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第2章第13話「虹の橋を駆け抜けろ!」

 最高会議議長ザイラ・ファギレルはついにスイーパー綱紀粛正部隊「ブラック・バイザー」を表舞台に披露した。その背後にはキリィ・キンバレンの影が見え隠れし・・・
 いっぽう、デタン・デズ・デギウスは、自身の黒幕であるスイーパー諜報部指令ビアビオ・ドゥ・ドゥリから放逐されてしまう。焦るデタン・デズはメイペ・シノリを手にかけようとしたことで、キリィの策略に落ち、グラフィティ・ポッドのパワーを全身に浴びてしまった。
 かたや、トラッシュたち一行は、極点現象を最大化するグラフィティを求めて、山岳地帯へと進入した。しかし、その行動はすでにワグダたちイリーガル追跡チームの知るところとなっていた。

     ★     ★     ★

 ブシュウウウウウウウッッッ!

 ヘリポート山の頂上、午前8時1分。あたりは真っ白い、松ヤニ臭い煙が立ちこめていた。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・」
「ううっ、目にしみる・・・」
 トラッシュたちは、文字どおり煙に巻かれ、視界をさえぎられた。

 ダダダダダ・・・

 迫り来る足音が聞こえる。それも複数、かなりの数だ。トラッシュは身構えた。
「エエイィィッッ!」
 山岳地帯にこだまする、叫び声が聞こえた。声に聞き覚えがある。これはラビの声・・・

 ビュオオオオオォォォッッ!

 視界をさえぎる白い煙が、とつじょとして晴れた。風使い・ラビが巻き起こす風が、煙幕を吹き飛ばしたのだ。
 すると、開けた視界に、ダークグリーンの制服に身を包み、ゴーグル付きのガスマスクとヘルメット姿の、大勢の兵士たちにトラッシュたちは取り囲まれていることに気づく。
 兵士?
 トラッシュにはそう見える。いつもトラッシュたちの前に立ちはだかる、スイーパー隊員とは、明らかに見てくれが違う。ブーツ、手袋、そして顔面全てをおおうガスマスク。肌をまったく露出しないそのいでたちは、なんとも異様だ。
 いぶかしげなトラッシュの横で、ヒビナは慄然と打ち震えていた。青ざめた表情で、言葉を漏らす。
「うそ・・・きょ、極点警備隊!?」
「極点・・・なんだって?」
 スイーパー最強の実戦部隊と称される極点警備隊、そう、今まさにここに姿を現したダークグリーンの部隊こそが、トラッシュたちを取り囲んでいる彼らなのである。
 前日、ヘリポート山で極点現象の実験を行い、それなりの手応えを得ることができたトラッシュたち一行。日を改めて、階層越えの準備を整えたら、いざシルバー階層を目指して旅立とう、などと考えていた彼らの、朝食時を狙うかのように、煙幕弾を放り込まれたのだ。
「何でよ、何であたしらみたいなか弱い少年少女に、極点警備隊なんてマジ実戦部隊をぶつけてくんのよ!」
 たじろぐヒビナに、シャマルが応える。
「極点現象のことを、スイーパーはとっくにつかんでるんだ」
「どゆこと?」と訊くラビに、コジェは、
「階層越えを阻止するために、極点を護る。それが極点警備隊なんです」
 トラッシュにしがみつくエトワ、そしてヒビナ、シャマル、コジェ、ラビ、ガベイジ、パビク・・・8人は極点警備隊員およそ20名に取り囲まれ、じりじりと追いつめられる。
 するとそこへ、ヘリポートの天面、その岩盤に靴音を響かせて、姿を現した3人がいた。
 トラッシュは視界にとらえたその人物たちの名を呼ぶ。
「ワグダ・・・カーリカに、フォルケ!」
「こうして向かい合うのも、久し振りな気がするな、トラッシュ?」
 腕組みのワグダは、ニヤリと不敵な笑みをトラッシュに送る。
 シャマルたちは息を飲み、ヘリポート山の頂上は冷ややかな沈黙に満たされる。そんなさなかも、極点警備隊員たちは、リモコンのポーズボタンを押したかのように、ピクリとも動かない。ガスマスクのせいで、その表情も伺えないことに、ヒビナやシャマルは寒気を覚えた。
 だが、トラッシュだけは・・・
 ワグダに応えるように、こちらもニヤリと笑みを返した。
「!!??」
 いぶかしげなワグダ、いや、その場の全員がそう感じた。
 トラッシュは、
「ワグダお姉さんがいるってことなら、大丈夫だ。このガスマスク部隊、おかしな連中ではないってことだよね?」
「トラッシュ、お前・・・」
 ワグダは、屈託もなくそう言うトラッシュに、気負いをそがれそうになる。
「な、何をバカげたことを! わたくしたちは今までとは違うのです! イリーガル、あなたを確保するため、極点警備隊までも動員した、そのことがわかってないようですわね!?」
 わめくカーリカに、トラッシュは、
「あー・・・そのナントカ隊がすごそうなのはわかった。けど、ワグダが指揮官なら、キリィなんかとは違うってこと」
 それはカーリカのヒステリーを煽る。
「ワグダが指揮官ですって!? あなたの目は節穴・・・いや、そうじゃなくて・・・もお! あなたは何を言いたいのです!?」
「何よトラッシュ! キリィさまのことを『なんか』とはどういう言いぐさよ!」
 ヒビナが余分な一言を挟んでいるが、トラッシュは意に介さず、キラキラの笑顔で、言い放った。
「ワグダが相手なら、楽しくなるってことさ!」
 トラッシュは、足下にあったウィンドボードを足で蹴り上げると、素早くジャンプし、空中でボードに乗った! ブーツがボードのバインディングとドッキングする!
「みんな、レッツエンジョイ!」
「な、なによそれ!?」
 トラッシュのかけ声に、ヒビナだけがツッコミをいれ、あとの6人は・・・
「オオォ!」
 歓声を上げた!
 ワグダは再び不敵に笑うと、
「言ってくれる・・・ミッション、開始!」
 その号令に、ポーズを解除したかのように、トラッシュたちに襲いかかる極点警備隊員たちだ。

 シャマルは、なぜか乗せられている自分に戸惑いながら、ぼやきを漏らす。
「ったく、エンジョイはいいが、コジェは戦うひとじゃないんだぞ!」
「・・・じゃ、シャマル、おまかせしていいかしら?」
「えっ?」
 コジェは言うや、シャマルの背中に小さく隠れた。
 その萌え〜な仕草に、心臓が早鐘を打つシャマル。
 脳裏によみがえる、かつてのコジェの言葉。
『そのときは、あなたが守ってくれますよね?』
「・・・喜んで!」
 ガラにもないセリフを吐いて、シャマルは、右手のシルバーの指輪から、LEDの光を放ち、それを「光の剣」に変えた。シャマルのアート!
「うりゃああああああぁぁぁっっっ!!」
 迫り来るダークグリーンの兵士たちに、光の剣を振るう。極点警備隊員たちは、シャマルの見事な剣さばきに、間合いに踏み込めないでいた。

「ヒャッッホオオオオオォォゥゥ!!」
 雄叫びを上げながら、ラビはウィンドスキーで空を駆ける。その瞳が緑色に光る!
 ビュオオオオオォォッッ!!
 たちまち突風が巻き起こり、3名の極点警備隊員が吹き飛ばされた。
 それにしても、ガスマスクの陰で、彼らは一言も発しない。なので、
「うえ、シャマルがロボットって言ってたけど、ホント気味悪い連中だな・・・」

 トラッシュは、まず真っ先にエトワを拾い上げると、自分の背中にしっかりとしがみつかせ、ウィンドボードで上空へと舞い上がる。
「作戦開始!」
「了解!」
 いつものトラッシュの合図にエトワは応え、その小さな右手を極点警備隊員に向けてかざす。
 すると、極点警備隊員たちの足下、グラフィティの岩盤に、無数の亀裂が入った!
 それを見たヒビナは、焦りの表情で。
「あっ、えっ!? ちょ、ちょ・・・グラフィティが!」
 亀裂からは、ブシュウゥッッ!と、水が噴き出してきた!
 エトワの、水を呼ぶアート。それは結構な勢いで、極点警備隊員の足下をすくい、転倒させた。
「ナイスだ、エトワ!」
「エヘヘヘッ」
 自慢げなエトワの笑顔がはじける。

「うわっ、わわっ、わああああっ!」
 パビクは、焦りの表情で、ヘリポート山の天面を駆け回る。それを追いかける極点警備隊員。すばしっこいパビクに手こずりながら、ようやく追いつめた、そう思ったその時。
 パビクは、クルリと振り向くや、二カッと笑って、
「なんちってね!」
 右手を掲げ、その瞳を銅色に輝かせる!
 すると、極点警備隊員の足下に、ぽっかりと穴が空き、隊員たちはドサドサと落下する!
 落とし穴のアート、パビクのワザだ。

「まったく、何でこんな騒ぎに巻き込まれなくちゃなんねえ? 元はと言えば、トラッシュの野郎がケガして・・・いや、あんなキツネ、ほっぽったって別にオラは・・・」
 ガベイジは、ウィンドスレッジで上空を漂いながら、騒ぎなど無関係とばかりにギャラリーと化していた。
 だが、その心の内は、揺れ動いている。
 なぜ、オラは、スケスケねえちゃん、トラッシュたちは夢の女神と呼んでいるらしいが、あの夢に出てくる女の言葉に従って、トラッシュの元にやってきたのか。
 ヒビナにイノシシを食わせるなんて理由をこさえてまで。
 ましてや、大事なウィンドスレッジを、エトワのお祈りに貸し出すなんて、これまでのオラなら考えられなかったことだ。
 頭の中をグルグルと攪拌される感覚で、ひとり戦いの外でブラブラしていた。
 が・・・
 そんなガベイジの視界の端に、捨ておけない事態が映った。

「やあだあ! 寄んないで! 触んないでよ!」
 じりじりと迫り来る極点警備隊員に対し、後ずさるヒビナ。取り押さえようとする隊員たちに、そのアート「空気の壁」で対抗していたが、多勢に無勢で、どんどん追いつめられていった。
 汗ジトの顔で、ヘリポート山の天面の端まで追いやられる。
 極点警備隊員のガスマスク・ゴーグルの奥で、きらーんと目が光った気がした。
「やだ・・・近づかないで・・・あたしがそんな美少女だからって・・・」
 そんなことはこの際関係ないと思われるのだが、ひとりよがりな思いこみでヒビナは、後がない。
 極点警備隊員が、ヒビナに向かってダッシュした!
「だめ、助けて! トラッ・・・」

 ドガアアアァァッッッ!

