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第2章第2話「おいしいオトコ」

 トラッシュの新たな力により、ブロンズ階層への移動を果たした一行。イリーガル追跡チームに新たに加入した天才的頭脳の持ち主、カーリカ・ビアレをかろうじて退けたトラッシュたちは、次なる目標を求めてブロンズでの生活を始めた。

     ★     ★     ★

『らしくないな、ワグダ少尉。イリーガルが24時間以上、君の追跡から逃れた初の逃亡者というのはともかく、ここまで手こずるとは・・・』
「へいへい、おっしゃることはわかりますけどね、キリィ大尉。今回ばかりは胸のデカイ新参者に足を引っ張られたのが原因ですから。とはいえ、リーダーとしてのあたしの責任は痛感しておりますですよ」
『カーリカ少尉としても、まずはイリーガルの手並みを見たかったというのは理解できるが・・・』
「そうそう! そうなんですわキリィ大尉! イリーガルについて十分な情報もないまま、チームメイトのポンコツたちがまったくもって非協力的だったために、リーダーとしてはまずわたくしが率先して現場に出るしかないと思いまして・・・」
 スイーパー・ブロンズ階層第4方面支部。イリーガル追跡スペシャルチーム、ワグダ・パレスモ少尉とカーリカ・ビアレ少尉、二人の美形エージェントは、先だっての失態を言い訳すべく、スイーパー本部との通信マイクを奪い合っていた。
 例によって、厄介者の彼女らに関わりたくない第4方面支部の隊員たちは、何かと理由をつけて外出しており、支部には二人の他に、見習い隊員のフォルケのみという三人だけだった。その美女二人が、遅めのブランチを食べようとしていた、まさにその瞬間に着信した、本部からの通信。モニタに映し出される発信者は、スイーパーのエースと言われる、キリィ・キンバレン大尉だった。
 キリィは、コードネーム・イリーガルと呼ばれるトラッシュの身柄確保ミッションにおいて、責任者であり指揮官である。だが、それ以外にもいくつものプロジェクトを抱える多忙なキリィに代わり、実戦を展開するのは、二人の美女に加え、見習いの予備隊員であるフォルケ・オードビー、この三人で構成するスペシャルチームの役割である。
「今後はこのワグダ、リーダーとしてデカ胸をしっかり指導していく所存ですので、サポートはひとつよろしくと」
「ええ、ええ、わたくしIQ300のカーリカはその頭脳を余すところなく生かして、リーダーとしてこのクサレ外道を従えて活躍しますゆえ、どうかお見逃しなきよう」
 どこからツッコんだらいいのか、という以前にその度胸もないフォルケは、あきれて美女上司二人を眺めているしかなかった。
『うむ。さしあたって、当初の予定どおり、エージェントを数名、そちらに送り込む。彼らをうまく生かして作戦に当たってくれ。これから彼らの情報を送る・・・準備はできているな?』
 結びの一言は、キリィから彼の傍らの人物に向けて投げかけたものだ。
『あ、はーい、データ送信しまーす!』
 モニタに姿は映らないが、オフマイクで応えるその一言は、くすぐったいような甘い響きがあった。どこか幼くも聞こえる、少女の涼やかなソプラノボイス。
 あれ?とフォルケは思った。今の、どこか聞き覚えのある声のような?
「んっ? 大尉、秘書、替わりました?」ワグダの問いに、
『ふむ、そうか、君らにはまだ話していなかったな。前の秘書、ミッセラ・ドゥポエは、現場に転属となった。なにせイリーガル騒ぎで、現場はどこも増員増員で、人手が足りないのだ』
「へえ、それでか、子供みたいな声だった。もしかして、予備隊員とか?」
『いずれ君らにもあいさつさせよう。こちらも忙しいので、通信はここまでだ。後はよろしく頼む』
「ういっす」
「お疲れさまでーす」
 ワグダはめんどくさそーに、カーリカは作り笑顔で通信を終える。モニタには、入れ替わりに「新たなエージェント」の情報が映し出された。だが、美女二人は全く興味を示さない。
「・・・ったくなー、カーリカ、お前、自分の責任棚に上げて、いい加減な報告してんじゃないよ」
「あなたこそ、わたくしの株を下げるようなタワゴトをおほざきでなくてよ? なに、キリィ大尉に取り入るつもり?」
「だーれが、どうもあたしゃ、エリートって人種は性に合わなくてねえ」
「ははあ、だから年下とイチャイチャしてるのね、相手はイリーガルだというのに」
「年下だからイイってわけでもないさ。このフォルケだって年下だけど、心底どうでもいい・・・って本人の前で言うことじゃないか」
「わ、ワグダ少尉・・・」毎度おなじみフォルケの嘆き。
「ま、がっかりすんなフォルケ、心底どうでもいいのは事実だ」
「なぐさめになってませんよ!」
「お前ってホント、からかいがい満載だな?」
 そういって笑いながら、ワグダは邪魔が入ったブランチにあらためて手をのばした。まだ多少は暖かみの残るキッシュ。それを一口ほおばって・・・
「・・・美味い! なにこれ、なんでこんな美味いものがこんなとこに!?」
 急に背筋が伸びたワグダ。
「ええ?どれどれ・・・ワグダのことだから、舌もポンコツなんじゃなくて?」
 そう言って、カーリカも同じく一口。すると、メガネの奥の大きな瞳が、またたく星でいっぱいになった!
「美味しーーいっっ! ホントだわ、こんなに美味しいキッシュ、食べたことない! これ、どこで買ってきたの?」
「あ、それ、ボクが作ったんですよ」あっけらかんと、フォルケが応える。
「ええええっっ!?」
 そろって目をむいて驚く、二人の美人上司。
「なんだよ、知らなかったな! フォルケお前、料理の才能があったのか!」
「才能ってほどじゃ・・・趣味ですよ。ボク自身、食いしんぼだから、突き詰めると料理好きになるっていうパターン、あるでしょ」
「いやーーん! じゃ、今度からあたしたちの食事、あなたが作ってぇ! イリーガル追跡スペシャルチームの、スペシャルシェフ!ってのはどう!?」
「ええっ! ぼ、ボクは料理人じゃありませんよ! スイーパーの卵です!」
「だってそっちの方は正直・・・いや、言わないほうが本人のためか?」
「そうですわ、立ち直れないほど傷つくのは見ててツライですわよ」
「言ってるようなもんじゃないですか!」
 ニヤニヤしているワグダとカーリカ。しまった!またいつもの「いたいけな少年イジリ」に引っかかってしまった!
 と、そんな他愛もないやりとりのさなかも、フォルケには、先ほどの「新秘書」の、少女ボイスが耳に引っかかっていた。
 絶対、どこかで聞いたことがある。どこだっただろう・・・

     ★     ★     ★

「あ、あのー、キリィ大尉・・・」
 ゴールド階層・スイーパー本部143階、キリィ・キンバレンのオフィス。一人の少女が、おずおずとキリィに話しかける。
「どうした」
「どうですか?わたしの仕事ぶりは・・・足手まといになってないでしょうか?」
「はっはっは・・・何を言うかと思えば。初日はこんなもので上出来だ。というよりも、大した仕事もまだ与えてはいない」
「よかったあ・・・あ、いえ、よかったです。まさかキリィ大尉の秘書をまかされるなんて、落ち度があったらどうしようかと・・・」
「申し訳ないのはこちらの方だ。イリーガル騒ぎで予備隊があんなことになっては、研修どころではない。かといって、今期ナンバーワンの君を遊ばせておくもの勿体ないからな。君なら十分この仕事をまかせられると、わたしが判断したのだ。もっと自信を持っていい」
「はいっ!ありがとうございます!」
「同期のフォルケ・オードビーもスペシャルチームでがんばっている。君も負けないようにな」
「はい」
「・・・フフフッ、しおらしいことを言っているようだが、君の本心はそうではあるまい?」
「はっ・・・えっ?何のことですか?」
「とぼけるな。・・・まあいい、君の望みが叶うかは君次第だ。スイーパーはそういう組織だからな。今はわたしの秘書どまりだが、働きいかんでは、いくらでも上をねらえるのだよ、メイペ・シノリ・・・」
「あ・・・はい・・・」

