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第2章第12話「渦巻く野望」

 メイペ・シノリの壮絶なる過去に触れたトラッシュとヒビナは、そんな彼女と戦う運命に、さらなる困惑を覚える。
 失意のトラッシュの元へ、ラビ、そしてガベイジが集結。3人のウィンドガジェットにエトワが祈ると、強力なグラフィティパワーが発現、その力が呼び起こした空間は、階層を超える道である「極点」にも似て・・・
 そのころ、ゴールド階層では、キリィ・キンバレンの野望がついに始動した。グラフィティパワーは、さまざまな形でこの世界に関与してゆくのであった。

     ★     ★     ★

 休耕農地の上空に、威容を示す七色の光の柱。
 天空の極点に、言葉もなく見とれていたコジェは、ハッ!と、何かに気づいたのか、エトワに駆け寄り、なにごとか耳元でささやいた。
 そのさまに、首をかしげるトラッシュ、そしてシャマルたち。
 エトワは、コジェの耳打ちに、祈りの仕草をやめた。
 すると・・・
「見て! 極点が・・・」
 ヒビナの言葉に、全員が見上げる。3本の光の柱に囲まれた、空中の光の渦、極点に似たそれがみるみるしぼんでいき、やがて七色の光の柱も、ふうっと消えていった。
 トラッシュは、痛む傷をなだめるように身体を突き動かし、コジェとエトワの元へ歩み寄る。
「なんだったの、コジェ・・・」
「手遅れかも知れませんが、あまり目立ちすぎると、ここがスイーパーなり、メイペに見つかる可能性があります」
「あ・・・・・・」
「エトワとしては、トラッシュの傷を癒やす効果を期待したのでしょうけど、それは望めない様子でしたので・・・」
 エトワは、ちょっと意気消沈した表情を見せた。
 トラッシュは、エトワのもとにかがみ込み、ぎゅっとエトワの小さな身体を抱きしめた。
「ありがとうな、エトワ・・・エトワのその気持ちだけで、オレはもう平気だ」
「トラッシュ・・・」
 まなじりに涙をうっすらためていたエトワの顔が、ぱあっと明るくなった。
「それよか、大手柄かもよ、エトワ! あれがもし本当に極点なら、オレたち、シルバーに行けるかも」
「ホントに!?」エトワが破顔で応えた。
「なっ、コジェ?」
「・・・そうですね。調べてみる価値はあると思います。ねぇ、シャマル?」
「え、ぅえええっ!?」
 困惑のさなか、とつぜん矛先を向けられたシャマルは、珍しく素っ頓狂な声を発した。
 コジェは、空を見上げながら、自らに説くように言葉をつむぐ。
「ドメニコットのセンサー・プログラミングを変えてみたいと思います。グラフィティの探索方法を試行して、もっと強力なグラフィティを発見して、もっともっと安定した極点を発現させる方法を見つけられないか・・・」
「ちょ、ちょっと、コジェ? どういうつもりなの?」
 あわてた口ぶりなのは、ヒビナだ。コジェは応えて、
「さっき話したように、今の極点現象で、この場所は目をつけられるかも知れません。ですから、場所を移動してグラフィティを探して、あらためて・・・」
「そうじゃなくて! コジェの立場はどうなの! ファウンデーションの研究員で、スイーパーの資格持ちのコジェが、イリーガルに協力するなんて・・・ばれたら大変なことよ?」
「あら、そっち?」
 どうにも、のん気なコジェだ。
「あ、あのねえ・・・」
 呆れた表情のヒビナに向けて、コジェは、
「うふふっ、心配してくれてありがとう、ヒビナ。わたしは大丈夫です。ファウンデーションだろうとスイーパーだろうと、わたしは魂まで売り渡したつもりはありません。わたしはわたしの信念で行動します。わたしは一介の学者、真実を追い求めるのが、わたしがわたしに課した使命です」
 ヒビナは、あ然とした。
「コジェって、意外とがんこなのね・・・」
「かっこいい・・・」
「へ?」
 ぽつりとつぶやいたのは、シャマルだった。それを聞き漏らさなかったヒビナは、
「シャマル、アンタ・・・ほれなおしましたってヤツ?」
 ニヤニヤしているヒビナに、
「ア、アホ抜かせ! 言っただろう? コジェはオレの師匠みたいなもんだって・・・」
「あら、わたし、お友達のつもりでいたのに・・・」
 コジェがちょっと、不満そうにそう漏らした。
「あっ、えっ? いやその・・・お、オレもほら、もちろん、とととととと友達のつもりではいるけど・・・」
「ふふっ、じゃあ、手を貸してもらえますね? シャマル」
「も、もちろん!」
「アンタって、そんなわかりやすいキャラだったっけ?」ヒビナが茶化す。
「うるせえな! そう言うおまえだって・・・」
「みんな友だち!」
 高らかに声を上げたのは、エトワだった。
 満面の笑みを浮かべている。
 それを聞いて、ラビは、
「そうさ! ボクら友だちだもんな! コジェ、ボクも手伝う! 頭は良くないけど、身体を使う仕事ならまかせて!」
「ラビ・・・?」驚いたのは、トラッシュだった。
「トラッシュのその身体じゃ、まだ無理させらんない! ボクがトラッシュの手足になる!」
「ええ、それじゃあ、ラビにもお願いします」コジェが微笑む。
 それを聞いて、パビクは、
「お屋形さま! オイラたちも・・・」
「お、おまえ、また何を言い出すんだ!」
 赤い目をまん丸にひんむいているガベイジ。
「断れないですよね? だってお屋形さまの大事な嫁さんのヒビナさんのためでもあるんですから!」
「そ、それを言われると・・・」ガベイジもタジタジだ。
「ちょ、ちょっと、パビク! アンタまで何を・・・?」ヒビナがあわてて口を挟む。
「なんか知らない間に、ガベイジ、パビクとの力関係が微妙だな・・・」
 トラッシュは、すっかりたくましく、したたかになったパビクに、目をみはった。
 いや、それだけじゃない。
 旅を通じて、出会ったものたち。ここに一堂に会し、同じ目的に向けて、力を合わせようとしている。
 トラッシュの傷ついた体と心に、ドクドクとエネルギーが注がれる。そんな手応えを感じた。
 もしかして・・・
 シルバーへの扉を開くカギは、これだったのか!?

     ★     ★     ★

 スイーパー・ブロンズ地区第2方面支部。ワグダたちイリーガル追跡スペシャルチームは、現在はこの地に拠点を設けていた。
「ええええええぇぇぇっっっ!!!」
 ある日の早朝、素っ頓狂な叫び声が支部に響き渡る。
 声の主は、フォルケだ。支部据え付けの情報端末の液晶モニタを前に、目をむいている。
「ふわああぁぁ・・・何なんだフォルケ、朝っぱらから・・・」
 くわえ歯ブラシで口の周りを泡だらけにしたワグダが、フォルケの背後から歩み寄る。
「ワグダ少尉! そんなドラマの一場面みたいなのんきなセリフを吐いてる場合じゃ・・・ぬえええええぇぇっっ!!??」
 振り返ったフォルケは、さらに卒倒しそうなほどショックを受けた。
 ワグダが下着姿だけの、あられも無い姿で歯磨きしていたからだ。髪は雑に束ね、謎のぬいぐるみ・フリーマを脇に抱きかかえ、寝ぼけ眼もだらしなく・・・
「わ、わ、わ、ワグダ少尉ィ! なんちゅう格好で職場をうろついてンすかぁぁっっ!!??」
「ふわあぁ?」ワグダの返事も気が抜けている。
「・・・もぉ〜、何の騒ぎ? わたくしは10時間は眠らないとお肌に響くというのに・・・」
 アクビしながら奥から姿を現したのは、カーリカだ。その姿を目にしたフォルケは・・・
「どえええええぃぃっっ!!??」
 目の玉が飛び出さんほどに、むき開かれた。
 カーリカもまた、下着姿のまま、長い髪をヘアバンドで巻いただけの姿で現れたからだ。
「ふ、ふ、ふ、ふたりとも、そんな寝起きの格好で、いたいけな予備隊員の前、うろつかないで下さいよっ!?」
「誰がいたいけですって?」
「寝起きってアホか、あたしらこれでも起きて下着つけるくらいの常識はあるわさ」
「・・・てことは、おふたりは寝てるときは・・・」
「あ、想像した?」
 ニヤニヤ顔をフォルケに投じるワグダとカーリカ。
 ガターーーンッッ!!
 フォルケは、口から泡を吹いて、卒倒した。
「・・・ちょっと、刺激が強すぎたかしら?」
「鼻血でも出した日にゃ、ダウンシフトだな」
 気絶したフォルケをよそに、どれどれ、とワグダは情報端末をのぞき込む。
 フォルケが大騒ぎした情報とは、どんなものか・・・
 すると。
 ワグダの表情が引き締まった。珍しく、普段滅多に見せない、スイーパー士官の顔に戻る。
「カーリカ!」
「はあ?」
 カーリカはメガネを直すと、ワグダの背後から液晶モニタに視線を寄せる。
「・・・これは!?」
 ワグダの背中にのしかかる勢いでカーリカも、そう、二人の下着姿の美女が、モニタに食い入った。