 ヒビナが叫び終わる前に、極点警備隊員は、上空高く吹っ飛んでいた!
 目をパチクリさせるヒビナの真ん前には・・・グラフィティを割って地中からそびえ立つ、いくつもの石造りの拳(こぶし)があった。
 まるで彫刻美術館のオブジェのように。
「えっ・・・これって・・・」
 すると、ヒビナの目の前に、スタッと着地した者が、ヒビナの両肩をグワシと抱いた!
「大丈夫かヒビナ! わが嫁!」
「ガベイジ!?」
 一瞬、表情がほころんだヒビナだったが、光の速さでそれは不機嫌バージョンにチェンジし、
「わが嫁が余計よ! だいたいアンタ・・・」
「見ていろ! オラの愛の拳がヤツらを蹴散らすところを!」
「話、聞けーーーッッ!」
 という言葉すらすでに聞いちゃいないガベイジは、極点警備隊員たちに向かって駆け出していた。そのターバンの影の赤い瞳を輝かせ、地面に連続パンチを食らわせるその姿、まるで野生動物が四つ足でサバンナを駆けるよう。
 それはガベイジの、大地のアート!
 ヘリポート山の天面をおおうグラフィティの岩盤は、無数の亀裂とともに、岩の拳をいくつも突き出し、極点警備隊員たちをなぎ倒した。
「だ、ダメだって! グラフィティをメチャメチャにしたら!」
 ヒビナが言うように、確かに、ガベイジ、パビク、そしてエトワのアートは、ヘリポート山の天面のグラフィティを、亀裂と穴ぼこでボロボロにしていった。

     ★     ★     ★

 ヘリポート山頂での戦いを、その場にいないのに、じっと見ている者がいる。
 カメラ映像をモニターしているわけではない。
『あのさー、極点警備隊ってなんなの? 全然押されてるじゃん? かっこわるー』
『フッ・・・』
『またひとりで笑ってるー。何がそんなに楽しいのよー?』
 ルゥと呼ばれる舌っ足らずの少女の声と、キリィ・キンバレンの、いつもの脳内会話だ。
 スイーパー・ゴールド階層本部ビル。143階のオフィスにいながら、キリィには、ルゥが見ているものが、まるで自分の視界と共有しているように見えるのだ。
 では、ルゥはどこにいるのか。
 彼女にそれを訊いても、いつもの「どこにでもいる」という答えしか得られまい。

     ★     ★     ★

「わ、ワグダ少尉ィ!?」いつものフォルケの嘆き節だ。明らかに形勢不利な極点警備隊。最強の実戦部隊の触れ込みはどうしたのか?
「みなまで言うな。お前のあわてぶりはもう慣れた」
「では、モードチェンジで、よろしいですわね? ワグダ」
「モード・・・チェンジ?」
 カーリカの聞き慣れない用語に、フォルケは首を傾げた。
「ああ、カーリカのお楽しみタイムだな」
 カーリカは、愛用のタブレットPCで何やらアプリを立ち上げると、
「コホン」
 咳払いをひとつ。
「??」
 いぶかしげなフォルケをよそに・・・
「・・・モォォォド、チェエエェェンンジ! エキストリィィィム・ジェノサイドオォ!!」
「!!??」
 叫ぶや、カーリカはタブレットPCを振りかざし、人差し指で、猛スピードで画面をこすり始めた!
 カーリカの眼の色が変わっている。いや、アートを発動しているのではない。血走っているようでもあり、多幸感に浸っているようでもあり・・・
 すると、トラッシュたちに蹴散らされて、地面に転がっていた極点警備隊員たちが・・・
 シャキィィィンッ!と立ち上がるや、これまた目にも止まらぬスピードで隊列を組み、疾走を始めた!
「なっ・・・なんだ、あれ!?」
 トラッシュたちは、目を疑った。その動き、まさにロボット部隊とあだ名されるに相違ない、寸分の狂いもない精度で、同じ動きの隊列だったからだ。
 見ているそばから、隊員たちは、組体操のように整列し、その隊員の肩に別の隊員が立ち、そのまた肩に次の隊員が立ち・・・と、あっという間に立ち姿の人間ピラミッドが出来上がった。
 その安定感たるや、機械仕掛けのよう。
 あ然とするトラッシュたちを後目に、隊員の最後の一人はピラミッドを目にも止まらぬ早さで駆け上がり、最上段で手を伸ばすと、それはもう少しで飛行するトラッシュのウィンドボードに届きそうだった。
「!!??あぶねっ!」
 トラッシュは間一髪でそれを避けた、と思った。
 だが。
 ピラミッドの隊員たちは、すぐさま隊形を組み替える。
 一人の隊員の肩に一人が乗り、その上にまた一人、一人・・・ついには一直線に、まるで鎌首をもたげる大蛇のように縦型に整列した。
「うわあっ! バカな!?」
 ありえない隊形の大蛇は、上空にその首を伸ばすと、先端の隊員の手が、ウィンドボードをつかんだ!
「うあああああぁぁあっっっ!!」
「いやああああぁぁあっっっ!!」
 バランスを崩したトラッシュは、エトワとともに、落下した!
「と、トラッシュ!」
 ヒビナの眼前で、トラッシュが地面に激突!
 ・・・する前に。
「トラッシュ! 大丈夫か!?」
「・・・ふううぅぅ、危機一髪・・・」
 ウィンドスキーのラビが、トラッシュを空中でキャッチし、抱きしめていた。
 エトワはというと、こちらはガベイジが、これまた人間離れした跳躍力でジャンピングキャッチし、救出していた。
 ガベイジに抱っこされて、エトワは、
「サンキュー、ガベイジ! やっぱ、ガベイジ、ホントは優しいんだね!」
「お、おう・・・子供にはな!」
 あらためて間近で見る、ガベイジの顔。
 エトワは、あれっ?と、思った。
 マントとターバンで隠されて、その顔は目もとしか見えてないのに・・・
 なんだか、トラッシュに似ている?
 そう、思った。
 スタッと着地する、ガベイジ。
 エトワは、意を決して、今思ったことを、ガベイジに確かめようとした。
「あのさ、ガベイジ・・・」
「ちょ、ちょ、ちょっとおおおぉぉ! 何してんのよ、ラビ!」
 ヒビナのヒステリックな叫びに、エトワの言葉はかき消されてしまった。
「トラッシュ! 無事でよかった!」
「うわぷ・・・おい! ラビ! 今それどころじゃ・・・」
 ラビはいつものクセで、涙ながらにトラッシュにキス攻撃を浴びせていたのだ。
「お前ら、いつものことだが、気を抜くんじゃない! あいつらが来るぞ!」
 シャマルの叫びに、トラッシュたちは我に帰る。
 もう、大蛇にしか見えない極点警備隊員の組体操、もとい組攻撃が、うねるようにトラッシュたちに迫った!
「ほほほほ、ホォ〜ホホホホホホホホホホホ!」
 狂ったようにタブレットPCを操作するカーリカに、ぞっとするフォルケ。
 とともに、疑問がわき起こった。
『カーリカ少尉、タブレットPCで極点警備隊員に指示を出しているというの? というより、ホントにロボットを操縦しているみたいじゃないか・・・』

『なんだ、この連中、これまでの相手とは全然違う!』
 さすがのトラッシュも、極点警備隊員の合体攻撃に、恐れを抱いた。人間ワザとは思えぬアート使いにはこれまで何度も相対したが、彼らはそれをとおり越して、人間じゃない・・・
 そう思えた。
 すると、目の前で極点警備隊員の隊列が、グネグネと変化を始めた。
「き、気持ち悪ぅ・・・」
 ヒビナがこぼす。
 隊列は、やがて人の形のように見えてきた。
 そう、約20名の隊列による、身長6メートルほどの「巨人」ができあがった。
 カーリカが、「イっちゃってる(フォルケ談)」目をぎらつかせ、ぬめるように言葉を吐く。
「エキストリーム・ジェノサイド、究極の皆殺しモードで、イリーガルご一行を葬って差し上げますわ」
「な、なんだって!?」
「いいのか? イリーガルは、生きて捕らえなきゃならんのじゃないか?」
 トラッシュとシャマルが、立て続けに声を上げた。これには、ワグダが応えて、
「メイペ・シノリも同じだろ?」
 ハッ!と、表情を固くするトラッシュだ。
「そのくらいの覚悟でなきゃ、楽しめないってことさ!」
 ワグダの表情は笑っているようだが、目は笑っていない、トラッシュにはそう見えた。
「ふざけんじゃねえぇ! トラッシュはともかく、ヒビナはスイーパーなんぞに殺させねえぞ!」
「そうだ! ボクだって、トラッシュを守ってみせる!」
 ガベイジとラビは、そう叫ぶと、ウィンドスレッジとスキーで、上空から「巨人」に挑みかかった!
「うかつな・・・」
 そう言ったのはシャマルだ。

 グワアアアアアァアッッッッ!!

