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第2章第5話「スピードスターに罠をはれ!」

 ブロンズに現れた超元気少女・ラビは、トラッシュとは旧知の仲だった。
 トラッシュ同様、階層社会についてあまり知らないラビは、やはりトラッシュ同様、トラブルを巻き起こす。
 いっぽう、トラッシュは謎の忍者スイーパー、ザザの襲撃を受ける。ザザの背後には、キリィをライバル視するスイーパー士官、デタン・デズ・デギウスの影が。
 かたや、トラッシュを追うスイーパー、ヨザムはそのアートでトラッシュを追い詰めるが、ラビの捨て身の機転により、いったんは身を引く。
 トラッシュを中心に、様々な思惑が交錯を始めた・・・

     ★     ★     ★

 トラッシュを仕留めることなく、湖を後にしたヨザム。林を抜けた先には、スイーパーの高機動バギーが待っていた。
 そこにいたのは、ワグダ、カーリカ、そしてフォルケだ。
 ワグダは腕組みして、ヨザムに言った。
「やれやれ、お望み通り一騎打ちの機会をもうけてやったというのに、とどめを刺さずに帰ってくるとはね」
「まったくですわ! せっかくフォルケがイリーガルの居場所を見つけてくれたというのに・・・」
 カーリカは憤る。

 前日の午後のこと。
「あの!・・・思ったんですけど・・・」
 スイーパー・ブロンズ階層第4方面支部。トラッシュの行方を探るフォルケは、ひらめいたアイデアを、ワグダとカーリカに披露した。
「ブロンズ地区では、ウィンドボードのサイズで、あれほどのスピードを出せるモノはありません。『スカイアイ』で高速移動する物体をトレースして、そのサイズで絞り込めば、それはおそらくウィンドボード、つまりトラッシュと言えるんじゃないでしょうか?」
 スカイアイ、つまり上空から地上を監視するカメラとセンサーで、特定の速度、特定のサイズの物体をコンピュータ解析することが可能だ。それを用いて、トラッシュの足取りを追えるのではないか、ということだ。
 ワグダとカーリカは、ポカーンとそれを聞いていた。
 フォルケは、そんな二人の反応にアセり、
「あっ、その・・・やっぱダメですかね?」
「・・・いーや、お前、それは名案だぞ!」
「そうですわ! フォルケ、(にしては)素晴らしいアイデアですわ!」
「そ、そうですか!」
 フォルケは、二人の美人上司に口々に褒め称えられ、この上もなく照れた。
「なるほどね、カーリカ、お前の言うO.J.T.の成果ってヤツか?」
「は?」と、フォルケはワグダの言葉に反応した。
 ワグダは口に人差し指を当て、
「シッ! その話は・・・フォルケ、さっそくその案を実行に移しなさい! スカイアイの使い方はわかるわね?」
「あ・・・は、はい!」
 こうして、トラッシュの居場所を突き止めたワグダたちは、ヨザムの申し出にのっとり、ヨザムとトラッシュの一騎打ちをお膳立てする、はずだった。
 だが、思いも寄らぬ忍者スイーパー、そしてラビの介入により、不十分な結果に終わったというわけである。

「いや、フォルケ殿には申し訳なく思うでござる。が、拙者はサムライでござる。あの娘にああまでされては、斬るに斬れないでござる」
 ワグダは、フッ、と笑うと、
「アンタも、あたしらとやってることは変わらないな。これではいつキリィ大尉に見限られるか・・・」
「ヨザム準士官、ここまで大見得切ったんですから、次が最後のチャンスですわよ!」
「もちろん、次こそは必ずイリーガルを仕留めるでござる。サムライの面目にかけて! 任せておいて欲しいでござる」
「それって結局、わたくしたちの作戦は聞くつもりもないってことね、まったく・・・」

     ★     ★     ★

「ふわあああぁぁぁ〜〜・・・あれ? みんな早いな?」
 トラッシュが起きてきたときには、ヒビナもシャマルもエトワも、とっくに起床して、折りたたみテーブルに着席していた。
「誰かさんみたいに夜更かしして、寝坊するようなことはございませんから?」
 ほおづえをついてそっぽを向いているヒビナが、トゲトゲした物言いをした。
「なんだい、ヒビナ? なんで機嫌悪いの?」
「こいつの機嫌なんて、風向きで変わるだろ?いつも」と、シャマルは皮肉っぽく言う。
「悪うござんしたね!」
 すると、トラッシュは鼻をくんくんと鳴らし、
「あれ? いい匂いがするけど、誰が朝メシを?」
「お待たせ〜!」
 そう言って、料理を持ってきたのは、エプロン姿の・・・
「ら、ラビ!?」
「おや、おはようトラッシュ! ずいぶんとよく眠れたようだね?」
 ラビは、皮肉で言ったのだが、
「誰かさんと誰かさんとで、夢のようなひとときを過ごしたからじゃなーいのっ!?」
 さらに皮肉を盛って、ヒビナは吐き捨てる。
「ヒビナ、お前、やっぱおかしい・・・」
「さあさあさあ、朝ご飯にしましょっ!」
 いぶかしげなトラッシュをラビが制して、テーブル上に料理を並べた。
 ハムとコールスローのベーグル・サンドイッチ、ほうれん草にカリカリベーコンのサラダ、ランチョンミートとひよこ豆とオクラのガンボ風煮込み、チーズ入りのオムレツ。
「うわっ、おい、美味そう!」とトラッシュはテンションを上げる。
「いっただきまーすっ!」
 実際、その味は・・・
「美味いっ! えーっ、ラビって料理うまかったっけ?」トラッシュは目を丸くする。
「ひとりで旅してるとね−、作れなきゃでしょ」
「フォルケとはまた違う意味で、イケるな・・・」
「美味しいよっ! ラビ!」
 皮肉屋のシャマルらしい褒め方、エトワのストレートな褒め方に、ラビも照れながら、
「そ、そう? うれしいな! いつもひとりメシだから、ひとに作るのって楽しいね?」
「こうなると、そのエプロン姿も、似合ってくるから不思議だ」と、トラッシュ。
「どーせ同じエプロンでも、あたしがしたんじゃ、似合いませんよねっ!?」
 ヒビナが、またまた尖った言葉を吐いた。
「え、同じエプロン?」
「ごめんねヒビナ、勝手に借りて。干してあった洗濯物から、使っちゃったんだけど・・・」
「いいんじゃないか? ヒビナがエプロンすることはもう無いだろう」と、シャマルが冷ややかに言う。
「うっ・・・」言葉に詰まるヒビナ。
「・・・どゆこと?」と、いぶかしげなラビである。
「あたしの料理、マズくて食べられないから、エプロンが可哀想ってことなんでしょうよ!」
 エトワがラビの耳元に小声で、「ヒビナ、苦手なんだよ・・・」
「えーーーーっ! そうは見えないなあ!」ラビが声を上げる。
「どこが!?」トラッシュとシャマルがユニゾンした。
「だって、ヒビナみたいなカワイイ子、何もかも完璧なんだと思ってた!」
「そりゃ、あたしが世界一カワイイってのは認めるけど・・・」
「絶対否定しないな、しかも盛ってるし」と、シャマルはあきれつつ。
「ヒビナ、料理、できた方がいいって! 料理はいいよ? オトコは料理で落ちるから!なんちて」
 ラビの言葉に、トラッシュは、
「いやいや、ヒビナの料理食うと、違う意味で落ちるから!」
 と言って笑った。
 すると、
「トラッシュ! 今のはダメだ!」
 ラビがトラッシュを、かなり厳しい口調でいさめた!
 これには、ヒビナも、そしてシャマルもエトワも、キョトーンとなった。
「は? どうしたのラビ?」面食らうトラッシュだ。
「どうしたもこうしたもないっ! 今のはヒビナが可哀想だ! 謝んなさい!」
「お前、シャマルが何言っても怒らないのに、オレが言うと何で・・・」
「いいから謝んなさい!」
「・・・悪かった、ゴメン。ヒビナ・・・」
「いや・・・その・・・」
 謝られても、ヒビナの方がとまどうばかりだ。
「よろしい! 以後、気をつけるようにね?」
 また、笑顔に戻るラビだった。
「ときどきシメないと、トラッシュ、調子乗るからね?」
「どういう言われようだ・・・ラビにしつけられてんの? オレ?」
「昔っからこうだもん、気が利くときと利かないときの差が激しいし、女の子目線で言うと、非常にやっかい」
「言えてるな、ラビ、トラッシュのこと、すいぶんわかってんだなあ?」
 と、シャマルが言うと、一同は、わははは・・・と笑った。
 だが、そんな中、一人だけ笑っていなかったヒビナは・・・
 ガタンッ!といすの音をたてて立ち上がると、無理くり作った笑顔もぎこちなく、
「なんか・・・なんかさあ・・・トラッシュとラビ、いいよね! 仲がいいというか、そんなのもとおりこして、お互いにわかりあってる! 夫婦漫才みたい! そう、夫婦みたいでさ!」
「ふ、夫婦・・・?」
「ごちそうさま! これ、二つの意味でね! じゃ、あたしその辺、ブラブラしてくるから!」
 そう言って、ヒビナは湖の方へと駆け出していった。
「なんだ、あいつ・・・?」と、シャマルは眉をひそめて。
「今日のヒビナ、ヘン・・・昨日までと違くない?」エトワは心配げにつぶやく。
「怒りっぽいのはいつもだけど・・・」と、トラッシュ。
 いっぽう、ラビは・・・
「失敗したなあ・・・ボクのせいだ」
 軽く落ち込んでいるふうだ。
「なんだよ、ラビのせいじゃないよ。ヒビナはいつもあんな感じ・・・」
「わかってないよ、トラッシュは。女の子のことは」
「は・・・?」
「いいや、何でもない・・・」
 一気に、食卓の雰囲気は、どんよりと曇ってしまった。

