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第2章第4話「女トラッシュ?その名はラビ」

 階層社会の謎にせまる決意を固めたシャマルの前に現れた、天才美少女学者コジェ・オリク。
 彼女との出会いが、シャマルにもたらすものは何なのか。
 そして、トラッシュたちがブロンズ階層ではないことを一目で見抜いた、謎の少年ガベイジ。赤い瞳を持ち、スイーパー以上に強力なアートを繰り出す彼もまた、運命に引き寄せられた一人なのだろうか・・・

     ★     ★     ★

「このブロンズだけでも、これで5つのグラフィティが発見されました。すべて記録に収めています」
「グラフィティ自体は、持っていかないの?」
「ドメニコットでは無理ですよ。データだけ持ち帰って、最終的には『ファウンデーション』で解析します」
 湖畔のキャンプで、トラッシュ、ヒビナ、シャマル、エトワは、コジェ・オリクの話に耳を傾けていた。
 階層監査省「フォーミュラ」の総合研究部門、通称「ファウンデーション」所属・弱冠14歳の天才学者であるコジェ・オリクは、グラフィティと呼ばれる謎の絵を調査するため、A.I.アルゴリズムを搭載する特殊車両ドメニコットで旅をしていた。
 赤目のガベイジとのいさかいがもとで、湖畔の廃墟で発見したグラフィティ。トラッシュがアート使いのアートを封印したときに発現する絵と同じように見えるそれは、いくつもの謎を抱えた伝説だという・・・
「・・・グラフィティのこと、ファウンデーションに報告するのよね。じゃあ、あたしたちのことも?」
 探るように、ヒビナはコジェに伺う。その言葉に、トラッシュ、シャマルは、息を殺す。
「・・・いいえ。グラフィティの研究とは、直接関係ないことなので」
 コジェは、穏やかな口調でそう答える。
「みなさんが、ブロンズ階層じゃないことで、心配してらっしゃるんでしょうけど、わたしは学者です。階層侵害は、スイーパー正規隊の領域ですから、わたしには管轄外です」
「・・・よかったあ、ありがとう、コジェ」と、ヒビナは胸をなで下ろす。
「そういえば、コジェは合法的にブロンズに来たって言ってたよな?」と、トラッシュは尋ねる。
「わたし、じつはスイーパーの資格、持ってるんですよ?」
 と言って、スイーパーのIDカードを見せるコジェ。
「ええええええぇぇぇ〜〜〜っっ!!??」
 驚きの声をハモらせるトラッシュたち。
「というとさっきの話と矛盾するようですけど、スイーパーといっても正規隊じゃなくて、外郭団体の所属なので、階層侵害を摘発する権利は無いんです。階層間を移動するのに、スイーパーのシステムを使った方が便利だし、どのみち階層越えの条件として、階層内での活動をスイーパーに逐一報告する義務があるので、スイーパーの身分があった方が効率的なんですよ」
「じゃ、じゃあ、やっぱりスイーパーに報告・・・」と、ヒビナ。
「・・・心配ですか? 活動と言っても、そもそも学術研究のためのものですから、それ以外の活動自体、わたしであっても違法になります。グラフィティの研究に関わらないあなたたちのことは、報告するメリットはないんじゃないでしょうか」
「そう言ってくれるのは、ありがたいんだけど・・・」と、トラッシュは言う。
「お前ら、コジェがこれだけ言ってくれてんのに・・・」
 シャマルはトラッシュたちをたしなめた。
「ふふっ、それでは、わたしたち、友達になりませんか?」
 コジェは、少しいたずらな感じで、そう言う。
「ええっっ!」
 予想外の申し出に、困惑するトラッシュたち。
「スイーパーの鉄の掟、ご存じですか?『裁くべきは、裏切り者のみ』、そして『従うべきは、おのが魂のみ』。わたしたちが友達になれば、それを裏切ることは、かりそめでもスイーパーであるわたしには出来ません。いかがでしょう?」
 コジェらしい、言い回しだ。だからこそ、彼女の言葉に、ウソはない。そう思える、トラッシュたちだった。
「わかった。そもそもこういうことが無くったって、オレたちはとっくに友達だ。そうだろう?」
 トラッシュが、代表して彼らの気持ちを述べた。コジェもそれに応えて、
「うふっ、わたし、同世代の友達があまりいなくて・・・とてもうれしいです」
「やったあ、友達が増えたね!」
 そう言ってはしゃぐエトワ。トラッシュたちは、そんなエトワを見て、笑った。

「元気でね、コジェ。メールちょうだいね」
 コジェと両手で握手を交わすヒビナ。
「ええ、ヒビナも」
「エトワもメール書く〜」
「うふふ、楽しみに待ってますね」
 女の子同士、すっかり打ち解けあったようだ。思えば、ヒビナにとっても久しぶりに同世代の女の子と仲良くなれたのだろう。名残惜しそうに、コジェと言葉を交わす。
 コジェはまた、次なるグラフィティを求めて、ドメニコットで旅を続けるのだ。
 すると、コジェはシャマルの方を振り向き、
「また、会えますか?」
 その言葉にシャマルは、心臓が弾んだが、平静を装い、
「あ、ああ。旅を続けていれば、また会えることもあるさ。それが旅というものだ」
「あれ、それ、オレのセリフ・・・」と、トラッシュ。
「・・・そうですね。それも旅の楽しみだと思うことにします」

 ドメニコットの運転席から、手を振るコジェ。それを見送る、トラッシュ、ヒビナ、シャマル、エトワ。エトワは、走り去るドメニコットに、いつまでも手を振っている。
 トラッシュは、シャマルとヒビナに向かってつぶやく。
「いいコだよな、コジェって・・・」
「そうね。偉ぶらないし、ふわーっとしてて、日なたっぽいというか」と、ヒビナ。
「・・・グラフィティのこと、コジェに言わなくて良かったのかな?」
「お前のアートのことか?」シャマルが応える。
「コジェは研究に一所懸命だ。グラフィティの謎を解くのに、オレのアートのことも知らせるべきかと思ったけど、言えなかった・・・」
「いや、言わなくて正解だろう。もしお前がグラフィティと何らかの関連があるとしたら、コジェの研究に関わることになる。そうなったら、コジェといえども、ファウンデーションにそれを報告せざるを得ない。スイーパーにもな」
「そうか。そうなったら確かにやっかいだな」
「逆にコジェ自身の調査にも制限が出てしまう。なにせ『イリーガル』が研究対象に含まれるとなれば、今のように自由に動くことは出来ないだろう」
 すると、ヒビナが口を挟んだ。
「シャマル、やけにコジェのことばかり気にしてるわね、なんだかあやしくない?」
 ニヤニヤしながらそう言うヒビナに、シャマルは気色張って、
「バカなこと言うな! それこそゲスの勘ぐりってモンだ。コジェはなあ、オレにとっては師匠みたいな存在なんだよ!」
「コジェの方も、『また会えますか』なんて・・・」
「あれは・・・オレにというより、トラッシュとか、オレたち全員に言ったんだよ!」
「あ〜ら、ムキになっちゃって。ますます、あ〜や〜し〜い〜」
「あのなあ! ・・・いや、そう言うお前こそどうなんだ? あの赤目のガベイジとやら、お前にだけはやけに態度が違ってなかったか?」
「な、なんでよ! あんなケモノ臭いヤツが、あたしに何だっての?」
「お前にだけ名前を聞いてただろ? アイツに憶えられちゃって、気に入られてるんじゃねえのか?」
「やめてよ! あんなの、あたしのタイプの対極もいいところだわ!」
 トラッシュとエトワは目線を交わして、ヒビナとシャマルのやりとりに、笑顔で肩をすくめた。互いに冷やかしあってケンカしあって・・・これもまた、仲間ならではなんだろうな。トラッシュは、最近ではそう思えるようになった。

     ★     ★     ★

 ブロンズの街にほど近い、マルシェと呼ばれる食料品専門のショッピングモール。ここにはイートイン形式の食事どころも充実している。広いスペースにテープルが並べられ、それを取り囲むように十数軒のテイクアウトの料理屋が軒を連ねている。屋台村のようでもある。
 庶民階層であるブロンズでは、こういったアットホームで価格も安い店が好まれる。

 ドガッシャアアアアァァァンン!!

 坊主頭でヒゲ面の大男が一人、テーブルに突っ込んだ!
 頭の周りに星をチカチカ瞬かせながらも、よろよろと立ち上がり、うなる。
「・・・てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
「あらららら、またこれは、空っぽなセリフだこと」
 応えたのは、少女の声だった。ハッキリとした通る声は、なんだか元気の良さそうな、根の明るさを感じさせる。
 ザッ!と、大男の前に一歩踏み出す、スキーウェア姿の少女。ニットキャップを目深にかぶり、スキーヤーのゴーグルをしているため、顔はうかがえない。ゴーグルの中央には、キツネの顔のようなエンブレムが描かれている。身長はトラッシュと同じくらいか。
「なんだとぉ!」
「はい、その先は?」
「・・・てめえ、なめたマネしやがると・・・」
「それ、一番最初に聞いた! もうちっと練ったセリフ出てこない? はい、やり直し!」
 少女はそう言って、ポンッと手を叩く。
 大男は、真っ赤な顔をすると、
「・・・もうカンベンならねえ! ぶっ飛ばしてやる!」
「さっきぶっ飛ばしてくれても良かったのに!」
 殴りかかる大男を、少女は、軽やかにジャンプしてかわした!
 ゴーグルのベルト、少女の後頭部にぶら下がるキツネのしっぽのアクセサリーが、ぴょんっと跳ねる。
 大男は、勢い余ってまた別のテーブルに突っ込む。テーブル客の料理、スパゲティ・ボロネーゼとシーザーズサラダを頭からかぶった!
「で、また同じ結果。リピート見てるみたーい」
 少女は、キャハハと笑いながらそう言った。
 だが、転がっている大男は、少女を見て一瞬、口角が上がった。
 少女の背後に、影が迫る!