 巨人のぶっとい腕、それは数名の極点警備隊員の体そのものだが、それがウィンドスレッジとスキーをなぎ払い、弾き飛ばした!
「ああっ!?」
 ガシャアアアァァッッッ!!
 地面に叩きつけられる、ガベイジとラビ。
 巨人のパワーに、トラッシュは息を飲んだ。
 すると、巨人は・・・
 その巨体に似合わぬ敏捷な動きで、
「キャアアアッッ!」
「ああっ!」
 ・・・という間に、コジェをその手につかんでいた!
 巨人の指は、極点警備隊員の脚である。
「・・・このお、コジェになんてことを!」
 怒りにうち震えるのは、シャマルだ。
 トラッシュは、ワグダを振り返り、叫んだ。
「ワグダ! あんたは・・・こんなことするひとじゃ、なかっただろ!?」
 ワグダは、
「・・・あー、カーリカ、あたしの評判、がた落ちなんだけど」
「今さらですわ! あなたのメンツなんて、犬に食わせて排泄物処理ですわ!」
 それを聞いて、トラッシュは、
「あ、カーリカの仕業か・・・じゃあ、多少卑怯でも、さもありなんだな」
「こらぁ! イリーガル! 言うに事欠いて!」
『しょうもな・・・』
 内心、バカバカしい思いのフォルケで。
「漫才はそれくらいにしろ! カーリカ、コジェを離せ! じゃないと・・・」
「じゃないと?」
「このオレが、承知しない!」
 シャマルは、巨人に飛びかかった!
「シャマル! お前、自分でうかつとか言っといて!」
 叫ぶトラッシュだが、シャマルの耳には入らない。
「シャマルやめて! あなたがケガを・・・」
 コジェがそう言うが、時すでに遅し。

 ドガアアアァァッッ!!

「あっ!?」
 巨人は、シャマルを蹴飛ばした!
「うああああぁぁっっ!」
 シャマルの体は飛ばされ、トラッシュ、パビクをなぎ倒した!
「シャマル!」
 コジェの悲鳴がとどろく。
 勝ち誇るカーリカは、
「なんでアナタのほうから駆け引きするんですの? 人質を取っているのは、こちらだというのに!」
「あ〜あ、言っちゃった。人質って」
「報告書、なんて書きます?」
 ワグダとフォルケは、ため息混じりに言った。
「うう・・・」
 シャマルのうめき声がもれる。トラッシュ、パビクもまた地面に突っ伏し、ガベイジもラビも、容易には立ち上がれないほど痛めつけられているようだ。
 眉間にしわを寄せるコジェ。
 反面、高笑いのカーリカだ。
「ホーッホッホッホッホ! ついに、ついにイリーガルを追いつめるときが来ましたわ! このわたくし、カーリカ・ビアレIQ370の頭脳と、極点警備隊員のチカラ、思い知るべし、ですわ!」
「・・・わかりました」
「はあ?」
 コジェの、静かな、だが力強い言葉が押し出される。
 いぶかしげなカーリカに向け、
「ここはひとつ、実効的な解決方法をとるしかないようです、カーリカ少尉」
「な、何ですって?」
 カーリカ、そしてワグダ、フォルケ・・・いや、トラッシュも含め、その場の皆が、鳩豆鉄砲ヅラをさらした。
「コード・アルファゼロゼロ! アクティベイト!」
 コジェが叫ぶ!

 キュイイイイイイイイィィッッ!!

 地面を激しくひっかくような、スキール音が響いた!
 その音源を振り返る、ワグダとカーリカ。
 そこには、タイヤを空転させ、真っ白い煙を上げる、ドメニコットがあった!
『コード・アルファゼロゼロ、了解』
 合成音声が、無表情に応える。
 無人のはずの真四角な車両・ドメニコットが、6つの車輪で岩盤を蹴り、ロケットスタートした!
「な、何だあああぁぁっっ!?」
 こちらへ向かって猛ダッシュするドメニコットに、ワグダとカーリカは、ひき殺される!とアセる。
 ワグダ、カーリカは横っ飛び、間一髪でドメニコットの突進をかわした。
 だが、ドメニコットの狙いは・・・
「巨人に向かってる!?」
「こ、コジェ!」
 このままだと、ドメニコットはコジェごと巨人をはね飛ばしてしまう!?
 息を飲む、トラッシュたち。

 と!

 ブオオオンンッッ!!
 ガシャアアァッッ!!

 ドメニコットの車体が跳躍し、空中でガシャガシャと展開したかと思うと・・・
 車体の下から「脚」が、側面から「腕」が飛び出し、巨人の目の前に「立った」!
 それはほぼ巨人と同じ背丈で・・・

 ドガアアアアァァァッッ!!

 解説のヒマもなく、ドメニコットは巨人を「パンチ」した!
 衝撃で巨人の手から離れたコジェ、そのからだが宙に舞う!
「ああっ!?」
 あわてたのは、シャマル、そしてトラッシュだ。
 このままでは、コジェの小さなからだが、岩盤に激突する!?
「・・・ンにゃろおおォォッッ!!」トラッシュが叫び、コジェに向かって走る!
 そして、シャマルも同様、コジェの元へ!

 バシィッ!

「あっ!?」
 ヒビナが叫ぶ。三角の目をして。
 すんでのところで、コジェのからだをナイスキャッチ!したのは・・・
 トラッシュだった。
 お姫様抱っこで、コジェと見つめ合う。
「まっ、間に合ったあ・・・」
「あ、ありがとう、トラッシュ・・・」
 ワアアァァ・・・
 歓声を上げる、エトワやパビク、ラビたち。
 トラッシュは荒い息をつきながら、
「コジェ、すげえドキドキしてるのが伝わる・・・」
「超コワかった・・・」
 いや、自分でやったんでしょ・・・と内心でコジェにツッコミを入れるトラッシュ。
 と、次の瞬間。

 ドガアアアアァァッッ!!

「痛てえぇぇっ!?」
 トラッシュは、地面にひっくり返っていた。
「大丈夫か!? コジェ?」
「え、ええ、おかげさまで・・・??」
 トラッシュに替わって、シャマルがコジェをお姫様抱っこしていた。
 ちゃっかり、シャマルがトラッシュを突き飛ばして、入れ替わったのだ。
「それにしても、ドメニコット・・・」
「説明は後・・・というか、見れば瞭然とは思いますが」
 コジェの移動用車両であり移動研究室であり宿泊施設である、ドメニコットII(ツー)。A.I.アルゴリズムにより自律稼働するそれは、女の子のひとり身で研究の旅を行うコジェの、ボディガードでもあった。いざというときは、機動モードに変形するロボットなのだ。
 シャマルは、仏頂面で、
「なんだよ、じゃあ、オレが守る必要なんて・・・」
「え?」
「なっ、何でもない・・・」
「それでも、わたしはシャマルに・・・」
「えっ?」
「な・・・何でもありません・・・」
「そこ! ラブラブモード、即刻解除を要請する!」
 ヒビナが、ますますつり上がった目でまくし立てた。

「あたたたた・・・」
 腰をさすりながら、立ち上がろうとするカーリカ。
 その眼前に転がっているタブレットPC。ハッ!と、我に帰りそれを拾おうとした、その時。
 ガシャアアッッ!!
「ああっ!?」
 何者かがタブレットPCを踏みつけ、ぶっ壊した。
 それは、トラッシュだった。
「イリーガル、あなた・・・べ、弁償ですわよ!?」
「そういうことじゃないと思うんですけど・・・」
 ぼやくのはフォルケだ。
 トラッシュはというと、炎を奥に秘めた眼でカーリカを見下ろしていたが、ふいに、ワグダを振り返り、
「ワグダお姉さん、あんたの仕事だからしょうがないとはいえ、これ以上、こいつらを危険にさらすわけにはいかない」
 背後のヒビナたちを指して、そう言う。
「トラッシュ・・・」心配げなヒビナだ。
 ワグダは、トラッシュと交わした視線をはずさぬまま、ゆっくり立ち上がる。
 トラッシュは、珍しく真剣な表情で、
「あんたらの狙いはオレだろう? オレをつかまえるなり殺すなり、オレにそれを受け入れるつもりはないけど、エトワやヒビナやシャマル、コジェにラビにガベイジ、パビク・・・こいつらには関係ないじゃないか! 少なくとも、命の危機にさらされる筋合いはない」
「・・・それで?」
「オレは逃げも隠れもしない。ワグダ姉さんならわかるだろ? オレはあんたらと正々堂々、戦う! だから、仲間には手を出さないでくれ!」
「トラッシュ!」
「トラッシュ?」
「トラッシュゥゥ!!」
 仲間・・・
 そう呼ばれた者たちが、トラッシュを案じて、次々にその名を口にした。
 沈黙が流れる、ヘリポート山の頂上。
 ワグダは、ふっと息をもらすや、笑みと共に口を開く。
「悪いが、それはできない」
「ワグダ!」トラッシュは、愕然とした。
「ここで多くを語るつもりはないが、もうコトはお前ひとりの問題じゃない。お前を中心に、何かが集まり、何かが変わっていってる。この流れを止めなきゃならん。・・・ってことだ」
「だから、皆殺しか・・・」
 ワグダは、妖しい笑みを返すだけだ。
「・・・じゃあ、オレはオレで、仲間を守んなきゃ」
 トラッシュの瞳が、紫色に光る!
『オレのアートが・・・戻った!?』
 メイペに痛めつけられて以来、からだの中からアートの力が抜けたように感じていたトラッシュ。だが、気持ちの昂ぶりと共に、それが戻っていたことを実感した。
 傷が癒えてきた証拠か? それともグラフィティの力が、いや、仲間たちの想いが・・・
 いいや、理由なんてどうでも!
 トラッシュの背後から、極点警備隊員たちが、飛びかかってきた!
「はああああああぁぁぁっっっ!!」
 振り向きざま、その左腕から、紫色の光を放つ。それは、キツネの姿に変化し、襲いかかる極点警備隊員たちをはじき返した!
 それを合図にしたかのように。
 ヘリポート山の頂上、真っ平な岩盤の上は、トラッシュたちと極点警備隊員とが入り乱れ、大乱闘となった。
「もう、こうなったらヤケっぱちですわ!」
 カーリカは、真空波を繰り出す杖「ショックウィーゼル」を握りしめ、フォルケの首根っこをつかみ、
「あなたも参加しなさい! 実戦デビューですわ!」
「ええっ!? そ、そんなあ!」
 乱闘の輪に飛び込んでいった。
 ガベイジ、ラビといった強力なアート使いが暴れているとなると、万事が無事というわけにもいかない。
 ヘリポート山の天面のグラフィティは、ひび割れ、削られ、掘り起こされ・・・ボロボロに破壊されていった。
 それを見て、ヒビナは青ざめる。
「だ、ダメでしょ! グラフィティがお釈迦になっちゃあ! 極点現象はどうなるのよ!」
「お釈迦って、死語じゃねえ?」
「あら、大丈夫ですよ?」
 トラッシュに続いて、ケロリとそう言ったのは、コジェだ。
「えっ・・・??」
「重要なのは、この周辺にあるであろう、活性の高いグラフィティなんです。ここのグラフィティは、その目安でしかなくて、とっくに活動を止めてますから」
「あ・・・そう・・・」
 ひとりで空回りしてあわてていた分、ヒビナはがっくりと肩を落とした。