     ★     ★     ★

 ブロロロロロ・・・

 ブロンズの地を旅する、大型車両・ドメニコット。「走る研究室」であるそれは、天才美少女学者、コジェ・オリクが、この地の「グラフィティ」を探索するフィールドワークのための特殊車両である。
 そのドメニコットは、郊外のとあるオートキャンプ場へとたどりついた。コジェの休憩と、水の補給のためである。
 ドメニコットをパーキングスペースへと停めたコジェは降車し、大きく背伸びをした。自然の豊かなオートキャンプ場は、長旅のコジェにはリフレッシュに最適だった。
「ドメニコット、メンテナンスをお願いね」
『承知しました、コジェ』
 ドメニコットのA.I.アルゴリズムが、合成音声で応えた。オートキャンプ場のパーキングスペースには、バッテリーの充電や水タンクの補給、はてはトイレタンクの清掃までも可能なサービスターミナルがある。しかしながら、ドメニコットのメンテナンスは、A.I.アルゴリズムがサービスターミナルを操作してくれるため、コジェ自身が手を汚すことはない。コジェは、長時間の運転で座りっぱなしの肉体を目覚めさせるため、キャンプ場内を散歩してまわることにした。
 すると、キャンプ場の一角に、人だかりがあった。
 コジェは、何の気無しに、人だかりの後方からのぞき込んでみた。小柄なコジェでは、人混み越しに見ることが難儀だったが・・・
 ちらりと見えた「それ」に、思わず、
「あっ!!」
 と叫んで、人混みをかき分け、最前列へと迫った。
 それは、目当てのグラフィティだった。
 なんということはないオートキャンプ場の地面に、描かれている抽象画。不思議な絵柄と色彩。
 野次馬たちは、何のためにそんなところにそんなものが描かれているのか、一種のモダンアートなのか?といぶかしげな目で、遠巻きに見ていた。だが、コジェは人混みの最前列に飛び出し、ルーペを取り出して、ひざをついてまじまじとそれを眺めた。そんなコジェの姿は、やじ馬たちには奇異に映っただろうが、コジェは意に介さない。
「これは・・・新しい! このグラフィティは、描かれて二、三日くらいではないかしら・・・」
 周囲の土壌から、それは容易にわかる。
 コジェは、野次馬たちに訊いてはみたのだが、誰がこの絵を描いたのかは、わからなかった。そもそも今日のような週末でなければ、平日ほとんど利用者がいないオートキャンプ場、二、三日前の出来事でさえ目撃者はいなかったのだ。
 そこで、コジェはキャンプ場の管理人に訊いてみることにした。
「ああ、あの絵ね。最初はイタズラ描きだろうと思ったけど、なかなか面白い絵だし、特にジャマになるわけでもないので、そのままにしておいたんだよ。いつ頃描かれたかって? 気づいたのは木曜日の朝だから、水曜から木曜にかけてだろうな」
「では、水曜日のお客さんが描いたということですか?」
「それはわからないな。ウチはサービスターミナルの利用料だけ払ってもらえれば出入りも自由だし、支払いは自動精算機だからね。クレジットカード払いならカードの名義でわかるけど、その日は現金払いだったみたいだし」
「そうですか・・・」
「そうそう、水曜日と言えば、なにかトラブルがあったみたいでね。もめ事というか・・・けど、そのせいか翌朝には誰もいなくなっていたし、ウチとしては損害があったわけでもないんで、ちゃんと調べもしなかったけどね」
 おおらかというか、ブロンズの人間はわりとのんびりした所があると、コジェはいつも思うのだが、それを責めるわけにはいかない。
 グラフィティの謎、「誰が、どのように描いたのか」を知るチャンスだったのだが、コジェにはお手上げだった。とりあえず、新たなグラフィティのデータだけは収集することにした。
 そう、このオートキャンプ場こそが、トラッシュたちがハボシェ・コルイルグと戦った場所。真新しいグラフィティは、まさにトラッシュがハボシェのアートを封印した跡なのだ。

     ★     ★     ★

 スイーパー・ブロンズ階層第4方面支部。
 テレビを見ているワグダ、カーリカ、フォルケ、そしてヨザム。
 テレビからはレポーター女性の声が流れている。
「今年は第20回の記念大会となった恒例のシェルマルクト・スピードスター選手権、参加希望者はご覧のとおり、長蛇の列をなしております!」
 画面には、レースの受付会場の様子が映し出されている。
 すると、フォルケが画面を指さし、
「ほら、これです! ここに映ってます!」
 指さす先には、トラッシュの姿があった。
「だーッ! トラッシュのヤツ、相変わらず抜けてるというかなんというか・・・」と、ワグダ。
「追われる身でありながら、テレビに映るなんて! バカにも程がありますわ!」と、カーリカ。
「でも、これはチャンスです! このレースに出場するのがわかったんですから!」と、フォルケ。
「ふむ、では、レースコースに罠を・・・ですわね?」
「それはないでござる! 拙者、イリーガルとは正々堂々、一騎打ちしたいでござる!」と、ヨザム。
 カーリカは、
「そうは言っても、わたくしたちもイリーガル追跡プロジェクトチームとしては、何もしないわけにはいかないんですわ! あなたがわたくしの作戦に乗る気がないのなら、わたくしたちはわたくしたちでやらせてもらいますわ!」
「そういうことだ。お互い勝手にやるんだから、アンタは約束をやぶったことにはならないだろ?」
 ワグダはそう言ってニヤッと笑った。
「・・・わかったでござる。それなりの気遣い、いたみいるでござる。では、拙者はこれで失礼するでござる」
 ヨザムはそう言って、第4方面支部を出て行った。
「ど、どこへ行くんですか?」と、フォルケは尋ねた。
 ワグダは、
「行かせてやれ、フォルケ。最初っから一匹狼を名乗ってたヤツだ。そもそも徒党を組むのを嫌うスイーパーは少なくないんだ」
「・・・部隊統制とか、どう考えてるんですかね、スイーパーって?」
「『それ、食ったら美味いのか?』って思ってるよ、たぶん」
 ワグダの言葉に、がくんと首をうなだれるフォルケだった。
『ほんとスイーパーって、どんな組織なんだろう・・・もっとこう、きちんと統制された部隊だと思ってたのに・・・』

     ★     ★     ★

「第20回・シェルマルクト・スピードスター選手権を開会します!」
 オオオオ・・・と大歓声が上がる。開会宣言を告げた白髪に白い口ひげの老紳士は、この町の名士である、バエル・ケイルク・シェルマルクト。
 ここはケイルク・ピークという山。標高2000メートルに及ぶ高山である。急峻なトンガリ山で、特に見るべきものもないこの山に、フリント・ガスなるエネルギーを発見し財をなしたのがシェルマルクト公である。その財をもってふもとの町に産業を起こし、経済的発展をもたらした功績で、この山にその名を冠したのだ。最近では、フリント・ガスが熱源となる温泉までもが発掘され、いっそうの発展を遂げつつある。
 さらに、この急峻な山の標高約1000メートル地点から、標高差約500メートル、コース長80キロメートルを一気に駆け下りる名物スピードレースで、観光客を集め町おこしをも果たしたのである。
 今年はその第20回記念大会とあって、例年以上の盛り上がりを見せていた。
 100名を超える出場者は、思い思いの方法で参加していた。エンジンやモーターなどの駆動力さえ使用しなければ良いということで、自転車、ローラースケート、スケートボードなど、ダウンヒルに有利な車輪を使用したものが大半だった。中にはキャスター付きのスーツケースにまたがったり、荷物用の台車やワゴン、キャスターいすに乗る者もいたりするのだが、車両に飾り付けをしたり、思い思いの仮装をしたり、完走など二の次、ウケ狙いのお調子者のお祭りでもあるのだ。
 だが、今年に限り、全く車輪を使用しない出場者が、二名いた。言わずと知れた、ウィンドボードのトラッシュと、ウィンドスキーのラビである。
 スタート地点、高原のホテルでのセレモニーを終え、スタートを控えたホテルのエントランス地点。観客たちは思い思いに今年のレース予想を談義していた。大きな声では言えないが、賭けも行われているらしい。
「今年はやっぱ、ユード・ザックワーンの三連覇でかたいだろ!」
「いや、なんと言っても四連覇経験者の ガザリ・ドエトムが復調してるのは外せないね!」
「そんなロートルより、去年惜しいとこまでいった若手のハーンラー・ビムがクるわよ!」
 早くもビールが入った赤ら顔の男たちや、人気選手目当ての女たちに混じって、
「ちがうちがうちがーう! 今年はトラッシュが優勝するもん!」
 そう叫んだのは、エトワだ。
「トラッシュ? お嬢ちゃん、誰だいそりゃ?」
「あー・・・このゼッケン90番じゃないか?」と、参加者名簿を見る男が言う。
「聞いたこと無いなあ・・・ま、スタートラインに並んでいる時点では、誰もが優勝候補だがね? 完走できればの話だが・・・」
 そう言って、にわか予想屋たちはワハハ・・・と笑った。
 エトワは、
「そうやって笑ってられるのも今のうちだよ。トラッシュは誰にも負けないもん!」

 いっぽう、スタート地点では、ゼッケン90とゼッケン95が談笑していた。
「初参加は後方スタートだなんて・・・100人近く追い抜かなきゃならないわけだな。めんどくさいなー」
 ゼッケン95のラビがそう言うと、
「まあいいさ。山からのおろし風があればダウンヒルはウィンドボードに有利だ。問題は、途中の森林地帯で風がゆるくなるあたりだな」
「なあ、トラッシュ。レースとなればボクは本気だかんな? ボクはスピードで負けたことはないんだから」
「ああ。望むところだ!」
「だから、あんまりボクとイチャイチャするなよ? ヒビナに悪いし」
「何言ってる! イチャイチャしてくるのは、お前の方だろう? だいたいヒビナが何の関係があるんだよ?」
 ラビは、深くため息をついた。

 同じく、スタート地点近く。プレハブ小屋で三人の男たちが話をしている。
 全員お揃いの黒と赤のツナギ姿に、同色のキャップをかぶっている。
「今年もユードかねえ?」
「三連覇となるとガザリ以来だからなあ。ハードルは高いと思うけど」
 そこへ、現れた二人の人影。
「ハアーイ、ご機嫌うるわしゅう?」
 それは、カーリカとワグダだった。突然のスイーパー士官の訪問に、男の一人が、
「こ、これはお疲れ様です! スイーパーが何のご用でしょう?」
「みなさん、コースマーシャルとお聞きしましたが、これで全員?」
「いえ、マーシャルは全部で15人です。残りはもうコースに出てます」
「そう、では・・・」
 カーリカの右手の人差し指を立てると・・・
 ジャキッ!
 そこから、針のように細いトゲが伸びた!
 そこからは、目にもとまらぬ速さだった。
 舞いを舞うように、カーリカが三人の男たちの回りを、ヒラリヒラリととおりすぎていくと・・・
 三人の男たちは、ドサドサッ!と気絶して倒れた。
「ちょっとツボを刺激しただけですわ。血も流れません。三分で目を覚ますでしょう」
「お前、えげつないな。彼らだって事情を説明すれば協力してくれるんじゃないのか?」
 ワグダがそう言うと、
「あら、このところわたくしのアートが活躍してませんから、たまにはと思って」
「いい迷惑だな、こいつら・・・」
「ぼやぼやしない! 三分以内にコトを済ませますわよ」