 ピーーーーーン!!

 少女のゴーグルに、光が走った! そう思えるのは、少女のその後の動きがあまりに俊敏だったせいかもしれない。
 少女は、比喩でもなんでもなく、目にもとまらぬ速さで、右横1メートルだけ移動していた!

 グワッシャアアンンッッ!

 また別の、ドレッドヘアーの大男が、転がっているトマトソースまみれの大男を、振り下ろしたいすでぶん殴っていた!
「ぐえええっっ!!??」
 トマトソースまみれが、悲鳴を上げ、気絶した。
 一体、何が起こったのか?
 トマトソースまみれの大男の仲間が、少女の背後から、いすで殴ろうとしていたのだ。
 だが、少女はあまりにもすばやく身をかわし・・・
 仲間を殴ってしまう羽目になったというわけだ。
 これには、イートインの他の客も、おお、と歓声を上げた。
 いすを振り下ろしたドレッドヘアーの大男の方は・・・
「てめえ、ふざ・・・」
 言おうとして、口をつぐんだ。
「やっぱりねえ、ボキャブラリィがねえ・・・」
 腕組みして、ため息混じりにそう漏らす少女。
 と、ドレッドヘアーの大男は、ボクシングのファイティングポーズで構えた。
 シュシュッ!と、シャドウでパンチを繰り出す。
「オレらを怒らせたことを後悔させてやるぜ、お嬢ちゃん」
 ニヤリと笑う大男。
「へえ、連れが列に割り込んだことは、まだ後悔してないんだ?」
 少女は、力みもなく、かかとがそろうほどまっすぐに立つと、両手をジャケットのポケットに入れ、じつに無防備なポーズをした。
「どうぞ、お・じ・さ・ん」
 それがまた、大男の怒りに油を注いだ!
「女だからって容赦しねえ!!」
 少女に殴りかかる大男。

 いっぽう、ほんの数分前、同じマルシェでは。
「あれだけマルシェで大立ち回りしたのに、トラッシュがまたここに来るとは考えられませんよ!」
 そう言うのはフォルケだ。
「そうは言ってもイリーガルだって食糧補給は必要でしょ? やむを得ず、またここに来るかも知れないじゃない」
 こちらはカーリカである。
「とにかくイリーガルの居所を突き止めないと。やっとヨザム準士官がやる気を出したんだから、わたくしとしてはサポートせざるを得ないじゃない。まったく気が進まないんだけど」
「ワグダ少尉が、トラッシュたちのオートキャンプ場からの足取りを今、調べてるんでしょう? 時間の問題じゃなかったんですか?」
「あら、ワグダなんて当てになりませんわ。わたくしはわたくしで打つべき手を打つまでです」
「じゃ、じゃあ、この買い物はなんなんです?」
 フォルケは、両手いっぱいに買い物袋を持たされていた。その全てが、肉や魚や野菜、パンなどの食料品だった。
「それは、ついでというか何というか・・・」
「スイーパーはちゃんと各階層の中央支部から食糧補給があるじゃないですか! わざわざ買い物になんて来なくたって・・・」
「ええい、つべこべ言わないの! あなたはわたくしの部下なんだから、わたくしの言うとおりにしていれば良いんですのよ!」
「そ、それを言われると・・・」
 フォルケは、口をつぐむしかない。
 すると、二人はマルシェの外、イートインのあたりが、騒がしいことに気づく。
「ほうら、何か騒ぎが起きてますわ! あんがい、イリーガルだったりして!」
「ま、まさかそんな・・・」

 シュッ! シュシュッ! ブンッ!
 大男は、無駄なく切れの良いパンチを繰り出す。ただの力自慢の荒くれ者ではなく、格闘技の心得があるらしかった。
 だが、そんな手練れのパンチを、少女は、軽やかにかわしていた。パンチが当たる!と思った次の瞬間には、空を切った拳と、そのわずか脇へと身をかわしている少女の体があった。
 最初は余裕だった大男も、徐々に焦り始め、息も上がってきていた。
「どうやら本物のボクサー崩れだったみたいね? パンチ力もスピードもまあまあだけど、スタミナがないあたり、『元』ボクサーといったところ?」
 少女の方は、まだまだ余裕を失わない。
「くそっ! くそっ! くそおおぉぉっっ!!」
 イートインの客たちは、ただで見られる見せ物とばかり、歓声を上げていた。その大半が、少女を応援しているようだ。

『どこかで見たような光景だな・・・』
 フォルケは、食料品がパンパンに詰まった買い物袋を抱えたまま、大男と少女の立ち回りを見ていた。
 周囲の観客の立ち話から伺うに、坊主頭の大男が、オーダー待ちの行列に割り込んだことから、それをとがめた少女と、こんな騒ぎになったらしい。
 それが、巷で人気の「お子様ランチ専門店」だったことが、なんとも笑えるやら情けないやら。つまり行列の主役は子供たちだったわけで、少女でなくても憤りをおぼえるのはわかる。
 そうだ、これは確か、ウェイストの市場での光景だった! ヒビナと、トラッシュがそれぞれ、傍若無人なベニッジやリドーの振る舞いが発端で、大騒ぎを巻き起こした、あのまんまじゃないか!
 しかも、少女の、自らは手を出さず、かわしてかわしてかわしまくる戦い方は、トラッシュにそっくりだ。
 もしかして、トラッシュが女装してマルシェを訪れたのか?そんなことまで考えたフォルケだったが、たまたま耳にした声は、トラッシュのそれではなかった。
「あの少女、五感と第六感が並外れてますわね・・・」
 そうつぶやいたのは、同じく見物客に混じっていた、カーリカだった。
「五感と第六感?ですか?」と、フォルケが訊く。
「単に身のこなしが素早いだけでは、あそこまでギリギリにかわせませんわ。男がパンチを繰り出す前に、すでにパンチがどこにどのように打ち込まれるか、先読みしてるんですわ」
 へぇ・・・とフォルケは感心した。少女にではない。それを見抜いたカーリカにだ。
 確かに、ワグダといい、スイーパー正規隊の少尉ともなれば、そのくらいの眼力は、あって当たり前なのかも知れない。だが、普段の上司二人は、その実力をフォルケにかいま見せてはくれないのだ。
 自由すぎる。フォルケはあらためてワグダとカーリカ、二人の上司の行動と性格が計り知れなくなった。

「この・・・ガキ・・・」
 すでにフラフラのドレッドヘアーの大男。少女は、
「じゃ、仕上げといこうかなっ!」
 そう言って、大男の周りを、駆け始めた。大男を中心に、グルグルグルグル・・・
 すると、そこに竜巻が起こった!
「うわあああぁぁぁっっっ!!」
 あまりの素早い動きのために、少女の動きが見えなくなった? いや、いくら素早いからといって、人間にそんな動きが出来るのか?
 カーリカが、その答えを口にした。
「アートですわ」
「ええっっ!?」と、驚きの声を上げるフォルケ。
 竜巻は、大男の体を舞い上がらせ・・・
 上空から落下させた!

 ガッシャアアアアァァァッッッ!!

 大男は、テープルの一つに落下した!
 テーブル客の食事だった、スパゲティ・カルボナーラを頭から浴びる大男。目を回している。
 竜巻の中心から、少女は、クルクルクル・・・と、フィギュアスケートのようにスピンをしながら姿を現した。やがて竜巻は消え、少女のスピンは回転数を落とし、スパッ!と停止すると、
「あ〜あ、コンビで紅白のスパゲティまみれじゃない。ケッサク〜」
 すると、満場の観客?から、オオオオ・・・と、歓声が上がった。
 びっくりするものの、すぐさま手を挙げて、それに応える少女。
「彼女の身柄、確保するわよ」
 カーリカがそう言った。フォルケはそれを受けて、
「ええっ? ただのケンカなら、警察の管轄じゃないですか! なんでスイーパーのボクたちが・・・」
「スイーパーだからですわ」
 そう返したカーリカに、フォルケは、ハッ!となった。つまり、あのアート使いの少女は、ブロンズ階層ではないとカーリカ少尉は踏んでいるのか?
「ターゲットを見定めるのがスイーパーなのですわ。憶えておきなさい?フォルケ」

 少女は、歓声に応えていたが・・・
 スイーパーの制服を着た男女が、素早く移動しているのが「見えた」!
 とはいえ、並の人間なら、スイーパー流の気配を消した追跡法に気づかないだろう。
「・・・まずい! 苦手な人種が来たーッッ!」
 少女は、一目散に駆けだした!
「チッ、やっぱりカンが鋭いですわ! フォルケ!逃がしちゃだめですわよ!」
「ボクたちは、イリーガル追跡スペシャルチームなんじゃ・・・」
「つべこべ言わない! 誰のO.J.T.だと思ってるのですか?」
「オー・ジェイ・ティー?」
「・・・それはどうでもいいですわ! とにかく追う!」