     ★     ★     ★

 スイーパー・ゴールド階層本部ビル143階。キリィ・キンバレンのオフィス。
 チェアに腰掛けてキリィは、嘲笑にも似た口角の歪みをたたえる。
『ワグダ・パレスモ少尉・・・なかなかの食わせ物だったか』
『どういうこと?』
 ルゥの質問にかぶさるように、キリィの秘書、タバース・エオガルの叫び声が轟いた。
「だ、誰だ!? いつの間に?」
 それに反応したキリィは振り返る。
「!!??」
 視界に、恐れおののくタバース、そしてひとりの老紳士の姿が映った。
 歳の頃は60代だろうか、質の良さそうなグレーのウール・ロングコートに、同じくグレーのハット姿。丸メガネに、顔全体を覆うヒゲ。
 杖をついてはいるが、自らの足でしっかりと床を踏みしめている、存在感。
 キリィは珍しく、かすかに動揺を見せた。
 彼ほどの手練れスイーパーをしても、老紳士の気配を感じられなかった。タバースが驚いているように、完璧なセキュリティに護られているはずのスイーパー本部オフィスに、いるはずのない男。いったい、どのように侵入したというのか?
 いや、それはキリィ自身には、疑問でも何でも無かった。
「久しぶり・・・というべきかな」予期せぬ侵入者の方から、口を開いた。
「ああ・・・」
「き、キリィ大尉! 今すぐ警備員を・・・」
「その必要は無い、タバース。彼はわたしの客人だ・・・そう、古い、友人だよ」
「えっ・・・」
「これは意外だ・・・今でもわたしを友人と呼ぶのか、キリィ・キンバレン」
「さあな・・・ビィという男とは、初対面になるかもしれんが」
 そう、今、キリィの目の前に立つ男。
 エトワの養父、ビィその人だった。

     ★     ★     ★

「なんなんだ、ナントカ警備隊って・・・やっつけてもやっつけても、立ち上がってくる・・・」
 傷も癒えぬからだで戦っていることもあるが、トラッシュは、息も絶え絶えだった。極点警備隊員たちは、トラッシュやガベイジたちが、倒した!と思っても、すぐに立ち上がり、衰えることのないパワーで立ち向かってくる。
 これが、最強の実戦部隊ということなのか・・・
 シャマルは、疑問を禁じ得ない。
『いくらロボット部隊と称される、とはいっても、これは・・・』
「シャマル・・・」
「何してる、コジェ! 危険だ! ドメニコットに乗るんだ!」
「あ、はい・・・」
 コジェはシャマルに従い、ロボットモード・ドメニコットのサイドハッチを開け、乗り込もうとした。
 その瞬間、ドメニコットの攻撃は止まる。その隙を突いて、コジェの背後から、ひとりの極点警備隊員が襲いかかった!
「こ、コジェ!?」
 シャマルの叫びに、振り返るコジェ。
 眼前に、極点警備隊員の姿が!

 シュバアアアァァッッ!!

「ああっ!?」
 コジェが叫んだ。
 シャマルは、間一髪でコジェと極点警備隊員の間に割って入り、指輪の光の剣で、なぎ払った!
 極点警備隊員は、もんどりうって地面に転がる。その手首、手袋の一部がスッパリと切られていた。
 そこから、微量の赤い液体が飛び散る。
 血!?
 とっさのこととはいえ、シャマルは流血を引き起こしたことに、わずかに動揺した。
 だが、気を取り直し、すぐさまコジェに向かうや、
「コジェ!? 大丈夫か、ケガは!」
 コジェは・・・
 呆然とした表情をしていた。その整った顔、褐色のほほに、一筋の返り血を浴びていた。
 いや、その真っ白な衣装にも、数滴の血しぶきを浴びていた。
 シャマルは、コジェに向かい、
「本当にロボットなんじゃないかと思ってたが、やつらにも血が・・・」
「ダメです・・・」
「えっ?」
「ダメです! シャマル・・・血を流しては!」
「何言ってんだ! 自分がそうなってたかもしれないんだぞ? コジェ!」
「それでも、ダメなんです!」
「矛盾してるだろ! 自分だって、ドメニコットで・・・」
 そこまで言って、シャマルは、ハッ!となった。
 コジェの、オックス・ブラッド・カラーの大きな瞳に、あふれんばかりの涙が震えていた。
 シャマルにもわかっている。この世界の人間たちは、流れる血液によってそのパワーを支えている。アート使いならば、出血するだけでアートを失うほどだ。
 だから、どんなに激しい戦いでも、血を流してはいけない。
 理屈はわかる。だが・・・
『キミを、助けようとしたのに・・・』
 シャマルは、コジェに背を向けた。
『勝手にしろ!』
 ・・・というセリフは、言わずに飲み込んだ。

     ★     ★     ★

 スイーパー・ゴールド階層本部ビル、キリィ・キンバレンのオフィスでは、キリィとビィが視線を交わしていた。
 二人の間を満たす緊張感あふれる空気に、口をはさむことも出来ないタバースは、内心で、青年キリィと、老人ビィが友人関係であることに、腑に落ちないものを感じていた。
 ビィは、おだやかに言葉を投げかける。
「遊んでいるのか、試しているつもりなのか、いずれにせよ、酔狂に過ぎないか? キリィ」
「・・・忠告か? それとも、警告か」
「わたしはもう用済みだ・・・今さら、干渉する筋合いでもない。だが、キミはいささか張り切りすぎに見える」
「張り切りすぎ? わたしが?」
「運命に身をゆだねる気など、さらさらないようだな」
「見てくれ同様、心まで老いたか・・・未来を、自ら切り開く気概も失ったとは。やはり、過去に生きる人間の悲しさだな、イシュ」
「フッ・・・」
 ビィの漏らす息は、嘆息か、嘲笑か。逆に、キリィの顔から、笑みが失せた。
 ビィは、どこか哀しげに言葉をつむぐ。
「過去に生きているのは、いったいどちらなのだ。わたしをその名で呼ぶのは、語るに落ちるというものだ」
「・・・・・・」キリィの目の色が変わる。
「終わったのだ、すべては。キミがそれを認めたくないだけだ。だから、抗う」
「何を言う!」
 ダーン!と、キリィはチェアから立ち上がった。
 そんなにも激高する姿は、キリィには珍しい。
「終わってなどいない! ならばイシュ、キミはなぜ、ゆりかごの守り人を全うした!?」
「その答えは、エトワが示してくれるだろう・・・」
「なんだと・・・」
「選ぶのは、リリネアではない」
 ビィは、キリィに背を向けて、立ち去る。
 キリィは、ビィの背中に向かって叫んだ。
「忘れるな! わたしは誓った! 魂は最善の世界へ・・・ 全ては、あるべき姿へ!」
「・・・過去と未来を、近道で結ぶことは出来ないのだ」
 ビィはそう言い残し、静かに去って行った。
 キリィは、そんなビィの背中を無言で見つめるだけだ。
 タバースには、ふたりの会話が、いや、ここで起きたことがまったく理解できなかった。

     ★     ★     ★

 はあ、はあ、はあ・・・
 息があがる、トラッシュたち。極点警備隊員は、ふたたび彼ら、そしてドメニコットを取り囲み、追いつめていた。ドメニコットのコクピットに避難しているコジェとエトワ、ヒビナ。心配そうに、トラッシュたちを見つめる。
「正直、極点警備隊員を相手に、ここまで持ちこたえたのは、お前らが新記録だろうよ」
 冷ややかに、そう告げるのはワグダだ。
「そんなお前らを、殺すなんて、もったいないをとおりこして、贅沢だな」
「ワグダ・・・」
 ワグダは、ゆっくりと、トラッシュに向けて右手をかざす。
 その眼が、銀色に輝き始める!
 ワグダのアート、物質の水分を一瞬にして沸騰させるワザ。
 それを、人間に向けて使う!?
 トラッシュは、ワグダをにらみつけることしかできない。
 フォルケは・・・ムリヤリ乱闘に放り込まれてボコボコにされていたが・・・
 ワグダの銀色の眼を見て、ぞっとした。
『まさか、ワグダ少尉、本気で!?』
 思わず、ワグダに向かって、一歩歩みだそうとした瞬間。
 その右腕を、ぐっとつかんで制止する者が。
「カーリカ少尉・・・」
「作戦を忘れた?」
 フォルケは我に帰る。確かに、作戦は作戦だ。だが、ワグダは本当に、やってしまうのではないか。本気でトラッシュの命を・・・
 そもそも、作戦どおり、コトは運ぶのだろうか?
 トラッシュを殺そうとすれば、困る者が、介入してくるなど・・・

「トラッシュゥゥゥ!!」
 ドメニコットのコクピットで、エトワが叫ぶ。
「ダメなの? もう、逃げ道はどこにもないの!?」
 ヒビナもまた、青ざめて悲鳴じみた声を上げる。
『逃げ道・・・』
 コジェは、額に汗しながら、心につぶやく。
 そこで、ハッ!と、息を飲んだ。
 思わず、天井を見上げる。
 ドメニコットのそれではなく、もっと遠くの・・・

「スイーパーの流儀では言わないことだが、言い残すことはあるか? トラッシュ・・・」
「・・・好きだったよ、ワグダ」
 ワグダのまぶたが、ピクリと動いた気がしたのは、錯覚か・・・
「灰になれ! トラッシュ!」

 その時!

 ドオオオオンンッッ!!!
 カアアアァァァッッ!!