     ★     ★     ★

 ゴールド階層、ここはスイーパー本部ビルから200メートルほど隔てた、国際議事会館。
 中庭のステージで、百人を越えるマスコミに囲まれ、絶え間ないストロボになぶられながらも、たじろぐことなく高らかにステートメントを読み上げる、初老の男。ダークスーツに身を包み、小柄で浅黒い肌、ロマンスグレーの髪。しかしその目は生き生きと輝き、見てくれ以上の大きさを感じさせる男。
 そう、最高会議議長、ザイラ・ファギレルである。
「・・・これにより、階層社会はより一層の発展を遂げることを約束しよう!」
 ストロボがひときわ倍速でたかれ、ザイラの姿は、まるで光の泡に浮かび上がるかのようだ。
 マスコミがそう意図しているわけではないのに、まるで祝福の光に包まれているがごとく映る。
 そのザイラの背後のステージには、数十名の制服姿が、一糸乱れぬ隊列で並んでいた。
 彼らは、全身黒ずくめの制服、黒のグローブに黒のブーツ。装備品の全てはつや消しの黒で統一され、顔には黒のゴーグルと、これも黒の機動部隊用軽量ヘルメットで、その表情はうかがえない。
「彼らの名は、汎階層監察機構特務部隊、通称『ブラック・バイザー』と呼んでいただきたい!」

     ★     ★     ★

「どういうつもりだ!!」
 ドオオオンッッ!
 巨岩のような拳がテーブルを叩く。
 傍らの細身のスーツ姿の男が、冗談ではなく、その衝撃で飛び上がるほどの勢いで。
 ここはゴールド階層、最高会議議事堂10階、最高会議議長室。テーブルを叩いたのは、全身筋肉のかたまりを、制服とシルクのマントに包み隠した、首の太い偉丈夫、スイーパー正規隊隊長、キギ・ラエヴェである。
 叩かれたテーブルの持ち主は、当然、その部屋の主(あるじ)、ザイラ・ファギレルだ。
 キギはずかずかと入室するやいなや、あいさつも無くテーブルに一撃。ザイラはそんなキギに視線をくれる暇さえ与えてもらえなかった。だが、それほど恫喝的であったにも関わらず、ザイラは動じる素振りをみじんも見せない。
 細身の男=ザイラの秘書は、手にしたコーヒーカップをキギに差し出すタイミングを失し、二人の対峙を黙って見守るしかなかった。
 苦笑をたたえてザイラは、最新型のエルゴノミクスチェアにもたれかかるまま、斜めにキギを眺めた。
「大声を出さずとも聞こえとる。何度言えばわかるのだ」
「今回ばかりは声も荒げるわ! 貴様らしくもない! この吾輩を出し抜くようなマネを!」
「出し抜く?」フンッと苦笑を音にするザイラ。だがキギも動じることもなく、
「貴様と意見が違(たが)うことなど、40年来、毎日のようにあった! だが貴様は一度も、吾輩を出し抜くようなことはせなんだ! 綱紀粛正部隊だと? ああ、貴様はやるといったらやる男だ! だがな、この吾輩に黙って、秘密裏に部隊を結成し、抜き打ちで発表などと、こそこそしたマネをするとは!」
「どのみち、おまえに宣言したところで、段取りは変わらん。若いときのように、潤沢に時間があるわけではないのだ。お互いにな」
「見損なったぞ、などと言いたくなかったが・・・」
「すでに議会の承認は得ている。議会もスイーパーを煙たがっていることがあらためて身にしみた。わたしも辛かったぞ?」
 ギリギリと奥歯を噛みしめるキギだが。
「・・・フンッ! もういい、これでは吾輩が子供のダダこねにしか見えんわ! だがな・・・ブラック・バイザーとやらが目の前でうろつこうがどうしようが、綱紀粛正だなんだとわめこうが、スイーパーはスイーパーの道を貫かせてもらう!」
「はっ、そう言うと思った。このわたしの分身とも言えるブラック・バイザーをどうあしらうか、楽しみに見物させてもらうぞ」
「小癪な・・・」
 キギ・ラエヴェは、きびすを返し、最高議長室を立ち去ろうとした。
 だが、もう一度ザイラを振り返ると、
「そうだ、もらい物があるのだが、吾輩の趣味ではないのでな、貴様にくれてやる」
 懐から、小さな紙箱を取り出すと、叩き付けるようにテーブルに置く。
 ザイラは、その紙箱を一瞥すると、
「・・・タバコ?」
「なんでも百年に一度しか作れない紙巻の銘品だとかなんだとか言われた気がするが、知っておろう、吾輩は葉巻しかやらん。貴様なら喜ぶと思って、くれてやろうとしたんだがな。その矢先の綱紀粛正部隊の発表だ。どうしてくれようかと思ったが・・・持っていてもゴミにしかならんからな。ここに捨てていくわ」
 意見が違ったとしても、キギとザイラは長年のライバルであり親友。激しい対立があったとしても、その関係にヒビが入ることはなかった。
 これまでは。
 だが、ザイラは・・・
「ははっ、せっかくだが、ここに置いてもゴミだ。タバコはやめたからな」
「やめた!? 貴様がタバコを!?」
「お互い、そう若くはないと言っただろう? タバコなぞ、百害あって一利無しだ。おまえも葉巻は考えた方が良いぞ?」
 言葉を失うキギ。
 ザイラは委細かまわず、
「持って帰れ。部下にでも与えればよかろう」

 最高会議議事堂をあとにし、正門前の車止めで、専用リムジンのシートに収まろうとしたキギだが、思い直したように議事堂を振り仰ぎ、
『ザイラがタバコをやめただと・・・女房子供に甘いアイツが、文字どおり煙たがられても、タバコだけはやめなかった。そんなヤツがタバコを?今さら?』
 いぶかしげな表情を隠さない。

 走り去るリムジンを、10階の窓から見降ろすザイラ。
 ピピピ・・・と、デスクの電話機が鳴る。ザイラは秘書を制して、自身で受話器を取った。
「・・・キギ・ラエヴェなら、今帰った。おまえの言うとおりだったよ。一挙手一投足の全てがな」

 ガチャリ、と受話器を降ろす男。
 男の頭の中に、舌っ足らずな声が響く。
『フフフフッ、やっぱりアナタはすごい、とでも言って欲しい? なにもかも計画どおりで、満足してるんでしょー』
『皮肉を言うな・・・それにしても、さすがはキギ・ラエヴェ隊長。ザイラ議長の異変に気づきつつあるとは・・・』
 にやりと、薄笑みを湛える、キリィ・キンバレン。スイーパー本部ビル143階、自分のオフィスで、キリィは計画の手応えを楽しむヒマさえ与えてもらえないことを痛感していた。
 その瞳には、研ぎ澄まされた刃物の輝きがまた・・・

     ★     ★     ★

 タブレットPCの液晶画面を、焦げ付きそうなほど睨みながら、奥歯を噛みしめる男。黒い袖無しのスイーパー制服に身を包む、精悍な顔立ち、前髪が立ち上がった風貌からも、尖った印象を与える。
 デタン・デズ・デギウス。
 タブレットPCに映し出されているのは、綱紀粛正部隊ブラック・バイザー結成の情報だった。
 怒りを押し殺す・・・いや、殺し切れていないその、あふれんばかりの憎悪がどす黒い気となって立ちのぼり、傍らの忍者スイーパー少女、ギギエを震え上がらせる。
 ブロンズには珍しい、草木も生えぬ荒れ果てた地の、赤茶けた砂利道で停車している、ジープタイプのスイーパー高機動車両。その運転席で、眺めていたタブレットPCを助手席に置いたと思うと、デタン・デズは、砂利道に降り立った。
 と・・・

 ザシャァッッ!!

 おもむろにデタン・デズは、砂利を蹴り上げた! 中空に浮かぶ石ころを、デタン・デズは血走った目で睨みつけたかと思うと、右手を石ころに向けて突き出した。

 バシィィィィッッ!!