 スタート地点には、物陰から出場者たちを伺うフォルケの姿があった。
 トランシーバーで話をする。
「キャラメルリボンからアーモンドファッジへ。キツネ二匹はまもなくスタートします、どうぞ」

「こちらアーモンドファッジ。まもなくクッキークリームとともに配置につきます、そちらも第1ポイントへ急いで! どうぞ」
 それは、黒と赤のツナギ姿、キャップにミラーコートサングラス姿のカーリカだった。
「あたし、抹茶大納言の方が良かったのに・・・」と、カーリカと同じ格好のワグダ。
「そんなことどうでもいいんです! さっ、行きますわよ!」

     ★     ★     ★

 湖畔のキャンプは、沈黙に包まれていた。
 ひざ小僧を抱えて、とっくに消えているたき火をながめるともなくながめているヒビナ。
 停めてあるキャンピングカーの助手席で、ドアを開けたまま本を読んでいるシャマル。読んでいるのは、当然「天球に連なる海洋と大陸の交響」だ。
 ふいに沈黙を破ってシャマルは、本から目を離さないまま、
「いいのか? レース見に行かなくて」
「・・・アンタはどうなのよ」
「オレは興味ない。なんだったらブロンズのテレビ中継で見るぐらいは出来るしな」
「あたしも興味ないもん。トラッシュとラビで仲良くレースしてる姿なんて」
「エトワのつきそいっていう名目はつくだろうに」
 ヒビナは、すっくと立ち上がり、
「なんでそんな名目までつける必要があるのよ!」
 その場から走り去っていった。
「・・・素直じゃねえな」
 すると、

「ちょ、ちょっとぉ! 何なのよアンタ・・・あうっ!?」

 ヒビナの叫び声が聞こえた!
 シャマルは、はじき出されるようにキャンピングカーを飛び出し、声の方向へ向かった。
 そこには・・・
 ぐったりとしたヒビナを肩に抱えた人物の姿があった。
 ヒビナは、ピクリとも動かない。気絶させられたのか?
 そして、抱えている人物は、黒装束に黒マスク、わずかに見える目だけが、ギョロリと鋭い光を放つ。
「何者だ!お前・・・スイーパーか!?」
 シャマルはそういうと、黒装束に飛びかかろうとするが・・・
「そこまでじゃ! 近寄れば、この娘がどうなるか・・・」
「どうなるっていうんだ!?」
「普通そこまで訊かないのじゃ! お約束なのじゃ!」
「くっ・・・」
 黒装束は、懐から取り出した、金属で出来た直径10センチメートルほどの輪を、シャマルに向かって投じた。するとその輪は、無数に分裂し、シャマルを取り囲む。
「なっっ・・・!?」

 ジャキイイイィインッッ!!

 それらは、空中で連結すると、鎖状になった!
 その鎖がシャマルの体に巻き付き、動きを封じる! さらに、キャンピングカーの車体の一部、後席ドアのピラーに巻き付いて、シャマルを車体に縛り付けた!
「くっっ・・・」
「もがけばもがくほど、体を締め付けるのじゃ! そこでおとなしくしているのじゃ!」
 黒装束は、ヒビナを抱えて、その場を去っていった。
「くそっ・・・こんなもの、アートが使えればなんてことないのに・・・」
 シャマルはキャンピングカーの車体から動けなくなった。シャマルのアート、光を武器に変える力を使えば、鎖を切ることなどたやすいことだが、車体の影で光を得ることが出来ない。
 時間がたてば、太陽の角度が変わることで、シャマルの手元に光が届くのだが、それまでにはまだまだ時間がかかる・・・
 この、ヒビナを連れ去った黒装束が、デタン・デズの手下のザザであることは、シャマルには知る由もない。

     ★     ★     ★

 パアァァァンンッッ!!
 号砲一発、シェルマルクト公の合図と共に、ケイルク・ピークのダウンヒル・スピード選手権がスタートした。
 先頭を切るのは、若手ハーンラー・ビムのマウンテンバイク。続いて、優勝候補ユード・ザックワーン、以下トップ勢はほとんどが自転車だ。
 ダウンヒルとは言っても、途中曲がりくねったワインディングロードもあり、トンネルあり、森を突っ切る山岳路もありと、コースはバラエティに富んでいる。だが、総じて自転車に有利なコースであるというのが定説である。
 そんな中、トラッシュとラビはというと、最後列からのスタートで、出足がすでに遅れること、そして「賑やかし」組を追い抜いて行かないと上位まで届かない、というハンデを負っていた。
 まあ、実績のある選手でもない限り、完走すら難しいこのレース、真面目に競争する選手たちのジャマにならないように、という意味合いもある。それに新参者のトラッシュたちには、むしろケガしないようにという配慮でもあるだ。
 だが、当の本人たちはそのつもりもなく、勝つ気満々ではあるのだが。
「はいはいはい、どいてどいてー!」
「端っこから追い抜くから、むしろ真ん中を行ってー!」
 双方ともキツネをデザインしたゴーグルを降ろしたトラッシュとラビは、ものすごいスピードで地元のお祭り集団、仮装チームをぶち抜いていく。
「な、なんだあのスピード!?」
「宙に浮いてるぞ? どんな仕組みだ?」
 驚嘆の声を上げるお祭り軍団、そして観客たち。

 スタート地点の観客席でエトワは、トラッシュとラビに声援を送った後、ゴール地点を目指すロープウェイに乗り込んだ。先回りしてスタートとゴールの両方を見学するのがツウの見方らしく、エトワはロープウェイのチケットを買っていたのだ。
 ロープウェイ内でもテレビ中継が流されており、後方からすごい追い上げを見せるトラッシュとラビは、徐々に話題になりつつあった。
「お、おい、あの90番と95番、すげえな!」
「もう30人は抜いたぞ!」
「このペースだと、ひょっとしてひょっとしないか・・・?」
「いや、まだまだトンネルと森林地帯があるからな」
 エトワは一人ガッツポーズで、
「いいぞ! トラッシュ! ラビ! どっちもがんばれー!」

 最初の難関、長さ約200メートルのトンネル地帯へと、トップグループはさしかかっていた。
 1、2位は依然、ハーンラーとユード。前年チャンピオンのユードはむしろハーンラーを先行させる作戦に見える。そのさなか、大ベテランのガザリがじょじょに順位を上げ、5、6人で形成する先頭集団のしんがりにピタリとついている。
 トンネル地帯は、入口で無意識のうちにスピードが落ちること、そして壁側に近づきすぎると危険なため、隊列が中央に密集することや、暗さに目が慣れた後の出口でのまぶしさでコントロールが乱れるなど、序盤の難関なのである。
 そのトンネル出口の真上に、黒と赤のツナギ姿の人物がいた。いわゆる審判員であり競技運営委員であるコースマーシャルのユニフォームなのだが、その割には位置取りが妙である。ツナギもダブダブで、サイズが合っていない。
 その人物は、トランシーバーを取り出した。
「キャラメルリボンからアーモンドファッジへ。たった今、先頭集団が第1ポイント通過しました。およそ3分後にキツネ2匹が通過する予定です、どうぞ」
『こちらアーモンドファッジ、了解。健闘を祈りますわ』
 そう、出口の真上に陣取る「キャラメルリボン」ことフォルケは、トラッシュ捕獲作戦を展開していた。ワグダたち3人は、コースマーシャルに紛れ込むことで、レース出場中のトラッシュとラビを待ち受ける作戦なのだ。
 もちろんターゲットはトラッシュだが、ラビも要注意人物として、あわよくば捕獲しようということのようだ。
 フォルケは、2本のロープを握りしめ、トラッシュたちを待ち受ける。手元の小型モニターで、トンネル入口に設置したカメラの映像を確認しつつ。
「・・・来たッ!」
 キツネゴーグルの二人がトンネル入口にさしかかった。後頭部のキツネのしっぽのアクセサリーが、二人ともパタパタとはためく。
 フォルケにとってありがたいことに、二人の他に集団を形成している選手がいない。トラッシュとラビだけが、三番手集団なのだ。フォルケのアート、長いものを自由に操るワザは、かなり正確にターゲットを捕らえられるのだが、他の選手がいないことで、より捕らえやすくなった。
 出口からトラッシュが飛び出すタイミングを計る。フォルケの目が、銀色に光る!
『今だッ!!』
 トラッシュとラビがトンネルを飛び出す瞬間、フォルケは二人目がけて2本のロープを投じた!
 ロープは、まるで生き物のようにトラッシュとラビを目がけて飛んでいく!

 ピイイイイィィン!!

 ラビのゴーグル内で、光が走った!
「トラッシュ! 上!」
「!!??」
 トラッシュはラビの叫びに反応して、上を見た。そこには、空飛ぶロープがヘビのように自分目がけて飛んでくる。
 一瞬でそれがフォルケのアートであることを判断したトラッシュは、くるりと空中で一回転し、ウィンドボードの裏側のキツネイラストを、ロープに向けた!
 キツネのイラストが輝く!
 すると、トラッシュを捕らえようとしていたロープは、ウィンドボードの裏に当たり、そのまま落下した。生き物のようだったロープが、ただのロープに戻っていた。
「なにっ!?」
 アートを無力化する、キツネのイラスト。
 トラッシュは、体勢を戻すと、そのまま飛び去っていった。
 いっぽう、ラビの方は、その体にフォルケのロープが巻き付いていた。
「な、なんだ、コレ!?」
 生き物のようなロープに、驚嘆するラビ。ラビはキツネイラストの効力については知らないのだ。
「トラッシュは逃がしたが、もう一匹のキツネは捕らえた!」
 ロープの端を握りしめたフォルケは、トンネル出口からジャンプする! そのままでは長いロープを握ったまま地面に落下してしまうところだが・・・
 シュルルルルルルルッッ!!
 空中でロープは見る見るうちに縮んでいき、フォルケはラビの背中にまで達した。これもまたフォルケのアートなのだ。そのまま、ラビのウィンドスキーに乗り、タンデム体勢になる。
「キミは何者なんだ! なんで何もかもトラッシュに似てる!?」
 フォルケはそう言って、背中からラビを羽交い締めにする!
「いやあぁだぁ! さわんないで! エッチ!」
「えっ!?」
 ラビの思わぬ反応に、フォルケはアセった。その隙を突いて、ラビはフォルケに肘鉄を食らわせる!
「うわあああぁぁぁっっ!!??」
 フォルケは突き飛ばされ、コース脇の草むらに突っ込んだ!
 そのままゴロゴロ転がり、目を回した。