 大音響が響きわたり、ワグダはその右手を止めた。
 ヘリポート山の周囲で、光の柱が立ち上がった!
 ひとつ、ふたつ、みっつ・・・
 エトワが、ドメニコットの車内で、祈りの仕草をしていた。
 ウィンドボード、ウィンドスキー、ウィンドスレッジ・・・そのキツネのイラストが、まばゆく光を放つ。だが、その比ではないほどの輝きが、いや、これまで発生した光の柱とも、比べものにならないほどの高エネルギーで。
 それは天空に三角形を形作り、その内側に、七色の光の渦が発生し始めた!
「極点現象だと!?」
「そうか、極点を通じて、脱出する気ですわ!」
 ワグダと、カーリカが叫ぶ。
 コジェは、極点警備隊員に追いつめられているとはいえ、3つのウィンドガジェットが一カ所に集まっていることに着目し、エトワが祈ることで、極点現象を引き起こせるチャンスだと悟ったのだ。
 だが、ドメニコットの車内から、祈りは届くのか?
 それでもコジェは、最初の極点現象が、傷だらけで瀕死のトラッシュを救いたい、エトワの想いが引き起こした、その再現に賭けたのだ。
「セイレイよ・・・お願い・・・トラッシュと、トラッシュが仲間と呼ぶひとたちを、救って・・・」
 エトワは、絞り出すようにつぶやき、祈り続ける。
 ワグダは、
「ならば情けをかける必要もあるまい! お別れだ、トラッシュ!」
『いいのか、キリィ・キンバレン!』
 口と心で、同時に叫んでいた。

 すると!

 天空の極点、七色に渦巻く光、次の階層へと通じるトンネル・・・
 そこから、光が降ってきた!
 粉雪のように、白色の光の粒が、さらさらと舞い降りる。
 トラッシュが、ワグダが・・・その場の全員がその光を見つめていた。
 やがて・・・
 極点から、ひときわ輝く何かが、ゆっくりと降りてくる。
 いったい何が起こっているのか?
 その輝く物体は、まるで飴色の光の翼をはためかせる、鳥のように見えた。
 誰もが、その動きを止めて、光の鳥に目を奪われた。
 その光の鳥に、よく見ると、何かがぶら下がっている。
 それは、人の姿!
 トラッシュは、息を飲んだ。
 ヒビナは、ドメニコットのウィンドウスクリーンにへばりつく。
 舞い降りた、その人とは・・・
『メイペ・シノリ!!??』

     ★     ★     ★

 スイーパー・ゴールド階層、キリィ・キンバレンのオフィス。
 たった今、ビィが立ち去ったそこで、秘書タバースは、キリィを振り返り、
「いったい、何者なんです? あの老人・・・って、あれえぇっ!?」
 だが、そこには、誰もいなかった。
 今し方、自分のデスクで、ビィを見送ったはずのキリィの姿が、どこにもなかったのだ。

     ★     ★     ★

 ヘリポート山の頂上に降りたった、メイペ・シノリ。
 光の鳥に見えたのは、彼女の左手首の、ごついブレスレット状の機械から発せられる光だった。それが翼のように、はばたいているのだ。
 翼をたたむようにその輝きは収まり、いつもの黒い装束で、メイペはトラッシュとワグダの間に立つ。
 これがウワサのメイペ・シノリ・・・シャマルやエトワやラビたちにとっては初顔合わせとなる。話には聞いていたが、まさしく絶世の美少女と呼ぶに違わない。が、この状況ではそんなことに気を取られるどころではなかった。
 コジェだけは、かつてキリィ・キンバレンの秘書であった彼女と会ってはいる。だが、その時の印象と、ここにたたずむ少女のそれはまるで違う。その愛らしさと、死の香りすら漂う戦士とが同居する面差しに、困惑を煽られる。
 極点警備隊員たちは、メイペを遠巻きにながめているように見える。いや、メイペを恐れているようにも・・・
 コジェは、愕然とした表情でつぶやく。
「極点であれば、スイーパーがそれを利用するのは、容易なこと。うかつでした・・・」
 メイペは、桜色の唇を静かに開き、いつもながらの歌うような美声で、ワグダに語りかけた。
「ワグダ少尉、キリィ・キンバレン大尉からの伝言です。命令外の作戦を実行していないか、と・・・」
「イリーガルを、殺そうとしたことか?」
 メイペは、真剣な眼差しとともに、コクリとうなずく。
 ワグダは、フンッと嘲笑するような表情で、
「メイペ・シノリ予備隊員に倣ってみたんだが・・・問題だというなら、ここからは、お前さんに引き継いでもいい。殺したいんだろ? イリーガルを」
 挑発的な言葉にも、表情を変えない、メイペだ。
「どうする? キリィ・キンバレン大尉は、イリーガル殺害もやむなし、と言ってるんだろう? それが本当なら、この目で確認したいね。あたしとしちゃ」
 トラッシュは、ポカンとするばかりだ。
 いったい、ワグダはどうしたいんだ?
 メイペは、ワグダの言葉を受けて、一度目を伏せたかと思うと、再びワグダを見据えて、言った。
「命令違反を、先に処分せよ。キリィ・キンバレン大尉の指示です」
「何ィ!?」

 シュババッッ!!

 メイペの背後でストロボのような青白い光が瞬き、そのアート、亜人ジョデとガーフが出現した!
 そしてジョデがワグダに、ガーフがカーリカに襲いかかった。
「上等だ!」
「小娘に後れをとる、わたくしじゃございませんわ!」
 ジョデ、ガーフ、ワグダ、そしてカーリカが、激突!
 ・・・するかに見えた、その瞬間。
 ジョデとガーフのからだが、とつじょ、バサアアァァッ!と分解し、無数の紙吹雪になった!
「うおおぉっっ!?」
「な、何なんですの!?」
 驚くワグダとカーリカの周囲を、紙吹雪状の物体が舞う。それはワグダとカーリカの体に張り付き、全身を覆ってゆく!
「わ、ワグダ少尉! カーリカ少尉ィィィッッ!!」
 フォルケの叫びが響きわたる。
 トラッシュたちも、いったい何が起こっているのか、驚きで目を見張るばかりだ。
 やがて、二人の美人スイーパー士官の全身は、鎧のようなもので覆われた。
「こ、これは・・・」
 自らの異容に、戦慄するワグダとカーリカだ。
「わたしのアート、ジョデとガーフは、人間の、大脳以外の神経系を支配することができます。つまり、いまワグダ少尉とカーリカ少尉のからだは、その能力も含めて、わたしの思い通りに操れるということ」
「な・・・」
「論より証拠」
 メイペの瞳が、銀色に輝く!
「うああああぁぁっっ!!」
「な、何? 何? なにいいいぃぃぃっっ!!」
 ワグダとカーリカは、とつじょ、極点警備隊員たちに襲いかかった!

 ドガッ! ガシャッ! バキィィッ!

 ワグダの鉄拳が、カーリカの肘打ちが、極点警備隊員たちを打ちのめしていく!
「からだが! あたしのからだが、勝手に・・・」
「勝手に攻撃してますわああぁぁっっ!!」
 唖然とする、トラッシュたち。
「メイペの言うことがホントなら、スイーパーのトップクラス士官が、オレらの味方してるってコトか? そりゃ傑作だ」
 シャマルは、ニヤニヤしながら、ワグダたちの戦いを見ている。
「でも、なんで極点警備隊員は、反撃しないんだ?」
 確かに、極点警備隊員たちは、なすがままに倒さるだけだ。それも無言で。
 トラッシュの疑問に、コジェは、
「できないんです。極点警備隊員は、スイーパー士官を攻撃することが・・・」
 それにしても、だまって攻撃を受けるだけなら、本当に殺されるかもしれない。
 この世界の医学なら、死なないですむのかもしれないが、だからといって、なぜそれほどまで、命令に忠実でいられるというのか。
 トラッシュにはわからなかった。同じことを、フォルケも考えていた。
 極点警備隊、これほどまでに上官の命令を遵守し、忠誠心を捧げるのなら、なぜ綱紀粛正などという旗を振る必要があるのか?
 すると、カーリカが「ショックウィーゼル」を取り出し、ひとりの極点警備隊員に向かって、それを振るった!
 真空の刃、かまいたち現象のそれが、極点警備隊員の胸元を切り裂く!

 プシュッ!

 ダークグリーンの制服が裂け、そこから、少量とはいえ、血が吹き出した!
「ひッッ!!」
 ヒビナが、目を覆う。カーリカ自身も青ざめていた。自分の意志ではないとはいえ、目の前で流血ざたが展開されたのだ。
 だが、驚くべきは、それだけではなかった。
「ああっっ!!??」
 フォルケは、目を疑った。それはトラッシュも、シャマルも、そこにいる者たちのほとんどが・・・
 切り裂かれた制服の奥からのぞいていたのは、銀色の金属製メカニズムと、グリーンの電子基盤だった。血とともに、火花がバチッ!と飛び散った。
 もんどりうって倒れる、極点警備隊員。
「なんてこった・・・あいつら、まさかホントにロボットだっていうのか?」
「いや、待って、じゃあ、なんで血が!?」
 シャマルと、フォルケが口々に困惑を叫んだ。
『血が流れている機械だって・・・!!??』
 トラッシュは、驚嘆していた。
 ついには、極点警備隊員は一人残らず、ワグダとカーリカに倒された。全員、気絶しているようだが、彼らがロボットなら、機能停止と言うべきか。
 はあ、はあ、はあ・・・
 滝の汗をかき、荒い息をつく、ワグダとカーリカ。
 血走った目で、メイペをにらみつける。
「気が済んだか、メイペ・シノリ・・・」
 絞り出す低い声で、ワグダはうめく。
 メイペは、静かに首を左右に振ると、
「お許しください、キリィ・キンバレン大尉の命令です」
 まだ何か!?
 ワグダは歯噛みする。
 メイペは、冷たく言い放った。
「『お灸をすえよ』、と」
 ギリギリギリ、と、当人の意志に反して動き始める、ワグダとカーリカのからだ。
 ふたりはそのまま向かい合い、攻撃体勢を作る。
 ワグダは苦笑い、カーリカは青ざめて、
「まさか・・・」
「そ、そんな・・・」
 トラッシュは息を飲んだ。
 ワグダとカーリカは、互いに地を蹴り、ぶつかり合った!
 ワグダVSカーリカ!
 ガチのぶつかり合いが展開された!
 髪の毛はつかむわ、ビンタを張り合うわ、キャメルクラッチ、上四方固め、はては、ほっぺたのつねりあい・・・
「いたたたたたた! いてえ! カーリカ、おまえこの機に乗じてわざとやってるだろ!」
「いたいいたいいたい! ワグダ! わたくしを痛めつけてるときは楽しそうなのはなんでですの!?」
 どちらかというと、低レベルなケンカにしか見えない。
「ど、どうしよう・・・ボクにはとうてい止められない」
 遠巻きに、オロオロしているだけの、フォルケだった。