 メイペ・シノリ。
 ヒビナやフォルケたちと同じ、スイーパー予備隊第120期生。同じ14歳だ。
 同期の中では、いや、ここ数年でもナンバーワンの実力を持ち、頭脳、身体能力、すべてにおいてトップの成績を誇る。ヒビナは彼女に一方的にライバル意識を持っていたようだが、実際のところ「足元にも及ばない」レベルにあった。現状は、わけあって予備隊から抜擢された見習いではあるが、スイーパーのエース、キリィ・キンバレンの秘書というポジションは、並大抵の地位ではないのだ。
 だが、見た目はそうとも思えぬ、14歳の少女にすぎない。
 もっとも、見た目だけでも「ただの少女」ならざる点をあげるならば、そのたぐいまれな美貌にあろう。
 白く透き通った肌に、あどけなさの残る涼やかな小顔。長くみずみずしい髪は美しいブロンド。しかしそれはカーリカほど華美な印象はなく、落ち着いた浅いシャンパン・ゴールドだ。
 瞳はブルー。吸い込まれるような深い、サファイア・ブルーのそれは、常に潤んだ黒目がちで、さながら澄み切った湖のようであった。
 薄くシャープな唇は、つやのある淡いサクラ色に彩られ、たたえられた微笑みをいっそう可憐に演出する。
 予備隊同期の間では、ヒビナとメイペで、1、2を争う美少女と評判だったのだ。わがままだがノリのいいヒビナ、控えめだが明るく快活なメイペと、タイプの違う二人の人気はまさに二分されていた。
 一方では、折れそうなほど華奢な体躯と腕脚は、それでも実戦訓練ではしなやかで強靱なバネとなり、外観からは想像もつかないほどタフで、舞いを舞うように華麗な身体能力を発揮した。予備隊の教官をして、「彼女には見えない翼がある」と評するほど。そう、稀代の美少女予備隊員は、実力においても将来を約束された逸材だったのだ。
 そんなメイペ・シノリもまた、イリーガル騒動の余波によって想定外の道を歩むことになったのだが、それもまた彼女にとっては、チャンスと言えた。
 彼女の過去と未来を知るのは、もう少し先のこととなる・・・

     ★     ★     ★

「ちわっす! 注文の修理品、全部あがりました!」
「あがりましターッ!」
 トラッシュとエトワ、二人の元気な声が響き渡る。
「えっ、もう!? 15台全部?」
 メガネ姿に黒髪の青年が、驚いた表情で二人を出迎える。
 ブロンズのとある繁華街、目抜き通りから1ブロック山の手側に入った細い路地は、古くからの商店が軒を並べていた。表通りほど華やかではないが、老舗の各店には古くからの固定客が訪れる、そんな落ち着いた雰囲気。
 その中の一軒、リサイクル・ショップの裏口に、トラッシュとエトワが訪れていた。中型の電動スクーターを改造し、その車体後半部が軽トラックほどの荷台となった、三輪のピックアップとでもいうべき、もちろんトラッシュが廃品から作り上げたそれに、電化製品の修理品が山積みにされていた。
 30歳だという若い店主は、最近引退した祖父から、このリサイクル・ショップを継いだばかり。元は骨董品店だったが、時代の流れからか、リサイクル・ショップにノレンを変えて五年、しかしいっこうに利益が出なかった。
 そんなさなか、ブロンズを訪れたばかりのトラッシュは、この店に目を付けた。オンボロ電機製品の買い取りは後を絶たないが、それはなかなか売り物にはならない。そこで、「直し屋」トラッシュは修理とリフレッシュを請け負い、新品同様の再生品を納入する契約をとりつけたのだ。
「早いなあ、三日?いや実質二日半か。君の再生品は格安なのに性能は新品をしのぐってんで、すごい人気なんだよ。おかげでウチは大助かりだ。いやあ、感謝してるよ」
「とんでもない、オレだって仕事にありつけて助かってるんだ。生活かかってるからね」
 そう、トラッシュの再生品は飛ぶように売れるので、決して高くはない修理代でも、数をこなせば十分な収入源になるのだ。
「もし良ければ、裏の倉庫にまだまだガラクタはいっぱい転がってるから、仕事になりそうなものは持っていって」
「じゃ、お言葉に甘えて」
「あ、夕方にでももう一回寄っていってよ。後で銀行に行くから、今回の納入分は今日支払うよ」
「ありがとうございまーすっ!」
「まーすっ!」
 トラッシュは、納入した再生品と入れ替わりに、三輪ピックアップにガラクタを山積みにして、商店街を後にした。
 スクーターのまんまのシートにトラッシュ、その背中にしがみついたエトワ。
 ブロンズを訪れて何日がたっただろう。初日にカーリカと一戦交えて以来、今のところスイーパーの追撃はなりを潜めていた。トラッシュたちは郊外の森の近く、オートキャンプ場の端っこにキャンピングカーを止めて、仮住まいとしていた。端っこというのは不便ではあるが、そのかわりヨソ者の彼らがあまり目立たない場所ではある。自由に水を呼べる能力を持つエトワがいれば、そこそこ生活には困らない。
 ただ、生活費は、こうやってトラッシュが稼ぐしかなかった。
「あいつらが・・・ヒビナとシャマルのことね、ちょっとは働いてくれるんなら、もっと生活は楽なんだろうけど、ま、あの調子だし・・・」
 トラッシュはあきらめ半分でそう言う。ヒビナにせよシャマルにせよ、面倒なことは全てトラッシュ任せで、自分たちは勝手なことばかりやっているのだ。
「ねえ、トラッシュ・・・」背中からエトワがつぶやいた。
「なんだい?」
「ヒビナと仲直りしてよ?」
「なんでだよ! オレだけ働かせて、文句ばっかり言ってるんだぜ? おまけにオレの作った朝飯にもケチ付けるし、さすがにオレもカチンときて・・・そりゃ、キツイことの一つや二つは言ったかも知れないけどさ」
「おっぱい小さいってのは、さすがに言いすぎだよ」
「そ、そんなこと言ってねえよ! ただ、『自分はなにさまなのか、うっすら胸に手を当てて考えて見ろ』とは言ったけどさ」
「エトワのカンでは、ヒビナ絶対おっぱい小さいの気にしてるんだから、そういう風に聞こえるんだよ」
「知らないよ、そんな行間読まれても!」
「とにかく、謝ってって言ってるんじゃないの。仲直りしてって・・・」
「う〜ん・・・わかったよ。ただ、ヒビナの性格だからなあ・・・」
 三輪ピックアップは、パタパタと、軽快に郊外へと向かってゆく。

     ★     ★     ★

「お帰りなさーい! ごはんできてるわよお〜」
 エプロン姿の似合わないヒビナが、これまた似合わないセリフを吐いた。
 郊外の森のはずれ、オートキャンプ場のそのまたはずれ。
 木陰にタープを広げ、その下に折りたたみのテーブルとイス。そこにはいくつもの料理が並べられていた。
 ぽかーんと、口を開けてその光景を眺めているトラッシュとエトワ。
「ほらほら、突っ立ってないで座って! お昼ご飯にしましょ?」
 ヒビナがトラッシュの背中を押す。とまどいながらトラッシュとエトワは席に着いた。
「トラッシュ・・・これって・・・」
「うん・・・以前にも似たようなことが・・・」
 テーブルの上の料理は、見た目はそうそう変でもない。むしろ美味しそうだ。だが、かつてビィの家で、ヒビナの手料理を口にしたことのある二人は、忌まわしい記憶となったそれが再び脳裏によみがえり、苦笑いをした。
 するとヒビナは、
「あっ、今、二人とも頭の中が見えた! そう思うでしょうけど、今回は違うわよ! ネットで調べたレシピを忠実に再現したんだから! 動画も参考にして」
「・・・味見、した?」とエトワは不安げに。
「したした! 間違いない! 今度は美味しいから」
 トラッシュとエトワは、怪訝そうにお互いを見ながら、「じゃ、いいか?」と眼で確認し合い・・・
「わかった、それなら、いっただきまーすっ」
「まースッ!」
 手を合わせて、フォークをつかむと、ヒビナの料理を口に運んだ。
 そのとき、シャマルは少し離れた場所で、読書にいそしんでいたが・・・
 ぽつりと、つぶやいた。
「ご愁傷さま・・・」

 トラッシュとエトワが、笑顔で、最初の一口を放り込む瞬間。
 その一瞬の間に、ヒビナの脳裏に、様々な思いがよぎった。
 今朝、何の気なしに、トラッシュが作ったホットサンドウィッチに、食パンの耳が2ミリ角ほど切り落とされずに残っていたことを、ガサツさは人間の根本的な欠陥であると、人格を全否定する論調で20分間にわたり批判した。
 それは実に軽い気持ちで言ったのだが、トラッシュは目の端に不満げな表情を浮かべた。それが気に障ったあたしは、自分の口に入るものには妥協しないという当然すぎる信念を、いちいち説明しないと理解できないことに対して、35分間にわたり分かりやすく諭した。なのにトラッシュは親切で言ってるあたしに感謝するどころか、逆ギレして反論してきた。
「ひとの仕事に文句を言えるほど、自分は何かをしてきたのか」と。
 確かにあたしは、ブロンズを訪れて以来、何もしてこなかった。
 というより、何をすべきかを迷っていたのだ。
 当初は、あたしをスイーパー予備隊から追放したことが、キリィ・キンバレン隊長の本意なのかを確かめたかった。だが、それはどうすれば確かめられるというのだろう?
 ゴールド階層に出向いて、スイーパー本部で直接、キリィ隊長を問い詰めるとでも言うのか?
 そう考えると、自分は本当に何をしたいのか、わからなくなってきた。
 トラッシュについてきて、ゴールド階層を目指す旅。自分には、今、このときに何をすべきなのか。それが何も頭に浮かばない・・・
 思い返してみれば、理由があって志願したスイーパー入隊への希望。予備隊として訓練に明け暮れた時期は、ただ与えられた課題をこなすことで精一杯で、スイーパーになることで何をなすのか、そのために自分は今、何をすべきかという考えで研修にあたってはいなかった。
 メイペ・シノリという、小賢しいライバルに、どうすれば一泡吹かせることができるか、そんなことは考えていたのだが。
 立ち位置がガラリと変わってしまった今でも、トラッシュ以上に、あたしが自分探ししなくちゃいけないんじゃないの?