 その頃、カーリカは、
「キャラメルリボン、応答せよ! キャラメルリボン! 首尾はどうなの!?」
 応答はない。
『どうやら、失敗のようだな』と、無線で語りかけるワグダ。
「そのようね、まあフォルケだから、まだまだこんなものかしら・・・」

 ラビはロープが巻き付いたまま、トラッシュに追いつき、
「トラッシュゥゥ! これ、ほどいてえぇ!」
「しょうがねえな・・・」
 トラッシュはラビと併走し、ポケットからナイフを取り出してロープを切った。フォルケが気絶してしまっているので、アートはすでに解けている。
「ありがとっ! トラッシュ!」
「お前、なんなの? あの反応・・・」トラッシュは、ラビがフォルケに羽交い締めにされた時のことを訊いている。
「あれ、言ってなかった? ボク、男にさわられるのダメなんだよ。過剰反応しちゃう」
「ちょっと待て! じゃなんでオレにはお前の方からベタベタすんだよ! しかも温泉じゃお前・・・」
「あー、わかんないけどボク、トラッシュだけは平気なんだ」
「なんだ・・・オレ、男として見られてないってコトか」
「だろうねー、じゃなきゃ・・・まだ思い出さない? ファーストキス・・・」
「あれ、ウソだって言っただろ?」
「やっぱ思い出してない! いいや、それはもう」
「・・・お前こそ、何言ってんだか」
「へへ、それよかトラッシュ、今ボクのこと待っててくれたでしょ」
「は?」
「レースなんだから、ボクのこと置いてきゃ良かったのに」
「まあ、お前がロープのこと教えてくれたし・・・」
「そゆとこ好きだよ! あ、今のヒビナに内緒な!」
 そう言うとラビはウィンクし、かと思うと、とつじょスピードを上げて、トラッシュを置き去りにした。
「ああっ!? ラビお前、ズルイぞ!」
 こちらもスピードを上げて、ラビを追いかけるトラッシュ。

     ★     ★     ★

「くっ・・・もう少し、もう少し・・・」
 湖畔のキャンプ地で、キャンピングカーにザザの鎖で縛り付けられたシャマル。太陽の角度がじょじょに変わり、手元に光が届きそうな位置にさしかかってきていた。

     ★     ★     ★

 レースコースの途中には、うっそうと茂る森林地帯がある。というか、わざわざ山岳道路を離れて、森林にコースを作ってあるのだ。路面はケモノ道のように黒土が露出しているが、かなり細く、木々がパイロンの役目を果たすスラロームコースと言えよう。
 トップ集団の順位は変わらず。だが、第二集団は、激しい追い上げを見せるトラッシュとラビを加え、デッドヒートを繰り広げていた。
 その第二集団が、先を争って森林地帯に突入した。
 そのひとつの木の影には、その様子をうかがう、赤と黒のツナギ姿のカーリカがいた。
「こちらアーモンドファッジ。キツネが森に迷い込みました。今夜はキツネ鍋の予定です、どうぞ」
『クッキークリーム了解。その鍋はあれか、やっぱシメはうどんか?どうぞ』
「そんな冗談はどうでもいいんです!」
 木々をかわしながら、なだれこむように黒土の路面を蹴る自転車の一団。トラッシュとラビの空中チームは、密集する自転車グループより上を飛びたいところだが、頭上には木々の枝葉がじゃまをしており、自転車グループの頭よりやや上を飛行していた。
 そして、カーリカの狙いもそこにあった。
 カーリカは、トラッシュが通過するタイミングを計り、「ショックウィーゼル」を振り回した!
 その姿、まるでオーケストラの指揮者のように、華麗にして優雅。
 真空の刃が宙を舞い、選手たちの頭上の枝葉を切り刻んだ。それは選手たちの頭上から降り注ぐ!
「わあああっ!?」
「うあああっ! なんだ!?」
 自転車の選手たちは転倒し、密集していたグループは将棋倒しになった。
 トラッシュとラビは、目の前に舞い散る枝葉に、
「うわわっ!? どうなってんの!?」あせるトラッシュ。
「ふっ、まかせてトラッシュ!」
 ラビの目が緑色に輝く!
 すると、ラビを中心とした渦巻の気流が発生し、枝葉が吹き飛ばされる! 風と一体化し、自在に操るラビのアートだ。
「あの子、アートをあんなふうにも使える?」
 カーリカは目を見はった。ラビのアートはヨザムやザザとの戦いで目にしてはいたが・・・
「ロープのお返し、こんなもんで、どう、トラッシュ?」ラビが言うと、
「へへっ、上等上等!」と、トラッシュは応える。
「こしゃくな子たちね! これならどう!?」
 カーリカは気合いを込めると、ミラーコートのサングラス越しに、その目を銀色に輝かせ、アートを発動する!
 と、トラッシュたちの眼前の木々が、今度はトゲだらけになる!
 そこはまるで、いばらの森に様変わりした! そのまま突っ込めば、トラッシュたちは串刺しだ!
「うひゃあああぁぁっっ!!??」
 悲鳴じみた声を上げるラビ。するとトラッシュは、
「トゲトゲのアート、さてはカーリカ・ビアレ!」
 ウィンドボードの先端をカチ上げ、裏面のキツネをトゲの森に向ける。
 キツネのイラストが輝くと、その光を浴びたトゲが、粉々に砕けていく!
 そのままトラッシュは、ウィンドボードの裏側を森の木々にぶつけて、滑らせる。ちょうどスケートボードで言う「レールスライド」を、さらに立体的にしたテクニックだ。そうやってスライドせながら、せまい木々の間をすり抜けていくトラッシュ。ラビはトラッシュについて、二人はものすごいスピードで森を抜けた。
「カーリカ姉さん! 残念でした!」
 トラッシュは、姿を見せないカーリカに嘲笑を浴びせる。カーリカは地団駄を踏み、
「キイイイイィィッッ!! 相変わらず、ムカツク! キツネ野郎!」
 だが、フォルケやカーリカの妨害工作は、まったくムダというわけでもなかった。トラッシュがキツネのイラストを多用していることが、じょじょに影響として現れてくることに、トラッシュはまだ気づいていなかった。

     ★     ★     ★

 トランシーバーの電源を切るワグダ。こちらもコースマーシャル姿だ。
「ふふん、やっぱトラッシュは一筋縄ではいかないね」
 ニヤついていて、どこかうれしそうでもある。
 そのワグダの目の前は、草木も生えぬ荒れ地。ただし樹高20メートル級の、枯れた杉の木だけが、何本か残っている。ところどころ、お湯が泉のように吹き出している。温泉の源泉だ。温泉成分が植物を枯らしてしまったようだ。

     ★     ★     ★

 湖畔のキャンプ場、そこにはトラッシュたちのキャンピングカーはすでになかった。路面には、急発進したらしく、土砂をえぐったわだちの跡が残っていた。
 地面には、切断された鎖が落ちている。

     ★     ★     ★

 第二グループはカーリカのせいでほぼ脱落。そのいっぽうでトラッシュとラビは先頭集団に追いつきつつあった。
 ・・・という情報を、実況中継で知っていたワグダだったが、すでに先頭集団は通過したにも関わらず、彼女らの言う「第3ポイント」に、トラッシュがたどり着く気配がなかった。
「まさか、トラッシュのヤツ・・・」
 ワグダの脳裏を走ったのは、サムライと忍者。そして、その懸念は的中していた。

 ブオオオオォォンンッッ!!

