトラッシュは、ボードごと空中でひっくり返り、落下した!
 下には、針地獄のような無数のトゲが!
「ああっ!? トラッシュ!?」フォルケが叫んだ。トラッシュの実力を認めているワグダまでもが、手に汗握りそのさまを見守る!
 トゲの山に、真っ逆さまに墜落するトラッシュ。
「わたくしはワグダとは違いましてよ! あなたを五体無事なまま捕まえようなんて思いませんわ! オホホホホホホホホホホ・・・」
 カーリカは、高らかに笑った!

「・・・なんの!!」
 トラッシュは、自らを串刺しにしようと待ちかまえるトゲを・・・
 逆立ちの体勢で、手でつかんだ!
「!!?? な、なんですって!?」カーリカは驚愕の表情だ。
 トラッシュは2本のトゲをそれぞれの手でつかみ、器械体操のように逆さまの体勢を保った。
「オレはあきらめが悪いんだ! それに、アンタらの思惑通りコトが運ぶのはシャクだしね!?」
 トラッシュのその言葉は、カーリカだけに向けられたものではなかった。
『キリィ・キンバレン・・・あんた、オレを試しているつもりかい!? なら、応えるまでだ!』
 トラッシュは、逆立ちのまま、無数のトゲを次々につかんで渡り歩き、カーリカを目指した!「逆さ雲梯」状態だ!
「きゃああっっ!? な、なんなのあの子? 変な動物!?」
 カーリカはたじろいだ。トゲの山を渡る逆立ち歩きのトラッシュの姿はこっけいだが、カーリカには恐怖だった。
 あわてふためいて逃げるカーリカは、巨大フリーマの背中の上で、足を取られた!
 もともと、ふかふかのフリーマの背中で、ヒールの高いブーツで走り回っていたカーリカ、足場が不安定なために、派手にすっころんでしまった。
「きゃっ!? いやああああああぁぁぁっっっ!?」
 カーリカは転がりながら、フリーマの背中から転落した。
 ドシンッッ!!
「ぐぎゃっっ!?」
「あいたたた・・・」
 運の悪いことに、フォルケはまたしても、落ちてきたカーリカにつぶされてしまった。
「・・・ったく・・・なんなんですの? あのイリーガルは・・・」
 カーリカの方も腰をしたたかに打ち付けて、さすりながら起きあがると・・・
 目の前に、ワグダがいた。
 その顔は笑っているようだが、真っ青な顔で、逆に目は赤く血走っていた。口元が引きつっている。
「・・・カーリカァ・・・アンタ・・・フリーマちゃんをォ・・・」
「えっ!? いや、その、ほら・・・ふ、フリーマちゃんもスイーパーの一員として、協力してもらおうと思いましたの! だ、だから・・・」
「だからじゃないっっ!!」
 ワグダは、カーリカののど元を、チョークスリーパーで締め上げた!
「ぐああぁぁっっ!! ギブギブ! わ、ワグダァ! ごめんなさぁいぃっっ!!」

     ★     ★     ★

 カーリカのアートは解け、巨大フリーマの表面から、トゲは消え去った。トラッシュはフリーマの上に落下し、トランポリンのようにボヨンと跳ねる。
「・・・た、助かったァ・・・」
 ホッと一息ついたトラッシュは、思い出したようにフリーマの背中に手を当て、巨大フリーマの構造を調査した。
「確かに、この真ん中に本物のフリーマがいるけど・・・コントロール装置と駆動装置は、フリーマとは別物だな」
 トラッシュは、持っていたナイフで巨大フリーマの表皮を切り裂き、中に潜り込んだ。そして、コントロール装置を引っ張り出すと、直し屋トラッシュの十八番で、その構造を解析し、巨大フリーマの操縦方法を見つけてだしてしまった。
 トラッシュは、巨大フリーマの背中でそれを操り、キャンピングカーを停めた「プリン山」を目指す。