 そう考えて、とりあえずは、トラッシュたちのために、食事を作ることぐらいはしてみようと思った。
 なんてしおらしいんだろう、あたしって・・・感動だわ。
 まあ、本音を言えば、トラッシュにケチを付けられないほど完璧な食事を用意すれば、今朝の意見はどちらが正しかったのかを明らかにできるという思いもあった。
 そのために、ネットを駆使してデータを収集し、最高の食事を作り上げたのだ。
 シャマルのヤツは、興味本位で眺めていたくせに、途中から顔をしかめていたが。

 ハッ!と、ヒビナは我に返った。
 たった一瞬の間に、ずいぶん色んなことを考えてしまった。やれやれ。
 ふと気がつくと、目の前のテーブルには、二人の姿が無かった。背後で、やけにオエオエ言う声が聞こえて、振り返ってみた。
 エトワが呼んだのだろう、地面から吹き上げる水柱で、トラッシュとエトワが、激しくうがいをしていた。
「えっ・・・なんで? どうしてバカみたいにうがいしてるの?」
「ああああ、あのなあ! どうやったらこんな破壊力のある激マズ料理ができるんだ! 前よりパワーアップしてるじゃないか! 殺傷能力が!」
「うえええん! 苦いというより、辛いというより、絶対口にしてはいけない劇物を食べた気がするうぅ〜!」
「なんですって! そんなバカなことがあるわけ無いじゃない! ネットの力は偉大なのよ!」
「ホントにちゃんと味見したんだろな!?」
「したわよ! したから物足りない分をあれやこれや足したんじゃない!」
「あーあー、ちょっと横から補足するが・・・」シャマルが会話に加わる。
「その、足りない分というのが、はたから見ていても、加えるべきではない物質が加わって、現代科学でも解明されていない新種の化学反応を起こしていたように見えたが」
「その後の味見は!」
「味見なんか、二度も三度もするモンじゃないでしょう! シロウトじゃあるまいし!」
「ヒビナ、あのなあ! おっぱい小さいって言ったこと、そんなにネにもってんのか!」
「はああああああぁぁぁっっ!?」突然のトラッシュの言葉に、仰天するヒビナ。
 プッ、と、シャマルが吹き出した。
「世の中にはなあ! もっとおっぱい小さいひとはいくらでもいるんだぞ! ヒビナみたいに中途半端に小さいおっぱいでも、おっぱいはおっぱいだろう!」
「トラッシュ、何言ってるかわかんないよ」と、あきれるエトワ。
「ちょちょ、ちょっとお! 別にあたし、む、胸のことなんか気にしたことは一度もないわよ! そもそもいつそんなこと、あたしに言ったってのよ!」
「今朝、行間に込めて言ったらしいんだよオレが! そのつもりはないけどな!」
「ますます言ってることがわからん・・・」シャマルもあきれて、肩をすくめた。
「いやらしいわね、あんた! ヒトの胸のこと、そんな目で見てたの!?」
「悪いけど興味ねえよ! とにかくオレはメシがまずいのだけは絶対許せないんだよ! もういい! オレの晩飯はオレが自分で何とかする! メシに関しては放っておいてくれ!」
「ええ、わかりましたよ! 二度とアンタにごはんなんか作ってあげない!」
 はあ、はあ、はあ・・・
 荒い息をつくトラッシュは、
「・・・ありがとうヒビナ、わかってくれて」
「はあぁ?」
 拍子抜けしたヒビナ。エトワは、
「やっぱり何言ってるかわかんないよ、トラッシュ・・・」

     ★     ★     ★

 スイーパー・ブロンズ階層第4方面支部には、ゴールド本部より派遣されたスイーパーのエージェントが二名、到着していた。
「余はハボシェ・コルイルグ準士官ぞよ。よろしく頼むぞよ」
「拙者、ヨザム・ヤキリギ準士官でござる。以後お見知りおきを、でござる」
「あいたたたたた・・・」
 ワグダとカーリカは、頭を抱えていた。
「なんかこー・・・痛いキャラばかり集まる気がするな」
 ハボシェという男は、中世の貴族風の装束に、外巻きカールのカツラをかぶった、ダリ髭の中年。ポッコリとおなかの突き出た、メタボリックで手足の短い風貌は、とてもスイーパーの腕利き戦士には見えない。
 かたやヨザムは、年齢的にはハボシェと同じくらいだが、ほこりっぽい着物袴姿に大小の刀を携え、ボサボサの長髪を後ろで結んでいる。言葉遣いといい、サムライ気取りが見て取れる。
「しょうがないですわ。見た目では実力のほどまでわからない、スイーパーってそんなものですわ」
「まあな、デカ胸だけの作戦参謀もいるくらいだしな、カーリカ」
「おや、このポンコツは皮肉だけはいっちょまえに言えるみたいですわ」
 四人はワハハ・・・と笑ったが、目はぜんぜん笑っていなかった。
『あいかわらず、聞いてるだけで胃が痛くなるな・・・』
 フォルケは内心ぼやく。
「ではさっそく、あたしのオモチャ・・・じゃなくて、トラッシュのもとに出向くとするか」
「そうですわね、作戦としてはまず、ヨザム準士官に陽動をかけてもらって、イリーガルをおびき寄せてから・・・」
「拙者、断るでござる」
「はああ!?」
 ワグダとカーリカは、アルトとソプラノのあきれ声でハモった。
「拙者は一匹狼でござる。この貴族気取りのメタボ風情と組むつもりはないでござる」
「おや、ちょうどよい。余もこんな不潔ザムライと一緒は勘弁ぞよ。虫がたかってきそうだぞよ」
「あ、あのなあ、キリィ大尉からはどんな指令が出てんだ? チームとしてイリーガル追跡に当たれって言われてないのか?」
「言われたかもしれぬが、拙者にもサムライの矜持があるでござる。スイーパーたるもの、おのれがルールでござる」
 ヨザムは、どっかといすに座り込み、動こうとしない。
「そういうことぞよ。さっさと現場へ案内するぞよ。ぼやぼやしてると腹が減るだけぞよ」
 ハボシェはひょうひょうと言ってのける。
 ワグダとカーリカは、苦虫を噛みつぶした顔をしていたが、
「・・・まあいい、それだけ大口をたたくのなら、お手並み拝見といこうじゃないか」
「ワグダ少尉、それ、カーリカ少尉が就任したときと同じ流れ・・・」
 フォルケをさえぎって、カーリカは、
「いいの! この際、憶えておいた方がよくてよ。年食ったスイーパーほど、人の言うこと訊かないんですから」
 はああぁぁ〜。
 フォルケは深いため息をついた。もう何度繰り返した言葉だろうか。スイーパーって、なんて非常識な集団なんだろう。将来、ボクでもつとまるんだろうか・・・

 ドヤドヤと、ワグダ、カーリカ、フォルケ、ハボシェの一団が、第4方面支部を後にしてしばらく。
 いすに座って腕組みしているヨザム。
 すると、ブ〜〜〜ン、と、ヨザムの周りを、一匹のハエが飛ぶ。
 目をつぶって、ハエが飛び回るに任せていたヨザム。
 と、いきなり眼光鋭く、目を見開いたかと思うと、
 シャキーーーーーンンッッ!
 居合いで大刀を抜くや、ブンブンッ!と振り回した。
 だが、ハエは、間一髪でヨザムの刀をかわし、悠然と飛びつづける。
「あれ?」という表情のヨザム。ふんっ、と鼻息を吐くと、今度は刀を右手一本で正眼に構え・・・
「はっ!」
 気を込めると、ヨザムの目が、銅色に光った!
 そして、刀身を左手の指でハジいた。
 ピーーーーーン、と、音叉のように澄んだ音が響き渡る。その音が、徐々に消え入るにつれて・・・
 ヨザムの体が徐々に透明になり、音が消えると共に、その姿も消えた!
 誰もいない部屋を、飛び回るハエ。
 すると、ブンッ!っと空気を切り裂く音がしたかと思うと・・・
 空中で、ハエが真っ二つになった!
 静寂が訪れた部屋で、ふいに、パチンッ、という音がしたと思うと、刀を鞘に収めたヨザムの姿が、突如として現れた。
 ふたたびヨザムがいすに座ろうとすると、いすが真っ二つになり、ヨザムは尻もちをついた。