 ひっ、と、ギギエは身をすくめた。空中の石ころが、まるで花火のように爆ぜ、砂煙と化したからだ。
 デタン・デズの目が、銀色に輝いている。
 それがデタン・デズのアートだと知っていても、ギギエを縮み上がらせたのは、たかが石ころが弾けたことではなく、そこに込められたデタン・デスの憎悪が、ただならぬ黒い熱量に充ち満ちていたことにある。
「ザイラ・ファギレル! どこまでこのオレをこけにすれば気が済む!」
 抑えきれぬ怒りはついに、デタン・デズの口をついた。
「なにがスイーパーの自浄作用だ! なにが切り札はキリィ・キンバレンだ! 綱紀粛正のための専用部隊を結成するというのならば、名乗りを上げたこのオレを、門前払いしたのはどういうわけだ!」
 屈辱に身悶えせんばかりの怒りをまとう、デタン・デズ。だが・・・
 激情を押さえ込み、静かに口を開く。
「ギギエ、回線をつなげ。ビアビオと話がしたい」
「えっ!?」
 ギギエは、ギクッと反応した。
「どうした! さっさとつなげ!」
「ちょ・・・諜報部に・・・ドゥ・ドゥリ少佐に?」
「何度も言わせるな! なにをボヤボヤしている!」
「は、はいっ!」
 ギギエは、高機動車両の助手席からタブレットPCを手に取ると、液晶画面を操作した。
 明らかに、気が進まない、といった風だ。その様子にすら、デタン・デズは気が回りはしなかったが。
 ほどなく、やや帯域の狭い音声が、タブレットPCから流れた。ブロンズとゴールド間の暗号通信音声は、総じてAMラジオを多少良くした程度の品質だ。
『ビアビオ・ドゥ・ドゥリだ。おまえさんの方から呼び出しがかかるとは、わたしも見くびられたものだな』
 液晶画面に映し出されたのは、中年女性、その見た目は絶世の美女。ウェーブのかかった黒髪も艶やか、だがその眼差しは冷たく鋭く、まるで冷血動物のような面差し。キリリと引かれたルージュは、血の色かと見まごう。
 ビアビオ・ドゥ・ドゥリ。そう名乗ったのは、スイーパー諜報部総司令であり、正規隊幹部の一人である女傑だ。階級は少佐だが、諜報部自体がスイーパー本部の中でもトップシークレットであり、その権限は階級だけでは推し量れない。口さがない輩には、『メデューサ』の異名を取るビアビオ、文字どおりヘビを思わせる冷たさを湛える風貌でにらみをきかせる。
「無礼は謝ります。だが、諜報部は知っていたのですか? ブラック・バイザーのことを・・・」
『フッ・・・ずいぶんと、頭に血が上っているな?』
「まじめに聞いてくれませんか! 干されたオレを拾ってくれた諜報部には感謝してます。だから、こうして諜報部がスイーパーを乗っ取る手伝いを・・・」
『おっと、どこに耳があるかわからん。うかつなことを口にするものではない』
「・・・少佐の手足となって、計画をサポートしていたオレに、まさか隠し事などありませんよね?」
『さあな・・・われわれは諜報部だ。スイーパー士官の貴様なら、諜報部がどんなものか知らぬはずがあるまい?』
「まさか・・・オレを裏切った!?」
『貴様こそ、性懲りも無く再びスイーパーを自分のものにしようと目論んで、諜報部を逆利用しようとしたのではないのか?』
「・・・そのようなことは・・・」
『・・・フン、むしろそんな貴様だからこそ、こちらも拾ってやったのだ。実力はキリィ・キンバレンに劣らぬと言われた貴様だ。こちらの目論見にうまくハマれば儲けもの、と思っていたが、現実はどうだ?』
「ぐっ・・・」
『ザザを失い、ザイラに取り入るどころか、何一つ成果を上げておらんではないか』
「・・・それは・・・」
『そうなると、こちらもオイシイ話に乗り換えるというわけだ・・・ギギエ、そこにおるか?』
「は、はいっ!?」とつじょ、その名を呼ばれて、声を裏返してしまったギギエだ。
『おまえは諜報部に戻っても良いぞ。その男についていても、ロクなことはあるまい?』
「そ、それは・・・」
 言いよどむギギエを制して、デタン・デズは、
「ドゥ・ドゥリ少佐! オレはお払い箱というのですか? も、もう一度チャンスを! そうだ、あと少し、もう少しで、イリーガルや、イリーガルもどきや、強力な戦士を味方につけてみせます! だから・・・」
『先ほどの質問、答えがまだだったな』
「!!??」
『諜報部は、綱紀粛正部隊について情報を得ていたか? 当然だ、ブラック・バイザーは、諜報部を基盤として結成されたのだからな』
「な・・・なんだってえぇ!!??」
 衝撃を受けるデタン・デズ。
『ギギエ、長居は無用だ。通信を切るぞ』
「ま、待っ・・・」
 デタン・デズの狼狽にかまうことなく、通信は切れた。

     ★     ★     ★

 ここはゴールド階層、スイーパー諜報部の拠点。だが、それがどこにあるかを正確に知るものは少ない。
 諜報部とは、情報収集だけでなく、スイーパーといえども法に触れそうなギリギリの、いや、ときにそれを越える危ない橋を渡る専門の部署である。スイーパー内部でも、司令官がビアビオ・ドゥ・ドゥリ少佐であること以外、その構成人員も、人数さえも定かではない。予算すら階層監査省『フォーミュラ』が、スイーパー本部と別に特別会計としているほどなのだ。
 その実体は、『忍者軍団』と呼んで差し支えはない。
 たとえば、予備隊を修了したからといって、誰ひとり、諜報部に配属されることはない。諜報部員は諜報部員として生まれ、諜報部員として育てられる。ひとつの部族とすら呼んでもおかしくない存在なのだ。
 薄暗がりに浮かび上がる、ダウンライトに照らされたビアビオのオフィス。
 傍らにひかえるは、腹心であるラゴゴ・ゲム大尉。その顔を一瞥したビアビオは、
「・・・何か言いたそうだな?」
「よろしいのですか? デタン・デズ・・・」
「事情が変わったのだ。今朝一で、ザイラ・ファギレルから暗号通信が入ったときからな・・・」
 ビアビオは薄笑いを浮かべる。
「ザイラ・ファギレルは、諜報部の動きを全て把握していた。忍者軍団たるわれらを出し抜いて、われらの行動も策略も全てな・・・その上で、スイーパーの指揮権を奪取するために手を組もうと申し出た」
「左様でしたか・・・」
「もちろん最初は眉唾だったさ。だがな・・・最高議会議員全員、諜報部の影武者で置き換えてもかまわぬと。本気かどうかはともかく、ならばいざとなればザイラごと消してしまえばいい」
 ビアビオは、メンソールの香りの細く長いタバコを、デスクの上のキャンドルにかざし、火を灯す。
「にしても、デタン・デズ・デギウス・・・」
 ふうっと、薄紫の煙を吐く。
「キリィに匹敵する逸材が聞いて呆れる・・・あれをキリィの対抗馬にと考えたわたしは、よほど目が曇っていたと見える」
「そのようなことは・・・わたくしには、あの男、いささか星回りが良くなかっただけに思えます」
「ならばなおのこと、身内に置いておけまい?」
 デスクに飾られた、星と月のモビール。ビアビオが、フッと息をかける。星と月が追いかけっこをするように、モビールが回る。
『あやつが、キリィ・キンバレンに決定的に及ばぬものがある。それは志だ。だから星が逃げるのだ・・・』
 ビアビオはタバコをもみ消すや、
「ラゴゴ、ザイラは油断ならん。あやつの情報ルートをあぶりだせ。こんどはこちらが向こうを丸裸にする番だ」
「ははっ!」

     ★     ★     ★

 取り残された思いのデタン・デズは、その憎悪のまなざしを、こんどはギギエに向けた。
 ギギエは、またしてもすくみ上がる。
「・・・知っていたのか・・・おまえは、少佐の目論見も、いや、ブラック・バイザーのことも!?」
「いえ・・・そ、そのようなことは・・・」
 とは言うが、諜報部員であるギギエには、うすうす感ずることもあるにはあった。あったが、さすがにその詳細までは知らされていなかった。それすらも、諜報部では当たり前のことである。
「クーデターに失敗して、行き場のないオレに、諜報部のスイーパー乗っ取りに手を貸せと言われたときは、まだオレも捨てたものではないと自惚れたが、ただただ舞い上がっていただけということか・・・」
 そんなことをギギエに問うても、どうしようもないことは、デタン・デズにもわかってはいた。
「・・・どうした、そんなとこに突っ立ってないで、忍者村に戻ったらどうだ」
 冷たく言い放つデタン・デズ。だが、ギギエは目を伏せながらも、そこを動こうという気配がない。
「どうせオレはお払い箱だ! そんなオレに付き合って、何の得がある! さっさと消えろ!」
「・・・約束は、どうなるのです!?」
「!!??」
 ギギエは、おずおずと、デタン・デズに伺いを立てた。
 すると、デタン・デズは・・・
 青ざめていた表情に精気が戻り、その口角に、妖しい笑みを湛えた。
 再び、どす黒い気が、まとわりつく。
 デタン・デズは、ギギエの右肩を、ドンッ!と突いた。
「キャッ!?」
 虚を突かれ、忍者らしくない、少女の悲鳴を発したギギエ、突かれた勢いで身体を半回転させ、デタン・デズに背を向けた。
 と、デタン・デズは、ギギエの忍者装束の襟首をつかむと・・・

 バリイイイィィッッ!!!

 思いっきり、忍者装束を引き裂いた!
 ギギエの、裸の背中があらわになる。「くっ・・・」と、動揺がギギエの口をつく。
 少女の、きめ細かな肌つや。だが、そんな印象よりも遙かに、真っ先に目に飛び込んできたものは・・・
 ギギエの背中一面に、描かれた紋様。
 タトゥー?
 いや、それは、幾何学的な絵柄に、とりどりの不思議な色彩・・・
 まさに、グラフィティだった。
 ギギエの背中に、グラフィティ・タトゥーとでも言うべき紋様。ギギエは、恥じらいとも、屈辱ともつかぬ表情で、破れた忍者装束の胸を隠す。
 デタン・デズは、妖しい笑みとともに、
「そうだったな・・・おまえはオレから逃れられない・・・なんということだ、諜報部に、あの諜報部に、このオレはスパイを送り込めるというわけか・・・」
 狂ったように、高笑いを轟かせる。
「フハハハ、ハハハハハ、ハアッハハハハハハハハ・・・」