「・・・なんですってぇ!? も、もう一回言ってみてよ!」
『だから、丘の上からクルマをジャンプさせて、フリーマの上に着地しろって言ってんの! フリーマがクッションになるから! そこから、フリーマの背中に沿って地上に降りられる!』
 トラッシュは、エトワに借りた携帯電話で、ヒビナと話していた。
「そ、そんなこと・・・大丈夫なの!? 危なくないの?」
『たぶん』
「たぶんじゃダメじゃないの! 安全を保証してくンないと!」
『大丈夫だって! うまくいくよ! まあ、最悪でも・・・』
「・・・最悪でも・・・なによ?」
『・・・・・・・・・』
「そこで沈黙しないでよ! コワイじゃないよ!」
「ヒビナ・・・覚悟を決めた方が、いいみたいだぜ? 丘の上で身動きできない以上は・・・」
 そう言ったのは、もはや観念した顔のシャマルだ。
 ヒビナは、真っ青な顔で引きつり笑いをした。

 キャンピングカーの運転席には、シャマル。ヒビナとエトワは後席でひしと抱き合っていたが・・・
 ヒビナは真っ青な顔で、エトワは・・・ニコニコして、瞳をキラキラさせていた。
「・・・行くぞ!」シャマルが叫ぶ!
「ちょ、ちょっとタンマ! やっぱりコワイ〜!」
「タンマは死語! もう遅い!」
 キャンピングカーは激しくホイールスピンして発進した!
「ひえええええええええぇぇぇ!!! ママ〜ッッ! パパ〜ッッ! キリィさまァ〜〜ッッッ!」
 ヒビナの悲鳴はものともせず、丘の上からキャンピングカーはジャンプし・・・

 ボフッッ!!

 巨大フリーマの上に、見事に着地した!
 ・・・かと思ったが・・・
「お、おおいっっ!! 勢いがとまんねえ!?」
 助走を付けすぎたのか、クルマは急ブレーキもむなしく、巨大フリーマの背中でスリップしながら、シッポへ向けて猛スピードで走り続けた!
「あ、フリーマの背中、そんなに滑るんだ!?」と、トラッシュ。
「他人事みたいに言うな! アホギツネェ〜ッッ!!」
「いやああああああああああああああああぁぁぁ!!」
「きゃっほおおおおおおおおおおおぉぉぉぅぅぅ!!」
「エトワ、はしゃぐなあああああああああぁぁぁ!!」
 フリーマの背中を迷走しながらも、クルマはフリーマのシッポに達し、ようやく地面に着地した。
 やっとブレーキが効いて、クルマはどうにか止まった。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」
「ひい、ひい、ひい、ひい・・・」
「きゃははははは・・・面白かったーッッ!!」
 ハンドルにしがみついて、目をむいているシャマル。後席で突っ伏して、荒い息を弾ませているヒビナ・・・ エトワだけが、よっぽど楽しかったのか、キャッキャはしゃいでいる。
「いやー、お疲れ!」トラッシュのひょうひょうとした態度に・・・
「このアホギツネが! お前の考えることはいつもこうなんだよ! こっちの身がもたん!」
「そうよそうよ! まっぴらゴメンだわよコンチキショウ!」
「それも死語っぽいな・・・」
「なに、お前ら・・・あのプリン山の上から降りられなくて困ってたのか?」
「わ、ワグダ!?」
 いつの間にかそこにいたワグダに、ヒビナたちは仰天した。ワグダは、気を失った、というかワグダが落としたカーリカを引きずっている。カーリカの下敷きになってふらふらのフォルケもいた。
「あ、今日は停戦だから。それにしても、ずいぶんと思い切った降り方をしたもんだな?」
「まあ、こうでもしないと、あの急斜面はクルマでは降りられないモンな」とトラッシュ。
「ウィンチ、使えばよかったじゃないか」
「はあ!?」ワグダの言葉に、トラッシュ、ヒビナ、シャマルが声を揃えた。
「このキャンピングカーのフロントに、ワイヤーが巻き付いたローラーがついてるよな。それ、ウィンチだろ? そのワイヤーを丘の上の木にでもくくりつけて、吊り下がりながら斜面をバックで降りるんだよ。ウィンチって、そういうふうに使うもんだろう?」
「あ、なるほど!」
「と・・・トラッシュ?」ヒビナが目を見はった。
「そういえば、このウインチはオレが付けたんだった! なんで気がつかなかったんだろ? 盲点盲点、まいったね」
 たははは、と、トラッシュは後ろ頭に手を当てて笑った。