     ★     ★     ★

「マルシェだマルシェだ〜」
「マルシェマルシェ〜」
 浮かれているのは、トラッシュとエトワ。マルシェというのは市場のことだが、ここブロンズのマルシェは、食料品専門の大型ショッピングモールの通称である。
 新鮮な野菜、肉、魚、そして加工食品や調味料などの各種食材が取りそろえてあり、広大なブロンズ階層の中でも、とくに人気のマーケットプレイスである。夕飯時の買い物で、この時間帯は大勢の客でにぎわっていた。ブロンズには、このようなマルシェがあちこちにある。
 リサイクルショップで修理代金を受け取ったトラッシュ。修理した数もさることながら、今回は納期も早かったということで、店主は少し代金に色を付けてくれたのだ。
「今日はちょっと贅沢しちゃったな。牛肉にカモ肉にマダイ、ポワロねぎ・・・そうだ、香草とかも買っちゃおうかな」
「ダメだよトラッシュ! いつもいつも今日みたいなお金をもらえるとは限らないんでしょ? 先のことも考えて、保存食も買っておこうよ」
「ええぇ〜・・・んん、まあエトワの言うことも一理ある。缶詰も見ておこうか」
「やった〜、パイナップル〜モモ缶〜」
「なんだ、それが目当てか!」
 大量の買い物をかかえ、はしゃぎながら、マルシェをフラつくトラッシュたち。よそ見をしていたトラッシュは、売り場の角を曲がったところで、ドンッと、何かにぶつかった。
「おおっと!・・・むむ、なにか柔らかいものにぶつかったが・・・これは目当てのモモか?」
「よかったら味見するか?食べ頃だぞ」
 トラッシュの頭上から、聞き覚えのあるハスキーな声が降りかかる。するとこの、目の前の柔らか谷間は・・・
「・・・ワグダ・パレスモ!」
「あ・た・り」
「・・・オレ何度このパターン、繰り返すんだろう・・・」
 トラッシュはアセった。目の前には、ワグダとフォルケが立ちはだかっていたのだ。
「まずい、逃げろエトワ!」
 そう言ってきびすを返したトラッシュ。だが、そちらに立ちはだかっていたのは、巨大な胸だった。
「・・・カーリカ・ビアレ!」
「ご名答〜」
 性根の悪そうな笑みを浮かべるカーリカの傍らには、ハボシェ・コルイルグ。
「なんだ、イリーガルなどという割に、思ったより貧相な小僧だぞよ。スイーパー士官クラスが二人も揃って、太刀打ちできない相手とは思えないぞよ」
 四人のスイーパー、いや一人は見習いだが、挟みうちされたトラッシュとエトワ。冷や汗が顔をしたたる。
「夕食どきともなれば、マルシェを訪れると踏んでたら、ビンゴだったわけですわ」
「カーリカ少尉、それ予想したのボクですけど・・・」とフォルケ。
「部下の手柄はリーダーの手柄!ですわ!」
「じゃ、あたしの手柄だな、カーリカ!」
「寝言はイリーガルを確保してからよ!」
 両サイドから、トラッシュに向けて長い腕を伸ばすワグダとカーリカ。するとトラッシュの姿は、シュンッ!と、下に向けて消えた!
「なっ・・・!」
「なにぃぃ!?」
 トラッシュは、素早く開脚で体を沈め、その頭上で、ガツンッ!と、ワグダとカーリカが衝突した!
「あいたあっ!?」
 その隙を突いて、トラッシュとエトワは、その場を駆けだして逃げた!
「エトワ、オレの背中につかまれ!」
「うんっ!」
 エトワはトラッシュの背中に飛びつき、首根っこにしがみついた。
 マルシェは、突然の喧噪に、なにごとかと買い物客たちが騒然としだした。
「あいたた・・・相変わらず逃げ足の速い・・・おいハボシェ準士官! ボサッとしてないで、お手並み見せてくれるんだろ! フォルケも、追うんだ!」
「は、はいっ!」フォルケは素直に反応し、トラッシュたちを追うが、
「まったく、最近の娘ッコはせっかちぞよ。貴族は貴族にふさわしい、優雅なやり方というものがあるぞよ」
「まったく、いらいらするぅ! 貴族だかなんだか知りませんが、さっさとイリーガルを捕まえないと、わたくしのトゲで全身蜂の巣にしてさしあげますことよ!」カーリカがヒステリーを爆発した。
「やれやれぞよ・・・」
 ハボシェは、ふところから銀色のフォークとスプーンをとりだす。

「待てえぇぇ〜〜」
「待たない!」
 フォルケは走ってトラッシュを追うが、大荷物を抱え、おまけに背中にエトワをしょったトラッシュに、追いつくどころか離されていく。
「うそだろ、ボクだってこう見えても、100メートル走は11秒を切るのに!」
 息が上がってきたフォルケ。すると、とある店舗にて、目の端に、黒くて細長いぐるぐる巻きのものが見えた。
「しめた!長いものはボクのアートで自在に操れる!このロープで・・・いや、ホース?」

 ハボシェは、オーケストラの指揮者のタクトさながら、フォークとスプーンを掲げると、遠くを走るトラッシュの背中にフォークを向ける。ハボシェの眼が、銅色に光る!
 そのまま、フォークを上から下へ、地面に突き立てるような仕草をした。すると、突如として、トラッシュの足が止まった!
「うっ、あれっ!な、なんで足が動かない!?」
「トラッシュゥゥ!!」エトワが背中で騒ぐ!
「ハボシェさまの華麗なるアートを味わうが良いぞよ!」
 その状態で、ハボシェはフォークをぐっと引き寄せる。と、トラッシュの体は後ろ向きに、ズルズルッ!とハボシェの方へと引き寄せられた!
「えっ!どうなってんの!これ!?」トラッシュは軽いパニックに陥った。
 そのさまを見ていたワグダとカーリカは、
「ほう・・・いわゆる影縫いに似てるが、引き寄せることもできるのか」
「あらあ・・・けっこう、出来るんですのね、あのメタボ男爵」
 今度は、ハボシェはフォークの先を、反対の手に持つスプーンの腹に当て・・・
「極めつけは、こうぞよ!」
 フォークを、グルグルグルッ!と回転させた!
 ちょうど、パスタを巻き取るように。
 その動きに呼応して、トラッシュの体は・・・
「ひええええええぇぇぇっっ!?」
 ズズズズズズズズズズズズッッ!!
 ものすごいスピードで、ハボシェの方へと引きずられていく!
「ターゲットの『気』を、巻き取るアートぞよ! なんて芸術的なんだぞよ!」
「芸術的か?あれ・・・」
「食いしん坊の使いそうなワザってかんじ、ですけど?」
 ワグダとカーリカは、感心するやら、あきれるやら。

「やああん、トラッシュ、このまま捕まっちゃうの!?」
「くそおおおっっ! おいエトワ、頼みがある!」
 トラッシュが、エトワに何事かささやいたと思うと、エトワはトラッシュの背中から飛び降り、駆けだしていった。
「あれ、あのチビさん、逃げちゃったか?」
「どうでもいいでしょ?ターゲットはあくまで、イリーガルなんだから」
 ワグダとカーリカは、意に介さず・・・

 ズズズズズズズズズズズズッッ!!
 ついに、トラッシュの体は、ハボシェの手が届きそうな所まで引き寄せられた。
「ほうら、見てのとおり、あの不潔ザムライの出番は無かったぞよ!」