 荒れ地をジャンプする、一台の中型の三輪バイク、いわゆる「トライク」が轟音とともに現れた!
 運転しているのは、黒い装束の男。そしてタンデムのリヤシートに、一人の少女が乗っている。少女はシートバックにガムテープで縛り付けられており、さるぐつわをさせられていた。
 そう、二人の乗員は・・・
「ザザ、それに・・・ヒビナ!?」
 ワグダがその名前を叫んだ。
 すると、トライクの後を追い、空中を飛ぶものが現れる。雪もないのにスキー板に乗り、ストックを手にしている。
「ひきょうもの! ヒビナを返せよ!」
 それは、少女の声。そう、追ってきたのはラビだ。
 目の前で繰り広げられていることの状況がつかめていないワグダ。ラビに向かって叫ぶ。
「おい、キツネ娘!」
 ラビは振り返り、そこにいるコースマーシャルの格好のワグダに、昨日出会っていたことを思い出した。
「!!アンタ、スイーパーの・・・!」
「これはどういうことだ! トラッシュはどうした!」
「それをアンタに話すわけ無いだろ! アンタらスイーパーは、しつこいだけじゃなくて、卑劣な連中なんだな!? かよわい女の子を人質に取るなんて!」
「なんだって! ヒビナのどこがかよわいってえの!?」
「モガモガッッ!!」
 さるぐつわのヒビナが、「そこかいっ!」と怒鳴った。
「こらこらっ! 主役を差し置いて、娘ッコ同士盛り上がるんじゃないのじゃ!」
「誰が主役だって!?」
 ザザとワグダが言い合いになる。
「そこの娘!・・・全員娘か・・・ええい、胸の大きさでいうと二番目の娘!」と、ザザ。
「えっ、一番は誰・・・あたしか?」とワグダ。
「ということは、二番目ってのは・・・」
 ラビはそう言うと、ワグダと共にヒビナの胸、ラビの胸と順番に見て、
「ボクに何の用だ!?」ラビが叫ぶ。
「モガモガモガッッ!!」
 ヒビナが何かわめいたが、あえて訳しません。
「ボクの名前はラビ! ボクにやっつけられた恨みがあるんなら、ヒビナじゃなくてボクを拉致すればいいだろ!」
「お前なんぞにやっつけられた覚えはないのじゃ! それよりも、イリーガルはどうした!? どこにおる?」
「イリーガルって、トラッシュのことだな? さあてねえ、アンタの苦手なサムライもトラッシュを狙ってるし?」
「・・・まさか! ヨザム・ヤキリギのヤツが、先にイリーガルを?」ザザはギョロリとした目をさらにむいた。
「えっ・・・それマジ?」
 ワグダも、目を見ひらいて言った。
「おのれ・・・ラビとやら! この三番目の娘を解放して欲しくば、イリーガルをここへ連れてくるのじゃ!」
「モガモガモガッッ!!(怒)」
「くっ・・・」
 ラビは歯がみをした。こめかみに汗がしたたる。
 その時、ワグダは思っていた。
『あのザザとかいう忍者、おそらくはスイーパーなのだろうが、イリーガル、つまりトラッシュとその周辺についての情報は万全に調べてるようだな。かなり用意周到でコトにあたっている。侮れん・・・』
 ヒビナのアート、物質の密度を自在にコントロールする力があれば、たいていの拘束はすり抜けることが可能になり、意味をなさないのだが、ザザは彼女をガムテープで縛っている。粘着力は密度の操作ではどうしようもない。つまり、ザザはトラッシュだけではなく、その周囲の者たちの能力についても詳しく調べているというわけだ。
 それにしても、ザザという男、腕は確かだし、頭も切れるようだが、自らの策略でイリーガルを狙っているとは考えにくい、とワグダは考えた。ヨザムも言っていたが、ザザの背後には黒幕がいるはずだ。そしてワグダには心当たりがあった・・・
「どうした! ラビ! さっさとイリーガルを・・・」
「おーーっと! このあたしを無視して、勝手なふるまいは見過ごせないな?」
 ワグダは、横からザザに口を出した。
「ふん! 小娘の士官なんぞ、すっこんでおれば良いのじゃ!」
「すっこんでるつもりは無いな! ザザ! アンタ、勘違いしてるようだね?」
「なんじゃと?」
「あたしはキリィ・キンバレン大尉の命を受けた、イリーガル追跡スペシャルチームだよ? つまりはイリーガル捕獲に関してはあたしの管轄だ。アンタが何様なのか、いや・・・アンタがスイーパーだとしてもだ、ひとの管轄にあいさつも断りもなく介入しておいて、ただで済むつもりでいるのかい?」
「ぬうう・・・」と、ひるむザザ。
「そんな泥棒猫の一匹や二匹、ドサクサ紛れに始末されたとしても、文句も言えまい? たぶんアンタのボスも、アンタが犠牲になったところで、見て見ぬフリじゃないか? 自分の身に火の粉が降りかかることを受け入れるとは思えないがね? 違うか?」
「こ、小娘が・・・」
「だいたい、アンタのボス、あたしもよく知ってるからねえ。キリィ大尉同様、将来を嘱望されながら、身の程知らずなクーデター起こして失敗して、たしか中尉に降格されたんだっけ?」
「貴様! それ以上言うと、人質の身がどうなっても・・・」
「あっはっはー、どうしてヒビナが人質になんのさ? アンタ、トラッシュたちのこと調べたんだろ? このワグダ・パレスモにとって重要なのは・・・」
 ワグダの目が銀色に輝く!
 すると、荒れ地のあちこちから、熱湯が柱となって吹き上がった!
 ワグダのアート、水分を沸騰させる力によって、地底の温泉がさらに熱せられ、噴出したのだ。
「トラッシュただ一人!」

     ★     ★     ★

 ゴオオオオォォォ・・・

 スピードスター選手権の見せ場の一つ、渓谷の吊り橋。
 そこで、トラッシュとヨザム・ヤキリギは対峙していた。
 吊り橋とは言っても、カーボンケブラー素材のワイヤーと、セラミックと樹脂の複合材で構築されたそれは、ちょっとやそっとで壊れたり切れたりするものではない。揺れについても対策が施されており、自転車やバイク程度なら十数台がまとめて走行することも可能だ。だが、全く揺れないというわけでもなく、渡るには度胸がいることは確かで、それこそがこのセクションの見所でもある。
 深さ50メートルはあろうかという大渓谷、その真下には急流が流れている。おまけにその急流自体、落差30メートルの滝からの流れなのだ。長さおよそ30メートルの吊り橋の真ん中で、荒い息をつきながら、二人はにらみ合う。
「考えたなイリーガル! この一本橋の上では、拙者が姿を消したとしても、おぬしへの攻めは直線的にならざるを得ないというわけだ!」
 そう、トラッシュは、森林地帯を抜けたところで、ヨザムの攻撃を受けたのだ。

     ★     ★     ★

 ほんの数分前のこと。
 渓谷の吊り橋コースへと、ウィンドボードとウィンドスキーを急がせる、トラッシュとラビ。
 すると、森林地帯から山岳道路へと戻るコースの途中に、一人の男が立っていた。
 ほこりっぽい着物姿に脇差し、ヨザム・ヤキリギだ。
 コースマーシャルが倒れている。すでに一悶着あったのだろう。刀を持った着物姿の男が、レースコースに現れたのだから。マーシャルは気を失っているだけだった。
 トラッシュは、ヨザムがここにいる理由など、すでに察していた。顔をしかめながら、ウィンドボードを停める。
 心配そうな表情で、同じくウィンドスキーを停めるラビ。
「約束通り、一対一の決闘を申し込むでござる! イリーガル!」
 チキッ!と、ヨザムはその刀、「散閣丸」の鯉口を切った。その冷たく硬質な音が、ヨザムの本気を物語る。
 気圧されるトラッシュは、
「おっさん、なんでオレたちが決闘しなきゃならんのだ! スイーパーの仕事だからか!」
「それもあるでござる! が、拙者、貴様のようなとらえどころのない男は初めてでござる! だが、貴様のようなまっすぐな男も、久しぶりに見た! サムライとして、是非とも戦いたいと願うでござる!」
「やっかいなおっさんだ・・・」
「では、行くでござる!」
 ヨザムは、散閣丸を抜き、八相に構えた。じりじりとトラッシュににじり寄る。
 トラッシュは、
「ラビ、先に行け!」
「で、でも、トラッシュ・・・」
「どのみち、後続集団はカーリカの妨害でレースにならん! だったらせめて先頭集団のジャマはしたくない! おっさんを引き連れて、オレが追いつくわけにはいかないんだ!」
「・・・わかった、サムライに絶対勝って! そこから追い上げればいいだろ?」
「そういうことだ!」
 先日の戦いで、ラビは、ヨザムの気持ちがわかっていた。二度までも、自分はここに干渉できない、してはならない。もちろん、レースでトラッシュとの決着はつけたい。だが、こうなってしまっては、後ろ髪を引かれながらも、自分は自分のレースをするしかないと考えた。
 ラビは、振り返らず、ウィンドスキーで飛び去っていった。
 いっぽう、トラッシュは・・・
『逃げれば逃げ切れるかもしれない。でも、それではいつまでたっても、サムライのおっさんに追われ続けるだけだ。おっさんだけじゃない、ワグダにカーリカにフォルケ・・・そして、キリィ・キンバレン! 結局、みんな戦って勝たなければ、オレは自由に行きたいところへ行けないというのかよ!』
 トラッシュは歯がみした。本当は他人と戦いたくなんかない。追われる理由だって、納得できるものではない。だが、そうしなければ、自由は得られない。やりたくもない自分探しをしなければならないのは、オレがオレらしく生きるためだなんて、本末転倒もいいところだ!
 そう考えてる間にも、ヨザムは散閣丸を振りかざす。
 トラッシュはウィンドボードを駆り、ふたたび空中に舞い上がるが、ヨザムは、
「言っておくが、拙者、消えるだけが能ではないでござる!」
「!?」
「ぬんっっ!!」
 ヨザムが、空中に向かって散閣丸を振り下ろす!
 すると!

 ガクゥンッッ!!

「おわっっ!?」
 空中のトラッシュのウィンドボードが、ガタッと高度を落とした!
 あわててトラッシュは体勢を立て直す。
 ちょうど航空機がエアポケットに入ったときのようだ。とは言っても、トラッシュは航空機に乗った経験など無いのだが。
「い、今、何が・・・」
 ヨザムを警戒しながら、トラッシュは上空から様子をうかがう。すると、再度ヨザムは散閣丸を、
「ぬんっ! ふんっ! はっ!」
 三度ほど振り回した!
 その度に、飛行するウィンドボードが、ガタガタッと揺れ、高度を落とす。
「うあああっっ!!」
 ヨザムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「そのおかしな板きれ、風に乗れるそうだな! 拙者は、空気さえも斬れるでござる! 風など、ズタズタに切り刻んでご覧にいれよう、でござる!」
「なんだって!?」
 タタタタッ・・・と、ヨザムは走り寄ると、散閣丸を凄まじい速さで振り回し、トラッシュの周辺の空気を、文字通り切り刻んだ! 真空のスポットをいくつも発生させ、乱気流を起こしているのだ。
 ガクガクガクッッ!!
「わ、わわわあああぁぁっっ!!」
 ウィンドボードは、荒波に飲まれる木の葉のように乱気流にもまれ、まっすぐ飛べない。
 そのまま、ついには墜落する!
 ザシャアアァァッッ!!
「・・・あいててて」
 落下したトラッシュのもとへ、ヨザムが駆け寄る。
 トラッシュは、その殺気に、総毛だった。
 素早く立ち上がると、ウィンドボードを抱えて走る。もはやヨザムの前では、まともにウィンドボードを飛ばせられない。自分の一番の特技を封じられ、トラッシュは肺をつかまれたかのように呼吸を荒げた。
 ヨザムに追いつかれそうになり、ウィンドボードを楯に、後ずさりする。視界の端に、吊り橋が見えた。
『せめて、アレを利用するしか・・・』
 こうしてトラッシュは、コースの一部である、吊り橋へとヨザムを誘い込んだのだ。

     ★     ★     ★

 いっぽう、先を急ぐラビの目の前に・・・

 ブオオオオンンッッ!!

 今度はトライクに乗ったザザが現れた。ザザはラビを見つけると、トライクを停め、その前に立ちはだかった。
 トライクの後席には、縛り付けられたヒビナの姿が。
「ヒビナ!」
 ラビは叫んだ。
「イリーガル! 聞こえているなら、出てくるのじゃ! この娘、わしがあずかったのじゃ!」
 ザザはトライクを走らせる。ラビはそれを追いかけて・・・

     ★     ★     ★

 ドオオオオォォォッッ!!

 無数の「湯柱」が上がる中、それをかいくぐるように、ワグダはザザのトライクへと、猛スピードで走り迫る。
「うぬっ!!」
 ザザは、トライクからジャンプして、手裏剣をワグダに向けて放る!

 シュシュシュッッ!!