     ★     ★     ★

 スイーパー・ブロンズ地区第2方面支部。
 普段ならワグダたち厄介者が居座るために、オフィスに寄りつかないスイーパー隊員たちだったが、ザイラ・ファギレルによる青天霹靂の綱紀粛正ステートメント発表によって、ざわざわと人が行き交っていた。
 さらに追い打ちをかけるように、第2方面支部長、ヘイレル・バズハース少尉を通じて、キギ・ラエヴェ正規隊隊長からのステートメントも通達され、「ブラック・バイザー恐るるに足らず」の見解を知らされたが、それを容易に受け入れるほど、さすがにスイーパー隊員たちは能天気ではなかった。
 ワグダはぼやくように言葉をつむぐ。
「スイーパーの頭越しに、最高会議直属で綱紀粛正部隊が結成されるとは、思いもしなかったな・・・」
「これではキギ隊長の影響力も及ばない。考えましたね・・・」
 応えるのは、フォルケだ。カーリカはと言うと、何事か考え込んでいるように見える。
 ワグダは続けて、
「それにしても、あれほどの人員と指揮系統を、ほんの数日で結集できるとは、考えづらい。最初から、ブラック・バイザーありきで話が進んでいたとしか思えん」
「でも、ですよ? スイーパーは長い歴史が鍛え上げた、地上最強の実戦部隊、そう言う触れ込みですよね? そんなスイーパーに、対抗できる勢力が、一朝一夕で作り上げられるなんて、とても想像できないんですけど・・・」
「へえ・・・」
「な、何です?」
「フォルケにしてはまともな意見だ。だからキギ隊長の『恐るるに足らず』発言につながるわけだが、それにしても腑に落ちない。そんなことはザイラ議長にとっても、わかりきってるはずだが・・・」
「諜報部、ですわ」
「はあ!!??」
 とつじょとして投じられたカーリカの一言に、波紋のようにワグダとフォルケの返答が響いた。
「ようやく一つにつながりました。そう思いません? スイーパーの指揮系統外からの干渉、思えばケイルク・ピークで忍者スイーパー、ザザの介入があったあの日から、何かモヤモヤがわたしの頭に引っかかってました。ザザは明らかに諜報部の手練れ、そしてキリィ・キンバレン大尉を筆頭とした、スイーパー正規隊主流派に対抗意識を持っている、唯一の組織。独立採算部隊の諜報部が、つや消しの黒ずくめに姿を変えて現れた。そう考えれば、つじつまが合わないこともない」
「・・・なるほど」
「・・・ですわ」
「そ、それがホントなら・・・このことを早く、キリィ大尉に!」
「待った!」
「ええっ!?」
 フォルケの申し出に、ワグダが制止をかけた。
「ま、待ったって、どういう・・・」
「キリィ・キンバレンのことだ、とっくに気づいているかもしれん。まあ、そうじゃないとしても、ここは一つ、諜報部の暗躍に、主流派のキリィ大尉がどう受けて立つか、見物(みもの)だとは思わんか?」
「そうですわね。こちらもさんざん、イリーガルがらみでは振り回されているのですから、お手並み拝見といきたいところですわ」
「そ、そんな・・・」
「どうせわれわれは、イリーガルで手一杯だ。・・・少なくとも、本部ではそう思われてるだろうさ」
「ほかのスイーパーの連中だって、恐らく今ごろは『どっちにつくべきか』思案しているに違いないですわ。それが・・・」
「スイーパーだから、な」
 ああ、と、もはやフォルケは納得せざるを得なかった。さすがにここまでスイーパーのしたたかさ、ときに狡猾さを見せつけられた彼としては、まんざらありえないことではないと。
 自由すぎるスイーパーたちのモラルを監視するため、結成されたという触れ込みのブラック・バイザー。だが、それさえも面白がってみせるのがスイーパーたちなのだろう。
 とはいえ、真っ当な神経の持ち主であるフォルケには、不安が首をもたげてくるのを否定できなかった。
 もし本当に、裏稼業、闇仕事を生業(なりわい)としてきた諜報部が、満を持して表舞台へと繰り出してきたのだとしたら・・・
 階層社会の平和と秩序は、どうなるのだろう?
 ズシッと、鈍色の雲が胸に巣くった気がする、フォルケだった。

     ★     ★     ★

 ブロンズ階層の、とある荒野。
 見渡す限りの赤茶けた岩肌と砂利だらけの平野に、砂塵が舞い上がる。
 そのただ中に、一人の少年が立ち尽くしていた。
 雪もないのにスノーボーダーの格好。額にはキツネの面のようなゴーグル。小麦色の肌に精悍な顔つき、緑色の瞳。
 その頭上に、曇り空をかき分けながら、銀色の円盤が現れた。
 音もなく飛来するそれは、かげろうのように機体を揺らがせながら、地上の少年へと迫る。
 円盤の下面に、円形のハッチが開き、スポットライトのように光が降ろされる。
 そこから、人影が降下した。
 ナイロンの光沢を持つ黒いビスチェに、黒いパニエのスカート。そこここを鈍い輝きのスタッド・アクセサリで飾った、ゴシックな装束の少女だった。
 ストーン!と、高所から飛び降りたことを思わせぬ軽快な着地を見せた彼女、そう、メイペ・シノリは・・・
 いぶかしげな表情で、少年の前に立った。
 少年はメイペの姿を認めるや、駆け寄り、いや、身体を引きずるように身を寄せてきた。
「メイペ! 良かった、メール見てくれたんだな?」
「トラッシュくん・・・?」
 トラッシュと呼ばれた、キツネゴーグルの少年は、メイペの前に立つと、彼女の細い肩をグッとつかみ、
「オレ、メイペ・シノリに投降する! この身体じゃ、いや、キミにやられたんだけど・・・スイーパーから逃げ続けることは無理だ、そう思ったんだ。頼むから、命だけは保証して欲しい!」
「・・・・・・」無言のメイペの、いぶかしげな表情。
「キミなら知ってると思うけど、デタン・デズ・デギウス。一度、身分を偽ってオレに接触してきたことがある。仲間になれって・・・その時は断ったけど、今となっては彼が頼りなんだ! スイーパー正規隊に捕まったら、イリーガルであるオレは、なにをされるかわからない! デタン・デズは、スイーパーを敵に回すために、力を貸してくれっていってた。オレはもう、彼に頼るしかないんだ!」
「デタン・デズ・デギウス中尉に・・・?」
「で、どうだろう・・・キミも、オレと一緒に来ないか? オレとデタン・デズとキミとで、スイーパー組織をメチャクチャにしてやるんだ! キミの実力があれば、出来ない話じゃ無い!」
 取り憑かれたように、メイペに語るトラッシュ。
 キツネにつままれたようなメイペだったが、まくし立てるトラッシュの話が途切れた一瞬、わずかに間が空いたのち・・・
 メイペは、ニッコリと破顔の笑みを咲かせた。
「よかった・・・」
「えっ・・・わ、わかってくれた?」
「アナタがニセモノで」
「!!??」

 バリバリバリイィィッッ!!

「ぐあああぁぁっっ!!??」
 トラッシュの背後から、電撃が食らわされた!
 背後には、ガーフが立っていた。
 トラッシュはよろけて、ひざをついた。
「トラッシュくんはわたしに泣きついたりしないんです。そんなトラッシュくんだから、わたしは・・・」
 そこまで言って、頬を染めるメイペ。それ以上は言えないことを、自分でも気づいている。
「くっ・・・」
 赤茶けた地面に突っ伏して、「トラッシュ」は・・・
 ババババッ!と、4人に分身した!
 その4人の姿は、ギギエだった。4人のギギエに取り囲まれるメイペだが、忍者スイーパーのアートを見せられても、たじろぐ素振りを見せない。
「ただ者じゃないのは知ってたけど、あたしのアートってそんなにチャチだったとでも!?」
 ギギエの方が、動揺しているかに映る。
「そんなことはありません。ただ、わたしはトラッシュくんを見間違えたりしません。わたしのトラッシュくんなのだから」
「呆けたことを言ってるんじゃない!」
 4人の分身ギギエが短剣を抜き、一斉にメイペに飛びかかった!
 すると。

 ビシッ! バシッ! ビシイイィィッッ!!

「うあああっっ!!??」

 分身ギギエは、4人ともはじき飛ばされ、地面に叩き付けられた。
 いつの間にかメイペの両脇に、ジョデとガーフが立っている。目にもとまらぬ素早さで、メイペのもとに駆けつけたジョデとガーフが一人ずつ、そしてメイペ自身が2人の分身ギギエを退けた。
 うち3人は虚像だったわけだが・・・
 その虚像は消え、本体一人のみが再び立ち上がる。
「おのれ、予備隊の小娘!」
 ギギエは、メイペに飛びかかろうとする。その前に、ジョデとガーフが立ちはだかるが・・・
 その時だった。

 ドガアアァァァンンッッッ!!