 と、そのとき・・・
「うわわわわわわわわわわわぁぁぁっっ!! 助けてええええぇぇぇっっ!!」
 フォルケが、涙目でハボシェたちに向けて駆け寄ってくる!
「フ、フォルケ!?」
「な、なんですの!? あの巻き付いている黒いものは?」
 フォルケの体に巻き付いている、そう、それは・・・
 ものすごーく長い、ヘビだった!
「ぼぼぼぼぼぼぼボク、ヘビがだめなんですよおおおおぉぉぉっっ!!」
「お、お前は、だめじゃないものってあるのかあああぁぁぁっっ!!」
「イヤアアアアアアァァァァッッッ!! ヘビきらい! こっちこないでえええええぇぇっっ!」
 カーリカは、フォルケ同様、何よりもハ虫類が苦手だった。ワグダはそうでもなかったが、ものすごい形相のフォルケに圧倒され、ひるんだ。
 フォルケがロープだと思ってつかんだ「長いもの」は、食用の生きたヘビだったのだ。しかも活きの良いヘビは、フォルケの体に巻き付いてきたのだ。
「お前のアートは長いものを自在に扱うんだろう!? ヘビぐらいなんとかしろ!」
「わわわわわわかりましたっっ!! やっやってみますぅぅ!」
 フォルケは、集中し、アートを発揮しようとするが・・・
 半泣きで震えている状態では、どう見ても集中しているとはいいがたい。
「ッハアアアアアァァァッッ!」
 気を込めて、アートを使ったつもりが・・・
「おおおおおいぃっっ!! なんなんだコレはああぁぁっっ!?」
「いやあああん! ちょ、ちょっと! どうなってるのよ!」
 ワグダ、カーリカともに、長い髪を背中に垂らしてあるのだが・・・
 二人の黒髪と金髪が、互いにグルグルに絡み合い、身動きがとれなくなっていた!
「フォルケェ! 何やってんだ! なんとかしろ!」
「ああああっ!? は、はい! なんとかします!」
 再び気を込めたフォルケ。
「ッヒアアアアアアァァッッ!!」
 さっきよりも、さらに情けない気合いで発したアートは・・・
「!!こっ、これはなんだぞよ! なんでこんなことになっとるぞよ!?」
 今度は、ハボシェが悲鳴を上げた。見ると、ハボシェのフォークとスプーンを持つ手に、細いベルト状のものがこれまたグルグル巻きに巻き付いており、動きを封じられてしまった。その上、ハボシェのズボンはズリ落ちて、白地に赤いハート柄のトランクスがあらわになっていた。そう、フォルケのアートは、ハボシェのズボン吊りに効いてしまったのだ。
「あああああっっ!!」
 あ然とするフォルケ。すると・・・
「助かったぜ! じゃあな!」
 ハボシェのアートは効力を失い、トラッシュは自由の身となった、
 さらにそこへ・・・

 ゴオオオオオォォォッッッ!!

 どこかから、轟音が聞こえてくる。それは、大量の水が流れる音・・・
「うあああああっっ!?」
「ひえええええっっ!!」
 突如、マルシェの中を、凄まじい勢いの水流が流れた! それはまさに、早瀬の川の流れのように。
 からまりあったワグダとカーリカや、ズボン吊りに縛られたハボシェ、そしてヘビに巻き付かれたフォルケは、その急流に流されそうになる。
 と、そこへ、
「トラッシュゥゥゥッッ!!」
 流れに乗って、エトワが、ウィンドボードにサーフィンのように乗って現れた!
「ナイスだエトワ! うまくやれたじゃないか!」
「トラッシュの計画どおりだよ! エトワが水を呼んで、ウィンドボードを乗せる!」
「とりゃあっ!」
 トラッシュは、大量の買い物を手にしたままジャンプし、ウィンドボードに飛び乗る。ブーツがボードとドッキングし、そのまま、ふわりと宙に舞い上がる!
「川の流れのあるところ、風も流れてる! 憶えておくといいよ!」
「さらばじゃーっ!」
 トラッシュとエトワを乗せたウィンドボードは、マルシェを後に、飛び去っていった。

 エトワが去ったためだろう、水流はすぐに引き、ずぶ濡れのワグダ、カーリカ、ハボシェ、そしてフォルケがあとに残された。
 ワグダとカーリカは髪がからまりあったまま。もはや容易にはほどけないそれに、あきらめ半分で憮然としていた。ハボシェは、ゆっくりとズボンをはき直す。
 フォルケは、巻き付いていたヘビが逃げ出したため、とっくに自由の身になっていた。
 だが、ホッとする間など無く、フォルケは自分の失態に、青ざめていた。
「貴族の余が、こんな辱めを受けたのは初めてだぞよ」
「申し訳ありません・・・」
「申し訳・・・ですってぇ・・・!?」
 水滴だらけのメガネ越しでは、表情がうかがい知れないカーリカ。だが、その押し殺した低く震える声に、フォルケはギクッ!となった。
 ワグダは無言のままだった。
 ふと、カーリカのメガネが少しずりおちると、メラメラと燃える炎が浮かび上がったような、怒りのまなざしがフォルケを貫いた!
 背筋を、氷のような感触が駆け抜けるフォルケ。
「この出来損ないのクソガキ! 技術も体力も知識も度胸までも中途半端、何の役にも立たないどころか、わたくしたちのジャマになるってんなら、とっととやめちまえば良いんですわ! スイーパーの卵どころか、腐ってて食中毒起こしそうな無精卵じゃあございませんこと! 今すぐこの場を立ち去って、二度とわたくしたちの目の前に現れないでいただきたいわ! クビです、クビ! ファイヤー!」
「そ、そんなああぁぁぁっっ!?」
「わたくしのトゲがモズのハヤニエみたいに、あなたを串刺しにしないうちに、この場から立ち去りなさい! #$%&¥$&¥@*&#¥@&$¥@#$&%¥#$&!!!!」
 後半は、聞くに耐えない罵詈雑言、いや、差し支えありまくりの禁止用語の羅列になっていた。
「ひっ、ひえええええぇぇぇっっっ!」
 フォルケは、紫に近いほど顔が青ざめて、その場を走り去っていった。
 その後ろ姿を、ワグダは無言で眺めていた。顔をしかめたまま、前髪をかきあげた。

     ★     ★     ★

 トラッシュとエトワは、ウィンドボードで逃走したあと、マルシェの駐車場にしばらく身を潜めていた。
 3輪ピックアップを停めていたのだが、スイーパーの手の者が駐車場を捜索にくるかもしれないと思ったからだ。
 だが、しばらく待ったが、そのような気配がないとわかり、
「・・・どーやらあきらめてくれたみたいだな。ワグダお姉さんにしては淡泊な気もするけど」
「トラッシュゥ〜おなかすいたよぉ〜」
「そうだな、もう帰るか」
 二人は買い物を三輪ピックアップの荷台に乗せ、シートにまたがった。
「よっしゃ、出発進行〜」
「しんこ〜!」
 だが。
「うわあああああぁぁぁっっ!!」
 脳天気なセリフのあと、トラッシュとエトワは、声をそろえて絶叫した。
 三輪ピックアップの真ん前に、顔に影線の落ちた、どんよりフォルケが突っ立っていたからだ。
 フォルケもトラッシュに気がついたらしく、
「ああっ! トラッシュ! こ、これこそ天の配剤! 汚名返上のチャンス!」
 あわててトラッシュに飛びかかろうとするが、
 ドンッッ!
 急発進した三輪ピックアップにはねられて、
「きゅううううぅぅ〜」フォルケは気を失った。
「と、トラッシュ! いいの?こんなことして」
「かまうこたないよ。こいつらにはいつも追い回されてんだからさ。死ぬこたないだろ、この世界では」
「・・・一番かわいそうなキャラが、一番かわいそうな目に遭うね・・・」

 パチッ・・・パチッ・・・
 フォルケは、ぼんやりと意識を取り戻した。たき火のはぜる音と、温もりと、明かりが顔をなめる。
「・・・あれ、ボク・・・?」
「気がついたか」
「!!??」
 となりで読書をしていたのは、シャマル。フォルケはあわてて立ち上がろうとするが、身動きがとれない。体が寝袋に入れられており、閉じたファスナーに南京錠がかけられていた。
「こっ・・・これはいったい!? ここはどこなんだ?」
「ありきたりなセリフを臆面もなく吐くなあ・・・お前はやっぱり、そういうキャラだよな」
「そういうって、どういう?」
「凡人」
「ぐっっ・・・」
「おう、目が覚めたか」
 トラッシュが、たき火に向けて歩いてくる。
「トラッシュ! そうか、ボクはマルシェの駐車場で・・・」
「そゆこと。悪いことしたね。でもこっちも逃げる側なんで」
「・・・ボクをどうするつもりだ! こんな拘束をして」
「人質にして、ワグダお姉さんと取り引きしようかなーって思ったんだけどさ、そしたらシャマルが・・・」
「ワグダは100パー見捨てる。フォルケにはなんのリスクもない」
「がっくり・・・」フォルケはうなだれた。はっきりいってそのとおりだろう。
 そこへ、ヒビナがニヤニヤしながら追い打ちをかける。
「・・・まったくみっともないわねえ、話、聞いたわよ。もうちょっとでトラッシュを捕まえられるところを」
「・・・ああ、言い訳もできないよ」フォルケは憮然と吐き捨てる。
「もういいじゃないか、そのことは。それよか、メシ食ってくだろ?フォルケ。その後で、スイーパーの支部に送ってってやるよ」
 トラッシュは、ケロッとそう言った。
 はあ?フォルケは面食らった。こっちは追う側、トラッシュは逃げる側だ。ボクらはもっと緊張感のある関係なんじゃないのか?
 なんだったら、ボクをダウンシフトさせてしまえば、追っ手は一人減る。そのくらいのことは、逃げる側には当たり前のことではないのか?
 だが、思った。トラッシュらしいといえば、トラッシュらしい。ボクも仕事だからこうやってトラッシュを追ってはいるが、彼本人は、どうしても憎めない。
 たしかに、アザクもこんな感じのキャラクターだった。だからトラッシュもこうなのかもしれない。だが、今のボクは、アザクがどうだったからではなく、これがトラッシュらしさなのだと受け止めていた。
「あたしは反対だけどね。こんなヤツ、どっかそこらに捨ててくりゃいいのよ」元同僚にしては冷たいヒビナのセリフ。シャマルもまた、
「オレもそう思う。どっちみち毒にも薬にもならんが、せっかくの食いぶちをへらすこともなかろう」
「いーのっ! オレがそう決めた!」
「エトワもトラッシュに賛成〜」
 フォルケは、クスッと笑った。