 だが、手裏剣がワグダに当たる寸前、ブシュッと吹き上げた「湯柱」が、それをはじき返した! ワグダは、うまく湯柱を隠れみのに使っているのだ。
「モガモガモガッッ!!」
 ヒビナは、「湯柱」が雨となって降り注ぎ、びしょぬれになっていた。どうやらワグダに抗議の叫びを上げているつもりらしい。
 当のワグダはというと、ラビに向かって、
「おいキツネ娘、ボサッとしてんな! ヒビナはまかせたぞ!」
「!!・・・お姉さん?」
 ラビは、トライクに取り残されたヒビナに向かって、ウィンドスキーを急がせた。ザザはワグダにうまく誘い出されたことに気づき、舌打ちをした。
 ラビとヒビナは、二人してお湯の雨を浴びていたが、空中でぬるくなったお湯が、ちょうどイイ感じにガムテープの粘着力を奪っているようだ。ラビはガムテープをはがし、さるぐつわをはずして、ヒビナを救出した。
「ああっ、良かったア! ヒビナ!」
 ラビは強烈なハグをヒビナにかますと、ヒビナの顔中にキスし始めた!
「うわぷ! ちょ、ちょっと、ラビったら!」
 あれ?とヒビナは思った。これって、ラビがトラッシュにしてることと同じじゃない?
 もしかして、ラビって、相手がトラッシュじゃなくても、こういうコなのかしら?

 すると、

 シュシュシュシュッ!
 ストトトトッ!!

 ヒビナとラビの目の前の地面に、数本の手裏剣が突き刺さった。
「あっ!?」
「おっと、下手に動くとケガするのじゃ! 小娘二人、お前たちはワグダを始末した後、イリーガルをおびき寄せるエサになってもらうのじゃ!」
「なんだってぇ!」
 ラビは、一歩踏み出そうとするが、手裏剣をまたごうとすると、バチッ!と電撃が走った!
「あうっ!?」
「結界を張ったでの! おとなしくしているのじゃ!」

 シュシュシュッッ!!

 こんどは無数の手裏剣がワグダ目がけて降り注ぐ!
 だが、ワグダは、フッと不敵な笑みを浮かべると、その長い足をぶんまわし、靴の底で手裏剣をはじき返す!
 その手裏剣がザザを目がけて飛んでいく! すると、ザザは真上にジャンプして、それをかわした。
 だが、そこには、ワグダが待ち構えていた!
 ザザが上に飛ぶのを予測し、ワグダはそれよりも早く高くジャンプし、宙返りの勢いを加えて、直上からザザの頭上に、かかと落としを食らわせた!

 ドグワシャッ!!

「ぐはあっっ!!??」
 カウンターで脳天かかと落としをたたき込まれたザザは、地面に叩き付けられた!
 とどめとばかりに、ワグダはザザの頭上にニードロップを加えようとするが・・・
 けっこうなダメージのはずのザザは、かろうじてそれをかわした。
「ふっ、やっぱアンタただ者じゃないね? このあたしが知らないスイーパーの手練れ、諜報部とみた!」
「くっ、口が過ぎると身を滅ぼすのじゃ!」
「やってごらんよ? あたしを誰だと思ってる!」

 ヒビナは、ラビにしがみついて、ワグダとザザの戦いを見ていた。
『ふだんはとぼけてるけど、ワグダってコワイのね・・・さすがはスイーパー士官、とでもいうの?』
 ヒビナは、あらためてワグダのスイーパーとしての実力に驚愕していた。
 だったら、本気を出せば、トラッシュなんてひとたまりもないんじゃなかろうか、との思いもよぎる。
『ホント、スイーパーってわからないことだらけ・・・』

「ぬう、もとよりスイーパー士官相手に、一筋縄でいかぬは承知・・・」
「湯柱」が湯気とともに吹き上がる中、ザザは、不気味な苦笑いを浮かべると、ワグダをにらみつつ、ゆらりとすり足で横移動を始めた。
 その目が、「銀色」に輝く!
 ザザの姿が、じょじょにかすんで見え、やがて全身が煙に包まれて消えていった。
 それだけではなく、あたりは霞か霧か、白くもやがかかって視界をさえぎった。
『ふっふっふ・・・忍びの神髄、味あわせてやるのじゃ!』
 ワグダは、意識を集中する。ザザのアートは、トラッシュとザザの戦いですでに目にしていた。ふたたび煙が凝縮したとき、ザザは姿を現す・・・
 ふいに、ワグダは背後に殺気を感じた!
 ザッ!と、ワグダは体勢を低めつつ、すばやく横移動した。下半身は煙で、上半身だけに見えるザザが、背後から手刀を繰り出していた。
「さすがはワグダ・パレスモ! だが、どこまでかわせるかな・・・」
 と言うと、ザザはまた煙に姿を変え、消えていった。
 ワグダはザザの攻撃をかわしつつ、荒れ地を右に左に、舞うように駆け回る。ザザの攻撃はヒットこそしないが、さすがのワグダも、ザザの気配を探る集中力のせいか、消耗を始めた。
 ふうっ、と、息をつくワグダ。
「湯柱」が勢いを失い、やがて消えていく。
『どうやらタフなワグダ少尉といえども、疲れ知らずとはいかないのじゃ!』
 あざ笑うような声が響きわたる。
「ワグダ・・・」
 ヒビナは、ラビとともにじっと戦局を見守っている。
「くっ・・・ワグダのヤツを応援するなんてシャクだけど、負けてもらっては困るのよ!」
 すると、不意にラビが、
「ヒビナ・・・なんか変な音、聞こえない?」
「えっ!?」

 シュウウウウウッッ・・・

 確かに、妙な音がする。一カ所だけではない。あちこちで聞こえる。ワグダの「湯柱」のせいで気づかなかったようだ。だが、あたり一帯の霧のせいで、音の正体はわかりかねた。
 と、その時。

 ドウッ!

 ワグダが、荒い息をついてひざまづいた。
「わ、ワグダ!」
 ヒビナが叫ぶ。
『ふはははは! さすがの武闘派ワグダ少尉も、限界というわけなのじゃ!』
 あたりを漂っていた煙が、モワモワと一カ所に集まり始め、それが人の形をかたどる。
 ザザは、一気にとどめを刺すべく、煙から実体化したのだ。
 その手には、数本の手裏剣が。

 だが。

「ふっ、ふっふっふ・・・はっはははは!!」
 ワグダはうつむいたまま、笑い始めた。
 突然のことに、あっけにとられるヒビナとラビ、そしてザザ。
「ひっかっかったねえ!」
 ワグダは、何事もなかったように、すっくと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
 ザザは、
「!? 何を言っておるのじゃ? 追い詰められて開き直ったか?」
「周りが見えていないのは、あたしらだけじゃないってことさ!」
「なんじゃと?」
 そう言われて、ザザは改めて周囲を見回してみる。するとそこには、地面に細いパイプのようなものがいくつも突き刺してあった。

 シュウウウウウッッ・・・

 そのパイプの先端から、ガスが吹き出している。その周囲だけ、霧が舞い上がるほどの勢いで。
「このケイルク・ピークは、天然ガスの名所なんだろ? フリント・ガスっていう、高エネルギーのガスのね。このあたり、掘れば温泉が湧き出るほどのエネルギーだってさ」
 ワグダは何を言っているのか? ヒビナとラビは、顔を見合わせる。
「ザザ、アンタ、あたしが追い詰められているふりをして、このパイプをガス帯に刺しているのに気づいてなかったなんて、忍者にしてはウカツだったね? 今、このあたりはフリント・ガスが漂ってる! ここで火を放ったら、どうなるだろうね?」
「!!??」
 ヒビナ、ラビ、ザザは驚嘆した!
「なによ、ワグダのヤツ、そんなことしたらあたしたちまで吹っ飛ぶじゃない!?」
 ヒビナは悲鳴に近い叫びを上げる。そんなヒビナの肩に、ラビは、ポンッと手を置いた。振り向くと、ラビは笑顔を返してきた。
「そ、そんなバカなこと、出来るはずがないのじゃ! おぬし自身も吹っ飛ぶのじゃ!」
「いーや、あたしは逃げ足に関してはスイーパー随一だよ? 爆風より早く逃げる自信はある!」
「そーだね、ボクもウィンドスキーがあるから、ヒビナを連れて風より早く逃げられるかな?」
 ラビもワグダに追従した。
「ふっ・・・おぬしらこそ、忍びを見くびるではない! 逃げ足ならば、おぬしらに劣りはせぬわ!」
 ザザはそう言うや、ジャンプし、高さ20メートルの、枯れた杉の幹を蹴りながら駆け上がる。空気より重いというフリント・ガスから逃れようとしたらしい。
「逆におぬしらを火の海に落としてくれるのじゃ!」
 杉の木のてっぺんから、地上に火を放てばそうなる。
 だが!
「残念でした!」
 ワグダが叫んだ!
 ワグダは、いつのまにか隠し持っていた、ザザの柳刃手裏剣を持ち主に向かって投げた!
 樹上のザザはそれを自分の手裏剣で受けたが・・・

 カキイィィンッッ!!

 鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散った!
「!!??」
 その瞬間、ザザは悟った! コレこそがワグダの狙いだったのだと!

 ドガアアアアァァァンンンッッ!!!!