 メイペ、ジョデ、ガーフと、ギギエをも含む赤茶けた平野の一帯が、とつじょ、地面の下から吹き飛んだ!
「きゃああっっ!!??」
「うあああっっ!!??」
 舞い上がった砂埃で、メイペの視界がさえぎられる。と、その砂埃の奥から、右手が伸びてきて・・・
 メイペののど元を、ガッシとつかんだ!
「ぐうぅぅっっ!?」
 苦痛にゆがむメイペの、整った小顔。右腕に吊り上げられて、足が地面を離れ、メイペのからだは宙にあった。砂埃が収まると、視界に現れたその右腕の主は・・・
「・・・デタン・デズ・デギウス中尉!?」
 メイペの、絞り出すような声。そう、黒い袖無しスイーパー服、前髪が立ち上がった髪型。デタン・デズが、右手一本でメイペを締め上げていた。
 ジョデとガーフは、そんなメイペを救出しようと、デタン・デズに飛びかからんとしていたが・・・
 ストップモーションのように、空中で静止していた。
 その眼前で、印を切るギギエ。結界を張って、メイペのアートを封じていたのだ。
「久しぶりだな、可愛いメイペ・・・」
 薄笑みを浮かべるデタン・デズ。
「イリーガルといい、キミといい・・・近頃の小僧どもは、なにを考えているかわからん。もう少し、損得で物事を考えればいいものを」
「・・・どういう意味ですか?」
「キリィ・キンバレンに対抗できる唯一の男と言われたこのオレだ。そのデタン・デズ・デギウスにつけば、キリィやキギ・ラエヴェにも拮抗しうる勢力に組することにもなるというのに・・・」
「わたしを? 中尉の味方にと?」
「メイペ・シノリ! スイーパーは激動の時代を迎える! ブラック・バイザーの出現で、この世界の勢力は再編を始めるのだ! いわば戦国時代、このわたしにも、十分チャンスはある! 今からでも遅くはない、わたしはイリーガルや、イリーガルもどきの赤目を味方につけるつもりだ! おまえも・・・わたしについたらどうだ!?」
 メイペには、驚嘆すべき申し出だ。
「知っているぞ・・・おまえは、イリーガルに恋い焦がれているそうだな?」
 ニヤリと、下卑た笑みを浮かべるデタン・デズだ。
「イリーガルと共に、わたしに従え! その方が、何かとおまえも・・・」

 ピキーン!!

 メイペの瞳の奥で、冷たい光が走った!
 と同時に、その碧く澄んだ瞳は、スチールブルーの鈍い輝きに変わった。
 明らかに表情を変えたメイペに、デタン・デズは、一瞬ひるんだ。
 メイペの左腕が、デタン・デズの右手首をつかむ。そして、あろうことか、中空でメイペは全身をひねり、デタン・デズの右腕を絞り上げた!
「ぐああああっっ!!??」
 驚愕の身体能力、メイペ・シノリの真骨頂であった。
 思わず右手をメイペののど元から離したデタン・デズ。メイペは解放され、ジャンプしてデタン・デズと間合いを取った。
「できない相談です、中尉・・・」
「なん・・・だと・・・」
「お引き取りください、わたしには、キリィ大尉から与えられた使命があります」
「イリーガルのことか! それは使命なのか? おまえ自身がイリーガルに熱を上げて、執着してるのではないのか?」
 痛みに顔を歪めながらも、口角に薄笑みを絶やさないデタン・デズだ。
 下衆な物言いに、さすがのメイペも、不快感を隠せない。
「優等生ぶっていても、オンナだったってことだなぁ、メイペ・シノリ!?」
「・・・何が中尉を、そこまで焦らせるのです?」
「!!??」
 意表を突くメイペの一言に、心理的にメイペを追い詰めようとしたデタン・デズの形勢は、見る目もなくひっくり返された。
「中尉ほどの士官が、わたしのような若輩者を相手に、とるべき振る舞いとは思えません。申し訳ありませんが、お力にはなれそうもありません」
「・・・どいつもこいつも、小賢しい!」
 もっともすぎるメイペの言葉に、デタン・デズは立場を失い、逆上した。
「ならば貴様はオレの障害でしかない! キリィの子飼いというのなら、なおさらな!」
 吠えながら、デタン・デズはメイペに向かっていく。
「デタン・デズ様!?」
 話が違う、とばかりに、狼狽するギギエ。だが、ジョデとガーフを封じるのに精一杯で、手助けのしようも無い。
 メイペは、困惑しながらも、デタン・デズの猛攻をかわすしかなかった。
 デタン・デズは、手のひらをメイペの足下に向けて突く。
 すると、

 ドガアアァァァンンッッッ!!

 発破でも仕掛けてあるのか、と思えるほど、地面が炸裂し、土煙を上げる。
 だが、デタン・デズの攻撃など見切っているのか、メイペは、その華奢な体躯を飛翔させ、炸裂をかわした。
 デタン・デズは、連続的に手のひらを突き、地面のあちこちを炸裂させる。
 デタン・デズのアートは、ごく小さな空間を、一瞬で何万倍にも拡大させるというものだった。見た目は、爆薬が炸裂したかのように働く。だが、対象はあくまで空間なので、たとえば水中でも、空気がない場所でも、炸裂させることが出来る。
 問題があるとすれば、極小空間でなければ作用しない点にある。
 メイペは、背走しながら、デタン・デズの攻撃をかわしていく。デタン・デズのアートは、メイペ自身のからだを炸裂させることも可能だが、メイペはこれを紙一重で避けているのだ。
 さすがのメイペも、余裕はない。なのに自分からは、決して攻撃をしない。眉間にしわを寄せ、明らかに困惑している表情だ。
 ならば、とデタン・デズは、足元の石ころをいくつか、ブーツのつま先で蹴り上げた。地面の炸裂をかわしたメイペが、空中にいる間に、

「ハッッ!!」

 バシイイイィィッッ!!

「あっ!?」
 メイペの眼前で、石ころを炸裂させた。
 それが目くらましになり、メイペは一瞬、デタン・デズを見失った。
 コンマ0001秒でも視界を切れば、間合いなどあっという間に詰められる。それがスイーパーだ。ましてや、戦闘能力だけは突出しているデタン・デズだ。
 着地したメイペの背後に、デタン・デズはすでにいた。
「!!??」
 デタン・デズは、メイペの両手首を後ろ手につかみ、動きを封じた。少女の細い手首、デタン・デズには片手で十分だった。
 残るもう一方の手でデタン・デズは、メイペの真っ白な首根っこを、後ろからつかみ、押さえ込んだ。
 それだけで、メイペの類い希なる身体能力は、封じ込められた。絶妙の角度と力で、デタン・デズはメイペの身体の可動域をキメてしまったのだ。
 稀代の逸材と呼ばれたスイーパー予備隊員、メイペ・シノリをしても、からだの小ささ、細さ、そして軽さだけは、いかんともしがたい。
「くうぅ・・・」
 か細い少女の声が漏れる。
「イイ声で鳴くじゃないか、メイペ・シノリ・・・」
 あざ笑う、デタン・デズ。
「なめられたものだな、上官相手に手は出さない、とでも言うのか? オレにこれだけ追い詰められても、反撃しないとは・・・」
「当然です・・・」
「何ィ?」
「わたしが殺すべきは、トラッシュくんだけ。わたしを殺せるのは、トラッシュくんだけ・・・」
 何を言っている? デタン・デズはいぶかしい思いを隠せない。
「わたしは、汚れなき身でトラッシュくんを殺したい! それがわたしの・・・」
 デタン・デズは、ゾッとした。メイペ・シノリ・・・この小娘は、この状況下でも、少しも恐怖を感じていない!
「・・・な、何を訳のわからないことを! 今まさに、このオレに八つ裂きにされるかもしれないのに!?」
「八つ裂きの恐怖なら、知ってますから!」
 メイペ・シノリの全身が、青い光に包まれる!

 ビシュシュシュシュシュシュッッ!!

「ぬおおおおっっ!!??」

 青い光が、無数の針のように放たれた!
 すると、デタン・デズの黒い袖無し制服、白の長袖Tシャツも、グレーのズボン、革のブーツも、無数の切り傷を帯びていた。
 だが、デタン・デズの皮膚には傷一つ無い。
 メイペの指先のネイルと、全身のゴシックパンクなスタッドには、特殊な塗料が塗られている。ナノサイズのレーザー発信素子が仕込まれており、青い光と共に、鋭利な刃物となるのだ。トラッシュの体を切り刻んだ装備もこれである。
 気づくと・・・捕らえていたはずのメイペ・シノリの姿は、そこには無かった。
 デタン・デズから10メートルほど離れた、赤茶けた岩場に、キリリと鮮やかなメイペ・シノリの立ち姿。
 脂汗をしたたらせ、目をむいているデタン・デズに、刺すような視線を送る。
「ダウンシフトだけは避けました。中尉に対する敬意までも、失いたくはないので」
 メイペの穏やかな口調に、デタン・デズは、ギリギリと奥歯を噛みしめる。
「・・・それがナメているというのだ!」
 デタン・デズが右手を突き出し、アートを繰り出そうとした、その瞬間!
「ジョデ! ガーフ!」
 メイペが叫ぶやいなや、その碧い瞳が銀色に輝く!
 ギギエが結界で封じていたジョデとガーフの姿が、フッ、と消えたかと思うと・・・
 上空に、数十人の、ジョデとガーフの大群が出現した!
「!!!???」
 デタン・デズ・デギウスとギギエは、驚嘆の表情をさらした。
「・・・スイーパー同士、わたしは見習いですけど・・・これ以上、いさかいは望みません。デタン・デズ中尉、ここは・・・退いてもらえませんか?」
「ぬうう・・・」
 上空から無数のジョデとガーフが、そして地上からはメイペ・シノリが、デタン・デズに視線を集中する。
 どうする?
 デタン・デズは、正直、メイペに恐れを抱いていた。スイーパー士官としては1、2を争う戦士のはずの自分が、確かに百年に一人の逸材と言われたメイペとはいえ、14歳の少女予備隊員に、ここまで追い込まれるとは。
 青ざめた顔で、決断を迫られる。退くか、進むか・・・
 その時、ふと目があったメイペ・シノリの表情は・・・
 哀しそうだった。
 なんだ、その表情(かお)は!? オレを・・・哀れんでるとでも!?
「・・・メイペ・シノリイイイィィィッッッ!!!」
 逆上したデタン・デズは、メイペの足下に、炸裂のアートを放った!

 ドガアアアァァァンンンッッッ!!!