 だが。
 料理を始めようとするトラッシュの姿を見たフォルケ、その瞳が、「きらーん」と光った。
「待った!」
「!!??」
 とつじょ、鋭い叫びをあげたフォルケに、トラッシュたちは仰天した。

     ★     ★     ★

 スイーパー第4方面支部。
 トラッシュを取り逃がしたワグダたち。しかしながら、逃走したトラッシュをあらためて追うことはしなかった。フォルケの言うように、ワグダやカーリカにしては、あっさりあきらめすぎではないのか?
 それには理由があった。
「どうやったら、こんなことになるってんだよ!?」
 ワグダがわめいていた。
 支部の休憩室にある、簡易ベッド。そこに寝転がっているのは、ハボシェだ。
 だが、先ほどまでのハボシェとは似ても似つかぬ、変わり果てた姿だった。
 ポッコリおなかはどこへやら、ゲッソリとやせ細り、頬がこけていた。もとの体型が思い出せないほどガリガリの骨皮筋衛門で、貴族風の装束はダブダブになっていた。
「待ってぇ・・・さっきの資料に、なんか書いてありますわ」
「本部が送った資料か? ハボシェの?」
「えーと、『燃費が悪い』」
「はあ!?」
「これはあれですわね。ようするに、ハボシェ準士官のアートは、ものすっごくエネルギーを消費するんですわ」
「そのとおりだぞよ・・・余はアートを使ったぶん、食べないとダメなんだぞよ」
「・・・めんどくせえなあ、これはまた! ようは食べればいいんだな!?」

 テーブルの上には、スイーパー御用達の非常食。あとは、インスタントの食料が並べられた。
 ハボシェは、一口食べて・・・
「・・・どうだ、調子は?」
 ワグダの言葉に、ハボシェは食料をポイッと投げ捨て、
「ダメだぞよ、こんなんじゃ! 余はグルメぞよ! 美味いものをたらふく食わないとダメなんだぞよ!」
「贅沢言うな! これだってけっこう美味いんだぞ! スイーパーの支給品って!」
「ダメといったらダメなんだぞよ! 余は人呼んでさすらいのグルメスイーパーなんだぞよ!」
「さすらってる要素はいっこもないじゃないか!」
「ったく、どうしますの!? ワグダ! ブロンズにそんなグルメ御用達の食事が用意できるお店なんて、わたくし知りませんわ」
「庶民階層だからなー、ブロンズは・・・どこかに腕のいい料理人でもいればいいんだが・・・」
「とびっきり美味しい料理を・・・」
「それも格安で・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
 ワグダとカーリカは、顔を見合わせて叫んだ!

     ★     ★     ★

「美味ーーーーーいっっ!!」
「美味しい!」
「・・・美味いじゃないか!」
「美味しいよおおおぉぉっっ!」
 トラッシュ、ヒビナ、シャマル、エトワが、続けざまに歓喜の叫びをあげた。
 折りたたみテーブルに並べられたいくつもの料理は、レストランのメニューブックで見たように、鮮やかで艶やかで、見た目がすでに「美味い!」と主張しているようだった。そしてそれをひとたび口に運ぶと・・・
「とろける!」
「濃厚!」
「味が深い!」
「なんだかうまく言えないけど、美味しい!」
 ありとあらゆる賞賛の言葉が湧いて出た。
 そう、トラッシュたちの夕食は、フォルケが作ったのだ。
 そこそこのお金が入ったため、いつもより良い食材ではあったのだが、それにしても大した高級品でもないそれらが、まるで超一流ホテルのレストランのような料理に姿を変えたのだ。
「じいさんの料理も美味かったが、悪いけど比べものにならんな!」
「なんでこんな特技、だまってたのよ!? フォルケったら!」
「だまってたつもりはないよ、披露する機会がなかっただけ」
「予備隊のキャンプ訓練の時は!」
「あのときは、ヒビナが全部仕切って、全部台無しにしただろ!」
「あっ・・・」
 厨房とは言い難い、キャンプ用のバーナーキッチンで、フライパンをふるうフォルケ。決して高価ではない肉が、見事なシャリアピン・ステーキに変身した。
「肉はとにかく下味! 塩加減がものを言うんだ! はい、いっちょ上がり!」
「・・・うわああああ・・・」
 テーブルに盛りつけられたステーキに、ヒビナたちの目が輝く。
「・・・なによシャマル、子供みたいにはしゃいじゃって。みっともない!」
「お前こそ、よだれを拭いてから言え! ヒビナ!」
「もーらいっ!」
 エトワが一足先に、肉にかぶりついた。
「ああっ!こらエトワ!」
「抜け駆けは無しよ!」
 争いあってステーキにむしゃぶりつく、ヒビナ、シャマル、エトワ。
 にこやかにそれを眺めるフォルケは。
「はっはっはっ、いいねえ、美味しい料理は平和を呼ぶ」
「ああっ、ヒビナてめえ、オレのぶんのブロッコリー食ったろ! ぶっとばすぞ!」
「なに言ってんの! シャマルだってどさくさにステーキのソースをポテトですくいとったでしょ! ひねりつぶすわよ!」
「・・・新たな争いを生んでいるようにも見えない?」と、トラッシュ。
「あはははー・・・」汗がジトッと、フォルケ。

「ああ、食った食った〜」
「美味しかった〜」
「ひさびさに満足したわ〜」
「誰かさんの料理では、命が危険だからな」
「なんのことよ!」
 たき火を囲んで、コーヒーを味わうトラッシュたち。コーヒーもまたフォルケがいれたものだが、これもまた格別の味わいだった。
「あれ、こっちにもまだナベが・・・」
 地面に組んだ石造りのコンロに、ナベが一つおかれている。火種は消してあった。
 そのナベに手を伸ばそうとしたトラッシュ、その手を、フォルケはパチン!と叩いた。
「あいたあっ!?」
「まだ途中! 煮物は冷めるときに味がしみこむ、これ鉄則!」
「そんなこと言われても・・・」
 フォルケって、こと料理に関しては、性格変わるんだな、と思うトラッシュだった。
「これは明日のぶんだよ。材料が余ってもったいないからね」
「何から何まで悪いねえ・・・どう?フォルケ。オレたちと一緒に旅しない?」
「はああ!?」
「えええ!?」
「なにい!?」
「な、なんだいヒビナやシャマルまで! オレそんなおかしなこと言ったか?」
「言った! そうとうおかしい!」
「なんでオレたちが、この青びょうたんと組まなきゃなんないんだよ!?」
「だって、こんな才能があるんだぜ? スイーパーにしとくのはもったいないじゃん」
「あんたスイーパーをなんだと思ってんの? フォルケだってスイーパーとして手柄を立てるほうが良いに決まってるでしょ!」
「いや・・・ボクは・・・」
 神妙な面持ちになったフォルケに、トラッシュたちは言葉を止めてしまった。そしてフォルケは・・・
「実はボク、スイーパーをクビ・・・」
「フォルケちゃあああぁぁぁんんっっ!!」
 フォルケのセリフをさえぎって、甲高い声が響き渡った!
「フォ・・・フォルケちゃん!?」
「誰がそんな呼び方を?」
 トラッシュとヒビナが、面食らっていると・・・

 シュバババババッッ!!