 プッチーン!

「ドアホギツネがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「こぉのオタンコナスゥゥゥゥ!!!!!」
「わわわっっ!! なんだよ! 結局、無事に丘を降りられたんだからいいだろ!?」
「結果オーライでものを計るな!」
「ひえええええぇぇぇ!!??」
 ヒビナとシャマルは、逃げるトラッシュを追いかけて、ブロンズの郊外を走り回る。
 エトワは、ニコニコとそれを眺めていた。

     ★     ★     ★

「あいたたた・・・」
 ブロンズ階層のスイーパー支部。カーリカは、ワグダにひねられた首を、左右にまわしていた。
 律儀なことに、カーリカの敗北を認めたワグダたちはトラッシュを見逃し、スイーパー・ブロンズ支部に戻った。そこもまた、ネコ一匹見あたらず、ガランとしていた。最初、ワグダとカーリカを受け入れることになった支部のあわてように、フォルケは、この2人の問題児ぶりをかいま見た思いがしたものだ。
「だらしないなあ、最初の勢いはどうした?」と、ワグダ。もとの大きさに戻ったフリーマを抱きしめている。
「よくおっしゃいますこと! ワタクシを痛めつけたのはあなたでしょうに!」
「フリーマに手ェ出すからだ。やっていいことと悪いことがある! 血を見なかっただけありがたいと思え」
「そ、それは・・・」カーリカは小さくなった。
「これでわかっただろ!? トラッシュは、生半可では捕らえられない。 ハンパじゃないんだよ、あいつは」
「・・・・・・・・・」
 カーリカは、ムッとした表情だ。
「・・・おっしゃるとおりですわ。イリーガルをなめてかかったのは、わたくしの失態。キリィ大尉のお考えが、やっとわかりました。わたくしは命令どおり、作戦参謀に徹しますわ。だからワグダ少尉も、実戦指揮官として、わたくしにお力を貸してくださいな・・・」
 カーリカはそう言って、右手をさしだした。
 その手を、じいっと見ていたワグダは・・・
「・・・フンッ! その手のひらから、トゲが出てきて、あたしのほうが血を見ることにはならないだろうね!?」
 それを聞いてカーリカは、ニッコリと、笑顔を作り・・・

 ジャキィッッ!!

 右手のひらから、一本の鋭いトゲを出した! いきなりのカーリカのアートに、フォルケはギョッとした。
 いっぽう、ワグダが、フンッと鼻で笑うと・・・
 今度は、テーブルの上の一輪ざしが、カタカタと揺れ始めた。やがて一輪ざしから湯気が立ちのぼり、花はしおれ始め、中の水はグラグラと沸騰しだした・・・
 ワグダのアート、あらゆる水分の沸騰。
 ワグダとカーリカは、2人してニヤニヤしながら、冷たい視線を交差させた。
「ま、仲良くしましょ? 仲良く・・・」
「ふふっ、望むところさ・・・」
 フォルケは、そこに激しい火花が散るのを、見たような思いだった。背中を、悪寒が走った。
『スキあらば、味方でも追い落とそうする、それがスイーパーの友情・・・ ボクが目指しているのは、こんなコワイ世界なのか・・・?』

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>>>第2章第2話へつづく。
次回「おいしいオトコ」

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