「こりゃ面白れえ」
 楽しそうな、シャマルだ。すると、
「シャマル・・・」
「うあああっっ!! はい、何でしょう!?」
 とつじょ話しかけられて、心臓が喉元を突き上げたシャマルだった。
 背後から、コジェに声をかけられたのだ。
「今のうちです。トラッシュとヒビナとエトワと一緒に、キャンピングカーに乗って、極点を抜けてください」
「ぬ、抜けるって、どうやって!?」
 はるか上空を見上げるシャマルだ。
「キャンピングカーは飛べないぜ。ずっと思ってたんだ。空に極点ができたからって、どうやってとおり抜ければいいんだって」
「それは、ガベイジにお願いします」
「オ、オラがなんだって?」
 こちらも急に名前を呼ばれて、驚くガベイジ。
「それから、ラビにも」
「ボクも!?」
 コジェは、シャマルに自身のアイデアを告げた。
「な、なんだって!? マジかよ! そんなこと・・・」
「マジです!」
 キッパリと、そして笑顔で、コジェは言った。

 ヒビナは、ドメニコットを降りて、立ち尽くしていた。
 その視線の先に、せつない画を見ていたから。
 そこでは、トラッシュと、メイペが見つめ合っていた。

 わかっている、メイペはオレたちを救いに来たわけじゃ無い。
 彼女の狙いは、オレの命だ。
 トラッシュは、心の中で、メイペに語りかけていた。
 テレパシーが使えるわけではない。
 言葉を交わしたからといって、何かが変わるとも思えなかったからだ。
 メイペも、同じだったかも知れない。
『どうしても、オレたちは殺し合わなければならないのか?』
『それが、わたしたちふたり』
『なら、ヒビナたちは行かせてくれないか』
 メイペは、ニッコリと笑った。

 キリィは、その始終を見ていた。『どこでもない、どこか』で。
 ワグダが、自分を引っ張り出すために、トラッシュを殺すと芝居を打ったことなど、お見通しだった。イリーガルにまつわるキリィの、謎めいた行動は何なのか、そしてこの先、どうするつもりなのか、探りたかったのだろう。
 だがキリィにとってはむしろ、ワグダたちの出動は、メイペ登場の露払い、いや、時間稼ぎ程度でしかなかったのだ。
 それよりもキリィは、トラッシュがメイペとの決着を、どう乗り切るかにこそ、興味があった。
 この試練を越えない限り、トラッシュがシルバー階層へ上がるなど、夢のまた夢・・・
『イシュ、わたしは歩みを止めない。キャピタルGが、すべてを変えなければ、セイレイたちは何のために一万年もの時を重ねたというのだ』
 その脳裏をよぎる、哀しげな表情の美女。
『リリネア、もう時間が無いのだ。運命の刻(とき)など待っていたら・・・』

 キャンピングカーに、ヒビナ、エトワが乗り込む。
 エトワが、サイドウィンドウ越しに車外のガベイジ、パビク、ラビに語りかける。
「ガベイジたちは行かないの? シルバーに」
「バカ言え、ブロンズにはモイジたちがいるんだぞ」
「エトワ、元気でね! モイジやコンテロやシャンスランやママルメイもまぜて、いつか遊ぼう!」
「パビクも元気でね! それと、ラビも・・・」
「ボクならいつだって元気さ! それに、シルバーだろうがどこだろうが、ボクはいつでも会いに行くよ! ボクは風だからね」
「ケッ、かっこいいこと言ったつもりか?」
 ガベイジは口を歪めてそう言うが、
「そうだよ? ボクはかっこいいもん」
 ラビは意に介さない。

 シャマルは、コジェと最後の打ち合わせをしていた。
 正直言うと、シャマルのわだかまりは、解けたわけではない。コジェを救おうとしたのに、たしなめられたことを。
 考え方の違いと言えばそれまでだが・・・
 そんなモヤモヤを押し殺して、シャマルは言う。
「うまくいくかより、ガベイジたちが信頼できるかどうか・・・」
「大丈夫です。ガベイジには、ヒビナのためと言っておきましたから」
「そ、そうか、それは・・・」
「うふふっ、わたし、意外としたたかだと、よく言われます」
「そんなことは・・・」
 コジェのほうは、気にしていないのだろうか。シャマルの心は曇っていた。
「さあさあ、シャマルもキャンピングカーに・・・」
「あ、そういえばこの作戦、コジェはどうするんだ? ドメニコットで一緒に来るんだろ?」
「・・・・・・」
 コジェの表情が陰る。
「??どうした」
「シャマル、わたしはひとまず、ブロンズに残ります」
「!!??なんだって!?」
 シャマルは、ガツンと脳天を揺さぶられた。
「今回のことで、グラフィティに対する考え方も、研究方法もすべて見直さなければなりません。このヘリポート山は格好の題材です。それに・・・」
「・・・コジェ?」
「ヒビナの言ったとおりです。スイーパーの資格持ちのわたしが、イリーガルに味方して、ただで済むわけがありません。だからといって、逃げてもムダなことは、わたしにも分かっています」
「何を言うんだ! ドメニコットがあればそんなことは無いだろ! それに、オレも・・・」
「スイーパー組織には、わたしの研究に多大な支援をもらっています。裏切りは、わたし自身が許せません」
「だったら、なんでオレたちに関わった? そこまで分かってて、なんで!」
「お友達、だから・・・」
 シャマルは言葉を失う。
 信念に従い、真実を追求するのが自分の使命、といいながら、そんなことまで覚悟していたなんて・・・
 するとコジェは、シャマルの右手をとると、両手で包んだ。シャマルは、コジェの潤んだ瞳に、落ちそうな感覚を覚えた。
 コジェの手のぬくもりが、せつない。
「また、会えると、約束してください」
 シャマルは、左手をコジェの手に重ねた。
「絶対だ! どこにいても、どこに行っても・・・」

 シャマルはキャンピングカーの運転席に収まる。もう、腹をくくるしかない。コジェの気持ちに応えるしか・・・
 ウィンドウ越しに、声を荒げる。
「おいトラッシュ! 何してんだ、今しかチャンスは無いんだぞ!?」
 ワグダとカーリカが小競り合いをつづけ、極点警備隊員がすべて倒れている今しか、極点を越えてシルバー階層へ渡る機会は無い、と言っている。
(悲しいかな、フォルケは眼中にない)
 だが、トラッシュは、
「先に行ってくれ。オレはウィンドボードで後を追う」
「!!??何言ってるのよ!」
 そう叫んだのは、ヒビナだ。
「トラッシュ! 一緒に行こうよ! トラッシュが一緒じゃないと、エトワも行かない!」
 エトワも、半べそ顔で言った。
 トラッシュは、振り返ると、二人の少女に、この上なく優しい笑顔を送った。
「メイペと、決着つけなきゃ。シルバーまで引きずるわけにはいかない」
「トラッシュ・・・」
 ヒビナも、泣きそうな気分だ。
 色んな感情が、入り交じって。
 トラッシュは、シャマルの目を見つめ、うなずいた。
 こんな真剣なトラッシュの表情、シャマルは初めて見た気がする。
 トラッシュが語りたいことは、シャマルにはもうわかっていた。
 男と、男の対話。それは視線だけで十分だった。
 シャマルもまた、うなずく。
「トラッシュは、裏切らない。うそをつかない。そうだったな? エトワ」
 シャマルはそうエトワを諭す。
「シャマル・・・」
「いくぞ! 作戦開始だ!」
 シャマルの合図に、コジェが、ラビが、そしてガベイジがうなずく。
 すべては、コジェの計算通りに運ばねばならない。コジェはタブレットPCでシミュレーション画面を開く。天才少女学者コジェ自ら、たった数分でプログラミングしたものだ。
 ガベイジが、キャンピングカーに向かって叫ぶ。
「おい、ヒビナ! よーっく見てろよ! おまえの亭主の、タマシイ込めた愛のパンチを!」
「だから亭主気取りはやめてっての! あんたなんかねえ・・・」
 そこまで言って、ヒビナは、ハッ!となった。
 ガベイジの赤い瞳は、真剣なまなざしは、けっして軽口を叩く男のそれでは無い。そう思えた。
 どこかで見た気がする。あの瞳は、そう・・・
 あたしに告白したときの、アザクの瞳に似ている!?

 コジェは、タブレットPCの画面に刻々と動くグラフを眺めていた。
『ガベイジのアートを、グラフィティのエネルギーの波動と同期させれば、あるいは・・・』
「学者のねえちゃん! いいのか!」
「ガベイジ! 3つ数えます! 3、で合わせてください!」
「わかった! まかせろ!」
 グラフの2つの波形が、ゆっくりと重なる。
 ガベイジは、ウィンドスレッジに乗ると、空高く上昇していった。
 天空の極点を目指すかのように。
 だが、極点にははるかに届かない、それでもそこそこの高さでUターンし、こんどはヘリポート山の天面を目がけて、猛スピードで降下した!
 地面をつらぬこうかという、ものすごいスピード!
 ガベイジの赤い瞳が、アートの輝きを帯びる!
「1、2・・・」
「うおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
 ガベイジは、ギリギリと右の拳を握りしめる!
「3!!」

 ドゴオオオオオオォォォッッッ!!!

 ガベイジは、拳を地面に向かって、叩き付けた!
「オラの拳で、ヒビナを飛ばしてやる!」
 ヘリポート山の天面に、波紋のように衝撃波が走り、蜘蛛の巣状に亀裂が走る!

 ズドオオオオォォォッッッ!!!

 そこから、巨大な拳が、勢いよく突き出してきた!
 それは巨人と言うより、神の手のようであった。
 拳には、キャンピングカーが乗っている。
 それはものすごい勢いで上昇し、天空の極点目がけて突き進む!