 たき火を囲むトラッシュたちの周囲に、土煙が上がった!
「うわわっっ!?」
 それが目くらましになり、あわてるトラッシュたち。土煙がおさまり、ようやく目を開くと・・・
 そこには、先ほどの「明日のぶん」のナベを抱えた少女がいた。
「カーリカ!」トラッシュはその名を叫ぶ!
 先ほどの土煙は、カーリカの「ショックウィーゼル」が、地面にたたき込まれたのだ。
「ちょうど良かった、これフォルケちゃんの料理よね?」
「な、なにしてんですか、カーリカ少尉!」と、フォルケ。
「そんなこと、どうでもいいの! これ、いただいていくわね?」
 そういって、ジャンプするカーリカ。背中にはエア・パックを背負っている。圧搾空気を噴射して大きくジャンプできるバックパックだ。
「ああっ! スイーパーがドロボーすんのか! 返せよ!」
 そう叫んで、カーリカを追おうとするトラッシュの目の前に、立ちはだかる者が。
 それはワグダだ。
「おっと、お前はあたしと遊んでおくれ!」
「くっっ・・・」
「な、なんでワグダたちにここの場所がわかったのよ!」とヒビナ。シャマルは、
「決まってんじゃないか、フォルケがいるからだよ!」
「もと予備隊員だろ?ヒビナ。フォルケのIDシグナルで居場所がわかるぐらい、忘れんなよ?」と、ワグダは嗤う。
「くっ・・・言わんこっちゃない、トラッシュ! だからこんなヤツ、さっさと捨てれば良かったのよ!」
 会話の内容がわからず、キョトンとするトラッシュ。
 かまわずワグダは、
「おいフォルケ! あたしたちと来い! お遊びはここまでだ!」
「えええっ!? どういうことなんですか、ワグダ少尉!」
「いろいろ、事情が変わったんだよ!」
「そんなの・・・そんなの都合よすぎませんか!? IDシグナルがまだ生きてたなんて・・・ボクは、ボクは、スイーパーをクビになったんじゃないんですか!?」
「えええええっっ!?」
 トラッシュとヒビナの叫びが重なる。

 ワグダがトラッシュたちを引きつけているあいだ・・・
「ほら、コレ食べて、元のメタボ男爵にお戻りなさい!」
 カーリカは、スイーパーの高機動バギーに乗せておいたハボシェに、フォルケのナベ料理を差し出した。
「・・・くんくんくん、こ、これは美味そうなポトフの匂いぞよ!」
 ハボシェはフォークとスプーンを取り出すと、ガフガフガフッ!と、猛烈な勢いでナベのポトフをむさぼり始めた!

「フォルケ、あんた、今日のヘマでクビになったの? あはははははー!」
 ヒビナの心ない笑い声に、へこんだ表情のフォルケ。
「おいヒビナ、笑いすぎだぞ!」トラッシュがたしなめる。
「それはカーリカが言ったことだ! あいつに人事権なんか無いんだぞ? 水に流して、戻ってこい、フォルケ!」
 ワグダのセリフを聞いて、シャマルは、
「・・・ちょっと待て? そのカーリカは、フォルケのこと『ちゃん』付けで呼んでたな? クビと言った割には、扱いが全然違ってないか? おまけにフォルケの料理であることを確認してから、かっぱらっていった」
「うっ?」
 ワグダは、相変わらず鋭いシャマルの洞察力に、アセった。
「それにワグダにしてはフォルケごときに必死すぎないか? つまり、あんたらはフォルケをというより、フォルケの料理の腕前を必要としている。事情が変わったというのは、そういうことだ。違うか?」
「・・・そうなんですか、ワグダ少尉?」
 フォルケは、真剣な表情で尋ねた。
 ワグダは、観念した表情で、
「やれやれ、あたしとしたことが、とんだ失態だったな・・・確かにシャマルの言うとおり、フォルケ、今はあんたの料理の腕前が必要なんだ」
「!!」ショックを受けるフォルケ。ボクはやはり、スイーパー見習いとしては認められていないのか・・・?
 だが、ワグダは、表情を結びなおすと、
「けどな、これだけは言っておく! 今のあたしみたいに、失敗なんていくらでもあることだ! カーリカは確かに感情的になって、お前のことクビだなんて言ったが、そのくらいでヘコんでどうする! 失敗したら、次の仕事でそれを挽回する! それしかないだろ!? スイーパーを目指すお前なら、そのくらいの根性はあると思ってたんだがな!?」
「ワグダ少尉・・・」
「あーら、都合の良いこと言ってるわよ〜・・・フォルケ、あんな派手ハデ女の言うこと、聞いちゃだめよ! いたいけな少年をたぶらかすぐらい、チョロいことだと思ってるのよ、あいつは絶対!」
「それは否定できないけど・・・」
「・・・このヒステリー小娘ェ〜」ワグダは歯がみをしながら。
「あのさ、ヒビナこそ、ついさっきフォルケのこと邪険に扱ってなかった?」
 トラッシュが問うと、ヒビナは、
「あら、ワグダに不利なように仕向けてるだけよ。それに確かにフォルケの料理は捨てがたいし」
「・・・君の方がヒドイこと言ってないか?ヒビナ・・・」
 フォルケはジトッとヒビナをにらむ。

 すると、そんなにらみ合いをあざ笑うような、イラッとする中年ボイスが響き渡った!
「さすらいのグルメスイーパー復活ぞよ! イリーガル!」
 デップリと太った姿に戻ったハボシェが、カーリカが運転する高機動バギーの後席に立っていた。フォークとスプーンを手に。
 トラッシュとフォルケは、
「あっ、あのオッサンはマルシェの!?」
「ハボシェ準士官!」
「その首、いただきますだぞよ!」
 ハボシェの目が銅色に光る! フォークをトラッシュに向けると、再びその先をスプーンの腹でグルグル回転させた!
「!!??」
 またしても、トラッシュの体が、ハボシェに引き寄せられる。
 カーリカは、そのまま、高機動バギーのモーターに火をいれた! トラッシュはバギーに引っ張られ、やがて転倒して引きずられる!
「うわああぁぁっっ!」
「トラッシュ!」ヒビナの悲鳴がこだまする。
 すると、
「トラッシュ! これ!」
 エトワが、すかさずウィンドボードを大地にすべらせる。それは見事にバギーの進路とクロスし・・・
「うまいぞ! エトワ!」
 トラッシュはウィンドボードをつかむと、バインディングをブーツにドッキング! ひらりと空中で回転して、ボードに乗った!
 それはさながら、ボートに引かれて水上をすべるウェイクボードのようだ。
「ヒャッッホオオオオオゥゥゥゥ!!」
 楽しげなトラッシュに向かって、ハボシェは、
「それなら、こうだぞよ!」
 スプーンを、ブンッと振るうと、
 ビシッ! バシッ!
「!? あいてっ? いててっ!?」
 見えないつぶてのようなものが、トラッシュに当たった。
「『気』の弾丸攻撃ぞよ! スプーンですくって投げるんだぞよ!」
「なんだそれ、『気』のつみれだんご?」
 ビシッ! ビシッ! バシッ! バシッ!
「いてっ! いてててっ!」
「やるじゃないかハボシェ! それじゃあたしも・・・」
 ワグダは、カーリカたちの元へ駆け寄ろうとするが・・・
「おおっと! オレを忘れてもらっちゃあ困る!」
 赤い「光るスティック」を握ったシャマルが、ワグダの前に立ちはだかった。
 たき火を光源に、アートでスティック化したようだ。
「・・・頭といいワザといい、ちょっとは進化してるみたいだね、いまいましい!」
「おほめにあずかり、光栄です」
 シャマルは、ちょっとバカにした口調で、ワグダを挑発した。

 ビシッ! ビシッ! バシッ! バシッ!
『気』のつぶてを浴び続けるトラッシュ。
「・・・くっそう、アッタマきた!」
 ザッ!と、ウィンドボードの先端を持ち上げ、ボードの裏側を盾にしようとした。
 すると!
 ボードの裏側のキツネのイラストが、光った!

「・・・セイレイが、トラッシュに応えてる!」
 エトワが叫んだ!

 ボードの裏側から、『気』のつぶてが逆に高機動バギーを攻撃した!
 それは単に跳ね返ったと言うより、威力もスピードも増している。
 ビシッ! ビシッ! バシッ! バシッ!
 つぶては、ハボシェや、運転席のカーリカにもぶつかった。
「いたいいたい、いたいぞよ!」
「キャッ!? いたい、いたあぁい! もう、何やってんのよメタボ男爵!」
 その光景を見たトラッシュは・・・
「・・・もしかして!!」
 空中で、ウィンドボードをグルリと回転させた。
 高機動バギーとトラッシュの間に、バシッ!と、火花が飛び散った。
 それは、トラッシュを引きずる『気』のロープを、断ち切った現象だった。
 トラッシュは、高機動バギーの背後から逃れ、ググッとコースを変えて飛んでいく。
 ロープを切られたバギーは、引きずるものが無くなったぶんスピードが増し、
「きゃああああああぁぁぁっっ!!」
 ドカアアアンッッ!
 カーリカの悲鳴とともに、立木に衝突して止まった!