 駆けだした少女は、自分のテーブルだったのだろう、そこに置いてあった大きなバックパックと、細長い板2枚、細長い棒2本を、駆け抜けながらつかみ取った。
 それは、スキー板と、ストックだった。
 それを見ていたフォルケは、
「あれ、雪も降ってないのに、なんであんな・・・」
 そこで、フォルケの脳内に、電気が走った!
 雪もないのに、スノーボードを持っているヤツがいる! そいつは・・・
「風はじゅうぶん! イイ感じ!」
 少女はジャンプすると、スノーブーツの裏側に、スキー板を滑り込ませる! それはガチャッ!とブーツとドッキングし、そのまま風に乗って、空中に舞い上がった!
「同じだ! ウィンドボードと!」
 そう、しかもスキー板の裏側には、ごていねいにキツネのイラストが、2枚とも描かれていた!
 フォルケは、あっけにとられて、そのさまを見送るしかなかった。
 すると、少女は、空中でUターンすると、フォルケに向かって飛んできた!
「えっ!? うわああああぁぁぁっっ!?」
 ぶつかる!と、フォルケが両腕で自分をかばおうとすると・・・
 すれ違いざま、少女は空中で一瞬だけ静止し、フォルケに手を振る。
「バァ〜イ、少年スイーパー?」
 挑発気味にそう言うと、ものすごいスピードで、空中を飛んで去っていった。
 遅れてきたカーリカは、息を切らしながら、
「ハア、ハア・・・また、逃がした、のですわね!?」
「は、はい・・・申し訳ありません! カーリカ少尉!」
「もうそれは聞き飽きましたわ・・・いいんです、あなたの言うように、わたくしたちの本業はイリーガル逮捕なのですから」
 フンッ、とそっぽを向くカーリカ。だが、フォルケは、あれ?と拍子抜けした。もっと怒られるのではないか、と思っていたからだ。一度はボクのヘマに対して、クビを宣告したほどのカーリカ少尉なのに・・・

     ★     ★     ★

 ゴールド階層・スイーパー本部ビル143階。
 キリィ・キンバレンは、オフィスにて報告書に目を通していた。
「ハボシェ・コルイルグ、ダウンシフト、か・・・ ベニッジ・ニブラインのときとまったく同じ手法にて、アートを奪われたようだな」
 モニタから目を外し、いすから立ち上がると、キリィは窓の外に目をやった。
 143階からの眺めは、絶景というより、幾何学模様を見ているようだった。どれも似たようなビルが並んでいるだけで、はるか彼方には山岳地帯も見えてはいるが、見ていて面白いものではない。
 世間には「超高層建築萌え」などという趣味人もいて、そういうたぐいにはこの風景も好評らしいのだが。
『トラッシュめ・・・ベニッジごときに苦戦するようでは、先が思いやられると思っていたが、ハボシェ程度のスイーパーでは、もはや歯がたたんという訳か』
『あの子、スゴーイ。あっという間に成長してるのねー』
 とつじょ、キリィの脳に直接語りかける、舌足らずな声。
『またお前か。相変わらず神出鬼没だな』
『黙ってただけで、ずっといるわよ。キ・リ・ィ』
『トラッシュも、ずっと追いかけているという訳か』
『ワグダだっけ、教えてあげたらー? トラッシュの居場所。わかってるんでしょ? セイレイの声が聞こえるのなら』
『こちらにも都合というものがある。それに彼女らの仕事を奪ってはいかんのだ。上司としては、な』
『フフッ、都合って、あのおじさん二人のことでしょー』
『いちいち確かめずとも、とっくに知っているのだろう?』
『お手並み拝見ね。グラフィティ、使うの?』
『お前は今でも、ルゥなのか?』
『好きに呼べばー。名前なんて、わたしたちには意味のないもの、でしょー?』
『黙ってみていろ、というのは、無理な話か・・・』
『フフフッ、いじわるー』
 すると、キリィは、背後にメイペが立っていることに気づく。
「どうした?」
「あの・・・コーヒー、入れましょうか?」
「・・・考え事をしているように見えたか?」
「はい、えーと・・・」
「ふっ・・・秘書が板についてきたな、その気遣い。もらおうか、ブラックで」
「はい、少々お待ちを!」
 オフィスの片隅の給湯スペースへ向かうメイペ。
『・・・あの子、使えるの?』
『メイペのことか? 面白いぞ、これも見ていればわかる』
『キリィ、変わったかも。イチかバチかなんて、あなたらしくなーい』
『予想より早く、役者がそろいすぎてる。キャピタルGの力が、強すぎるせいとは思わんか?』
『たぶん、セイレイが震えてるせい』
『お前らしい表現だ』
『人間は、シンクロニシティ、っていう言葉で表現するんだっけ?』
『とにかく、計画より早くことが運ぶようであれば、力業(ちからわざ)ででも、刺激を与えるしかない。そのための切り札・・・』
「コーヒー、どうぞ」
 脳内会話をさえぎるように、メイペが、薫り高いコーヒーを注いだカップをトレイに乗せて、キリィに差し出した。
「ありがとう」
 キリィは、ソーサーごとカップを受け取った。湯気が、かぐわしいモカ・マタリのアロマを押し上げる。「月のない夜のようなブラック・コーヒー」とは、なにかの映画のセリフだったか。カップの中の「月のない夜の闇」に映る、メイペ・シノリのはにかんだ笑顔。
『切り札、ね・・・』
 舌足らずな声はそれきりだったが、ため息をついているようにも、キリィには思えた。

     ★     ★     ★

『第20回記念大会・シェルマルクト・スピードスター選手権 来たれ!スピード自慢の猛者たち! 賞金一万ビル!』
 そう描かれたポスターを、しげしげと眺めている、スキーウェア姿の少女。ゴーグルにはキツネ、後頭部にはキツネのしっぽのアクセサリー。
 ポスターは、郊外の公園に出されていた屋台の側面に貼られていた。その屋台のホットドッグをパクつきながら、少女は、屋台の主人、白いヒゲの老人に尋ねた。
「ね、ね、おじいさん! これって、どういう競技?」
「ああ、それはな、地元の名士であるシェルマルクト公が毎年開催している、まあお祭りでな。すぐそこのケイルク・ピークという山から駆け下りる、ダウンヒル・レースだよ。単純明快、ヨーイドンでスタートして、真っ先にふもとのゴールにたどりついたものの勝ち。手段は、駆動力を使わなければ何でもあり。風力はOKだから、荷車に帆を張るヤツもいるよ」
「へえっ!じゃ、ウィンドスキーでも大丈夫だね!」
「ウィンドスキー?」
「あ、知らないか・・・いいこと聞いた!サンキュー!」
 そのまま、少女はジャンプすると、足にはいたスキーで空中を飛行し、ものすごいスピードで去っていった。屋台の主人は、あっけにとられてそれを見送る。

     ★     ★     ★

 郊外の幹線道路を、スイーパー高機動バギーで疾走する、ワグダとヨザム。
「イリーガルの根城はまだ見つからんのでござるか! 拙者の腕が早くイリーガルを仕留めたいとムズムズするでござるよ!」珍妙な言葉遣いのヨザム。
「それ、普通は『うずうず』じゃないのか? まったく・・・やる気がないときは全然ピクリとも動こうとしないくせに、来るべきときが来たとかいうと、せかしやがって!」と、ぼやくのはワグダだ。
「とにかく、早くイリーガルを拙者の名刀・散閣丸のサビにしたいでござる! 散閣丸の刺客と呼ばれたヨザム・ヤキリギの名にかけて!」
「サンカクマルのシカクって、マンガのおでんか!」
「拙者、ツッコまないでござる」
「だいたい、ハボシェといいあんたといい、『人呼んで』ナントカってのが好きだな! あんたら世代のスイーパーはみんなそうなのか?」
「娘ッコにはわからん、男のロマンでござる」
「腹立つ〜! 形から入るあたり、ITベンチャーの起業家か!」
「言ってることが全然わからんでござる」
「・・・フォルケ、お前、ありがたい存在だったんだな」
 ボケにはツッコミ。この場にいない部下に思いをはせるワグダ。

 すると。

 ビュウウウンンッッ!!
「うわあああぁぁぁっっっ!!??」

 高機動バギーの正面から、猛スピードで突っ込む何かがいた!
 それは、間一髪でお互いにかわし、すれ違って大事には至らなかった。
「はあ、はあ、はあ・・・」
 珍しく息が上がるワグダ。そして・・・
「い、今のは何だ! 人間が板に乗って空中を飛んでいるように見えた! そんなこと出来るのは・・・」
 ギュキキキキキイイィィ!!
 ワグダは、高機動バギーをUターンさせ、猛スピードで「板に乗って飛ぶ人物」を追った。
 ウィンドスキーで飛行する人物、それはキツネゴーグルの少女だ。
「げっ!? ま、またスイーパー?」
 ワグダたちが追走してくるのに気づき、アセる。
 ワグダは、
「トラッシュのヤツ、このあたしと知って知らんぷりか! いつもながらイイ度胸だ!」
 キツネゴーグルの少女をトラッシュと勘違いしているワグダは、高機動バギーをフルスロットルでかっ飛ばし、ウィンドスキーに追いつこうとする。
 だが、キツネゴーグルの少女は、前傾姿勢を取ると、
「あんたらは、階層がどうだのウルサイからキライッ!」
 さらに加速し、高機動バギーを引き離していく。
「す、スピードを出し過ぎではござらんか、ワグダ少尉・・・」
 シートバックに体を押しつけられるヨザムは、絞り出すように言った。
「まさか・・・この高機動バギーにスピードで勝るなんて!」
 信じられない、と言った表情のワグダである。