 断末魔の叫びすら上げる一瞬もなく、空中で、ザザは爆発した!
「キャアアアァァッッ!!」
 ヒビナは、大音響に驚き、悲鳴を上げた!
 枯れた杉の木のてっぺんが砕け散った。
 ワグダは、すでに姿も見えぬザザに向かい、妖しい笑みとともに言葉を投げた。
「アンタが煙から実体化したとき、すでにまわりはフリント・ガスで満たされていた。つまりアンタの体はフリント・ガスをたっぷり取り込んでいたわけさね」
 火花が、爆発物と化したザザに着火したというわけである。
 ワグダは、ヒビナとラビのもとへと歩き、結界を張っていたザザの手裏剣を靴で蹴っ飛ばした。
「わ、ワグダ・・・死んだの? あの忍者・・・」
「さあね? 忍者だしな。ま、生きてたとしても、ダウンシフトは間違いないな」
「すっげえ!すげえよ!お姉さん!」
 ラビは目をキラキラさせてワグダを見つめる。
「な、なんだい、このトラッシュもどき・・・気味悪いな」
 ワグダは困惑した。だが、ラビはいさいかまわず、
「お姉さん、スキ!」
 ワグダに抱きついて、キス攻撃を浴びせる。
「わっ、わわっ! なんだコイツ!」
 ヒビナは、あきれてそのさまを見ている。

     ★     ★     ★

 拘束を脱したシャマルは、謎の黒装束・ザザがヒビナを人質にトラッシュを襲撃すると踏んで、キャンピングカーでレースコースへと急いだ。すると、コースの一つである吊り橋で、トラッシュとヨザムが向かい合っている現場に出くわした。
 トラッシュと対峙しているのが黒装束ではないことが疑問だったが、相手は刀を抜いている。トラッシュのピンチには違いなかった。
 シャマルは吊り橋の手前にキャンピングカーを停めて降車した。目の前の吊り橋、その真ん中付近で、手前側で背中を向けているほうがヨザム、向かい合っているのがトラッシュ。
 シャマルは、膠着状態の二人を見て、そおーっと吊り橋に近づくが・・・
「手を出すな、シャマル!」
 トラッシュが叫んだ!
「ア、アホォ! ひとがせっかく・・・」
「これは男と男の一騎打ちだ! 手出しはしないでくれ!」
「ふんっ、言われずとも、気配は感じていたでござる! シャマルとやら!」
 シャマルは観念して、お手上げ、のポーズをした。
「いいさ! じゃあオレが後見人だ! 好きにやってくれ!」
 たとえば吊り橋を落とせば、ウィンドスキーがあるトラッシュだけは助かる、とシャマルは考えたのだが。
「イリーガル! 拙者も貴様の心意気に応えて、剣とアートのみで戦うでござる!」
 ヨザムは「散閣丸」を正眼に構え、左手で刀身をハジく! ピーーーンと澄んだ音が響き、ヨザムの目が銅色に輝くと、音とともにヨザムの姿は消えていった!
 シャマルにとっては初見であるヨザムのアート。シャマルは言葉もなく、驚嘆するしかない。
 トラッシュは、ウィンドボードを立てて、キツネのイラストを前方に向ける。アートが無効になるキツネイラストを利用しようというのだ。
 だが、キツネは輝かない。いや、ぼうっと輝くのだが、すぐにそれは消えてしまった。
「あれ・・・どうした!?」

 ビュンッ!!

「うわっ!?」
 空気を切り裂く感覚があって、トラッシュはのけぞった。姿の見えないヨザムが、まずは間合いを計るべく、名刀「散閣丸」を振り下ろしたのだ。
 キツネのイラストが働かないことに、トラッシュは、
「な、なんで? 電池切れか?」
「アホか!」と、シャマルは叫ぶ。

 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!
 ガツッ! ガツッ! ガツッ!

「うわっ、うわぁっ! うわわわっ!!」
 見えない刀の攻撃に対し、トラッシュはウィンドボードでそれを受けては、後ずさりする。ウィンドボードは刀では切れるものではないが、ヨザムの気迫が乗っているのか、その「重さ」に、トラッシュは押し込まれていった。
『もしかして、キツネイラストがアートを無効化するのも、限界があるってことか? 電池切れはあながち、間違いじゃなくて・・・』
 エトワがいたら、「セイレイが疲れている」とでも言うんじゃなかろうか、とトラッシュは思った。
 トラッシュは、キツネ目のゴーグルを降ろす。赤外線センサーが仕込まれたそれで、ヨザムの姿を探ってみるが・・・
「そうか、赤外線も光だから、サムライのおっさんには効かないか・・・」
 あきらめて、ゴーグルを上げるトラッシュ。
 では、どうやってヨザムの動きを捕らえれば良いのだろう?
 ラビのように、第六感が優れていれば・・・
「・・・ラビのように・・・そうかっ!」
 トラッシュは、吊り橋のロープをガッとつかんで揺さぶった!
『ぬおおっ!?』
 ヨザムの焦り声だけが聞こえた。バランスを崩したのだろう。
 その隙を逃さず、トラッシュはすばやくキツネイラストに向き合った。
「すまん! 疲れてるのはわかるが、ここ一番ふんばってくれ!」
 トラッシュはキツネのイラストに左手を当て、気を込める! その目が紫色に輝いた!
 すると、トラッシュの左腕が、「紫の光のキツネ」に包まれる。
「な・・・なんだ!? あの『光のキツネ』は!?」
 と、目を見はるシャマル。これもまた彼にとっては、初めて目にするトラッシュのアートだ。
 だが、トラッシュはそれを放つでもなく、左腕に収めたまま、じっとしている。
『どうした、観念したとでもいうでござるか! イリーガル!』

 ヒュルルルルル・・・・・・

 吊り橋の下、深さ50メートルの渓谷から、ゆるやかに谷風が舞い上がる。
 見えないヨザムは、その刀、「散閣丸」を振りかざし、トラッシュへと迫る!

 ヒュルルルルル・・・・・・

「そこだっ!!」
 トラッシュは叫ぶやいなや、左腕を、「光のキツネ」を何もない空間に突き入れた!
 そのまま、静止する。
 その姿、シャマルには、「シャドウ突き」にしか見えないのだが・・・
「はああぁぁっっ!!」
 トラッシュの気合い一閃! 呼応して「光のキツネ」がまばゆく輝いた!

 バシイイイィィッッ!!

「ぬあああああぁぁぁっっ!!??」
 ヨザムの奇声がとどろいた!
 と同時に、消えていたヨザムの姿が現れた。その体に、「光のキツネ」が食い込んで、いや、貫いている。
 トラッシュは、左腕を引いて、ヨザムから「光のキツネ」を引き抜く。そして、ふたたび左腕でパンチを繰り出した!

 ブオオオオンンッッ!!

 今度は「光のキツネ」がトラッシュの腕から飛び出し、ヨザムの胸に激突する。そのまま、「光のキツネ」はヨザムごと吊り橋を駆け抜け、驚くシャマルの脇をすり抜けて・・・

 ドガアアアッッ!!

 キャンピングカーに激突した!
 瞬間、「光のキツネ」は飛び散るように消え去った。
 トラッシュは、吊り橋からジャンプし、
「アンタのアートを封印するっ!!」
 キャンピングカーを背にしたヨザムの眼前へ着地し、人差し指をヨザムの額に当てた!
 こんどは、オレンジ色に輝くトラッシュの瞳。

 カアアアアァァァッッ!!

 トラッシュ、ヨザム、そしてキャンピングカーは、まばゆい光に包まれ・・・
 やがてその光が収まったときには、ヨザムは散閣丸を握りしめて、地面に倒れていた。
 そして・・・
「・・・グラフィティ!」
 シャマルが言葉をこぼした。キャンピングカーの側面に、不思議な色彩と絵柄の抽象画、グラフィティが描かれていた!
「見事だ・・・イリーガル・・・」
 ヨザムは、がっくりと意識を失った。
 ゆっくりと、キャンピングカーへ歩み寄るトラッシュ。肩で息をしている。
 シャマルが、そんなトラッシュに尋ねる。
「どうやって、見えないサムライの姿を見きった?」
「風さ・・・」
「風?」
「サムライのおっさんは、体を光がすり抜けているから見えないだけで、そこに存在することは間違いない。だから、谷底からの風が、おっさんの体に当たって、流れが乱れるのを読んだのさ」
「お前、風が見えるのか・・・?」
「ウィンドボード乗りだぜ?オレは・・・ラビが『風になる』ようにはいかないが、風を読むのは得意中の得意だ。居場所さえつかめば・・・」
「そうか、光のキツネは文字どおり光だから、サムライの体をすり抜ける。その状態で電撃を与えれば、サムライに直接ショックを食わせられた訳か」
 すると、トラッシュは、キャンピングカーの側面のグラフィティに左手を当てる。
「ひとつ、サムライのおっさんに、もらい物をしたぜ」
「!?」
 トラッシュの目が、また紫色に光る、と・・・
 キャンピングカーのグラフィティが、ぼうっと光り、やがて、キャンピングカー全体が、じょじょに透明になり、ついには見えなくなった!
「な、なんだ!? 何をしたんだ!?」
「オレ、アートを封印するだけじゃなくて、グラフィティに封印されたアートを、呼び戻すコトが出来るみたい・・・」
 そう、トラッシュの「紫のアート」により、キャンピングカーに封印した、ヨザムの「消える」アートを、自在に呼び戻すことが可能になったのだ。
 トラッシュは考えていた。これ以上のステルス機能はない。これからの逃亡生活には、これが役に立つに違いない、と・・・

     ★     ★     ★

 スピードスター選手権、ゴール地点の現代美術館。
 先頭は、ここへ来てラストスパートをかけ、ほんの一分前、ハーンラーを抜き去った前年チャンピオンのユード。だが、ハーンラーも鼻差でゆずらず、しかもベテランのガザリも、直後に迫っていた。
 だが、その後方から、すさまじいスピードで先頭集団に接近する者がいた。
「トラッシュ! ラビ!」
 ゴール地点で待ちかまえていたエトワが、満面の笑みで叫ぶ。
 ウィンドボードと、ウィンドスキーがトップ集団と並んだ!
 ゴールまであと100メートル、50メートル、10メートル・・・
 シェルマルクト公がチェッカーフラッグを振り下ろした・・・

 優勝は、ユード・ザックワーン。大会三連覇を達成した。
 2位に、ラビが滑り込んだ。3位は、若手のハーンラー・ビム。
 4位にトラッシュが入り、5位が、ガザリ・ドエトムだった。
 お立ち台で、くやしそうでもあり、それでもうれしそうなラビ。トップ3は月桂の輪をかぶり、互いの健闘をたたえ合う。
「結局、ウィンドボードを酷使したのが敗因だったな・・・」
 と言うが、トラッシュの表情は晴れやかだ。
 表彰式の会場に、キャンピングカーに乗って、シャマルとヒビナが現れた。
 エトワは、
「あれぇ? なんだ、二人とも結局、レース見に来たんじゃん!」
「冗談じゃないわよ! 来たくて来たんじゃ・・・へっくし!」
 ワグダのアートでずぶぬれにされたヒビナが、くしゃみをした。
 すると、表彰台でシャンパンファイトしていたラビが、急にまじめな顔になり、ものすごいスピードで駆け寄ってきた!
「ヒビナ、大丈夫か? 風邪引いたんじゃない?」
「な、なによ・・・大げさ・・・ちょ、ちょっとお!!」
 ラビはヒビナを「お姫様だっこ」すると、これまた猛スピードで、いずこかへと走り去っていった。
 残されたトラッシュたちは・・・
「な、なんなんだ、あの二人・・・」
 目をパチクリさせていた。

     ★     ★     ★

 ケイルク・ピーク大渓谷の吊り橋。
 ヨザムは、スイーパー・ブロンズ支部隊員により、タンカに乗せられた。
 苦虫を噛みつぶした表情で、それを見送るカーリカ、そしてフォルケ。
 ワグダは、ぽつりとつぶやく。
「これで二人目か! トラッシュめ・・・」

     ★     ★     ★

 そろそろ日が落ちようかという時刻。
 ラビは、ケイルク・ピークの新名所、温泉露天風呂へと、ヒビナを抱きかかえてやってきた。
 今の時間帯、ほかの客の姿は、全く見えない。

「うりゃああ!」
「キャアアッッ!?」

 ドボオオンンッッ!!