 キャンピングカーを見上げて、トラッシュは・・・
「ヒビナ、エトワ、シャマル・・・無事でいてくれよ」
 そして、視線は、地上のメイペへと注がれる。
 メイペは、この上もなく幸せそうに、笑顔をほころばせた。
 左手を、天を撫でるように掲げる。
 左手首の、ゴツイ金属のブレスレットが、光を放った!
 その光は、鷲の翼のような形をつくり、羽ばたきはじめる。
 すると、メイペの細いからだは、宙に浮いた。
 スイーパーの新兵器、光エネルギーによる羽ばたき式飛行装置「オーニソプター」。
 トラッシュは、メイペの誘いに乗るかのごとく、ウィンドボードに乗り、上昇する。

 地上では、もはやクタクタに消耗しきった、ワグダとカーリカが組み合っていた。
 ゼエゼエと、息をつく。
「どのみち、お前とはこうなる運命だったかもな」
「バカぬかせですわ。あなたなんて楽勝でポイですわ」
 ワグダとカーリカは、互いに正拳を突きあった。
 だが、それはもう力無く、ヘロヘロだった。
 コツン、と、拳と拳がぶつかり、たったそれだけの衝撃で、ワグダとカーリカは、ドオオオッッと、どちらも仰向けに倒れた。
「ワグダ少尉! カーリカ少尉ィィ!」
「・・・フォルケ、お前、今回叫んでるだけだな・・・」
「あら、いつものことですわ・・・」
 ワグダとカーリカのからだから、鎧は再び紙吹雪となり、上空に舞い上がった。

 その上空に、オーニソプターとウィンドボードで、浮遊するメイペとトラッシュが対峙していた。
 舞い上がった紙吹雪は、メイペの左右で、ジョデとガーフの姿に戻った。
 メイペはささやくように言う。
「わたしとあなた、今日こそ、どちらかの命が、どちらかのものになるのね・・・」
「それは、勝ったほうが決めることだ」
「トラッシュくん?」
「一方的なルールは無しだぜ、メイペ」
 ニヤリと、笑みを投じるトラッシュだ。
「・・・わかった。わたしはどうせ、あなたのものだから」
 メイペがそう言うなり、ジョデとガーフが、液体人間と電気人間に変化した!
 トラッシュはトラッシュで、左手に光のキツネを出現させる。
 アートとアートのぶつかり合いが、口火を切った!

 天を突く神の拳のごとき岩の柱は、エレベーターとなって、猛スピードでキャンピングカーを天空へと持ち上げる。
 加速Gに耐える、シャマル、ヒビナ、そしてエトワ。
 やがて岩の柱は限界まで伸びきり、急停止するが、打ち上げの勢いで、キャンピングカーはそのまま上へ上へと飛んでいく。
 地上では、ガベイジがそのさまを見つめる。
「オラもいずれシルバーへ行くぞ、ヒビナ。もちろん、パビクたちも一緒だ」
「お屋形さま・・・」
 傍らのパビクの肩を抱くガベイジだ。
「それまで、達者でいろ」

 コジェは、タブレットPCと首っ引きで、
「では、ラビ! 第二弾、頼みます!」
「了解ッ!」
 ラビは敬礼のまねごとをすると、ウィンドスキーで上空へと発進した。
 飛行高度はあまり稼げないウィンドスキーだが、限界まで上昇し・・・
「がんばれよ、ヒビナ! トラッシュをメイペになんか取られるな!?」
 瞳を緑色に輝かせ、空中でスピンを始める。
 それはやがて巨大な竜巻となり、上昇気流を生む! ラビのアートだ!
「うおおおおおおおぁぁぁっっっ!!!」

 キャンピングカーの打ち上げの勢いは、そろそろ尽きようとしていた。
 上空の極点には、まだまだ届かない。このままでは、落下してしまうはずだが・・・
「あ、あれ!」
 エトワが窓の外を指して、叫んだ。
 そこには、アートの力を激しくぶつけ合う、トラッシュとメイペの姿があった。
 ヒビナも、シャマルも、その光景に釘付けになった。
「まだ、傷も癒えていないのに、トラッシュ・・・」
 ヒビナは、ぐっと手を握りしめる。
 と、そこへ。

 ビュオオオオオオォォオウオウオウッッッ!!!

 突風が、下から舞い上がった!
 ラビの竜巻が、キャンピングカーを押し上げたのだ。
 キャンピングカーは、再び急上昇を始め、極点へと突き進む。
 そして視界からは、トラッシュとメイペの戦いは、あっという間に遠ざかっていった。
 ヒビナは、思わず叫んでいた。
「トラッシュ! アンタ、負けたら承知しないからね! 負けてノコノコ帰ってきたりしたら、あたしの手料理でもてなしてやる、だから・・・」
 声が詰まる。
『負けても、帰ってくるなら、いい・・・だからお願い、死なないで、絶対に生きて帰ってきて・・・』
 言葉になっていなかったかも知れない。
 エトワもまた、
「トラッシュ! セイレイにお願いしてあげる! だから、負けないで!」
 キャンピングカーは、一直線に極点へと突き進み、虹色の光の渦の中に、飛び込んでいった。
 車窓から見える景色は、ブロンズ階層のパノラマから、七色の光の急流へと変わった。確かに、見覚えのある極点内の光景だった。
 シャマルは思う。
『シルバーのどこに出るかも分からない。いちかばちかだ。コジェって、ほんと大胆だな』
 複雑な気持ちになった。
 コジェのことを、知ってるつもりで、でも何もわかってなくて・・・
『コジェ・・・オレは・・・』

 ラビのウィンドスキーは、ゆるやかに降下し、ヘリポート山に着地する。
「ふう・・・」
 自身、これまでにない最大パワーで、風のアートを展開して見せたラビ。スキーを外すや、ゴロリと大の字に転がった。フラフラだったが、充実感に満ちあふれていた。
「あとはトラッシュだな。ボクにはもう、手助けする力は残ってない」
 そうだ、ガベイジなら・・・
 そう思って、辺りを見回すラビ。だが、ガベイジとパビクの姿はすでになかった。
 とっくに、この地を去っていたらしい。
 残っていたのは、コジェだけだった。
 そのコジェは・・・
『シャマル・・・』
 エトワのように、祈りを捧げていた。

「応答せよ、応答せよ! こちら、イリーガル追跡スペシャルチーム、フォルケ・オードビー予備隊員! イリーガル捕獲作戦は失敗、負傷者多数、というか全員です! ただちに回収願います!」
 フォルケは、小型通信機で、スイーパーの応援を要請していた。
 倒れているワグダとカーリカ、それに極点警備隊員、フォルケの手に負えるはずがなかった。
 それを漏れ聞いたラビの、表情が変わった。もうすぐここに、スイーパーたちがやってくる?
「まずい! コジェ! 早く逃げないと!」
「えっ」キョトンとする、コジェで。
「いいから! あのロボットみたいなクルマで逃げて!」
 ラビもあわてて、ウィンドスキーを装着する。
 すると、とつじょドメニコットが、
『レベル7警戒! 避難します』
 マニピュレーターでコジェをつまみあげ、車内に乗り込ませると、自動で走り出した。
「えっ? えっ? えっ?」
 コジェには状況が分からぬまま、ドメニコットは、ヘリポート山から下山を始めた。

「ぐあああああぁぁっっ!!」
 バリバリバリバリィィッッ!!
 ガーフの電撃が、トラッシュの全身を駆け抜ける。
 だが、トラッシュはそれを左手の「光のキツネ」で吸収し、逆に放電した。
 なぜか拍手するメイペ。
「すごい、すごーい!」
 拍子抜けするトラッシュだ。
 今度は、ジョデが、液体からさらに雲に変身した。
 上空では、小さな液体の粒子になることで、雲の姿になれるようだ。
 その雲から、みぞれのような、いや、針のような氷の粒が、トラッシュを攻撃した!
 トラッシュは、とっさにウィンドボードの先端を手でつかみ、立てて裏側を盾にした。
 キツネイラストの効果で、アートは効かない。
 すぐさま、トラッシュは左手の光のキツネを撃ち放つ。
 天空を駆ける紫色の光のキツネは、エネルギーのかたまりとなり、ガーフ、ジョデ、そしてメイペと次々に、噛みつくようにぶつかっていった!
「あううっ!」
 悲鳴を上げるメイペ。
 トラッシュは、ちょっと罪悪感を感じた。決して、メイペを傷つけたいわけじゃない。
 だが、メイペは・・・
「生きてる・・・わたし、生きてるの・・・」
「!!??」
 今さらながら、メイペの言葉が、トラッシュにはよく理解できない。
 だが、なんとなく、言葉どおりのようにも感じられる。
 死に続けている、と自分を称したメイペ。痛みさえも、彼女には、生きている証と受け止められるのか。
 一進一退の空中戦は、どれほど続いているのだろう。
 実はトラッシュが感じているほど、長時間にわたっているわけではなかった。短い時間、いや、瞬間ともいえる間で、濃密な命のぶつかり合いが、繰り広げられていたからだ。
 ふいに、メイペがつぶやいた。
「この時間が、永遠に続けばいいのに・・・」
 それに応えて、トラッシュは、
「ああ、そしたら、どっちかが殺されることもないわけだ」
 メイペは、ずっと潤んだ瞳のまま、恍惚としていた。
 トラッシュは続けて、
「でも、終わりはいつか来る」
「殺してくれるの?」
「オレは直し屋だ。壊すのはオレの仕事じゃない」
 メイペが、左手を横一線に振るった。光の鳥がブーメランのように、メイペの腕を離れて、トラッシュに襲いかかる。
 バシイッ! ビシィッ! ガシィッ!
 猛禽類の襲撃さながら、光の鳥はトラッシュに体当たりし、痛めつける。
「ぐぅっ、このぉ・・・」
 トラッシュは光の鳥を、光のキツネで受け止める!

 バシュウゥゥッッ!!