 そのころ、トラッシュは大量の野菜を詰め込んだバッグを背負って、ウィンドボードで田園地帯を飛行していた。
 フォルケの予想したとおり、マルシェで買い物をしていたのでは、足がつく恐れがあると考えたからだ。ほとぼりが冷めるまで、ちょっと遠出になるが、トラッシュは食料を産地から直接買い付けることにしたのだ。今は、農家で野菜を買い込んで、キャンプへ帰る途中なのである。
「あれ? あのバギーは・・・」
 田園地帯から見上げる、高台の幹線道路を、超高速で走行するバギー、それはスイーパーの最新型高機動車両だ。ブロンズのこんな場所で見かけるそれは、イリーガル追跡スペシャルチーム以外に考えられない。
 よく見ると、高機動バギーは、何者かを追跡しているようだ。バギーの前を走る、いや飛行しているそれは、凄まじいスピードで・・・
「えっ!? あれって、もしかして・・・」

 ワグダの高機動バギーは、ウィンドスキーにどんどん引き離されていく。
「ウィンドボード、あんなにスピードが出るなんて! 今までは本気じゃなかったってのか!」
 すると、後方から、バギーにすーっと追いついてきて、高速で併走する何者かがワグダに話しかけた。
「ワグダお姉さーん! 何追っかけてんの?」
 それはウィンドボードに乗ったトラッシュだった。
「おう! トラッシュか! 実は今、トラッシュを追いかけていてだな・・・って、おい!?」
 あまりの高速のため、トラッシュは風切り音で、話が良く聞こえないらしい。
「何を追いかけてるって?」
「お、お、お・・・お前! トラッシュ! じゃ、前を行くアレは何なんだ!?」
 トラッシュは、前方を行くウィンドスキーに目をやった。少しずつ遠ざかって行くそれは・・・
「まさかと思うけど、やっぱあれって・・・ワグダ、ちょっとこれ預かって!」
「はあ!?」
 そう言うとトラッシュは、野菜がいっぱい詰まったバッグを、高機動バギーの運転席に放り込んだ!
「わわっ!? バカッ! 何すんだ!?」
 ハンドルを持つワグダの目の前に、バッグが入り込み、視界をさえぎった!
「わ、ワグダ少尉ィ! しっかり運転するでござる!」ヨザムの悲鳴めいた声。
 高機動バギーは蛇行を始め、トラッシュたちからどんどん取り残されていく。
 トラッシュはというと、先行するウィンドスキーの乗り手のように、前傾姿勢を取り、ウィンドボードのスピードを上げた!

 ビュウウウウウウゥゥゥッッッ!!!

 少しずつ、ウィンドスキーとの距離を縮めていくウィンドボード。キツネゴーグルの少女は、チラと後ろを振り返り、追跡者がいつのまにか、スイーパーの高機動バギーから、ウィンドボードに変わっていることに驚く。
「えっ!? ちょ、もしかして・・・トラッシュ!?」
 だが少女のつぶやきは、やはり風切り音でトラッシュには聞こえない。
 と、その時!
「危ない!! 前、前ェ!」
 トラッシュは、そう叫んで前方を指さした!
 その声はもちろん少女には聞こえなかったのだが、前方を見ろ!のジェスチャーに従うと・・・
 幹線道路は、突然、ものすごい数のクルマの渋滞に変わっていた!
「ひっ!? ひえええええぇぇえっっっ!!」
 キツネゴーグルの少女と、トラッシュは、渋滞の最後尾の大型トラックに激突寸前で、左右に分かれてかわした!
 そのまま、ギッシリと並んでいるクルマというクルマを、減速が間に合わず猛スピードのまま、スキマを縫うようにかわしていく。二人とも、さながらモーグル競技のようだ。
 だが、最初に左右に分かれたため、車列をかわせる間隙を選んでいるうちに、ウィンドスキーとウィンドボードは、どんどん左右に離れていく。近づこうにも渋滞がジャマなのだ。
 そして、そのまま幹線道路の分岐点を左右に分かれて、道なりに飛行していくしかなかった。
 トラッシュの方は、なんとかウィンドボードの飛行高度を上げて、上空からウィンドスキーを探したが・・・
 ウィンドスキーの向かった道路は、トンネルに入ってしまい、その姿を見失った。
 トラッシュは独りごちる。
「ウィンドボードと違って、スピードで勝るけど、高度には制限がある・・・あれはウィンドスキーに間違いない! あれをあんなに乗りこなせるヤツは、オレの知る限りただ一人・・・」

 幹線道路の脇に、停車しているワグダの高機動バギー。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・」
 ハンドルを握りしめ、頭にナスを乗せて荒い息をつくワグダ。助手席には口にダイコンをくわえているヨザム。
 超高速で走行中に、野菜の入ったバッグで視界をさえぎられたのだからたまらない。命からがら、ようやくバギーを止めることに成功したのだ。
 と、そこへ、トラッシュがウィンドボードで戻ってきた。
「サンキュー、ワグダ! じゃ、これもらっていくから」
 トラッシュは、バギーとすれ違いざま、サッと野菜入りバッグを拾い上げ、そのまま止まらずに立ち去っていった。
「あっ!? まてコラ! トラッシュゥゥ!!」
 そう叫ぶワグダだが、追いかける気力は無かった。
 ヨザムは、バギーを降り立ち、シャリッとダイコンをかじって食べ始めた。
「あれがイリーガルでござるか。なめた小僧でござるな・・・」

     ★     ★     ★

 ゴールド階層・スイーパー本部143階。
 キリィ・キンバレンのオフィスを訪ねる者がいた。
 入口のデスクで、パソコンを操作していたメイペ・シノリの前に立ち、
「やあ、キリィ大尉はいるかな?」
 それはキリィに引けを取らぬ長身で、前髪が立ち上がった黒髪に、鋭い眼光の青年。年齢の頃もキリィと同じくらいだろう。袖無しタイプの黒いスイーパー制服に白のアンダーシャツ、グレーのズボンを身にまとっている。
「キリィ大尉はただいま外出中です。電話かSNSでアポイントを取っていただければ、ご足労願わずに済んだのですが・・・」
 丁寧に応えるメイペに、青年は、
「いや、久々なんで、驚かしてやろうと思ってな・・・さぞや驚くだろうよ。デタン・デズ・デギウスが戻ってきたと知れば・・・」
 デタン・デズと名乗った青年はニヤニヤしながら、メイペの顔をジロジロと眺める。メイペは表情一つ変えず・・・
「アポイントをお取りしましょうか? デタン・デズ中尉?」
 目ざとく階級章をチェックしたメイぺに、デタン・デスは一瞬顔を曇らせるや、右手でメイペの顎をつかみ、顔を上げさせる。
「ずいぶんと可愛い秘書をお持ちだな、キリィ・キンバレン大尉殿は・・・見れば予備隊員、14、5と言ったところか?」
 そのまま、メイペに顔を近づけ、鋭い眼光にさらす。
「これはまた、とびきりの美人さんだな。どうだいお嬢ちゃん? キリィは優しくしてくれるかい?」
 礼を失したデタン・デスの振る舞いにも、やはり顔色を変えぬまま、メイペは、静かに言い放つ。
「ご伝言があれば承りますが? 予備隊員とはいえ、わたしはキリィ大尉の正式な秘書です。わたしに対するお言葉も行動も、すべてキリィ大尉へのそれと見なし、報告するよう申しつかっておりますので」
 ムッ?と表情をこわばらせたデタン・デズだが、メイペの顔から手を離すと、軽く両手を上げる仕草で、
「フフッ、ハッハッハッハハハ・・・ さすがはキリィ・キンバレンの秘書!」
 デタン・デズは直立すると、軽く頭を下げ、
「いや、失礼した。君への無礼を謝罪させてもらう。キリィには・・・現場ででもあらためてあいさつするつもりなので、アポイントはいらん。ヤツとは・・・古いつき合いなんでね。では、失礼するよ、メイペ・シノリ」
 ネームプレートで覚えた名前を呼び、きびすを返すと、デタン・デズはオフィスを後にした。
 エレベーターへの道を歩みながら、デタン・デズは心の中で、
『なかなか肝が据わってるじゃないか。メイペ・シノリとやら』
 どうやら感心しているようですよ?
『そんなことない! そんなことない! 足ガクガク! 足ガクガク!』
 当のメイペは、青い顔をして、涙目でガタガタと震えていた。

     ★     ★     ★

 野菜の詰まったバッグを抱え、キャンプに戻ってきたトラッシュ。
「あっ、トラッシュ! どうだった?」
 迎えるエトワに、野菜バッグを手渡すトラッシュ。
「これぐらいあればいいだろ。農家の直売はいいな! 安くて新鮮だ」
「それはいいけど、野菜だけでどうすンのよ! タンパク源は!?」と、ヒビナ。
「だから、ウサギを食えばいいだろ!」
「ウサギなんてさばけないわよ! あたし都会っ子なんだから!」
「さばけたとしても、誰もお前に料理は頼まないだろ」と、皮肉っぽくシャマルは言う。
「うるさいわね! じゃ、アンタのだけあたしがこっそり料理したげるわ!」
「殺す気か!」
「ええ、殺す気まんまんよ!」
 またしても言い合いになるシャマルとヒビナだ。
「わかったわかった、オレがさばくからケンカすんな!」
 いつもどおりトラッシュが場を収める。