 ラビは、ヒビナを温泉に放り込んだ。
「な、何を・・・!?」
 すると、ラビはシャンパンまみれのスキーウェアも下着も脱ぎ捨てると、温泉に飛び込み、
「脱いだ脱いだ脱いだ!」
 ヒビナの衣服も引っぺがし始めた。
「うわああっっ! ちょ、ちょっと、アンタ何考えて・・・」

 二人して並んで温泉につかっているラビとヒビナ。
「ねっ!? こうしてハダカとハダカでいれば、腹を割って話せるでしょ?」
「やり方がムチャクチャなのよ! アンタは! トラッシュじゃあるまいし!」
「トラッシュに服脱がされたことあんの?」
「あ、あ、あ、あるわけないでしょ!」と、真っ赤になるヒビナ。
 ラビは、真剣な眼差しをヒビナに向けると、
「あのね、ヒビナ、誤解されてるみたいだから言っておくね」
「誤解って・・・?」
「ヒビナ、トラッシュのこと、ずいぶん気にしてるよね? 何というか、オトメ的に」
「な、何がよ! 誰があんなオタンコナス・・・」
「はい、そこまで! 女同士、ごまかさなくったっていいんだよ? こう見えてボクも女なんですから?」
「・・・・・・・・・」
「ボクとトラッシュは・・・確かに仲良しだよ? 正直、トラッシュのこと好きだけど、そういう意味では、全然ときめかないんだよなあ」
「ときめかない・・・?」
「兄妹というか、姉弟というか・・・そんな感じ?」
「だって・・・キ、キスしたり・・・」
「キスしてもハグしてもだよ! 確かに誤解されるようなことはしてた。でも、『そういう』んじゃないんだ。これはホント」
「・・・・・・・・・」
「ボクはどっちかというと、ヒビナの方が気になるなあ」
「ええっ!! それって、まさか・・・」
「あ、また誤解されるようなことを・・・バカだな、ボク」
 と、ラビは自分の頭をコツンと叩いた。
「とにかく、ヒビナに誤解されたままはヤだったんだ。信じてくれる?」
「・・・まあ、そこまでいうなら」
 と、ヒビナは心にもないことを言う。若干めんどくさくなってきたようだ。
「よかった! ありがとう〜」
 そう言って、ラビはヒビナに抱きついた。
「ちょ、ちょっとお!」
「こういう感じよ。トラッシュに抱きつくのも。親愛の情っていうか。でも、今後は控える。ヒビナに悪いから」
「そっちこそ誤解しないでよ! あたし、トラッシュのことなんかぜんっぜん・・・」
「はいはい」
「ホントだってば、あたしは、キリィ様という本命が・・・」
「はいはいはい」
 ヒビナは、ニヤニヤしているラビに反論したいが、のれんに腕押しな感じがぬぐえない。
 二人を照らす夕日にさえも、笑われている気がした。
 だが、そんな夕日にキラキラ輝いて見えるラビの笑顔に、ヒビナは、心につかえていたものが、いつのまにか吹っ飛んでいる気がした。

「あ、そうそう、これは言っとかないと。トラッシュには、記憶の空白があるみたいなんだ」
「記憶の空白?」
「ボクとトラッシュが会うのはコレが三回目って言ったの、あれ、デタラメでもなんでもないんだ。トラッシュには、温泉で会ったのが初めて。その後、けっこう長い間、トラッシュはボクの目の前から消えてた。その間ボクはその温泉が気に入っちゃって、ずっと同じ町で働いてたんだけど。で、しばらくたってから、トラッシュはまたその町に帰ってきたんだ」
「長い間って、どのくらい?」
「そう・・・半年か、いや、それ以上だと思う。それで、帰ってきてからもトラッシュは少しおかしかったんだ。いない間の記憶はもちろん、姿を消す前の記憶も部分的に無くなってた。それに、帰ってきてからの記憶もちょっとあいまいでおかしかったし。だから、トラッシュが消える前と戻ってからの記憶が、トラッシュの中ではひとつながりみたいな・・・それを確かめる前に、アイツは旅に出たから」
「ちょ、ちょっと、もう少し詳しく聞かせて? トラッシュがいなくなってた時期と、旅に出た時期について・・・」

 ラビは、ヒビナの質問に、記憶をたぐりながら答える。

「待って待って・・・その時期って・・・」
 ヒビナは頭を抱えて考えた。整理すると・・・
 トラッシュがラビの前から姿を消した頃、それは、あたしたちスイーパー予備隊120期生の入隊の時期。
 トラッシュが再びラビの前に帰ってきた頃、それは、あたしたちが半年間の研修を終えて、実地研修に入った時期。
 つまり・・・
 トラッシュがラビの前から消えていた時期、トラッシュの記憶に残っていないその空白期間は、あたしがアザク・ラガランディと机を並べていた時期じゃないの!
 そしてアザクがブロンズに実地研修に出て、あたしたちは顔を合わせなくなり、時を同じくしてラビはトラッシュと再会し、そのトラッシュが旅に出たと同時に、アザクの失踪が発覚した・・・
 ヒビナは、衝撃を受けていた。あまりにもあまりな時期的な一致。できすぎじゃないかと思えるほど、トラッシュとアザクの出現時期が入れ替わっているのだ。
「じゃ、じゃあ、やっぱりトラッシュはアザクなの・・・? そのことを、トラッシュは憶えていない、忘れていることさえ気づいていないというの!?」
「・・・ヒビナ?」
 ラビの言葉に、ヒビナは我に返る。
「・・・ラビはどう思う? 前に話したけど、トラッシュはアザクだと疑われていて、それで追われてる。それはホントのことだと思う?」
 ラビは、深刻なヒビナの表情を見て、言葉を選ぶように、答え始めた。
「ボクは・・・そのアザクとやらを知らないから、わからないな。言えるのは、トラッシュはウソはつかないよ。人をだましたり、裏切ったりはしない。けど、トラッシュ自身が気づいていない、『記憶の空白』があることだけは、間違いない。それを思うと・・・」
「そう・・・そうよね・・・」
 それっきり、黙り込んでしまうヒビナ。
 すると、ラビは・・・
 ヒビナの両肩を、ぐいっとつかみ、体を半回転させて、正面から向かい合った。温泉のお湯が、バシャッと跳ねるほどの勢いで。
「きゃっ!?」小さく悲鳴を上げるヒビナ。
 ラビは、はじけるような笑みを浮かべると、
「ヒビナ! トラッシュに何があったにしても、トラッシュはトラッシュだよ!『記憶の空白』があったって、ボクはトラッシュが好きだよ! 久しぶりに会ってみて、やっぱトラッシュの中身はトラッシュのままだった!」
「ラビ・・・」
「ヒビナもトラッシュが何者かなんて、気にしなきゃいいんだよ! どうせ記憶が無いんだから、トラッシュの過去なんて無いようなもんじゃんか!」
 ヒビナは、そんなラビの言い分に苦笑い、いや笑顔で、
「アンタ、やっぱり女トラッシュだわ。リクツが意味わかんない!」
 そう、ラビはトラッシュそっくりだ。だましたり、裏切ったり、人を傷つけたりしない・・・

     ★     ★     ★

 ビュウウウゥゥ・・・
 ブロロロロロロ・・・

 ドメニコットが、砂塵渦巻くブロンズ郊外の荒野を行く。強風が車体を揺るがし、砂粒がバチバチとフロントグラスを叩く。水は豊かで緑の多いブロンズではあるが、こういった砂と岩だらけの乾いた土地も、あることはある。
 ふと、荒野にドメニコットは人影を発見した。コジェはモニターでその人影、どうやら二人のそれを確認した。
 一人は、コジェには憶えのある人物。もう一人は・・・髪の長い少女? なんと、荒野には似つかわしくないことか。
 コジェはたたずむ人物の直前までドメニコットを進め、停車した。すぐさま、車体左サイドのハッチを開け、降車する。
「こんなところまでご足労いただくなんて・・・どうぞ、車内(なか)に」
「いや、ここでいい。ブロンズには別の用件があってな。ついでだ」
 乾いた強風にさらされても動じない、強靱で芯の通った声。そばに立つ少女は、華奢で繊細そうな痩身に、長い髪をきちんと束ね、砂風に抗いしっかりと大地を踏みしめている。
 そんな少女に、「しなやかな」「したたかさ」を感じるコジェだった。
「研究は順調かね、コジェ・オリク」
「はい。興味深い発見もいくつかありました。近々、一度ファウンデーションに戻り、データを解析して報告いたします」
「それもいいが、グラフィティそのものを、スイーパー本部に運ぶことは、可能だろうか?」
「えっ? ファウンデーションにではなく、スイーパー本部に、ですか?」
「キミが本プロジェクトの総指揮者だ。キミの許可を得たい」
「それは・・・かまいませんが・・・」
「ありがとう。スイーパー部隊を使って、グラフィティ本体を掘り起こし、運搬することにしたい。もちろん、それをキミたちが研究対象とすることも可能だ」
「わかりました。後ほど、これまでのグラフィティの所在位置をマップにしたものを、スイーパー本部にお送りします」
「それなんだが、データはわたしに直接送ってもらえないか。わたし宛の報告書に添付して」
「・・・キリィ大尉ご本人に?」
 そう、コジェが今、相まみえているのは、キリィ・キンバレン。そばに立つのは、秘書のメイペ・シノリだ。
 コジェはいぶかしげながらも、
「・・・わかりました。そもそも、プロジェクトの発案者はキリィ大尉です。問題はありません」
「重ねて礼を言うよ、コジェ・オリク・・・」
 コジェが手がける、グラフィティ探査プロジェクト、それはキリィ・キンバレンの発案によるものだった。
 彼は何のためにグラフィティを調べ、それにとどまらず、グラフィティ本体を手に入れようとするのか。
 コジェにすら、その真意は測りかねた。

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>>>第2章第6話へつづく。
次回「地下の野生児ガベイジ」

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