 キノコ雲のような土煙を上げる、赤い大地。
 だが、それよりも早く、メイペ・シノリは舞うようにジャンプし、炸裂の衝撃をかわしていた。
 代わりに、上空の数十人に及ぶジョデとガーフの部隊が、一斉にデタン・デズ目がけ、音速で迫り寄る!
 絶体絶命の危機に、おののくデタン・デズ。

 だが!

「デタン・デズ様ァァ!!」
 少女の叫び声が轟く。
 デタン・デズの眼前に、忍者スイーパー・ギギエが割って入った。右手で何かしら印を切ると、その瞳が銀色に輝いた!
 すると、ギギエの姿は、ジョデとガーフにも負けないほどの、数十人の分身となった!
「うあああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」
 おそらく、これほどの数の分身は、ギギエも初めてのことだったのだろう。恐るべき気迫と集中力で展開されたアートに、メイペも気圧されていた。
 本体は一つだが、分身はエネルギーを持つ虚像であり、それらが一斉にメイペのアートであるジョデとガーフに、激しくぶつかり合う!
 アートの分身による、合戦の様相だった。
 だが、メイペもギギエも、ギリギリの能力を発揮し、発現したアートゆえ、無数の化身の激突は、それだけで二人を消耗させた。
 激しいスパークと衝撃波をまき散らし、やがて赤い大地に激震が走り・・・
 大地に、無数の亀裂が走った。
 そしてそこに、デタン・デズのアートなど及びもつかない程の、大地の炸裂が起こった!

 グワアアアアァァァンンッッッ!!!

 大地は、赤茶けた岩塊の、ガレキの山に変わり果てていた。
 メイペとギギエのアートの激突が、凄まじい衝撃波を生んだのだ。
 実力ではギギエを遙かにしのぐはずのメイペだが、経験不足と、ギギエの限界を超えるほどの予想外のパワーで、互角のぶつかりあいになったと言えよう。
 ギギエは激しく消耗し、ガレキに倒れ込んだ。
 メイペもまた、はあはあと息も荒く、ひざをついた。もはや、ジョデやガーフを発現させるチカラは、残っていない。
 つかつかと、歩み寄る足音。
 もうろうとした頭で、それを振り仰ぐメイペだ。
 とつじょ、メイペのプラチナ・ブロンドを、荒々しくつかみ引っ張り上げる、手があった。
 デタン・デズである。
「ああっ・・・」
 あえぐ息と声を押し出すメイペ。
「なるほど・・・実力は確かに正規隊員をもしのぐが、力の集中どころがなっちゃいない。それに、スタミナもお粗末だな。そのあたりが・・・」
 メイペの白い小顔を、なめるように睨みつける、デタン・デズ。
「しょせん予備隊員、というわけだ!」
 メイペのビスチェ、大きく空いた背中を、ぞくっ!と、冷たい電流が走ったように感じた。
 勝ち誇ったデタン・デズの表情は、どす黒い気にまみれていた。
『トラッシュくん・・・』
 メイペの、遠のく意識の向こうに、想い人の姿がかすめる。
「味方にならぬのなら、排除するしかあるまい・・・」
 デタン・デズの顔から、笑みが消えた。
 形勢逆転、メイペ危機一髪?

 その時だった。

『メイペ・シノリ。カウントダウンを始める。ゼロで、指示どおり動け』
 メイペの脳裏に、声が走った!
 ・・・ように感じられた。
 種明かしをすると、メイペの耳たぶの裏側に、超小型の通信機が貼り付けてあるのだ。
『キリィ・キンバレン大尉・・・?』
 声の主を、メイペは確信した。
 それだけで、絶望はかき消えた。
 キリィの通信はつづく。メイペは、指示に耳を澄ませた。
『5、4、3、2、1・・・』
「さらばだ、メイペ・シノリ!」
 デタン・デズの手刀が、メイペののど笛を目がけた、次の瞬間!
『ゼロ!』

 ドオオオオンンッッ!!!
 カアアアァァァッッ!!

「うおっ!?」
 デタン・デズの手が、動揺で止まった!
 大音響と共に、赤い大地の彼方に、とつじょとして、七色の光の柱が立ち上がったのだ!

     ★     ★     ★

 休耕農地を離れ、山岳地帯をドライブする二台の車両、それはトラッシュたち一行だ。
 トラッシュ、エトワ、ヒビナ、シャマル、コジェ、ラビ、ガベイジ、パビク。いつの間にか大所帯になっていた。
 トラッシュたちはいつものキャンピングカーに乗り、シャマルが運転していた。コジェはラビ、ガベイジ、パビクをドメニコットに乗せ、ウィンドスキーやスレッジは、グラフィティ・パワーを呼び起こすアイテムとして、休ませることにしたのだ。
 ケイルク・ピークのような急峻な山もあるブロンズ階層。都市部からはかなり外れた山岳地帯は、1000メートル級の高山が連なる山岳連峰一帯を指す。
 都市部から眺める山岳連峰は、丸太を横たえたような形状、中腹に黒っぽい森林地帯、そして頂上付近は森林限界にかかるかかからない高度に位置している。
 晩秋を迎えようというブロンズ階層だが、山岳連峰が積雪を迎える頃になると、黒い丸太に白い砂糖を振りかけたように見えることから、ブロンズの市民には『ブッシュ・ド・ノエル』と呼ばれている。
 ケイルク・ピークと違い、これといった資源も無いことから、登山家でもない限り、人が立ち入る事も少ない。
 携帯電話をハンズフリー・モードにしたシャマルの元に、ドメニコットのコジェから通話が入った。
『道なりにあと2キロメートルほど走ってください。目的地が見えるはずです』
「了解」
 キャンピングカーの後部座席には、いまだ包帯だらけのトラッシュ。傷はまだ痛むのか、平静を装っているように見えても、息は少し荒く、顔色は青く、ひたいに汗がにじんでいる。いつもひょうひょうとしているトラッシュにはあまり無いことで、ルームミラー越しにその様子を眺めるヒビナには、心許ない。
 トラッシュのとなりに座るエトワは、トラッシュの手をぎゅっと握りしめている。
 正直、それだけのことが、トラッシュには救いになっていた。
 以前から思っていたことだが、エトワには、幼い少女と思わせぬ、安心感を得ることがある。
 守るべき幼子でありながら、守られているのは、こっちのように思えることが。
「見えた! あれだな・・・」
 ブッシュ・ド・ノエルに分け入って数十分、黒い森林に囲まれた山岳道路の先に、とつじょ開けた台地があった。
 その台地が視界に入った、一行の誰もが、ギョッとする異容だった。
 横から見た形状は、まさに台形の台地。トラッシュたちが最初に訪れた「プリン山」にも似た、上辺が真っ平らな台形だ。
 三角形の山らしい山の、頂点部分をケーキナイフでばっさり切り取ったように見える。
 山肌は黒い森で覆われているのに、山頂は水平を測量したかのように真っ平らで、草木も生えぬ、岩盤で出来た平地なのだ。
「ヘリポート?」
「まさか・・・?」
 トラッシュとヒビナがそう言うように、誰かが山岳を開拓して、ヘリポートを作ったと思える、不自然な形状なのである。
 ヘリポート山、と言うべきその天面にキャンピングカーとドメニコットを停め、トラッシュたちは降り立った。
 標高は700メートルくらいだろうか。涼しいと言うよりも、冷たい風が吹いている。
 よく見ると、岩盤むき出しの地面は、ごく最近削り取ったような、まっさらな面をさらしていた。
 コジェは、真剣なまなざしで語り始める。
「誰かが作ったような、というのは、あながち間違いじゃ無いかも知れません」
「はあ!?」
 トラッシュたちは、コジェの言葉に、呆気にとられた。
「昨日、ここを発見したときは、わたしも驚きました。この岩盤の状況から、ここはつい最近、とんがり山の頂点部分が崩落して、この形状になったことがわかったのです。つい最近、というのは、いつのことかわかります?」
 チラリと、エトワに視線を送るコジェ。当のエトワは、トラッシュと手をつないだまま、キョトンとしているのだが・・・
 シャマルが、ハッと気づいた。
「まさか! エトワがウィンドガジェットで極点現象を起こした、あの日!?」
 コジェは、ニッコリとシャマルに微笑みを送った。
「ご名答。そう、あの日、ここだけじゃ無く、ブロンズのあちこちで、地殻変動が起こっているのです。ここのように、人知れず大きく地形の変わってしまった場所も、いくつかあるようです」
「えっ、それってさあ、あの光の柱がドオオオンンッって、あれと関係あるって事!?」
 ラビの問いかけに、コジェは応える。
「検証したわけではありませんが、わたしはそうにらんでいます。都市部には何も起きなかったので、気づいている人は少ないでしょうけど・・・」
 ヘリポート山の天面を見回して、ヒビナは、
「それにしても、よく見つけたわね、こんな場所・・・」
「グラフィティの探査プログラムを変えてみました。極点現象を最大化するグラフィティを探索する目的で・・・」
「で、たどりついたのが、ここって事?」と、トラッシュが訊いた。
「フフッ、気づきませんか?」
 コジェは、手で足もと、ヘリポート山の天面を指してみた。
 一行が、岩盤で出来た天面を眺めると・・・
「あっ!」
 最初にそう叫んだのは、エトワだった。
「どした? エトワ」
「トラッシュ! 気づかない?」
 エトワが、タタタ・・・と天面を小走りに駆けた。円形の天面の、ほぼ中心で・・・
「じっと見たら、何か見えてこない?」
 両手を広げて、天面全体を見ろと促す。
「・・・あっ!?」
 トラッシュたちもまた、それに気づいた。
 いや、ラビ、ガベイジ、パビクは、「???」と、怪訝な表情をしていた。
 ほぼ円形の天面は、ライトグレーの岩盤で出来ているが・・・
 よく見ると、そのグレーにも濃淡があった。
 その濃淡が、模様のように見えてきた。
 一度そう見えたら、そうとしか思えなくなってきた。いわゆる、A−HA効果。
「これ・・・グラフィティ!」
 トラッシュがつぶやいた。
 ヘリポート山の天面は、巨大なグラフィティだったのだ。
「えっ、ちょっと待って? じゃあ、ここでエトワが『お祈り』したら、ここから光の柱が?」
「良い質問です、ヒビナ。答えはNO、です。わたしがグラフィティ探査プログラムを変更したポイントは、ここと関係があります。グラフィティには、今現在活動しているものと、休んでいるもの、そして『死んだもの』があるようなのです」
「死んだグラフィティ?」
「そうです。ここがまさにそう。先日の極点現象で、死んだグラフィティ、休んでいるグラフィティ、ありとあらゆるグラフィティが、白日にさらされました。ここはもうグラフィティとしてエネルギーを発することは恐らくありませんが、これほどの大きさですから、この近辺には活性の高いグラフィティが無数にあるとにらんだのです」
「はああ・・・」
 コジェが語る事実よりも、ごく短時間で、そこまで調べ上げたコジェの行動力と天才的頭脳に、一同は驚嘆するしかない。
「単純にグラフィティのエネルギー反応を探知するだけでは、ダメだったのです。死んだグラフィティや、休んでいるグラフィティも含めて、その配置に意味がある。そこから、将来的に活性の高くなるグラフィティを探るべきだと思いまして・・・ここに、死んだとはいえ、こんな大きなグラフィティを発見したときは、ちょっとはしゃいじゃいました」
 満面の笑みで、半ば紅潮した表情でそう語るコジェは、本当にうれしそうだった。
 トラッシュなどは、学者ってそういうもんなんだな、と思ったが、シャマルは・・・「サイエンス・ハイ」なコジェの可愛さに、ドキドキを抑えるのに必死だった。
 一方で、ラビなどは、何の話をしているのかもさっぱりなのに、目をキラッキラさせて聞き入っていた。反面、ガベイジとパビクは・・・
「な、なあ、グラフィティってなんだ? 美味いのか?」
「お、オイラに訊かないでくださいよ・・・」
 頭の周囲を、「???」が羽根をつけて飛び交っていた。
 もとい。
「じゃあ、この近辺に、活性の高いグラフィティがあるというのね?」と、ヒビナが問うと、
「その可能性は高いですね。あとは、エトワの出番です」
「ほえ?」