 湖畔のキャンプに近づく影が一つ。
 肩にはスキー板とストック。キツネのデザインのゴーグルをしている。
「彼女」は、もくもくと料理の準備をしている・・・つまみぐいしながらだが・・・トラッシュを見つけると、
「トラッシュ!!」
 その呼び声に反応したトラッシュが、声の方角を振り向くと、スキー板を手にしたスキーウェアの少女が視界に入った。
「!!?? あれは、やっぱり?」
 ナイフをテーブルに置いて、トラッシュは少女の方に二、三歩向かった。
 ヒビナは、そんなトラッシュに気づき、怪訝そうに見ている。
「やっぱりそうだ! トラッシュだ!」
 少女は、スキー板とストックを放り投げ、トラッシュ目がけて走り出す。
 エトワも、シャマルも、トラッシュの視線の先を追った。
「トラッシュウウウウウゥゥゥッッ!!」
 そう叫びながら、そしてこちらに向かって全力で走りながら、ゴーグルを上げ、ニットキャップごと投げ捨てる少女。ぱっちりとしたグリーンの瞳があらわになる。なびく栗色の髪はクルクルのクセっ毛で、肩に届くか届かないくらいの長さ。小麦色の肌とともに、全身で「健康優良児ですっ!」と語っているような、しなやかで快活な肉体が踊る。
 それはトラッシュには、憶えのある姿、声、そして顔。
「お前・・・ラビ! ラビか!」
「誰? 知り合い?」
 のん気に言ったヒビナだったが、次の瞬間、「のん気」は砕け散り、吹き飛ばされた!
「トラッシュ!」
 叫びながら、ラビと呼ばれた少女は、トラッシュの首根っこに飛びつき、強烈にハグした!
 それだけなら、ヒビナも、目を見はる程度だったが・・・
 ラビは、あいさつのつもりか、
「久しぶりだなあ、トラッシュ!」
 そう言って、トラッシュのほほだの顔だの、キスの雨あられを散らした。
 エトワもシャマルも、そんな二人をあ然と見守るだけだ。
「お、おい・・・ラビ! またお前・・・やめろって! くすぐったい!」
「そんなつれないなあ、トラッシュとボクの仲だろ!」
「いいから離れ・・・むぐ」
 あっ!
 ヒビナたちは、とんでもない光景を目撃してしまった。
 あっ!と思ったのは、当のトラッシュもラビも同様だったのだが・・・
 あまりのことに、場の全員がフリーズしてしまった。
 ラビに向かって振り向いたトラッシュと、キス攻撃をばらまいていたラビとが、「マウス・トゥ・マウス」してしまったのだ!
 ヒビナは、目をひんむいたまま、口をあんぐりと開けて、その光景をワナワナと見つめていた。
「ぶわあああぁぁぁっっ!!」
 妙な声を発して、トラッシュがラビをふりほどいて、後方に飛び退いた。
 真っ赤な顔をして、ガクガクしながらラビを見据えている。
 ラビはと言うと、ほほをちょっと赤らめて、自分の唇を手で押さえていた。
 そして、ラビは衝撃のセリフを投下した。
「あっ、えっ、ちょっと・・・どうしよう? 今の、ボク、ファーストキス・・・」
「えええええええええっっっ!!??」
 トラッシュとヒビナがユニゾンした。
 ラビは、
「えーと、あ・・・今の、ノーカウントってことにならない?」
「そそそ、そんなことオレに言われても・・・ど、どうしよう!?」と、なぜかヒビナに尋ねるトラッシュ。
「だ・か・らぁ! あたしに訊くなってえの!」真っ赤な顔でどなるヒビナ。
 すると、ラビは・・・
「・・・ま、いいか? トラッシュなら。ボクに異存はないけど」
「え、あのな?オレはいったいどうすれば・・・」
 トラッシュにしゃべるヒマも与えずラビは、あらためてトラッシュの首にすがりつき、ほおずりをした。
「どうだ! ファーストキスを奪わせられた感想は!?」
「そんな斬新な質問、聞いたことねえ!!」
 悪びれることもなく、いたずらな微笑みを見せるラビだった。

「ねえ、ファーストキスって、タマネギの味だっけ?」とラビ。
「オニオンスライス、味見してたからだよ・・・」
 ユデダコのように真っ赤なトラッシュがそう言う。
 折りたたみテーブルを囲んで、トラッシュ、ラビ、ヒビナ、エトワ、シャマルが向かい合う。
「あー、こいつはなあ・・・何て言ったらいいのか?」ラビを紹介しようとするトラッシュだったが、うまく言えない。
「ういっす! ボクはラビ! トラッシュとはまあ、くされ縁かな?」
「くされ縁?」と、エトワ。
「そう。なんかこう・・・旅先でちょいちょい出会っちゃあ、バカなことやってるっていうか」
「ちょいちょいって、これで二度目だろうに・・・」と、トラッシュ。
「うそっ? 三度目だよ?」と、ラビ。
「二度目だ! 前回はほら、温泉で・・・」
「温泉!?」素っ頓狂な声を上げたのは、ヒビナだ。
「あ、こっちはヒビナね、で、背の高いのがシャマル、ちっこいのがエトワ」
 シャマルは、無言で右手を挙げるだけだ。
「よろしくね!」と、エトワはラビに対してもフレンドリーだ。
「よろしく! エトワ!・・・と、ヒビナに、シャマル!」
「いや、ちょっと、温泉って・・・」ヒビナは食い下がる。
「で、これはどういうグループなんだ? トラッシュ?」と訊くラビ。
「いや、話せば長くなるんだけど・・・」
「まてまてまてえええぃ!!」
 場を制したのは、ヒビナだ。
「ンなこたどうでもいいの! なに、温泉って! 二人で温泉なんて、ただごとじゃないでしょう!」
「あれ、二人って言ったっけ?」と、トラッシュ。
「えっ、違うの?」と、ヒビナ。
「いや、どうしてわかったのかなって・・・」
「やっぱ二人じゃないの! あのねえ、二人で温泉なんてのは、その、あの、やんごとなき関係でなければありえないでしょうに!」
「お前、どこでそんな知識・・・」とあきれ顔のシャマルだ。
「やんごとなきって、どういう意味?」と、エトワ。
「そんなことはどうでもいいの!」
「ヒビナが言ったのに・・・」エトワはふくれる。
「あのなあヒビナ、温泉ったって、そんなたいそうなもんじゃなくて、単に山の中でお湯がわき出てたってだけで、サルとかシカとかカピバラとかが入るようなとこだぞ?」こちらもあきれ気味のトラッシュが、諭すように話す。
「どこなんだその、サルとカピバラが共存してる山の中って」と、シャマル。
 やや落ち着きを取り戻したようなヒビナは、
「まあ・・・その・・・別にいいのよ? 温泉ったって、二人で、こ、混浴したってわけじゃなければ・・・」
「したけど」
 と、ケロリと言うラビ。
「ぬああんですってええぇぇっっ!!??」
 またまた急激に血圧の上がるヒビナだった。
「何言ってんだよ! オレが入ってるところにラビがことわりもなく入ってきたんだろう!?」
 と、トラッシュが、ちょっと赤い顔をして言った。
「あンときは傑作だった! トラッシュ、さっきよりも赤い顔して・・・」
 ケタケタ笑いながらラビは言う。
「当たり前だろう? お前、普通、女の子は恥ずかしがるとか、隠すとこ隠すとか・・・」
「いいじゃん、トラッシュとボクの間柄じゃ、隠し事もなにも」
「もういい! これ以上、乱れた男女間のよしなしごとなんざ、聞きたくありません!」
 むしろヒビナが一番赤い顔をして、叫んだ。
「乱れた男女間のよしなしごとって・・・」と、トラッシュ。
「今のお前の頭ン中の方が、多分一番乱れてるぞ?」と、シャマル。
「いいじゃんヒビナ、お風呂一緒に入るぐらい」と、エトワ。
「ヒビナが聞きたがったんじゃないか、温泉の話・・・」と、ラビ。
「とにかくもういいったらいいの! この話続けるなら、あたしの手料理食べさせるわよ!」
「もはや自分で武器にしてるじゃないか、自分の料理・・・」と、トラッシュはため息をつく。
 いっぽうでラビは、まじまじとヒビナの顔を眺めていた。優しいまなざしで。
『ふうん、ヒビナって・・・』

 その後。
 ウサギのシチューを皆でつつきながら、トラッシュたちがスイーパーから逃走していること、ゴールド階層を目指して旅をしていること・・・これまでにあったことを、ラビに話した。
「なるほどねえ、いろいろありすぎるくらい、いろいろあったんだねえ・・・」
 ラビはうなずきながら言った。
「それはあれか、トラッシュの記憶とも関係あるのかな?」
 ラビの言葉に、
「へ? オレの記憶?」
「ホントに憶えてないの? 三度目だってこと」
「まあ、オレは過去にこだわらないタチだから・・・」
「何事もいいかげんだから、忘れる以前に憶えないんじゃないのか?」と、シャマル。
「いや、そうじゃなく、オレがバカだからだと思う」
「自分で言うか・・・これ何回言ったっけ・・・」
「ねえ、ラビはどこでトラッシュに会ったの?」
 ヒビナは、トラッシュの過去に迫る質問をした。
「どこって・・・」
「階層はどこ? ウェイスト? ブロンズ?」
「それがねえ・・・ボク、階層ってよくわからないんだ」
「えええええぇぇぇっっ!!??」
 ヒビナは、驚きの声を上げた。シャマルも、声を上げないだけで、驚いていた。
「いや、階層の存在は知ってるよ? でも、それを知ったのも最近だし・・・そもそも、ボク、気がついたら、色んな階層にいるんだ。ここはブロンズなのかな? ウェイストにもいたし、シルバーにもいたことがある。けど、そこに『行った』という自覚はないんだ」
「・・・もしかして、トラッシュと同じ能力が・・・」
「階層を自由に超えられる・・・」
 ヒビナとシャマルが、相次いでつぶやく。
「でも、オレはラビと会ったときのこと、憶えてるよ。ウィンドスキー、風に乗るスキー板なんて、オレのウィンドボード以外でそんなものに乗ってるヤツなんて初めてだったから。それで意気投合したっていうか」
「最初は、トラッシュが挑戦してきたんだよ。競争しようって」
「ああ、そうそう。山の上からふもとまで、どっちが先につくかって」
「そうだ! トラッシュ、『シェルマルクト・スピードスター選手権』、出るのか?」
「へ?なに選手権だって?」
「これだよ!」
 ラビは、ポスターを見た売店の後で、役場に立ち寄ってもらったパンフレットを広げた。
「・・・へえ、こんなレースがあるんだ」
「ボク、これ出ようと思うんだ! 賞金一万ビルだよ? トラッシュは出ないの?」
「だってオレ、スイーパーに追われる身なんだぜ?」
「それはボクだって同じだよ?」
「はあ? ラビもスイーパーに?」
「あいつら、ボクの階層、調べさせろってうるさいんだ。今日も追っかけてきたあれ、そうだろ?」
「あれは、オレを追っかけてる連中だけど・・・」
「まあいいや、とにかくボクは出る! スピード勝負だったら、ボクは譲れないからね。トラッシュだって、ボクにかなわないから、理由をつけて出ないんじゃないの?」
「・・・言ってくれるな!? ようし、じゃオレも出る!」
「と、トラッシュ! 本気なの? アンタ自分で追われる身だって言ったじゃないの!」
「つかまんなきゃいいんだろ? スイーパーから逃げ切れないくらいなら、レースに出る意味なんて無いじゃんか」
「またそんな、意味のわからないリクツを・・・」と嘆くヒビナ。
「いーのっ! 出るって決めた!」
「イエーイ!」
 ラビとトラッシュは、ハイタッチして盛り上がっている。ノっているのはエトワだけだった。