「これ、このボード、アートに対して耐性がある? アートが効かないってことか!」
 トラッシュは驚いた。長年愛用しているウィンドボード、そんな力が備わっていたとは・・・
 トラッシュがこのウィンドボードを、どこでどうやって手に入れたかは、後に明らかになる。

「あいたたたた・・・」
 カーリカは顔をさすった。ハンドルのエアバッグが作動して大ケガはしなかったが。
「このメタボ男爵! どいつもこいつもポンコツですわ!」
 背後のシートにいるはずのハボシェを振り返ると、そこは無人だった。激突の勢いで車外にはじき出されて倒れていたのだ。
 しかもハボシェのエネルギーは早くも尽き、ガリガリモードになり果てていた。
「ったくもう! ホンットに手がかかる!」
 カーリカは後席に固定してあったフォルケのナベを引っ張り出した。まだ残っているポトフを食べさせるために。
 トラッシュは、その一連の光景を見ていた。
 ナベに顔を突っ込んでガフガフとむさぼるハボシェ。すると、みるみるうちにハボシェの体はメタボモードに戻っていく。

 ガラーンッッ!!

 とうとう空になったナベを投げ捨てて、ギラギラした眼のハボシェが、鼻息荒く立ち上がった。
「もう手加減しないぞよ、イリーガル! 貴族のプライドにかけて決着をつけるぞよ!」
「・・・そういうことか!」
 トラッシュは、すべてを理解した! そうか、だからワグダたちは、フォルケの料理の腕を必要としたんだな!?
「ヒビナ!!」
 トラッシュは、エトワと共に岩陰に隠れていた、ヒビナの元へウィンドボードを走らせる!
 とつぜんトラッシュに呼ばれて、ビックリしているヒビナ。トラッシュはボードを飛び降り、両手でヒビナの両肩をガシッ!とつかむと、
「昼に作った料理、あれ、何分で出来る?」
「えっ・・・さ、3分もあれば・・・」
「作ってくれ!」
「ええっっ! 今ァ!?」
「今!すぐ!お前の!料理が!必要なんだああああっっ!」

 キュウウウゥゥゥンッッ!!

 何!?なんなの!?今、あたしの胸がキュンキュン締め付けられた!
 あたしの料理が、必要とされている!
 かのごとき極限状況で、男子があたしの料理を欲しているということは、あたしの女子力が世界平和に必要ということなのね!
 なんでそういう結論に達するかは理解しがたいが、ヒビナは満面の笑みで、
「わかったわ! 今すぐ作ったげる! タマシイ込めた愛と青春の美少女レシピ!」
「頼んだ! オレが3分、時間を稼ぐ!」
 ヒビナはキャンプバーナーへと駆けだしていく。残されたエトワはキョトンとたたずむ。
 トラッシュは再びウィンドボードに乗るや、ハボシェに向かって突進していく。
「『気』の乱れうちだぞよ!」
 フォークで「気」のロープをムチのように振るい、スプーンで「気」のつぶてを連射するハボシェ。トラッシュは巧みに攻撃をかわし、ときにボードの裏で攻撃を跳ね返し、それでもいくらかの攻撃を食らってはキズだらけになり・・・
 そのさなか、ヒビナは汗まみれになりながら、料理を作っていく。
 一方、ハボシェもまた、トラッシュとの激戦に消耗し、息も絶え絶え、そして体は痩せ始めた。
 やがて3分が経過。
「できたわよぉぉぉーーーっっ!!」
 ヒビナは、大皿一杯に盛りつけられた料理を掲げ、トラッシュのもとに駆け寄る。
 トラッシュはチラチラと横目でハボシェを見ながら、
「おおっ、できたか! ヒビナの愛情料理! オレはコレを食ってパワー100パーセント回復だー(棒読み)」
「と、トラッシュ・・・」瞳ウルウルのヒビナ。
 すると、ハボシェは、
「なにぃっ! それを聞いては捨て置けないぞよ!」
 フォークから「気」のロープをのばし、投げ縄のようにヒビナの手から大皿を奪う!
「ああっ! 何すんのよ!?」
 大皿を目の前に、眼をらんらんと輝かせるハボシェ。
「これはラタトゥイユ・・・?いや、ちょっと違うような気がするが、見た目は美味そうだぞよ! いただきまーすっ!だぞよ!」
 舌なめずりをして、大皿料理にとびかかるハボシェ。
「それが落とし穴なんだよな・・・」
 トラッシュがつぶやく。

 ドッカーーーーーンッッ!!
 キノコ雲がわき上がる。

 口から煙が立ちのぼり、白目をむいてケイレンしているハボシェ。
 ヒビナは、
「えっ・・・なにごと?」
 トラッシュはジャンプすると、天空に向け右手の人差し指を高く突き上げ・・・
「あんたのアートを封印するっ!!」
 その瞳をオレンジ色に輝かせ、ハボシェの前に着地すると、差し上げた人差し指をハボシェの額に当てた!
 カァッッ!!
 まばゆい光が、トラッシュとハボシェの体を包み隠した。
 やがてそれが緩やかに収まると・・・
 ハボシェの背後の地面に、直径およそ6メートルに渡り、不思議な図柄と色遣いの抽象画が広がっていた。そう、今まさに、トラッシュはハボシェのアートを大地に封印したのだ。
 ハボシェは気を失ったまま。
 シャマルと戦っていたワグダは、ハボシェの様子を見て舌打ちし、
「・・・やられた?」
 素早く後退してシャマルと間合いをとり、叫んだ。
「カーリカ、退却するよ! ハボシェは落ちた!」
 カーリカは苦虫を噛みつぶした顔をして、ワグダと共にハボシェを高機動バギーに乗せると、モーターを始動させた。バギーはかろうじて走行可能だったようだ。
 発進する寸前、ワグダは振り返るや、フォルケに向かって、言った。
「フォルケ、お前が料理人じゃなくて何なのかは、お前自身が示すしかないんだ。何より、お前がどうしたいかを考えてくれ。ドアは開けておく」
「ワグダ少尉・・・」
 ワグダは、珍しく、優しい微笑みをフォルケに向けると、バギーに飛び乗った。
 ガタガタと、ホイールアライメントの狂った、振動だらけのバギーが走り去っていく。

 バギーの走り去った方向、沈む夕日を見送っているフォルケ。
 ふいに、その肩を、ポンッと叩く手があった。
「??トラッシュ・・・」
「答えは出てるんだろ?」
「えっ?」
「送っていこうか?」
 フォルケは、フッ、と笑みを漏らすと、
「・・・いや、いい。ボクと君は・・・」
「追う側、追われる側、か」
「けじめはつけないとね」

 晴れやかな表情で、歩いていくフォルケ。
 見送るトラッシュは、
『自分が何なのかは、自分自身で示すしかない・・・なんだ、みんな同じなんだ』
 ふと、視線を感じて振り向くと、そこには・・・
 ブンむくれている、ヒビナがいた。ちょっと涙目で、下唇をつきだしている。
「どうした、ヒビナ?」
「トラッシュ、あんた、あたしの料理を武器として使ったでしょ?」
「お手柄じゃないか! スイーパーを退けたんだぞ!」
「こんな屈辱はないわよ! 誰が好きこのんで料理でひとをぶったおそうなんて思うのよ!」
「・・・悪かったよ、謝る。気に障ったんなら・・・」
「フンッ!」
 プイッとそっぽを向いて、スネるヒビナだったが・・・
「・・・とはいっても、あたしの料理がそんだけヒドいってのは、十分見せつけられたわ。言い訳もできないわよね」
「仲直り、仲直り!」
「えっ?」
 いつの間にか、エトワが二人の間に入り、ニコニコしている。
「・・・へへっ」
「フフフッ・・・」
 トラッシュもヒビナも、互いに苦笑いをした。
「それにしても、あのフザケたスイーパーには面食らったわ。あんな珍妙なアートに負けたりしたら、物笑いのタネになるとこだった」
「うっすら胸をなで下ろした?」
「そう、なんの引っかかりもないから垂直にストーンと・・・って、こらーッ!!」
「・・・ノリツッコミ・・・」と、エトワ。
 シャマルが肩をすくめた。

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 ブロンズの森を見下ろす小高い丘のてっぺん。
 一人の少女が、森と、となりあう街を見下ろしていた。
 目深にかぶったニット帽に、スキーヤーのようなゴーグルで、その表情はうかがい知れない。
「あれーーーっ?」
 素っ頓狂な声を上げた。
「えーーーっと・・・ここはブロンズ? それともウェイスト? どっちだったっけ? あちこち行ったり来たりしてると、今いるところもわかンなくなるもんなのねえ・・・」
 ゆったりしたスキーウェアを着込んでいる。足にはモーグル用のような短めのスキー板、手にはストック。雪もないのに、どうしてそんな格好を?
 よく見ると、ゴーグルのベルト、ちょうど後頭部のあたりには、キツネのしっぽのアクセサリーがぶら下がっている。
 そしてゴーグルの中央には・・・キツネの面のような意匠が、組み入れてあった。
 それはまるで、トラッシュの格好のような・・・

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>>>第2章第3話へつづく。
次回「伝説のグラフィティ」

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