 ヘリポート山の天面、岩盤の中心に、ウィンドボード、スキー、スレッジが並べられた。
 エトワが、ウィンドガジェットの前に歩みを進める。
「準備はいい? エトワ・・・」
 コジェに促され、エトワはこくりとうなずく。
 4組のキツネイラストの前で、エトワがひざをつこうとすると・・・

 ピキーーーンッッ!!

「えっ!? あっ! ちょ、ちょっと待って!?」
「な、なによ、トラッシュったら急に!?」
 シーンと静まりかえり、一同が厳かな気持ちに入りかけたとき、トラッシュがあわてて待ったをかけた。
 ヒビナがツッコミを入れるのも無理はない。
 だが、トラッシュは、目の裏側で、何かの光が走ったような気がしたのだ。
 七色の光が、稲妻のように・・・
「あっ、えと、ゴ、ゴメンゴメン・・・エトワ、ほんとゴメン」
 エトワは怪訝そうな表情だが、手を合わせて心底すまなそうに縮んでいるトラッシュに、特に不満を漏らすことも無く、再び祈りのポーズをとろうとする。
『なんだろう、今じゃ無い、って感じがしたんだ・・・』
 トラッシュは、ヒビナに三角の目でにらまれながら、心の中でそう感じていた。
 再び、シーンと静まる、岩盤上の一同。
 エトワが祈りの仕草を始めるやいなや、ウィンドボード、スキー、スレッジのキツネイラストが、ぼうっと輝き始め・・・
 一同は、「ドウウウンッッ」、と、グラフィティの光がわき上がる瞬間に備える。
 と・・・

 ピキーーーンッッ!!

「ちょ、ちょ、ちょ・・・」
「??待って、まだちょっと待ってってこと?」

 だああああっっ!!
 こんどはトラッシュとエトワが、揃って儀式を中断した。
 気負いがそがれた、その他の面々は、コントのいちシーンのように岩盤上にズッコケた。
 いや、ガベイジだけが、キョトンとした表情で、「何やってんの?おまえら」と言わんばかりに、周囲を眺める。
「あ、あ、あんたねえ! いいかげんにしなさいよ!」
「ス、スマン、でもなヒビナ・・・」
「いいわけなんか聞きたくないわよ! 悠長に構えてるヒマなんて無いの! いつここがスイーパーに知れるかわかんないのよ!」
「待って、ヒビナ! エトワも聞いたの! まだグラフィティを起こしちゃいけないって!」
「はあ!!??」
 エトワがトラッシュをかばう。ヒビナとしては、困惑することしきりだ。
 コジェは、それを受けて・・・
「エトワ、それって・・・セイレイの言葉?」
「ううん、ちょっと違う・・・わかんないけど・・・」
「まったくもお・・・エトワの気分で振り回されなきゃならないっての?」
「いや、極点現象のキーがエトワである限り、エトワの感覚に依存するのはいたしかたないだろ」
 ヒビナのボヤキに、シャマルは冷静に応えた。
「えっ・・・なに?」
 エトワは、独りごちるようにつぶやいた。
「カウントダウン・・・? どうして・・・わかんない、どうしよう・・・」
 怪訝そうに、その様を見ているだけの一同。すると・・・

 ピキーーーンッッ!!

「ちょっ、なんだって?」
「何のために? てめえ、誰だ!」
 ラビとガベイジが、同時に反応した。
「ちょ、ちょっと・・・あんたたちまで?」
 ヒビナは頭を抱え、もはや目がグルグルのパニックだ。
「何だ、何のためのカウントダウンだ・・・?」
 トラッシュは、脳裏をよぎる「声」に、同じく反応した。
 しかも同じ声が、ラビにもガベイジにも、エトワにも聞こえている!?
 エトワは・・・
「やってみる!」
 急いでウィンドガジェットの前にかがみ込むと、祈りのポーズをした。
「5、4、3、2、1・・・」
 4つのキツネイラストが、一斉にまばゆい光を発した!
「ゼロ!」

 ドオオオオンンッッ!!!
 カアアアァァァッッ!!

 エトワの背後、ヘリポート山の3キロメートルほど後方で、光の柱が突き上がった!
 そこから、二つ、三つ・・・距離はまちまちに、いくつもの光の柱が発現を続けた。

     ★     ★     ★

 七色の光の柱の発現に驚き、気をそがれたデタン・デズ。
 メイペは虚を突き、デタン・デズの拘束をふりほどき逃れた。そのまま、野生動物のごとき跳躍力で、赤い岩場を駆け抜ける。
「おのれ、どこまでも小癪な!」
 デタン・デズは、メイペをもしのぐ跳躍力で彼女を追走する。今この時を逃せば、次に出会うときは、メイペは手のつけられない強敵になっている。そう確信したデタン・デズは、メイペを仕留める機会は今しかないと考えたのだ。

 ドオオオオンンッッ!!!
 カアアアァァァッッ!!

 彼方に、また別の光の柱が立ち上がるが、もはやメイペもデタン・デズも、そんなことには気がまわっていなかった。
 メイペは、すでに消耗した身体を必死に駆り立て、キリィの指示に従って赤い大地を疾走した。
『その調子だ。指示ポイントはすぐそこだ』
 ひたいに汗をにじませ、荒い息をつきながらも、メイペは走る。
『今だ!』
 メイペは、指示どおりのタイミングで、岩場をジャンプして越えた!
 追走するデタン・デズは、メイペを射程距離に捕らえた!と確信した。
「メイペ・シノリ! 覚悟するがいい!」
 メイペに続いて、岩場をジャンプした。

 その瞬間だった!

 カアアアァァァッッ!!