     ★     ★     ★

 スイーパー・ブロンズ階層第4方面支部。
 マルシェで買い込んだ食料品で、フォルケは、カーリカの指示で料理を作らされていた。
『結局、ボクは料理人兼任なんだな・・・』
 とはいえ、メニューは一任されていたし、そもそも料理が趣味のフォルケは、けっこうご機嫌で料理に取り組んでいた。
 この際だから、時間をかけて、ビーフシチューでも作るか。こういう料理を作るときに、一番楽しいのは、美味しいモノを作るワクワク感に加えて、イイ感じに集中し、反面、イイ感じに頭を空っぽに出来る、絶妙なリラックス加減の心理状況にある。こういうときは、料理以外のことを考える余裕もあるし、いいアイデアが浮かぶことが少なくないのだ。
 ぜいたくに、牛スジ肉をスープのためだけに使い、メインはスネ肉のかたまりをローストしてから煮込む。隠し味に黒糖を使うのがフォルケ流だ。
 キッチンでもくもくと料理するフォルケを、物陰から見守るのは、ワグダとカーリカだ。
「お前、あれほどフォルケが料理人扱いをいやがってたのに・・・」
 とワグダがカーリカに向かってボヤくと、
「いいんです! わたくしには考えがあります。まあ見ていらっしゃいな」
 カーリカはそう答えた。
 仕込みが一段落したフォルケは、キッチンに据え付けられた情報端末のニュースを、見るともなく見ていた。ブロンズのローカルニュース、天気予報・・・どうということもない情報の羅列の中で、「シェルマルクト・スピードスター選手権」のニュースが目についた。
「へえ〜、市民レースみたいなもんか・・・シルバーにもあったなあ、こういうの」
 ふたたび、大鍋に向かい合うフォルケ。いすに座り、沈黙の中、グツグツと煮えたぎる音だけが聞こえる。
 すると、フォルケは、澄んでいく思考の中で、情報が混ざりながらつながっていくのを感じていた。
『スピードスター選手権・・・スピード・・・ウィンドボード・・・』
 はっ!?
 思考の宇宙に、超新星のごとき瞬きが生まれた!
 フォルケは、とつじょ、いすから立ち上がると、オフィスに駆け込んだ。
 フォルケの様子をうかがっていたワグダとカーリカは、こちらもあわててオフィスにとって返し、デスクについた。ワグダは新聞を読むふりをするが、それは逆さまだった。カーリカはケータイをいじる。
 フォルケは、上司二人に向かって、
「あの!・・・思ったんですけど・・・」

     ★     ★     ★

 その日の夜。
 湖畔のキャンプは静寂に塗り込められた。月の光は夜空を青から黒へとグラデーションに染め上げる。
 ヒビナ、シャマル、エトワは、キャンピングカーで寝息を立てている。トラッシュは一人、湖の岸辺に座り、黙々とウィンドボードを手入れしている。
 と、その背中から声をかける者が。
「まだ寝ないのか? トラッシュ」
 ラビが、抑えた声で言う。一応、眠っている者たちに気を遣っているのだろうか。そのせいか、昼間のハイテンションとは違い、声のトーンが優しい。
 ラビは自分のテントを張り、眠っているはずだった。
 振り返りながらトラッシュは、
「ああ、誰も家事を手伝わないからな。自分のことは今の時間になるんだ」
 ラビもウィンドスキーを携えている。トラッシュの隣に座り、スキーの手入れを始める。
 ウィンドボードもスキーも、手入れをしないと、「飛び」が甘くなる、というものらしい。
 専用のクリーナーで磨き上げ、これまた専用のワックスを塗る。クリーナーもワックスも、トラッシュやラビの手作りだ。当然だろう。風に乗れるボードやスキーなど、世界中のどこにもそうそうあるものではないのだから。
「大変だったんだな、トラッシュ。ボクの知らないところで・・・」
「そりゃそうさ。オレはオレの生き方で生きてるだけなのに、やれ自分を探せだの、お前はイリーガルだから存在を認めないだの・・・ラビと好き勝手やってた頃の方が、ラクはラクだったな」
「ボクもイリーガル、なのかな?」
「それはわからないけど・・・スイーパーに狙われているということは、階層がわからないってことだろう? もともと、階層そのものが、何のことだかわからないオレたちって、変に見えるってことが、やっとわかってきたよ」
「ふうん、ボクらと、この世の中と、どっちが変なんだか?」
「言えてるよな!」
 トラッシュとラビは笑った。
 ふと、ラビは・・・
「なあ、トラッシュ・・・ホントのホントに、憶えてないのか?」
「何が?」
「だから三回目だって、ボクら・・・」
「なんだよ、またそれか・・・う〜ん、何度思い返してみても、初めて会ってからは、顔を合わせる日々が長かったよな。その後、オレはまた旅に出て、今に至る、はずだけど・・・」
「その間、ってのがあるはずなんだけど・・・けっこう、長いブランクが」
「・・・いや、オレの中では、そういうのは無いんだけど」
 じーっと、真面目な顔でトラッシュを見つめるラビ。
「な、なんだよ?」と、トラッシュ。
「・・・ファーストキスって、あれ、ウソだよ?」
「ええええぇぇっっっ!? お前・・・オレをかついだのか?」
「あそこ・・・ツッコむところだったんだよ? 憶えてるなら、ウソだってすぐにわかったはずなんだけど?」
「なんだ、そりゃ・・・?」
「・・・いいよ、もう。この話は」
「って、おい・・・」
 ラビは、笑顔でトラッシュに寄りかかり、体をくっつける。
「?? ラビ・・・?」
「記憶ってのは、過去だからな? トラッシュに過去なんてそんな重要じゃないってことだろ?」
「何言ってんのか・・・」
「それよか、レースだレース! 一位は絶対ボクのものさ!」
 ラビは大きな瞳をキラキラさせて、トラッシュを見つめる。
「そうはいくか! いつかの決着はついてないんだからな?」
 トラッシュも笑顔で、それに応える。

 と、その時・・・

『その決着、つくことはないのじゃ・・・』

 どこからともなく、不気味な声が聞こえてきた。
「トラッシュ、今・・・」
「うん、聞こえた・・・」
 すると。

 シュシュシュシュッ!!
 ドドドドッ!!