 光と光がぶつかり合い、ストロボをたいたように閃光が飛び散る。
 光のキツネは、光の鳥を口にくわえていた。
 トラッシュのまっすぐな瞳は、メイペをしっかりと見据えて、
「オレは負けない! けど、メイペも殺さない。オレは直し屋なんだ。メイペも、いつか直してやる!」
「トラッシュくん・・・」
「でも今は、メイペの力を、止める!」
 ウィンドボードで、体勢を整え、トラッシュはまっすぐにメイペに向かって飛んでいく!
 ジョデとガーフが、その行く手に立ちはだかる。
 が、トラッシュは左手から、2頭の光のキツネを放ち、おのおのがジョデとガーフの喉笛に噛みつく!
 瞬間、トラッシュの瞳の光は、紫からオレンジに変わった!
 迎え撃つメイペの爪が、青白い光を帯びる! それはレーザーの刃!
 だが、トラッシュはそれをスレスレでかわし、あっという間にメイペの間合いに入った!
 その右手が、メイペの左手のブレスレットをつかむ。光エネルギーの放出をふさぎ、オーニソプターの光の翼を封じ込めた!
 引き替えに、その光エネルギーは、トラッシュの右手を焼く!
「くうぅっ!!」
 痛みをこらえながら、トラッシュは左手の人差し指を、メイペの額に当てる。
 瞬間、視線を交わす、トラッシュとメイペ。
 旧市街の倉庫で、見つめ合ったときの記憶が、フラッシュバックする。
「キミのアートを、封印するっっ!!」
 トラッシュはそのまま、メイペのからだごと、まっすぐに突き進む。
 その先には・・・
 岩でできた、巨大な柱があった。
 ガベイジのアートで、キャンピングカーを打ち上げた、神の拳!
 ドンッ!と、トラッシュはメイペのからだを、神の拳に押しつけた。

 カアアアアァァァッッッ!!!

 トラッシュの左手から、オレンジ色の光が発せられる。それはメイペを、トラッシュ自身を、そして神の拳をも包み込み・・・
 光の柱に取り囲まれた、岩の柱は、まるでキャンドルのように、地上を照らした!

 その光は、ブロンズの街のあちこちで、目撃されたという。
 旧市街、タルタカス湖、ケイルク・ピーク、港湾都市・・・

 光はやがて収まり・・・
 ジョデとガーフの姿は、フッ、と、消えていった。
 魂が抜けたような、メイペの表情。がっくりと、からだから力が抜ける。
 トラッシュは、メイペの体を支える。
 メイペの背後、神の拳に・・・
 抽象的で色彩豊かな、不思議な絵が、描かれていた。
 赤と紫とオレンジとピンクと・・・
 鮮やかで、力強い色使い、そして形容しがたい抽象的な紋様。
 グラフィティだ。
 メイペのアートは、封印された。
 と、次の瞬間、神の拳に、ピシッ!と、亀裂が入り、やがてそれは、ガラガラと崩れ始めた。
 岩塊と砂埃が落下する中、ゆっくりと降下するウィンドボード。
 そしてそれは、静かにヘリポート山の頂上に着陸した。
 トラッシュの腕の中、メイペは、ささやくように、言う。
「・・・殺してくれるのね?」
「アート使いのメイペ・シノリは、もう殺したよ」
「トラッシュくん・・・」
「それと、オレ、キスのしかたなんて、わかんないからさ」
 トラッシュは、メイペのひたいに、軽く唇をあてた。
「これで勘弁な」
 それは、わずか千分の一秒のこと。
 メイペは、頬を紅潮させ、目をパチクリさせている。
 すっかり崩壊してしまった、神の拳。岩塊が転がるヘリポート山の頂上に、メイペの細いからだを横たえると、トラッシュはひとり、ウィンドボードで浮上した。
「さよならだ、メイペ・シノリ。いつの日か、キミを直すときまで」
 極点めがけ、急上昇していった。

 極点は、収縮を始めた。
 それほど時間が持たないのか、ガベイジとラビが去ったせいか。
 猛スピードで上昇する、トラッシュのウィンドボード。だが、極点の扉は、今にも閉じられそうだ。
『間に合わないか・・・』
 全身に、痛みが走るトラッシュ。傷だらけのからだで、無理に無理を重ねて戦いを繰り広げた。普通の人間なら、とっくに音を上げていたかもしれない。
 だが、それも限界が近かった。
 視界がかすみ始める、トラッシュ。
『こういうときに限って、夢の女神は・・・そうそう、都合よく現れてはくれないか』
 上昇の速度は低下し、今にも停止しそうだ。
 このままでは、地上に落下?
 意識が遠のく。

 すると。

 ドオオオオォォンンッッッ!!!

「うああああっっ、な、なんだあああぁぁっっ!!??」
 ウィンドボードを、真下から突き上げる感覚。そのまま、加速し、上昇を再開した。
 それだけではない、まばゆい光が、真下からトラッシュを照らしている。
 あたたかい、飴色の光。それは・・・
「光の、鳥!?」
 そう、メイペの新装備だった光の鳥が、ウィンドボードを押し上げていた。
 一羽、二羽、三羽・・・後から後から、何羽もの光の鳥が!
「メイペ・シノリ、キミか・・・キミがオレを・・・」

 ヘリポート山の頂上、仰向けに横たわる、メイペ・シノリは、左手をまっすぐ、上空に向けてのばしていた。
 その先にある、極点、いや、トラッシュに、手をさしのべるように。
「ひとつ、貸しよ。だってずるいよ、あんなのキスじゃない・・・」
 と言うが、内心はドキドキしていた。

 オーニソプターから放たれた、光の鳥たちは、すさまじいスピードでウィンドボードを加速する。
 そのまま、閉じられる寸前の、極点へと向かっていた。
 トラッシュは、思わず目を閉じた!

 ビュウウウンンッッ!!

「ぷはあぁっ!?」
 息も止めていたらしい。
 間一髪で、トラッシュは、極点へと突入した。
 タッチの差で、極点は収縮し、ブロンズの上空から消滅した。同じく、光の柱も。
 トラッシュはつぶやく。
「ありがとう、メイペ・・・」
 極点に飛び込んでも、スピードの落ちない、ウィンドボード。
 やがて、トラッシュは、ヒビナたちの乗るキャンピングカーに追いついた。
 エトワが、目ざとくトラッシュを発見した。ヒビナが、驚き、そして笑顔にかわる。シャマルが、拳を握りしめ、何事か叫ぶ。
 サイドドアを開け、手を伸ばすヒビナとエトワ。
 トラッシュの意識は、そこまでで途切れた。

 キャンピングカーの狭いコクピット。
 後席に、トラッシュが横たわる。寝息を立てて。
 その頭を抱きしめるエトワ。
 同じく後席に座るヒビナは、そんなふたりを、笑顔で見つめていた。
 シャマルが、軽口をたたく。
「残念だったな、ヒビナ」
「な、何がよ?」
「お前も、抱きしめたかったんだろ」
「バカ言わないでよ! 誰がこんなアンポンタンのスットコドッコイ」
「え? じゃ代わる? ヒビナ」
「な、えっ?」
 エトワにそう言われて、ヒビナは、みる間に赤面した。
「・・・やっぱやめた、トラッシュは誰にもあげない!」
「な、なんなのよエトワ! からかうんじゃないの!」
 キャンピングカーの狭いコクピットは、明るい笑いで満たされた。

     ★     ★     ★

 ヘリポート山、頂上の天面。
 測ったように真っ平だったそこは、今ではデコボコで、岩塊と石ころで埋め尽くされていた。
 横たわる、メイペ・シノリ。その真上に、銀色の空飛ぶ円盤が飛来した。
 フィアト・ルクス、メイペの専用機だ。
 底面のハッチから、一人の男が、シュタッ!と降り立つ。
 メイペは、男を一瞥すると、つぶやいた。
「キリィ・キンバレン大尉・・・」
 キリィは、笑みをたたえながら、メイペに歩み寄った。
 メイペは、横たわったままで、
「ごらんのとおりです、大尉。トラッシュくんにアートを奪われ、立ち上がれないほど打ちのめされました」
「フフッ、そんな戯言が通用するわたしか?」
「あ、やっぱり、バレました?」
 メイペは、いたずらにペロッと舌を出すと、仰向けの姿勢から両足を持ち上げ、腹筋と背筋の勢いで、ピョンッと立ち上がった。
「トラッシュくん、やっぱり強かったです。完敗です」
「そうだな、だが、チャンスはまだある。次はシルバー階層だ」
「わたし、あまり自信が・・・」
「相変わらずだな。イリーガルは、キミがアートを失ったと思っている。つけいる隙ではないか?」
「あ、はい・・・」
「ふむ・・・」
 メイペは、そんな手は使いたくない、そう言いたいのが見え見えだと、キリィは悟った。

 そんなふたりの様子を、岩陰から聞き耳を立てている者がいた。
 いや、それはここでのトラッシュとメイペのやりとりも含めた、すべてを・・・
『何の話してるんだ? さっぱりわからない・・・』
 それは、フォルケだった。本作戦の、唯一の生き残り・・・いや誰も死んでないが。
 すると、キリィはメイペに言った。
「それはそうと、速やかに撤収するぞ。この山はあと5分で崩落する」
「あ、はい」
 ええええええっっっ!!??
 フォルケは焦った。
『この山が崩落? みんな暴れすぎたんだ! ワグダ少尉とカーリカ少尉は気を失ってるし、極点警備隊員も・・・は、早く避難しなくちゃ! そうだ、キリィ大尉に、あの円盤に乗せてもらって・・・』
 ブウウウゥゥンッッ!!
 フィアト・ルクスは、かげろうのように機体を揺らがせながら、飛び去っていった。
「わああああっっ!!?? パニクってる間に行っちゃったよ! どどど、どうすればいいの! 誰かーーーーーッッ!!」

     ★     ★     ★

 トラッシュは、ブロンズ階層を抜け、極点へと突入した。
 次なるステージ、シルバー階層では、どんな出会いが、そしてどんな戦いがトラッシュを待ち受けるのか。
 そして、うごめき始めた、様々な野望。
 見え隠れする、謎と真実。
 それは、ブロンズでの経験など、生ぬるいものだったと、トラッシュに思い知らせることとなる・・・

     ★     ★     ★

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〜〜〜「トラッシュ!」第2章・終 〜〜〜

>>>第3章第1話へつづく。
次回「タイトル未定」

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