「な、なにいいぃっっっ!!??」
 デタン・デズは、真下から、まばゆい光に照らされるのを感じた。
 先に着地したメイペもまた、その有様を目撃する。驚嘆の表情と共に。
 デタン・デズが着地すべき場所が、そこには無かった。光と共に、岩盤が崩れ落ち、真下には、光に包まれた、縦穴がぽっかりと空いていたのだ!
「うあああああぁぁぁっっっ!!??」
 直径にして3メートルほどの縦穴、光で満たされたそこは、深さ十数メートルはあろうか。
 デタン・デズは、縦穴に落下していった。
 その縦穴には、内壁に不思議な幾何学的模様と、無数の色彩で描かれた、絵があった。
「な、何だこれは・・・グラフィティだと!?」
 そう、それはグラフィティの発光現象。平面に描かれたグラフィティならば、一方向へ放たれ、光の柱となるグラフィティの光だが、縦穴の円筒状の内壁に描かれたグラフィティは、円筒の中心に向けて、すべての光が放たれ、ぶつかり、渦を巻き、光のるつぼと化す。
 そう、先だってのトラッシュたちの極点現象の際にも、人知れず発現した、グラフィティの縦穴、光のるつぼが、この地に再び現れたのだ。
 デタン・デズの落下が触媒になったかのように、グラフィティの光が、さらに勢いを増した!
「ぐううっっ、ぐあああああぁぁぁぁっっっ・・・!!!」
 光に飲み込まれ、デタン・デズの悲鳴が、赤い大地にとどろき渡った。
 メイペは、震えの止まらぬ身体を抱え、その様を見ているしか無かった。

 やがて、発光現象は収まり・・・
 デタン・デズの声は、聞こえなくなった。
 メイペは、恐る恐る、ただの縦穴になったそこへ近づこうとするが・・・
『やめておいた方がいい。それよりも、早くその地を立ち去るのだ』
「キリィ・キンバレン大尉・・・」
『グラフィティ・ポッドに落ちて、無事だったものはいない』
 ブウウンッッ!と、上空に、銀色の空飛ぶ円盤、メイペ・シノリ専用機フィアト・ルクスが飛来した。
 戦闘中は、さすがのメイペも、フィアト・ルクスをリモート操縦する余裕が無かった。そこで、キリィが遠隔操作で操縦したのだ。
 メイペを回収すると、フィアト・ルクスは、上空へと飛び去っていった。

 フィアト・ルクスの内部で、床に横たわるメイペ・シノリ。
 さすがに、スイーパーでも1、2を争う実力者のデタン・デズ・デギウス相手では、メイペといえども、かなわなかったと言えよう。
 ドクン、ドクン・・・
 早鐘を打つ、メイペの心臓。体力消耗と、絶体絶命のピンチの連続。そして・・・
 衝撃的な、デタン・デズの末路。
 縦穴の中で、何が起こったか、それはメイペにはわからない。だが、デタン・デズの断末魔の叫びが、耳に焼き付いて、離れない。
『トラッシュくん・・・怖いよ・・・』

     ★     ★     ★

 光のるつぼ、グラフィティ・ポッドに、デタン・デズが落ちる様を、ギギエもまた目撃してしまった。
 ギギエも、激しい消耗と戦いながら、二人を追ってきたのだ。
 身体を引きずりながら、恐る恐る、縦穴に近づく。今はもう光を放つことの無い縦穴。
 ギギエは、震えながら、中をのぞき込もうと、身を乗り出した、その瞬間。

 ドガアアッッ!!!

「キャアッッ!!??」
 縦穴の中から、腕が突き出してきた!
 それは、人間のものとは思えないほど、巨大で図太く、頑強な筋肉に覆われていた。
 そして、ギギエを驚嘆させたのは・・・
 皮膚が、まるで炭のように、真っ黒だったのだ。
 黒色人種のそれのような色では無く、まさに黒い、かといって焼け焦げたような風では無く、ただただ「黒い筋肉のかたまり」に見えた。
 黒い手のひらが、大地をつかむように岩盤に叩き付けられると・・・
 縦穴から、真っ黒な巨人が這い上がってきた!
「デ・・・デタン・デズ・・・様・・・!!??」
 恐れおののくギギエの、口を突いた名前。
 そう、縦穴に落ちたのがデタン・デズ・デギウスなら、変わり果てたこの黒い巨人が、そうだとしか考えられない。
 縦穴の入り口を砕きながら、赤茶色の石塊と砂を巻き上げながら、黒い巨人は、地上へとその異容を現した。
 唯一身にまとっているズボンが、紛れもなく、デタン・デズのそれだった。二回りも巨大化した筋肉のかたまりの肉体ながら、その顔と、髪型が、デタン・デズであることを確信させる。
 目が、赤く発光している!
 大地を踏みしめ、体表から瘴気のごときかげろうを漂わせながら、黒い巨人は・・・

「グアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!」

 大地を揺らがすような、奇声を発した!
 耳障りなノイズにしか聞こえないその「声」に、ギギエは思わず耳をふさいだ。
 その奇声と共に、全身のかげろうはいっそうの勢いを増し、それとともに・・・
 黒い体表に、真っ赤な模様が浮かび上がった!
 まるで炭火にふいごの風を送り込んだかのように、全身の模様は、赤い火の色彩で発光を始めたのだ。
 その模様、幾何学的な模様は・・・まさに!
「グ・・・グラフィティ!!??」
 ギギエがつぶやく。

「・・・ァァァアアア・・・」

 黒い巨人が叫び終わると共に、全身の火のグラフィティは消え、やがて・・・
 その巨体は見る見るしぼんでいき、黒い皮膚も、肌の色に戻っていく。
 そして巨人は、デタン・デズ・デギウスの姿に戻り、赤い大地に、突っ伏して倒れた。
「デタン・デズ様!」
 ギギエが駆け寄っていく。
 デタン・デズは、気を失っているようだった。

     ★     ★     ★

 スイーパー・ゴールド階層本部ビル。143階のオフィスで、キリィ・キンバレンはオフィスチェアに深く座り、瞑想するかのように、静かに目を閉じていた。
 いつもは、余裕を感じさせる表情に、陰りが差している。
 脳裏に、舌っ足らずの声が走る。呆れたような口調で。
『なーにやってんだろ、キリィったら』
『・・・そうだな、おまえに嘲笑(わら)われるのもいたしかたあるまい』
『グラフィティ・ポッドに落ちて、無事だった者はいない、って、確かに無事じゃ無いわよねー』
 目を開き、薄笑みを浮かべるキリィ。
『デタン・デズ・・・小物と侮っていたが、まさかグラフィティに選ばれるとは・・・』
 その嗤いは、自身に向けたものなのか・・・

     ★     ★     ★

「これを見てください、ワグダ少尉、カーリカ少尉!」
 スイーパー・ブロンズ地区第2方面支部、フォルケはスカイアイの画面を、二人の上司に示した。
「これは・・・トラッシュ!?」
「山岳地帯ですって!? どうしてこんな所に・・・」
 そう、ヘリポート山の天面で行われていたことは、とうにイリーガル追跡スペシャルチームに知られることになった。
 先の極点現象のエネルギー反応は、すでにスイーパーに目をつけられていたのだ。
「どうします? 出動しますか?」
「いや・・・」
 何事か思案顔のワグダ。
「ワグダ、あなた・・・」
 カーリカが、何事かワグダに問いかけようとした、その時。

 ポーーーンッッ!

 軽快なビープ音と共に、情報端末の画面に、本部発信の指令が表示された。
 指令の発信元は・・・
「キリィ・・・キンバレン大尉!」
 フォルケが、緊張の面もちで告げる。
 ワグダは、ニヤリと妖しい笑みを浮かべた。
「・・・こうなることを、待ってましたわね!?」
 カーリカもまた、妖しい笑みでワグダに語りかける。
「フォルケ、指令の内容は?」ワグダに促され、フォルケは、
「は、はい!『指定ポイントに、イリーガルらしき一行が姿を現すとの情報が入った。イリーガル追跡スペシャルチームは、明朝08:00AMをもって、指定ポイントにてイリーガルの確保を遂行されたし。なお、先日来のイリーガル周辺のエネルギー反応を、極点現象と認定する。よって本作戦の遂行に限定し、極点警備隊の出動権限および、作戦指揮権をイリーガル追跡スペシャルチームに許可するものとする』・・・きょ、極点警備隊の出動を許可!?」
 フォルケの全身を、一気に震えが駆け巡った。
 フォルケの記憶によみがえる、研修で見たビデオファイル。
 人間とは思えぬ、一糸乱れぬ統制のとられた、驚異的体力と運動能力をもつ部隊。ロボット部隊ともあだ名される、究極の実戦軍団、それが極点警備隊だ。
 文字どおり、何者かが違法に極点を超えようとするケースをのぞき、出動が許可されることは無い、専任特殊部隊なのである。
 ワグダは、すっくと立ち上がり、妖しい笑みと共に、瞳の奥に青白い炎のごとき、激情をたぎらせた。
「キリィ・キンバレンのやつ・・・何が明朝だ! トラッシュに明日までの猶予を与えやがった・・・」
「えっ・・・?」いぶかしげなフォルケには、カーリカが応えた。
「こちらがイリーガルの位置を捕らえた頃を見計らって、出動を明日と指示した。何らかの意図がそこにはある、ということですわ、フォルケ?」
「あっ・・・・・・」
 絶句するしかない、フォルケだ。
 ワグダもカーリカも、そしてキリィ・キンバレンも、互いの思惑など見透かした上で、それに乗っかって見せる、いや、フリをしている、ということなのか?
 一筋縄ではいかない、スイーパー戦士の駆け引き。それを目の当たりにして、ますます緊張の度合いを深めるフォルケ。
 いや、それでも・・・
 フォルケは腹をくくると決めた。今はただ、必死でワグダたちについていこう。これもまた、自分にとってのチャンスなのだ。
 フォルケは、通信文の続きを読もうとした。
「え、えーと、指示ポイントというのは・・・」
「聞くまでもない。そうだろ?」
 ワグダは、フォルケにウィンクをして見せた。
 フォルケは、やや引きつっていたかも知れないが、ワグダたちを真似て、口元に笑みをたたえ、そしてうなずいて見せた。
 山岳地帯の一角、ヘリポート山のてっぺん・・・
 明朝、そこはトラッシュたちと、スイーパーの激突の場となる!

     ★     ★     ★

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>>>第2章第13話へつづく。
次回「虹の橋を駆け抜けろ!」

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