 なにか細長いものが、トラッシュとラビの足下に飛んできて・・・
 それは、地面に突き刺さった!
「うわあああぁぁっっ!?」
 それは細長い柳の葉のようなナイフ・・・いや、手裏剣だ。
「誰だ! スイーパーか!?」トラッシュは叫ぶ。
「誰だと訊かれて応えるような者ではない、と言っておくのじゃ」
「な、なんのこっちゃ」と、トラッシュ。
「トラッシュ、あれ、あれ見て!」
 ラビが指さすその先、そこは・・・
 湖の上だった。
 トラッシュが目をこらしてそれを見ると・・・
 月明かりを映しこむ湖水の表面に、人が立っている!?
 そんなバカな!? トラッシュは目をこすって見直すが、やはり、その人物は、湖の水の上に立っているようにしか見えない。
 その人物は、黒い装束に、顔面を隠すマスクをかぶっている。唯一、確認できる「目」は、ギョロリとしている。その姿、一言で言い表すなら、忍者だ。
「なんで水の上に立てるんだ・・・?」
 いぶかしげなトラッシュをよそに、黒装束は、水面をババババッ!と走り、こちらを目がけてくる!
「ま、まずい・・・気がする!」と、身構えるトラッシュ。
 トラッシュとラビは、あわててウィンドボードとスキーをはき、ジャンプした!
 湖からの風はゆるやかだったが、どんな風でも、あれば乗れるのがウィンドボードだ。
 トラッシュとラビは、アイコンタクトし、キャンピングカーとは反対の方向に飛んでいく。ヒビナたちに危険が及ばないように。あうんの呼吸とはこのことだろう。ラビの言う「過去」には、トラッシュはヒビナたちよりもずっと長いラビとのつきあいがあるのだ。
 ウィンドボードとスキーは、湖の岸にそって結構なスピードで飛んでいるのだが、黒装束もまたすごいスピードで走る。その間も、無数の手裏剣を投げる黒装束。
「ひえええええぇぇっっ!?」
 トラッシュとラビは冷や汗を流しながら、手裏剣をかわしながら逃げる。
 トラッシュは、
「あの足の速さ、それに水の上に立ったり、人間業じゃない! あいつ、アート使いだな?」
「アート使い?」
「不思議なワザを使う連中のことさ! そのワザのことをアートと言うんだ。オレも詳しくはないけど」
「ふうん、じゃ、ボクもアート使いかも」
「えっ?」
 ラビは、とつじょ停止すると、黒装束を振り返り、湖の岸に降り立った。そのまま、ウィンドスキーをも外す。
「お、おい! ラビ? 危ないってば!」
「見てて、トラッシュ!」
 ラビは、すうぅっと息を大きく吸うと、黒装束に向かって走り出す!
 ラビと黒装束が、互いに正面衝突の勢いで走っていると・・・
 ラビの目が「緑色」に光った!
「ラ・・・ラビ!?」
 トラッシュはとまどいを隠せない。
 黒装束は、
「命が惜しくないと見えるのじゃ! ならば望みどおりにしてくれるのじゃ!」
 黒装束が、ラビに向けて、無数の手裏剣を投げる!
 すると・・・ラビの体を、手裏剣がすり抜けた!
「な、なんだ!?」と、驚くトラッシュ。
「ば、ばかな!?」こちらも目を見はる黒装束。
 ラビは、黒装束にも劣らぬスピードで走り、黒装束の周囲をグルグル回る!
 やがてラビの姿が見えないほど高速で回転すると、そこに竜巻が発生した!
「ぬううおおおおおぉぉぉ!!??」
 黒装束はうなり声を上げると、竜巻に巻き込まれていく。そして黒装束の姿は見えなくなった。
 竜巻はやがて収まり、ラビはその中でスピンしながら現れ、そしてピタリと静止した。
「こういうのが、アートっていうの? トラッシュ?」
「ラビ、お前・・・」
 ラビの「風と一体化する」アートに驚くトラッシュだが・・・
 もっと驚くべきことは、その直後に起こった!
 いつの間にか、空中にモヤモヤと漂っていた、薄い煙が、ジワジワと一カ所に集まってくると、それはどんどん濃さを増していき、やがてもうもうと立ちこめる黒煙に変わり・・・
 それが人の形にまとまると、黒装束の姿に変わった!
「!!?? なにっ!?」
 トラッシュの驚きの声に反応したラビが振り返るやいなや、黒装束は右手でラビの首をわしづかみにし、締め上げていく!
「あううううぅぅっっ!!」
 悲鳴を上げるラビ。
 黒装束は、
「娘、なかなかのアートであるが、まだまだじゃな。じゃが、わしをここまで追い込んだことに免じて、一つ教えてやるのじゃ。わしの名は、ザザ。忍びのわしが名乗ることなどあり得ないのじゃが、それを聞いたものは・・・地獄に堕ちることになるのじゃ!」
「うううううぅぅっっ・・・」
 トラッシュは、黒装束に向かってウィンドボードで飛んでいく。
「ラビを離せ! お前のターゲットはオレのはずだ!」
「もとよりそのつもりじゃ!」
 黒装束は、フッ!と姿を消した! ラビがその場に崩れ落ちる。
「な・・・!?」
 すると、トラッシュの背後から、声が聞こえた。
「小僧、おぬしがイリーガルだな?」
「!!??」
 黒装束は、飛行しているウィンドボード上、トラッシュの後ろに乗っていた!
「心配するな、手裏剣で手足を封じるだけじゃ。最先端医学とやらで死ぬことはない。ただ・・・かなり、痛いぞ?」
「ま、待てよ!? ワグダお姉さんは、そんな痛い手段は使わないんじゃなかったのか!?」
「ワグダ? 知らぬな。わしが仕えるのは、ただ一人・・・」
「なんだって!? じゃ、キリィ・キンバレンか?」
「いずれわかることなのじゃ!」
 トラッシュの背後から、ザザが手に挟んだ無数の手裏剣を、トラッシュの手足に突き刺そうとした、その瞬間!
『忍びごときに、ターゲットを奪われたとあっては、サムライの名がすたるでござる』
 今度は、トラッシュの目の前から、声が聞こえた!
「なににいぃぃ!? 今度は何だ!?」
 トラッシュは混乱する。
 ザザもまた、驚きを隠せない。
 パチンッ!
 という音と共に、トラッシュの目の前、こちらもウィンドボード上に、ほこりっぽい着物姿のサムライ気取り・・・ヨザム・ヤキリギが、忽然と姿を現した!
 つまり、今はウィンドボード上に三人乗っていることになる。
「忍び、拙者のターゲットを横取りするとは、貴様何者!?」
 ヨザムは刀を抜き、トラッシュ越しにザザに向けて振り下ろす!
「うひゃあああ!?」驚いたのはトラッシュだ。
 ガキイイイィィンンッッ!!
 ザザは手裏剣を束ねて、ヨザムの刀を受け止める。火花が夜の闇にバチッ!と散った。
「おぬしこそ、横取りは武士道に反するのじゃ!」
 ザザの方も、トラッシュの脇腹越しに、手裏剣をヨザムに向けて突きつける!
「ちょ・・・ひとのボードの上で、何モメてんだよ! どっちもスイーパーなんだろ!」
 ガキンッ! ガシャッ!
 飛行するウィンドボード上で、トラッシュを間に挟んで、ヨザムとザザは、刀と手裏剣を振り回し、戦い始めた。たまらないのは、トラッシュだ。
「横取りはそっちでござる! 拙者は以前からイリーガル捕獲をキリィ大尉に頼まれているでござる!」
「ふんっ! いつまでもキリィ・キンバレンの時代ではないのじゃ!」
 ガキィンッ! ジャキンッ!
「語るに落ちるとはこのことでござる! 貴様、キリィ大尉を快く思わぬ一派の者でござるな? つまりは・・・」
「口が過ぎれば、スイーパー生命を失うことになるのじゃ!」
「いいかげんにしろおおおぉぉっっ!!」
 サムライと忍者の間で、刀と手裏剣をかわしつづける羽目になったトラッシュは、堪忍袋の緒が切れた。
 ガチャッ!
 ウィンドボード上で、ブーツからバインディングを切り離し、飛び降りた!
 主(あるじ)を失ったウィンドボードは、当然、飛び続けることは出来ない。
「なにいいいいぃぃぃっっ!!??」
「あえええええぇぇぇっっ!!??」
 ヨザムとザザは、そのまま、湖に落下した。
 ドボオオンンッッ!!
 同じく湖に飛び込んだトラッシュは、湖面に浮かんでいたウィンドボードを拾うと、パドリングで岸まで泳ぎ着いた。
 倒れているラビを助け起こす。
「おい、大丈夫か?ラビ。しっかりし・・・」
 とっくに意識を戻していたラビは、トラッシュのほおにキスした!
「わああっ! ラビ!?」
「へへ、秘技・死んだふり!なんちて」と、ラビは悪びれない。
「お前ね・・・」
「トラッシュ、言っておくけど、女の子相手に『憶えてない』じゃ済まないことって、あるんだぞ?」
「何のことだよ、だから!」
「ボクだからいいけど、ヒビナにおんなじ事したらダメだかんな? ボクと違ってヒビナはトラッシュのこと・・・」
 そう言いかけたとき、ラビの目が、ハッ!と見ひらいた。
 それに反応したトラッシュも、背後に人影を感じた。
 ずぶ濡れのヨザムとザザが、トラッシュの背後から見下ろしていた。
「よーく考えたら、貴様と張り合うより、先にイリーガルを仕留めた方が勝ち、で済むことでござった」
「わしも異論はないのじゃ」
 ヨザムは刀を、ザザは手裏剣を振りかざした!
「うわっ、わわわっっ!!??」
 トラッシュは、とっさにウィンドボードで、それを受け止めようと構えた!
 すると。

 カアアアァァァッッッ!!

 ウィンドボードの裏のキツネのイラストが、まばゆい光を放った!
 それだけなら、これまでにも何度となく発生した現象だったが・・・
 湖岸に放置してあった、ラビのウィンドスキー、その裏側の二頭のキツネのイラストも、呼応するように輝きだした!
 その三つの輝きは、稲妻のように空中に放たれると、それがトラッシュの左腕に集まった。
 トラッシュの目が、「紫色」の輝きを帯びる!
 そして、またしてもトラッシュの頭の中に、「トラッシュにできること」が言葉として結ばれた。
『オレの中に力がある! オレは・・・アート使いを封印するだけじゃない! 封印されたアートを・・・』
 光に目がくらみ、一瞬ひるんだヨザムとザザを後に、トラッシュはラビを抱きかかえ、逃走した。
 湖岸から離れた岩陰で、トラッシュは、
「ラビ、ここにいてくれ! オレは、あいつらを追い払う!」
「トラッシュ・・・わかった、ケガすんなよ!?」
 トラッシュは再び湖に向けて駆け出すと、
「オレとラビが合わさって、キツネがよみがえった!」
 叫びながら左手を掲げる。その左手が紫色の輝きに包まれ、あたかも左手が、光のキツネの姿に変わっていく!
 トラッシュの「左手のキツネ」が、声なき咆哮をあげ、まずはザザに挑みかかる!
「なんのまやかしじゃ!? 忍びの術か?」
 ザザは無数の手裏剣を、トラッシュ目がけて投じた!
 だがそれは、「左手のキツネ」の輝きに飲まれ、トラッシュに命中することなく、はじき返される!
 そして、トラッシュが、ザザに向けて左手でパンチを放つと、「左手のキツネ」が、牙をむいてザザに襲いかかる!
「ぐああああぁぁぁっっっ!!??」
「左手のキツネ」はザザに食らいつき、光であるはずのそれはザザにダメージを与えた。
 実際には、電気ショックのような衝撃が、ザザの痛覚に響いたのであろう。ザザはうめく。
「お、おのれ・・・」
 と、そこに一陣のつむじ風が起こり、ザザは吹き飛ばされる。
「ぬあああぁぁぁっっ!?」
 それはラビのアートだった。岩陰のラビの目が緑に光っている。
「油断大敵だね?」
 ラビはそう言って笑う。
「うぬ・・・」
 脂汗を流しながら後ずさりし、トラッシュとラビをにらみつけ、ザザは印を切る。その目が「銀色」に光り、ザザの体は、じょじょに黒煙に変わっていく。
「!? アートだったんだ、あれ・・・」
 ラビは、煙に変わり空気中に散って姿を消したザザに驚嘆した。だが、
「ボク、地獄へ行きそこなっちゃったねえ、ザザさん?」
 挑発の言葉をくれる。
 いっぽう、トラッシュはと言うと、
「あんた昼間、ワグダと一緒にいたよな? サムライのおっさん! お仲間は逃げちゃったよ? あんたも今日の所は引き返したら?」
「申し遅れたが、拙者、ヨザム・ヤキリギと申す! あの忍びは、拙者の仲間ではござらんと言ったはずでござる!」
「ござるとかござらんとか、言葉がややこしいよ!」
 トラッシュの「左手のキツネ」がうなる。ヨザムに飛びかかる光のキツネ。
「なんの!」
 ヨザムはジャンプしてそれをかわし、着地するや、その刀、「散閣丸」を右手一本でかまえ、左手でハジく!
 ヨザムの目が「銅色」に光る!

 ピイイイイイィィィン!!

 刀身の鋼(はがね)の澄んだ音が、消え入るに従って、ヨザムの姿も消えていく!
「き、消えたっ!?」
 トラッシュは面食らった。どうやら、これはヨザムのアートらしい。

 ヒュンッ!!

「!!?? はっ?」
 一瞬感じた気配に、トラッシュは後ずさった。トラッシュの前髪が、四、五本、切れてハラハラと舞った。
『いいカンをしているでござる。見直したでござるよ、イリーガル・・・』
 どこからともなく、声が聞こえてくる。トラッシュは思った。ヨザムはアートで姿を消し、刀で斬りかかっている、に違いない。
「サムライのおっさん・・・どこに・・・」
 ヒュンッ!!
「うわっ!?」
 今度は、トラッシュのジャケットをかすめた。ジャケットの端が少し切れた。
『おかしいでござる・・・イリーガルの間合いがつかめないでござる』
 ヨザムは思った。いつもなら、姿を消した自分のほうが圧倒的有利。どんな相手も、いや、肉体を切り刻みこそはしないが、思ったとおりに刀を振るうことが出来る、はずなのである。
 そして、トラッシュの方も考えていた。
『あのサムライのおっさん、忍者とのやり合いを見ても、腕の方は確かだ。なのに、シロウトのオレ一人、斬れないのはおかしい・・・ もしかして、姿が消えているときは、目が見えてない!?』
 そう、「見る」という行為は、眼球の網膜に光が当たることで、視覚神経に信号が送られているために成立する。姿を消す、というヨザムのアートは、ヨザムの肉体を光がすり抜けることで、光を反射しない、ゆえに網膜に捕らえられないというものだ。
 だが、それは反面、ヨザム自身の網膜も光がすり抜けることを意味し、ヨザムは「見る」ということが出来なくなる。
 そのため、ヨザムは気配でターゲットを捕らえているのである。見た目の野暮ったさとは裏腹に、ヨザムのサムライとしてのカンは、その名刀「散閣丸」同様、研ぎ澄まされているのだ。
 だが、そのヨザムをもってしても、トラッシュの気配を正確に捕らえるのに、苦労していると見える。
『もしかして、ウィンドボード、いや、キツネのイラストにアートが効かないことと関係ある?』
 トラッシュは、そう考えていたが・・・
「トラッシュ! 右に一歩動いて!」
「!!??」
 ヒュンッッ!!
 ラビの言葉に、とっさに従ったトラッシュ。すると、トラッシュの左隣で、鋭く空を切る音が聞こえた!
『ちっ!!』ヨザムの舌打ち。
 そう、ヨザムは苦労しながらも感覚を修正し、じょじょにトラッシュとの間合いをつかみつつあった。
 そのヨザムの太刀筋を、ラビは見切ったのだ。
「ラビ、どうしてわかった!?」
「ボクの第六感を見くびっちゃ困るね!」
『娘! 口を出すなでござる! 拙者、忍びと違って女子供には刃(やいば)を向けないでござる!』
「後ろに一歩!」ラビが叫ぶ!
 ヒュン!!
「あっ!!」
「!! ううぅっ!」
 ラビとトラッシュが、ほぼ同時に声を上げた。
 トラッシュが、右手を押さえていた。右手の甲から、血がにじんでいる。
 ラビがヨザムを見切ったにもかかわらず、指示を受けてから反応するトラッシュが一瞬遅れるのは、これが限界というしかない。
『イリーガル、これ以上痛い目を見たくなければ、観念して拙者に降伏するがよい、でござる!』
「誰が・・・」顔をしかめるも、トラッシュは強がる。
 その時、ラビもまた、ラビなりに考えた。
『あのサムライのおじさん、忍者と違って、背後から斬ったりはしてない! 女子供は斬らないって言うし、それがサムライってことなんだ・・・』
『仕方がないでござる! イリーガル、その意気に応えて、拙者も情けはかけないでござる!』
 姿は見えなくとも、ヨザムの殺気をひしひしと感じるトラッシュ!
「これまで、なのか?」
 トラッシュが覚悟した、そのとき・・・
「!!??」トラッシュは息を飲む!
『娘!そなたは・・・』
 トラッシュたちには見えないが、ヨザムは、振り上げた「散閣丸」を、振り下ろすことなく、上段で止めていた。
 そのまま振り下ろせば、トラッシュを一刀両断していたに違いないのだが・・・
 そのトラッシュに、ラビが、正面から抱きついて、楯になっていたのだ。
『どけ、娘! これは男と男の勝負でござる!』
「聞けないね! 割り込んできたのは、あんたたちのほうだろ!?」
「ラビ・・・」
 トラッシュにはわかる。目を閉じて、しかとトラッシュに抱きついているラビの、腕は痛いほどトラッシュの体を締め付け、体は小さくぶるぶる震えている。威勢のいい言葉とは裏腹に・・・
『娘! どかぬと、イリーガルもろとも・・・』
「斬ってごらんよ! 斬れるものならね! それとも、トラッシュを背中から斬る?」
「ラビ、よせって!」
 ラビは小声で「いーから!」
 沈黙が流れる・・・
 天空と、湖水に映る二つの月が、地上の二人に光を注ぐ。
 パチンッ!
 沈黙を破る、硬質な音とともに、地上の影は三つになった。
 散閣丸を鞘に収めたとき、ヨザムのアートも収まる。
「娘、そなたに免じて、今日は引くでござる。だが、次は手出しは無用でござる。拙者、正々堂々、剣とアートでイリーガルに戦いを挑むと約束するでござる。サムライらしく、戦わせて欲しいでござる」
 そう言って、ヨザムは、湖を後にした。月の光を逃れるように、その姿は闇に溶けていった。
 トラッシュは、はぁ〜〜と息をつき、
「ラビ、なんて無茶したんだ・・・」
「へへっ、これでも計算どおりだよ? それに、勝負するのはボクの方が先だ。レースで決着つけない限り、トラッシュは他の誰にも負けちゃダメだ!」
「まったく・・・」
 そう言いながら、ラビに抱きつかれたままのトラッシュだが・・・
 ラビをねぎらうように、優しくハグした。

「ふあああぁぁ〜〜」
 あくびしながら、ヒビナは、湖にやってきた。なんとはなしに目が覚めてしまい、気分転換に来たようだ。
 そこで・・・
「!!??」
 ヒビナは、見てしまった。湖畔の二人の人影、それはトラッシュとラビが、抱きあっている姿。
 ヒビナは、その場に固まった。なんだか、足下が揺れるような、めまいのような感覚に支配された。
「トラッシュ・・・ラビ・・・」

     ★     ★     ★

 夜の闇に紛れ、森の中で二人の人物が向かい合っている。
 一人は腕組みして立ち、一人はその前にかしずいている。
「しくじった、とまでは言わないが・・・ぶざまではあったな、ザザ」
「申し訳ありませんのじゃ。次こそは、キリィ・キンバレンの子飼いに出し抜かれるようなことは、この忍びの命に替えても、ございませんのじゃ。デタン・デズ中尉殿・・・」
 立ち姿は、黒いジャケット姿の青年、黒髪のスイーパー士官、デタン・デズ・デギウス。
 不敵な笑みを浮かべ、その瞳の奥に、ギラッと光る、妖しい光・・・
「キリィ・キンバレン・・・貴様の思いどおりになど、このデタン・デズがさせてなるものかよ・・・」

     ★     ★     ★

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>>>第2章第5話へつづく。
次回「スピードスターに罠をはれ!」

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